テーブルに花



花はたくさんの楽しみをくれます。

道ばたや庭の端っこの草花は、たいていが野生なので、花自身がおのれの容姿

に構ってなんかいなくて、虚栄心の微塵もなくて、それが逆に惚れ惚れするほど

美しかったりします。矯正なし、躾もなし、自由に己を生きている。

花屋さんの花たちは、愛でられるために大切に育てられた箱入り娘たち。

花も茎も葉もスタイリッシュだし、可憐さと繊細さと品の良さは、お花屋さんの

確実な水揚げ仕事や温度調整によってベストな状態で管理されている。

風になびくことはなく、雨に当たった思い出もないかもしれないけれど、お店の花たちは

人生の節目のお祝いや、華やかなテーブル、愛し合う人たちの間を、その心をゆだね

られて伝えるというそれは大切な重責を担うことも多々だったりする。

そんな草花も花屋さんの花も、共通するのは ” 生きている ” ってこと。

私は、彼女 ( ? ) たちをカットして、家にお呼びするわけです。

もしくは、選んで包んでもらってお金を払って家にお運びするというわけです。

グラスに水を入れ、テーブルやグラス、またはその花の雰囲気に合うと自分が思う

長さに整えて、生けます。そして、

短い期間、その残りの生を共に暮らすというわけです。

水を替え、茎を少し切り、グラスを洗って新鮮な水を入れて、その中に差すという

毎日の朝の作業は、気持ちの良いものですよね。

その日一番のテーブルに、ちいさな花。

姿は小さいけれど、生きているから精気を放って場の空気をリフレッシュしてしまう。

目が喜ぶのは、家族もそうかもしれないけれど、なによりも自分です。

目が喜ぶと、心が喜び、そして体も喜ぶのです。

小さな花々のライフが、私のライフをなんとも豊かにしてくれているんだなあ。

















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