キャロル / CAROL




シアターキノにて。


ある瞬間出会い、その瞬間から自分の現実が全て変わる。

それは 「 恋 」 と呼ばれ、

人間が幾万もの言葉で音楽で絵画で香りで舞踏で・・・その

恐ろしくも甘美な化学反応を表現しよう伝えようと試みてきた、映像での、

これは相当のできばえではないかしら。

『 キャロル 』です。

なんという繊細さ。

なんという真摯さ。

なんという切なさ、そして、滑らかさと甘やかさと。

恋とは、そう ・・・・・ そうでした、このようなものでした。

この映画は、恋を描いてあまりある、極上の恋愛映画。

そして何よりも、” 自分自身 ” でいる自由を掴み取る勇気を描いた傑作です。

お互いの存在によって、自分が本当の自分自身でいることが出来る。

本来の愛の在り方を、1952年に別名義で世に問うたパトリシア・ハイスミス

の原作の、まさしく最上級の映像化。


驚嘆すべきは、ルーニー・マーラ( テレーズ )、ケイト・ブランシェット( キャ

ロル )、両女優の演技でしょう。

テレーズとキャロルの気持ちの動きは、ほとんど視線と繊細なしぐさで表されていきます。


交わされる視線。


微かに震える指先。


微妙に傾げる首や肩、乱される髪の流れ、一瞬の唇の動き。



千の言葉を凌ぐ表現で。

私達は大スクリーンで、天から授けられた演技の才能を迸らせる二人に酔いしれます。

見事、という単語では足りないくらい素晴らしいのです。


1950年代初頭、クリスマス商戦でごった返すマンハッタンの高級デパートのおもちゃ

売り場で、アルバイト販売員テレーズとキャロルが出会います。

二人は同時に目を合わせたのです。

歳末の百貨店、店員はいくらでもいたし、お客はぎゅうぎゅうとひしめいていたのに。


テレーズはフォトグラファーを目指しているが、まだまだスタート地点にも着けていな

いチェコ系移民の19歳。

完成された美しさが今まさに満開のキャロルは32~33歳くらい。

不幸な結婚の離婚調停中で、最愛の娘の親権を夫に取られようとしている富裕層の主婦。

凡庸だった若いテレーズの頼りなげな瞳が、キャロルと出会ってからぐんぐんと

意志的に輝きだし、テレーズの存在により、自分らしく生きることを自分に許し、

自分を解放してゆくキャロルが、筋を通す潔さと勇気を取り戻してゆく。

年齢差や社会的人種的な階級の高低差が歴然としている二人が惹かれ合った、しかも

障壁はそれだけではない、それどころでは、ない。

この二人の恋愛を、真っ当に、素直にシンプルに描いているだけであるがゆえに、その

高い高い、現代に至ってもまだ十分に高いであろう ” 同性間の恋愛 ” という障壁

への強い問いかけが、ゴージャスかつ香り高い演出意匠により最高に表現されています。


50年代のニューヨークのアコースティックでレトロな時代演出も素晴らしく、

ショーウィンドウや自動車の窓ガラスにリフレクションしている歳末のネオンや雨粒

が、ゆったりした古いジャズナンバーが流れる中でロマンティックに映し出されます。

ゆったりとした古いジャズナンバーの中で象徴的なのが 『 Easy Living 』。



     あなたのために生きるって、それは気楽な暮らし

     恋をすると、生きているのが楽になる、

     だから私の人生は あなただけ、

     それほど どっぷり浸ってる。


     あなたに捧げた年月を、

     後悔なんか するもんか。

     惚れているなら、

     貢ぐことなど 何でもない

     好きなあなたのためならば、

     そんな苦労も厭わない。


     あなたのおかげで

     正気をなくしているのかも。

     あなたは私を意のままに

     操っていると 人は言う。

     ねえ あなた、

     そこが一番 いいのにねえ、

     世間は判っていないんだ。


     あなたのために生きる、それは気楽な暮らし

     恋をすると、生きているのが楽になる、

     私は惚れて、惚れ抜くの、

     私の人生は あなただけ、

     それが 生きがい。




ビリー・ホリディの歌と、テディ・ウィルソンのピアノの、大ヒット名盤。

映画の中で当時のジャケットで、当時のレコード店を再現して、恋に落ちたテレーズが

いそいそと購入するシーンが。

ジャズファンの私としましては予期せぬ楽しい贈り物でした。



この恋物語のエンディングに深い余韻を与えているのは、

恋が本物の愛へと変わり、二人が・・・ほんの1分ずれていたら出会わなかったであろう二人が

社会的な環境も境遇も年齢も全く違う二人が 何故か惹かれ合って探り合って許し合って受け

入れ合った二人が、どうやらずっと一緒に人生を歩いて行くのかもしれない・・・という可能性を

仄かに、でも確かに示したことによるでしょう。

原作通り。画期的で、当然で、真っ当。

★★★★★、 必見です。
























コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )