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心の除染という虚構⑱

心の除染という虚構 

 携帯からは幾度も地震速報が鳴り響く、そのたびに恐怖が走り、テレビをつければ全チャンネルが『ぼぼぼぼぼん』の『変な絵』(公共広告機構のCM)ばかり。そしてくりかえされる津波のニュース。

「あの夜、気持ち悪いほどの閉塞感を感じました。新幹線も在来線も高速道路も止まってしまって、ああ、私たち福島から出られないんだなって思いました。ニュース以外のテレビもやっていないというのも、子供には非現実なものを見せてあげたいのに、そういう自由もなくて息が詰まりそうな何とも言えない圧迫感がありました」

 夫の享はこの日の夜から福島第一原発の状況をネットで逐一追っていた。しかし、敦子にとってその時には津波が最大の関心事だった。

  「主人は原発が危ないとか言うけど、そんな話、全然聞いていなかった。絶対ここまで来ないでしょう。放射能なんてって、うちは幸せだからいいじゃん。家もあるし、家族も無事だし。それより名取で何百もの遺体があがったってどういうことだろう。何が起きたんだろうって恐怖でした。しょっちゅう遊びに行っていたところだし、そっちの恐怖の方が大きかった」

翌日ももちろん、原発のニュースばかり。枝野官房長官が「ただちに健康に影響が無い」と繰り返すのを、敦子は他人事のように眺めていた。

 

ここでふと、言葉を置いて敦子は言う。「あれ?あたし、本当に心配するようになったのはいつからだったんだろう」事故後1年弱、鬱になるぐらい心配でたまらなかった。見えないけれど、ここにもあそこにも放射能が有って、どうやって子どもを守ればいいのかって日夜、押しつぶされそうな日々だった。

 出口のないトンネルに一夜にして押し込まれたような毎日を、ほどなく敦子は過ごすことになる。

強烈に覚えているのは、長男の一希が泣き喚いたことだった。「1号機だったか、爆発の映像をテレビで見た時、一希が『この世の終わりだー!』って泣いたんですよ。そんなこと誰も教えていないのに。だって私たち、原発は安心で安全なエネルギーって教わって来たんだから」

泣き叫ぶ長男を「大丈夫だよ、ここまで来ないからね」と慰めた。敦子はふっと、自嘲気味に笑う。

子どもの言う通りに成っちゃった

家の外に「何か」がある、実感したのは、享の知り合いがガイガーカウンターを持ってきた時だ。1週間後のことだった。初めて見る機械、それがまさか、ほどなく馴染みのものになってしまうとは。

「線量を調べられる機械だって説明されて、外で電源を入れたらすぐにピーピー鳴って地面の近いところで5とか6。1メートル上で3。家の中だと0・15。だから、家の中は安全なんだと言われました」

何が危険で何が安全なのかはよくわからない。その数字が意味するものもよくわからない。

ただ初めて、見えないけれど目の前に『あっ、何かがあるんだ』ということはわかった。外と家の中の違いも・・・。

「それからは子どもをなるべく、外へ出さないようにしました。出すときはテレビで言っているように、マスクして長袖、長ズボン。どこまで効果あるかはわからないけど、テレビでそう言っているのだから」

莉央は言うことを聞いて家で過ごしていたが、

一希は親の目を盗んではちょこちょこ抜け出して外へ行った 続く

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