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Milton, Paradise Lost (4: 8-113)

ジョン・ミルトン (1608-1674)
『楽園は失われた』 (4: 8-113)
(サタン 「オレの存在が地獄そのもの」)

・・・・・・今、
サタンが、怒りの炎に燃えてやってきた。
人間を糾弾するのではなく、誘惑するために、である。
まだ罪を知らぬ、しかし罪を犯しうる人間に対して、天国での
敗北および地獄への逃亡の腹いせをしよう、というのだ。
勇敢で気高いサタンに、恐れるものなどない。
が、今の彼は、首尾上々、と得意げなようすでもない。
彼がはじめようとしている恐ろしい企てが、
頭をかけめぐり、また乱れる胸のなか沸騰しているのだった。
それは、まるで、悪魔の兵器の
自爆・・・・・・。恐怖と疑念で
思考が荒れる、乱れる。内なる地獄が
底から沸きたつ。そう、地獄は、
彼のうちにあった。また、彼をとりかこんでもいた。だから、サタンは、
地獄から一歩も抜け出せない。どこに行こうと
自分から逃げられないのと同じように。今、良心が、眠っていた
絶望を揺りおこす。苦い記憶を呼びさます。
過去の自分の姿、今の姿、そして未来の姿・・・・・・今より
さらに堕ちているに決まっている! 悪事を重ねれば苦しみも重なるのだ。
時おり、目の前に広がる楽しげな
エデンの園を、サタンは悲しげにじっと見つめる。
時おり、空、そして熱く燃えさかる太陽を見つめる。
今は正午--太陽はそびえたつ塔の上にあるかのよう。
そして、深く思い悩みつつ、彼はため息まじりに、こう話しはじめた--
「おい、おまえ、おまえは何よりも輝く冠をのせて、
神みたいな支配の座からこの世を
見下ろしている・・・・・・おまえがいると、星たちはみんな光を失い、
隠れてしまう・・・・・・そう、おまえだ、オレはおまえを呼んでいるんだ。
友だちだから、じゃないけどな。そうだな、名前で呼んでやろう、
おい、聞け、太陽、オレはおまえの光が大嫌いだ。
思い出してしまうからな。どんな高い地位から
落ちたか、をな。昔のオレは、おまえより輝いてた。
でも、オレは傲慢になって、いけない野心にかられて、落ちてしまった。
天国を支配する最強の王と戦って・・・・・・
うおおおおお! なんということを!? あんなこと、オレは
やっちゃいけなかった。あいつはオレをつくり、
輝く高位につけてくれた。やさしいから、
誰かを責めたりしなかった。あいつに仕えるのなんて、まったく楽なことだった。
あいつを称えることくらい楽な仕事なんてあるか?
ないよな? あいつに感謝することだって、
あたりまえだよな? でも、あいつが善良だから、オレが悪くなってしまった。
悪いことを考えるようになってしまった。高い地位についたから、
服従するのが嫌になった。もう一歩のぼれば
最高の地位につける、一瞬にして
膨大な、無限の感謝の借りをチャラにできる、と思った。
実際、こいつは重荷だった。払っても払っても負債が増えてくんだから。
あいつからいつもどんな恩恵を受けてるか、とか忘れてたし、
わかってなかった、感謝する者は
借りをつくると同時に返済しているのだと、感謝の
借りと返済は実は同じことなのだと。重荷なんて、はじめからなかったんだ。
なあ、あいつが強力な運命で定めて、
オレがもっと身分の低い天使だったらよかったのにな。そしたら、
オレ、幸せだったかもな。身のほど知らずな望み、
野望なんて抱かなかっただろうな。いやいやいや、そうでもないか。誰か、
オレくらい身分の高い奴が同じ野望を抱いて、身分の低いオレを
仲間に引き入れてたかもしれないしな。でも、オレくらい身分が高くても
堕落しなかった天使もいるよな。自分から悪いこと考えたり、
外から誘われてフラフラしたりしないでさ。誘惑なんて寄せつけません、ってな。
オレにもそういう自由な意志や、誘惑に耐える力がなかったのかな?
いや、あったよな。・・・・・・じゃ、誰のせいだ? 何がいけなかったんだ?
もちろん、誰にでも等しく与えられる天からの愛だよな。
あいつの愛を呪ってやる。だってよ、愛も憎しみも、
オレにとっては同じこと、この先、永劫につづく不幸をもたらしやがったんだからな。
・・・・・・バカいえ、おまえ自身を呪え、オレ! あいつの意に反して、自分の意志で
自由に選んで、今嘆いている状況に陥って・・・・・・
うおおおおお! バカなオレ! どこに逃げればいい?
永遠につづく怒りから? 永遠につづく絶望から?
どこに逃げたって、そこに地獄がある! だってオレが地獄そのものだから!
深い地獄の淵の底にいるのに、さらに深い淵が
口をあけてオレを飲みこもうとしている。
これに比べたら、オレたちが落ちてたあの地獄なんて、まるで天国だな。
・・・・・・はあ、もうお手上げだ。まだ間にあうかな?
悔いあらためたりしたら、さ。許してもらえるかな?
ま、あいつの支配下に入れば、ってことだよな。でも、敗北を認めるなんて、
オレのプライドが許すわけないし、恥ずかしいよな、
地獄に落ちた天使たちになんていえばいいんだろ? オレが誘ったんだもんな。
いろいろ約束して、偉そうなこといって、
まさか降伏だなんてな。全能者とやらを征服してやる、とか
いっちゃったもんな。はああ、あいつら、知らないんだよな。
あんな大嘘のおかげで、オレがどんだけつらいことになってるか、ってな。
オレは、心のなかで拷問に泣いてる、ってのによ。
地獄の王とかいってあいつらがオレを崇めたてまつって、
冠やら笏やらあてがってもちあげてても、
でも、オレは落ちつづけてる。最高の地位にいて、
そして、最高に悲惨・・・・・・。野望を抱いたごほうび、ってことだな。
でも、もし、オレが悔いあらためて、もし
特赦によって前の地位に戻れたとしたら、どうかな? いや、高い地位に
戻れば、すぐに傲慢な考えが復活するに決まってる。降伏なんて
嘘でした! っていうに決まってる。苦痛がなくなれば、苦痛のなかで
誓ったことなんて無効、暴力によっていわされた、って取り消すに決まってる。
本当の和解なんて無理なんだ、
殺したいほどの憎しみが深い、消えない爪跡を残してるんだからな。
結局、オレは、より悪い罪を犯し、
より深く堕ちて、そしてより重い罰を受けるだけなんだ。高い代償を払って、
しばしの息抜きと、そして二倍の苦痛と苦悩を買うだけなんだ。
今、オレを罰しているあいつも、これを知ってる。だから、オレと和解する気なんて
あいつにはないし、オレも和平なんて求めない。
さて、これでもう希望なんて絶滅だな。追い出されたオレたちのことなんて
もういいから、新しくつくられて、今、あいつに大事にされている
人間と、そいつのためにつくられたこの世界のことを考えよう。
さらばだ、希望! 希望といっしょに消えろ、恐怖心!
さらばだ、良心! もうオレに善はいらない!
悪、これからはおまえがオレの善だ! おまえとともに、
オレは天の王とこの世の支配権を
分けあうんだ。たぶん、この世の半分以上はオレのものになるはずだ。
遠からず、人間やこの新しい世界にも思い知らせてやるからな。」

* * *
John Milton
Paradise Lost (4: 8-113)

. . . now
Satan, now first inflam'd with rage, came down,
The Tempter ere th' Accuser of man-kind, [10]
To wreck on innocent frail man his loss
Of that first Battel, and his flight to Hell:
Yet not rejoycing in his speed, though bold,
Far off and fearless, nor with cause to boast,
Begins his dire attempt, which nigh the birth [15]
Now rowling, boiles in his tumultuous brest,
And like a devillish Engine back recoiles
Upon himself; horror and doubt distract
His troubl'd thoughts, and from the bottom stirr
The Hell within him, for within him Hell [20]
He brings, and round about him, nor from Hell
One step no more then from himself can fly
By change of place: Now conscience wakes despair
That slumberd, wakes the bitter memorie
Of what he was, what is, and what must be [25]
Worse; of worse deeds worse sufferings must ensue.
Sometimes towards Eden which now in his view
Lay pleasant, his grievd look he fixes sad,
Sometimes towards Heav'n and the full-blazing Sun,
Which now sat high in his Meridian Towre: [30]
Then much revolving, thus in sighs began.
O thou that with surpassing Glory crownd,
Look'st from thy sole Dominion like the God
Of this new World; at whose sight all the Starrs
Hide thir diminisht heads; to thee I call, [35]
But with no friendly voice, and add thy name
O Sun, to tell thee how I hate thy beams
That bring to my remembrance from what state
I fell, how glorious once above thy Spheare;
Till Pride and worse Ambition threw me down [40]
Warring in Heav'n against Heav'ns matchless King:
Ah wherefore! he deservd no such return
From me, whom he created what I was
In that bright eminence, and with his good
Upbraided none; nor was his service hard. [45]
What could be less then to afford him praise,
The easiest recompence, and pay him thanks,
How due! yet all his good prov'd ill in me,
And wrought but malice; lifted up so high
I sdeind subjection, and thought one step higher [50]
Would set me highest, and in a moment quit
The debt immense of endless gratitude,
So burthensome, still paying, still to ow;
Forgetful what from him I still receivd,
And understood not that a grateful mind [55]
By owing owes not, but still pays, at once
Indebted and dischargd; what burden then?
O had his powerful Destiny ordaind
Me some inferiour Angel, I had stood
Then happie; no unbounded hope had rais'd [60]
Ambition. Yet why not? som other Power
As great might have aspir'd, and me though mean
Drawn to his part; but other Powers as great
Fell not, but stand unshak'n, from within
Or from without, to all temptations arm'd. [65]
Hadst thou the same free Will and Power to stand?
Thou hadst: whom hast thou then or what to accuse,
But Heav'ns free Love dealt equally to all?
Be then his Love accurst, since love or hate,
To me alike, it deals eternal woe. [70]
Nay curs'd be thou; since against his thy will
Chose freely what it now so justly rues.
Me miserable! which way shall I flie
Infinite wrauth, and infinite despaire?
Which way I flie is Hell; my self am Hell; [75]
And in the lowest deep a lower deep
Still threatning to devour me opens wide,
To which the Hell I suffer seems a Heav'n.
O then at last relent: is there no place
Left for Repentance, none for Pardon left? [80]
None left but by submission; and that word
Disdain forbids me, and my dread of shame
Among the Spirits beneath, whom I seduc'd
With other promises and other vaunts
Then to submit, boasting I could subdue [85]
Th' Omnipotent. Ay me, they little know
How dearly I abide that boast so vaine,
Under what torments inwardly I groane:
While they adore me on the Throne of Hell,
With Diadem and Sceptre high advanc'd [90]
The lower still I fall, onely Supream
In miserie; such joy Ambition findes.
But say I could repent and could obtaine
By Act of Grace my former state; how soon
Would higth recall high thoughts, how soon unsay [95]
What feign'd submission swore: ease would recant
Vows made in pain, as violent and void.
For never can true reconcilement grow
Where wounds of deadly hate have peirc'd so deep:
Which would but lead me to a worse relapse [100]
And heavier fall: so should I purchase deare
Short intermission bought with double smart.
This knows my punisher; therefore as farr
From granting hee, as I from begging peace:
All hope excluded thus, behold in stead [105]
Of us out-cast, exil'd, his new delight,
Mankind created, and for him this World.
So farewel Hope, and with Hope farewel Fear,
Farewel Remorse: all Good to me is lost;
Evil be thou my Good; by thee at least [110]
Divided Empire with Heav'ns King I hold
By thee, and more then half perhaps will reigne;
As Man ere long, and this new World shall know.

* * *
20
The Hell within him, for within him Hell
鏡構造の行。地獄--彼のうちに--彼のうちに--地獄

25-26
Of what he was,
what is,
and what must be Worse;
[W]asとWorseの意地悪な音あわせ。
20世紀的な言いかたをするなら、「不完全なパラライム」。

75
Hell; my self am Hell
ふたたび鏡構造--is ではなく am なのは、
my と音をあわせるため。

* * *
英語テクストは、以下のものを使用。
http://www.dartmouth.edu/~milton/
reading_room/pl/book_4/index.shtml

* * *
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