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心の除染という虚構⑰

心の除染という虚構

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 まさか数か月後に、自分がいくつものテレビカメラの前に立つことになろうとは、椎名敦子(仮名当時38歳)には思いもしないことだった。霊山町下小国で自営業を営む家に嫁いで12年、福島市内で生まれ育った敦子にとって、小国は『お嫁に来なかったらわざわざ行く場所ではない』土地だった。2人目の子供が生まれて同居を始めた時には、曾祖父に曾祖母、祖父母・義妹、夫婦に子ども2人という大家族だった。

「外を歩いていると、みんなあたしを知っているの。あたしは誰も知らないのに。『あなた椎名さんとこのお嫁さんでしょう』って声を掛けられる。最初は緊張しました。それだけ地域の力が強い土地です」

自宅は国道115号線に面し、同じ小国でも早瀬道子や、まして上小国の高橋佐枝子が住む山あいと違って、近所に商店もある小国の中心地に位置する。ここで代々、自営業を営んできた。

 その日、小国小5年の長男・一希(かずき・仮名、当時11歳)と2年の長女、莉央(りお・仮名、当時8歳)は学校へ、夫の享(とおる・仮名、当時38歳)はお客のところへ。敦子は自宅の事務所で事務作業を行っていた。

「携帯電話の地震速報が鳴ったから、事務所の隣の茶の間にいる曾ばあちゃんに、『ひいばあちゃ-ん、地震、来るってよ!』って声かけたら、すぐに揺れ出した」

 今まで知っている地震と大違いだった。曾祖母は94歳。敦子は直ぐに駆け寄った。「ひいばあちゃんの手を握って倒れそうなテレビを押さえていた。終わったと思ったらまたグラグラ揺れ出して、私、その時初めて家が壊れるのかなって思った。

 物凄い恐怖を感じて、ただただ、いつ止まるんだろうって思ってた。びっくりするほど長い揺れで、曾ばあちゃんとテレビとつながっている状態で、もう動けなかった」

 一旦揺れが収まった後、敦子は犬を抱いて外に出た。

「外に出て家の前に呆然と立っていた。私家が揺れる音を初めて聞きました。増築した部分がガシャン、ガシャンと離れては戻る。ああ、壊れると思ってすごくこわかった」

 長男の一希は教師が付き添って徒歩で帰宅し、長女の莉央は同級生の母親が車で連れて来てくれた。小国小まで車で5分の距離だが、子供の足では30分はかかる。子供と一緒に家の中に入って、テレビを付けた。画面には見たこともない光景が広がっていた。

 仙台空港の津波の映像にびっくりして、これが実際起きているのかと信じられなかった。津波で流された人たちのことを思えば、私たちは幸せだと思いました。家もあるし、家族もいる。私たちはずっといいって」

 地鳴りというものを初めて聞いた。ゴゴゴゴゴーと地を這ってくるような、不気味な音が一晩中地の奥底から響いてきた。続く

 

 

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