南宋の蘇軾の漢詩を紹介します。
澄邁驛(ちょうまいえき)の通潮閣(つうちょうかく)
餘生欲老海南村
帝遣巫陽招我魂
杳杳天低鶻沒處
青山一髮是中原
「詠み方」
余生 老イント欲ス 海南ノ村
帝巫陽(ふよう)ヲシテ 我ガ魂ヲ招カシム
杳杳(ようよう)トシテ天低(た)レ 鶻(こつ)沒スル処
青山一髮 是レ中原(ちゅうげん)
「訳」
私は、もはや余生をこの海南の村で過ごそうと心に思っていたのだが、
天帝が巫陽に私の魂を呼びもどすようお命じになった。
はるかに遠く大空は水平線の彼方にたれて、そこにははやぶさの姿がか き消える。
ひとすじの髪の毛のように細く連なる山なみ、あれこそ中国の地だ。
「鑑賞」
蘇東坡は左遷された海南島で死ぬ覚悟をしていたことでしょう。
しかし、皇帝、徽宗(きそう)が即位すると、党派争いを緩和するた めに旧法党の官僚をも用いるような状況になりました。
65歳の春、蘇東坡は、廉州(れんしゅう)安置に移す命を受けました。思いもかけぬ中国本土への帰還でした。
海南島の北岸、澄邁驛(ちょうまいえき)まで来て、対岸を望み見ました。そして今、目の前にする大陸。「青山一髪是れ中原」。万感をこめて蘇東坡はうたいきりました。
なお、頼山陽の名詩 「天草洋(あまくさなだ)に泊(はく)す」の、「水天 髣髴(ほうふつ)青一髪(せいいっぱつ)」は、蘇軾の上記の詩から借用されたのでしょう。
石川忠久「漢詩紀行二」NHK出版
澄邁驛(ちょうまいえき)の通潮閣(つうちょうかく)
餘生欲老海南村
帝遣巫陽招我魂
杳杳天低鶻沒處
青山一髮是中原
「詠み方」
余生 老イント欲ス 海南ノ村
帝巫陽(ふよう)ヲシテ 我ガ魂ヲ招カシム
杳杳(ようよう)トシテ天低(た)レ 鶻(こつ)沒スル処
青山一髮 是レ中原(ちゅうげん)
「訳」
私は、もはや余生をこの海南の村で過ごそうと心に思っていたのだが、
天帝が巫陽に私の魂を呼びもどすようお命じになった。
はるかに遠く大空は水平線の彼方にたれて、そこにははやぶさの姿がか き消える。
ひとすじの髪の毛のように細く連なる山なみ、あれこそ中国の地だ。
「鑑賞」
蘇東坡は左遷された海南島で死ぬ覚悟をしていたことでしょう。
しかし、皇帝、徽宗(きそう)が即位すると、党派争いを緩和するた めに旧法党の官僚をも用いるような状況になりました。
65歳の春、蘇東坡は、廉州(れんしゅう)安置に移す命を受けました。思いもかけぬ中国本土への帰還でした。
海南島の北岸、澄邁驛(ちょうまいえき)まで来て、対岸を望み見ました。そして今、目の前にする大陸。「青山一髪是れ中原」。万感をこめて蘇東坡はうたいきりました。
なお、頼山陽の名詩 「天草洋(あまくさなだ)に泊(はく)す」の、「水天 髣髴(ほうふつ)青一髪(せいいっぱつ)」は、蘇軾の上記の詩から借用されたのでしょう。
石川忠久「漢詩紀行二」NHK出版