レーヌスのさざめき

レーヌスとはライン河のラテン名。ドイツ文化とローマ史の好きな筆者が、マンガや歴史や読書などシュミ語りします。

少女マンガの特質③トランスジェンダー

2006-05-16 06:35:01 | 月にかわって:少女マンガ論文要約
3 トランスジェンダー

 この言葉は広く解釈できる、男装・女装、同性愛、そして「戦う女」もこれに含まれうる。
 最初の少女マンガとされる『リボンの騎士』は、王子として育てられたサファイヤ姫の冒険物語である。作者は宝塚歌劇に大きな影響を受けたことは有名であり、宝塚歌劇はずべて女性が演じており、特に男役スターが花形である。
 少女マンガにおいて、男装はしばしば現れる設定であり、このテーマで必ず言及されるのが上述のサファイヤと、『ベルサイユのばら』のオスカルである。フランス革命を背景に持つこの物語の主人公は、王家に使える軍人の家に生まれ、跡継ぎとして男として育てられ、王妃に仕える。しかし、革命思想に目覚め、バスティーユ攻撃に参加して戦死する。
 ホモセクシュアルも、『トーマの心臓』などの少女マンガ古典、専門雑誌の創刊、外国映画のヒットなどの段階を経て、今日の少女マンガでは無視できない要素となっている。人気の理由は様々に分析されているが一言では言えない。日本の歴史や風俗を見れば、古代の伝説的英雄ヤマトタケルの女装エピソード、歌人紀貫之が女のふりをしてつづった『土佐日記』、男装して舞う中世の白拍子、伝統芸能歌舞伎、男歌手が女心を歌う演歌。そして、仏教では男色をタブー視していなかったこと。これらの性別越境が日本だけのものだと断言はもちろんできないが、目だっているとは言えよう。
 戦いは男の領分とされているので、戦う女も性別越境に加えることができる。この関連で、あずみ椋『神の槍』を取り上げよう。主人公アースゲイルは、ノルウェーのハラルド美髪王(9世紀に実在)の側室の娘。この美しく勇敢な少女は、強いられた婚礼の席でヴァイキングの襲撃にあい、首領レイヴに連れ去られる。海に出られたことを喜ぶ彼女は、父との葛藤と和解ののち、レイヴと共に旅を続ける。これが連載の前史になる。
 続く部分に登場する、アースゲイルを羨ましいと思う少女の挿話が興味深い。パリ伯の娘マチルドは修道院で「女なんてつまんない 白い天馬に乗った勇者がここから連れ出してくれないかといつも思ってた」ところ、ヴァイキングの襲撃で人質となり、アースゲイルに出会う。マチルドは、男たちに混じって渡り合うアースゲイルに憧れを抱く。しかし、トラブルの相手をたやすく斬り伏せる様子におののき、「ヴァルキューレの翼は血に汚れていた その覚悟がなければ飛んではならないのだ 私になんの覚悟があろう 父のもとに帰ろう」――もとに戻った少女の心は少し変化している。「天馬なんか来なくてもきっと何か違う明日がやってくるよね」「あの北の国のヴァルキューレはどこまで飛んでいくのだろう」
 この結末は、冒険心の否定では決してない。諦めのような決心、楽天的な妥協、自由に伴う責任の自覚は、むしろ、自由への渇望が普遍的なテーマであることを示している。そして、少女マンガが昔も今も様々な形でのトランスジェンダーを追求していることは、意識的にせよ無意識にせよ、ジェンダーフリーの世界、女らしさという名の鎖からの解放の試みなのである。
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少女マンガの特質②異世界

2006-05-16 06:30:45 | 月にかわって:少女マンガ論文要約
2 異世界指向
 学園ものやホームドラマのように日常生活を舞台にした話がある一方で、非日常、別世界に展開する作品も数多くある。
① SFやFT
これは、少女よりも上の年代を対象とした「レディスコミック」との比較で際立った特徴である。少女誌よりも、「女性誌」のほうが、たとえば嫁姑、近所付き合い、キャリアと家庭の葛藤など身近なテーマが多い。
 その点、少女マンガのほうでは、宇宙や魔法の世界も珍しくない。神話伝説、メルヘンがよく取り入れられる。
② 外国
現代ものならばアメリカが比較的多く、歴史ものならばヨーロッパが目立つ。後者では『ベルばら』が代表である。
アクションものは、世界各地を飛び回る。最大ヒット作は『エロイカより愛をこめて』、東西冷戦下に繰り広げられるスパイアクションコメディである。ドイツ関連でほかに注目に値するのは『トーマの心臓』、ギムナジウムの少年たちの愛と苦悩が文学的に(?)描かれる。
 エジプト、トルコ、ペルシアなども異国情緒を感じさせる。近年では『三国志』も人気があり、少女マンガでもたびたび素材になる。
 しかしやはり一番人気の舞台はヨーロッパであろう。日本は「鎖国」をやめて欧米との関係を持つようになって、必死で追いつこうとしてきた。西洋化がすなわち進歩という時代が続いた。このことは美意識にも当然影響を与えた。一例として、池田理代子の発言がある。少女マンガの絵はまるで日本人には見えないと非難されるが、私たちは美術の時間にギリシア彫刻を美の理想として教えられてきたのだから、描く絵が西洋人のようになっても当然ではないか、とコメントしていたことがある。そして、最初の少女ストーリーマンガとされる『リボンの騎士』が宝塚歌劇の影響が大きいことは周知の事実であり、宝塚は華やかな異国情緒が売り物である。少女マンガとは、日本人のヨーロッパ憧憬が最もはっきりと現れたジャンルと言える。
 
③ 歴史
過去の日本も、現代人にとっては異国である。古代、平安、戦国、幕末あたりが頻繁に登場している。平安時代は、才気ある宮廷婦人たちが活躍した時代で、日本の女流文学の最盛期である。代表作、国際的にも名高い紫式部の『源氏物語』はマンガにもたびたびなっており、その一つ『あさきゆめみし』は、多くの女子高校生が、古典の授業で『源氏』を習うまえに読み、筋や登場人物を覚えることにも役立っている。
 明治維新の前の「幕末」、多くの血を流した殺伐とした時代にも様々なドラマがあり、最も人気のある存在はたぶん新選組であろう。幕府に対するテロ行為を抑えるために当時の首都、京都にあった戦闘部隊。キャラクターの多様性、傾く幕府のために最後まで戦った男たちの誠と友情の物語は多くのファンを持ち、少女マンガでも繰り返し描かれてきている。

遠いもの、異質なものへの関心は、冒険への憧れと見ることができる。これは、次に述べる「トランスジェンダー」とも関わってくるだろう。
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少女マンガの特質①美への偏愛

2006-05-16 06:25:52 | 月にかわって:少女マンガ論文要約
1、美しさへの偏愛
 女は美しいものが好きと思われているので、少女・女性の読むマンガが美しくあるのは当然である。「少女マンガ」に対する偏見として出てくる言葉は、「顔の半分が目、目の中に星、日本人なのに金髪、やたら細長い脚、背景の花」など。これらは誇張であるが嘘ではない。いまどきのマンガではかつてほど目が大きくはないが、それでも現実よりは大きい。長い脚も細い体もリアルではない。背景の花は、雰囲気つくりのためであり、または、「この人物は美人」というサインにもなる。少女マンガでは、登場人物が読者の目にきれいに見えることと、作中でそういう設定になっているかが必ずしも一致せず、少女マンガ標準は現実よりも美しい。だから、上記のような記号が必要なのである。
 美しさは醜さよりも単調なものなので、顔の描き分けの苦手なことは少女マンガ全般の弱点である。だから、人物の区別のためにも髪の毛が重要な役を果たす。髪の毛を美しく描くことが大切なのは、シャンプーのCM並と言える。髪は感情表現にも使われるが、髪形や色で人物を区別することは欠かせない。日本のマンガはほとんど白黒だが、日本人だからといって全員髪を黒くしなければならないわけではない。金髪のように描かれていても、染めているとすぐに思ってはならないのだ。誤解されるような西洋コンプレックスではなく、まずは、人物の区別が目的である。少女マンガの美意識は、西洋と日本と混ぜ合わせて美化を加えたものである。
 美への偏向は、歴史ものにおいて顕著である。少なからぬ少女マンガは歴史的素材を扱っているが、その選び方は、史的意義や業績、モラルではない。重要なのは、人生が(悲)劇的であること、周囲に個性的な人々がいること、そして容姿である。だから、チェーザレ・ボルジアやサン・ジュスト、多くの人々を死に追いやった悪役でもよく登場するし、奇矯な行動でハタ迷惑だったルートヴィヒⅡ世やシシィも人気があるのだ。したがって、ナチ時代が時々取り上げられても、決してヒトラーが主人公にならないことは容易に理解できる。
 極端なことに、史実では美しくないはずの人物までもしばしば美化される。好例はロレンツォ・ディ・メディチ。このフィレンツェの豪腕の権力者は、少なくとも少女マンガに3度出ているが、「美しくない」とセリフでのみ言っていたり、設定自体が美男に変えられていたり、本当にブオトコな絵で描かれてはいないのだ。
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少女マンガ論の序

2006-05-16 06:19:39 | 月にかわって:少女マンガ論文要約
2001年に、私は初めてドイツ語で論文を書きました。友人が紹介してくれたのですが、ドイツで出版される、「女性文学」がテーマの論文集で、日本はマンガが特殊な位置を占めているのでマンガでも可、ということなので、遠慮なく少女マンガを扱いました。なにを対象にしたものかと考えて、国際的知名度とそして私自身の愛着もあるという理由でやはり『セーラームーン』。でもせっかくなので、少女マンガというジャンル全般についてもまとめてみました。この拙稿について抜粋・要約してみます。本文は、外国人が読むこと前提なので日本史や日本文学についての説明もたびたび入ってますが、ここではそういうのはなるべく省略です。
 
 まず、マンガの出版形式が日本とドイツではだいぶ違う。ドイツでは基本的に雑誌がない。キオスクで売ってるような薄い冊子は、一冊につき一作。アルバムと呼ばれる本はだいたいA4サイズでカラー、せいぜい50,60ページくらい。モノクロでB6サイズの本もあることはある。
概して、日本のマンガは、モノクロで小さくて厚く、安い。
 マンガは読者対象でも分類されている、子供、少年。少女、成人男性・女性。この分類は今日明確ではなく、少女マンガを読む男性も、少年マンガを読む女性も多い。初期の「少女マンガ」は男性作家が描いていた。60年代から女性作家たちが活躍し始める。
 とりわけ重要なのは、72-73年の『ベルサイユのばら』池田理代子である。宝塚歌劇団で上演されてヒットし、少女マンガ読者たけでなく世間の注目も集めた。
 少女マンガは、次のような特徴を持っている。1、美しさへの偏愛 2、異世界指向 3、トランスジェンダー。
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