山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

雨引き観音参詣

2008-03-18 03:24:21 | 宵宵妄話

  毎月曜日は、特別のことがない限り、家内のフォークダンスの練習に付き合ってつくば市まで出向き、練習の間に歩きを楽しむことにしているのだが、昨日(3/17)は、それが終わった後、新聞に載っていた雨引き観音の境内などに植えられた河津桜が満開になったという記事を読んで、ちょっと見物がてら参詣しようということで、出向いたのだった。つくば市の中心部からは45分ほどの距離にある。

 雨引き観音などといっても殆どの人は知らないと思うが、三十三観音めぐりをされた人で、坂東三十三観音を回った方であれば、その24番札所として訪ねられたはずの名刹(めいさつ)である。今は桜川市になったが、平成の合併までは大和村というところにあった。開創は587年、梁の国の人法輪独守居士という方によるという。かなり古い。お寺の縁起によれば、821年に嵯峨天皇の勅命により雨を祈り、その効験により雨引山の山号を得たという。雨引山楽法寺が正式の名称であり、ご本尊は延命観世音菩薩である。

 観音様は、日本では大衆には一番人気のある仏様のようである。全国に観音めぐりの信仰は多い。斯く言う自分たちも西国三十三観音、坂東三十三観音、秩父三十四観音、合わせて百観音めぐりを済ませている。特に観音信仰に帰依しているわけではないが、旅の進め方の一つとして実行しただけである。観音様はそのようないい加減な者に対しても、何かあれば直ぐに来て救って下さる仏様なので、安心している。

 自分のお経といえば、般若心経はどうにか諳(そら)んずることが出来るが、観音経は長いので、未だに覚え切れていない。死ぬまでの間にはちゃんと誦せるようになりたいと思っている。観音信仰が何で三十三に縁があるのかといえば、お経の中に書かれているように、観音様は三十三のお顔を持ってこの世に助けに現れるからである。観音経の真髄は「即時観音音声、皆得解脱」というふうに覚えているが、この中で下線の部分のことばが思い起こせないので、この字が正しいのかどうか解らない。意味は、「観世音菩薩様お助けください、とお願いすれば、待ったなしで助けてくださる」ということであり、煩悩に苦しむ衆生の願いを、衆生の立場に立って即座に救って下さるということである。真に有難い仏様である。

 さて、仏様の話はこのくらいにして、今日は河津桜見物を兼ねての参詣だったので、写真を中心にして雨引き観音の様子を紹介したい。少し余計な写真も入っています。

    

    今日の筑波山は春霞に包まれて不機嫌そう。霞は花粉でした。

  

   境内に向かう山道にキブシの花が春を歌っていました。 

  

  参道入り口にある薬医門:真壁城の大手門が寄進されたものとか。安土桃山時代の歴史の重さを感じさせます。

  

  鐘楼と修善寺寒桜。逆光で暗くなってしまいましたが美しい花です。

  

  仁王門:薬医門の少し上にある山門です。彩色鮮やかですが、貫禄があります。

  

  本堂:彩色された本堂というのは珍しいような気がします。

  

  多宝塔と河津桜:写真では多宝塔がはっきりしませんが、とても立派なもので、このお寺の中では一番目立つ建物です。

  

  満開の河津桜:境内に到るまでの山道に若い河津桜の木が、そして境内にも少し大人になりかけた河津桜の木が植えられて、参詣者を楽しませてくれています。

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