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Milton, From A Mask (659-65)

ジョン・ミルトン (1608-1674)
『ラドロウ城の仮面劇』より
(659-65)

(コウマス)
ダメですよ、お姫さま、さあ、お座りくださいませ。わたしがこの杖をひと振りしたら、
あなたの神経なんて、みんな固まってしまいますよ?
真っ白な大理石の彫刻みたいにね。そう、アポローンから
逃げたダプネーみたいに、足に根っこが生えてきて、動けなくなってしまうんです。

(少女)
愚か者! いばるのはやめなさい!
おまえなんか、わたしの自由な心には指一本ふれさせないわ。
魔法を使っても無駄よ。たとえこのからだが
鎖でつながれたとしてもね! 神さまがちゃんと見ててくださるんだから!

* * *
John Milton
From A Mask Presented at Ludlow Castle, 1634
(659-65)

Comus.
Nay Lady sit; if I but wave this wand,
Your nerves are all chain'd up in Alabaster, [660]
And you a statue; or as Daphne was
Root-bound, that fled Apollo,

La[dy].
Fool do not boast,
Thou canst not touch the freedom of my minde
With all thy charms, although this corporal rinde
Thou haste immanacl'd, while Heav'n sees good. [665]

* * *
アポローンとダプネーの物語への言及。
(オウィディウス『変身物語』第1巻参照)。

コウマスは宮廷人風の悪い魔法使い。
少女は貴族の家の子で15歳。

* * *
アポローンとダプネーの物語
(オウィディウス、『変身物語』第1巻より)

1.
太陽神アポローンは、愛の神クピード-を
バカにしていう、「おまえみたいな子どもの矢で
何が打てるんだ?」

2.
クピードーは、「おまえを打っちゃうぞ!」
といって、金の矢でアポローンを、鉛入りの
矢でダプネーを打つ。金の矢は恋をかきたてる矢で、
鉛の矢は恋を嫌うよう仕向けるものだった。

3.
こうしてアポローンはダプネーに恋をし、
ダプネーは彼から逃げることになる。

4.
ダプネーを追いかけながら、アポローンはいう--

「ぼくは子羊を追いかけているオオカミとは違うよ!」

「転ばないように気をつけて! あ、ぼくが追いかけてるから、
いけないのか!」

「ぼくのお父さんはゼウスだよ! ぼく、未来に
ついて予言したりできるんだよ! ぼくは音楽の神でも
あるんだよ!」

「ぼくは医療の神なんだよ! でも、病気の薬は
つくれても、恋の病に効く薬がつくれないなんて、
変だよね!」

5.
そんなアポローンを恐がり、ダプネーはひたすら逃げる。
アポローンはひたすら追いかける。そして、とうとう
つかまってしまう、というとき、ダプネーは自分の父である
川の神ぺーネイオスに祈る、「わたしの姿を何か
他のものに変えて!」。

6.
これが聞き入れられ、ダプネーは月桂樹の木に変身する。
アポローンはその木を抱き、キスしようとするが、いやがられる。

7.
さらにアポローンはその木にいう、「ぼくのお嫁さんには
なってくれなかったけど、ぼくの木になってくれる?」。
するとその木は、いいわ、といっているかのようにゆれる。

* * *
何かと微妙で複雑なエピソードなので、少し分解してみる。

1-3
突然、みずからの意に反して、恋におち、
そして一心不乱にダプネーを追うアポローン。
そんな彼の思いは、はじめからかなえられないものと
定められている。ダプネーは必死に逃げる。

4
自分をこわがって逃げている女の子に対して、
「ぼく、こわくないよ!」とか、「ケガしちゃうから
止まって!」とか。
(いわば、ひとりでボケ・ツッコミ。)

ダプネーに好かれるために、家柄のよさを主張。

ダプネーに好かれるために、人にはない能力を主張。
(「ぼく音楽の神」を現代風にいうなら、たとえば、
「ぼくギター弾けるんだ」。)

医療の神なのに恋の薬をつくれない。
(ひとりでボケ・ツッコミ。)

5-6
ダプネーの父が彼女を救う。(が、本当は父は、
ダプネーをだれかと結婚させたがっていた。
「孫が見たい」などといって。)

6-7
木になったダプネーに対してアポローンは
思いを寄せつづける。ダプネーは、性的には
彼を拒絶。しかし、性的ではない関係なら、
いっしょにいてもいい(?)。

* * *
まとめると--

(アポローンの視点から見れば)
報われない恋の物語。

(ダプネーの視点から見れば)
好きでもない男性に執拗に追われる恐怖の物語。

(アポローンの描写)
高貴な生まれ、多彩な能力。恋愛において一途。
(おそらくルックスもいい。) ダプネー自身の
気持ちに対して無神経・鈍感(だが、それは
クピードーの矢によるもので、見方によっては
彼の非ではない)。

(ダプネーの描写)
美しい。逃げる姿も美しい。男嫌い(だが、それは
クピードーの矢によるもの。彼女の意志によるもの
ではない)。

(結末)
アポローンにとっては残念な結果?
ダプネーにとっては望みどおりの結果?
すべての意味で微妙な描写になっている。

(ペーネイオスにとっては?)

* * *
アポローンとダプネーを扱う美術作品


ニコラ・プッサン 「アポローンとダプネー」
http://www.nicolaspoussin.org/Apollo-and-Daphne-1625.html

クピードーがアポローンを恋の矢でうつところ
から、彼が月桂樹を身につけるところまで(アポローンの
頭には月桂冠)、二人のエピソードの全場面を、
時間の流れを無視して一画面にまとめた作品。

この絵は、あえてペーネイオスを前面に主人公として
描く。(壺から流れる水は川をあらわす。彼は川の神。)

上の物語をペーネイオスの視点で読み直してみる。

彼は、娘が結婚して子どもを産み・・・・・・ということを
期待していた。が、アポローンから必死で逃げる娘の願いを
聞き、彼女を月桂樹に変身させる。こうして彼は、みずからの
手により娘を失うことになる。その娘を救うために。

ふだん特にとりあげられないが、このようなやりきれない
立場にあるペーネイオスにプッサンは注目している。

---

ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス 「アポローンとダプネー」
http://www.jwwaterhouse.com/view.cfm?recordid=93

ダプネーが木に変わりはじめているところを描く。
(ふたりのエピソードを扱う絵のほとんどがこのパターン。)

この絵のポイント 1
アポローンのいい男ぶり。

ポイント 2
ダプネーの右手。アポローンの右手を握り返そうと
していて、でもためらっている、というようす。
(ウォーターハウスの描く人物の動きや姿勢は
とても表情豊か。下に見るように、もちろん顔も。)

ポイント 3
ダプネーの左手。このポーズがあらわすのは
どんな感情?

ポイント 4
ダプネーの顔。左手とあわせて、この表情が
あらわすのはどんな感情? おそらく、こんな感じ。

「え・・・・・・」

「うそ・・・・・・」

つまり、ウォーターハウスは、追いかけられて
追いかけられて、必死で逃げてきたダプネーが、
最後の最後にアポローンを好きになって、という
シナリオでこの絵を描いている。

「やめて! やめて! やめて! 来ないで! 来ないで! 来ないで!」

「いや! いや! いやよ! 」

「いやよ! いや・・・・・・・・・・・・えっ?」

「うそ・・・・・・」

ポイント 5
ダプネーの足。左足しかない。右足はすでに
木になっている。(木のなかにうっすら見える。)

つまり、追いかけられて追いかけられて、必死で
逃げてきたダプネーが、最後の最後にアポローンを
好きになって、というときには、もうすでに
手遅れだった--すでに彼女は木になりかけていて、
二人はけっして結ばれないことになってしまっていた--
ということ。

ウォーターハウスは、アポローンにとっての
報われない恋の物語を、ダプネーにとっても
報われない恋の物語へと改作した。しかも、
ダプネーみずからの意志によってそうなってしまった、
という物語に。(これもまた切ない。)

より大きな図版で確認を。

http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Apollo_and_Daphne_waterhouse.jpg

基本的にウォーターハウスは、いつも正しく、
正確に、女性を描く。彼の描く女性は、みな
日常的な姿勢・しぐさ・表情をしている。
気づかないうちにとられた写真のように。
力が抜けて猫背になっていたり、寝転がって
いたり。

(つづく)

* * *
英語テクストは、Milton Reading Roomより。
http://www.dartmouth.edu/~milton/reading_room/comus/index.shtml

少しスペリングを修正。

* * *
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