日々の感じた事をつづる
永人のひとごころ
こころの除染という虚構 41
心の除染という虚構
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椎名敦子が「地域でなく個別の避難らしい」と知ったのは、NHKの記者の取材を受けた時だ。敦子は頭を振る。そうではない、当初から求めているのは子供全員の避難だ。
「私たちはとにかく、小国小学校を学校丸ごと疎開させてほしかったんです。全校児童57人の小さな小学校。子供を全員助けてほしい。避難させてほしい」
母親たちが声を挙げて行く中、地域で軋轢も生まれてきた。母親たちの多くは『嫁』という立場だ。
義父母から『嫁のくせに騒ぐな』とくぎを刺されるばかりか、地元のJA(農業協同組合)からも陰に陽に圧力がかかる。
『騒ぐとそれだけ風評被害が増える』
こんな時だ。初めての住民説明会が開かれたのは。
6月10日、市長自ら出向き、住民に何が起きているのかを説明するという。
場所は上小国にある「小国ふれあいセンター」。しかしこの説明会に敦子たち小国小PTAの参加が許されることはなかった。
参加者を上小国と下小国の区民会長と副会長、行政区長と班長などに限定した、クローズの会として設定されたのだ。行政区長は地域の代表者、班長も主に年配者が担うのが恒例だ。
高齢者だけの集まりで、子育て世代は一切参加が認められないものとなった。
敦子は何とかこの会への参加を熱望した。子を持つ母の声を市長に届けたい。
国にも聞いてもらいたい。制度が決まってしまう前に何としても!
地元の霊山支所に訴えたところ、保原町にある本庁でないとわからないという。
そこで敦子は友人と一緒に本庁に電話をして正式に、住民説明会への出席の許可を求めた。しかし、市から帰ってきたのは無機質な答えだ。
「今回は区長と班長だけの集まりなので、お母さん方の参加は無理です。不満を聞く場は後日、開くようにしますから」
しかしそのような場はついに持たれることはなかったと言っていい。唯一、クローズではなく
『下小国・上小国の皆様へ』という、全住民へ開かれた会を持たれたのは、6月28日、モニタリングもとっくに終わり2日後には避難対象となる
『地点』が発表されるという、すべてが決まった後だった。 続く