ALQUIT DAYS

The Great End of Life is not Knowledge but Action.

五分五分

2009年07月19日 | ノンジャンル
人生押し並べて見れば、良い事も悪い事も半々で落ち着く
ようである。
幸せを決めるのも自分であって、他人や環境に決められる
ものでもない。

巨万の富を得た人などは、他人が見るのはその富だけで
あるから、誰もが羨ましがるのであろうが、本人は例えば
病に苦しみ、痛みの中で毎日を必死で生きているかもしれない。

身体は頑健でも、その日を生きるために必死で働いて、
働きづめの一生を送る人もいるであろうし、物質面、
健康面で恵まれていても、それが生きる希望を阻害して、
周りから見れば不思議で仕方がないのだが、自ら死を選ぶ
人もいる。

美人薄命、醜悪長寿。いずれが幸せかは、もちろん本人の
問題であって、他人がどう考えようがまるで関係がない。

十人十色の人生があれば、十人十色の幸せがある。

出来れば贅沢は出来ずとも、美味しく食べることが楽しく、
たまに少し贅沢をして美食をし、身体も健康を感謝するのに
一病を持ち、人の痛みを自分の痛みとできる精神を持って、
少なくとも食べること、動くこと、考えることができる
自分の身の上を感謝できる生活であれば、まずまず幸せ
であろう。

若い頃は、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を物足りなく
感じていたが、人として生きる幸せに満ちたものとして
今は読むことができる。

五分五分で上等、六分四分ぐらいまで持っていければ、
自分もまんざら捨てたものではないと思って終えることが
できるかもしれない。