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村雨庵 茶の湯日記

日々是茶の湯

谷風に

2020-12-30 22:51:15 | 和歌と歌人

谷風に
とくる氷のひまごとに
打ちいづる波や
春の初花
『古今和歌集』春歌上12
和歌・歌人59
源 当純ミナモノトマサズミ

源 当純
ミナモノトマサズミ
平安時代前期の貴族・歌人。
文徳源氏、
右大臣・源能有の五男。
官位は従五位上・少納言。


今朝は雨が降っていた
午前中には上がったが
夕方から風が強く吹く
冷たく
寒い

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文屋 朝康フンヤノアサヤス

2020-12-29 23:08:22 | 和歌と歌人

白露に 
風の吹きしく 
秋の野は 
つらぬきとめぬ 
玉ぞ散りける
『後撰和歌集・巻六・秋中308』
和歌・歌人58

文屋 朝康フンヤノアサヤス
平安時代前期の官人・歌人。
縫殿助・文屋康秀の子。
官位は従六位下・大膳少進。
子に康永がいる。
寛平4年(892年)駿河掾、
延喜2年(902年)大舎人大允のほか、
大膳少進を歴任した。

「寛平御時后宮歌合」「是貞親王家歌合」の作者として出詠するなど、
『古今和歌集』成立直前の歌壇で活躍した。
しかし、勅撰和歌集には『古今和歌集』に1首と
『後撰和歌集』に2首が入集している

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大江千里オオエノチサト

2020-12-27 22:53:00 | 和歌と歌人

照りもせず曇りもはてぬ春の夜の
おぼろ月夜づきよにしく物ぞなき
『新古今集・巻一・春歌上55』

月みれば千々に物こそ悲しけれ
我が身ひとつの秋にはあらねど
『新古今集・巻四・秋歌上193』

和歌・歌人57
大江千里オオエノチサト

大江千里オオエノチサト
平安時代前期の貴族・歌人。
参議・大江音人の子。
一説では従四位下・大江玉淵の子。
中古三十六歌仙の一人。
宇多天皇の頃の歌合に参加、
寛平9年(897年)宇多天皇の勅命により
家集『句題和歌』(大江千里集)を撰集・献上している。
『古今和歌集』の10首を始めとして、
以降の勅撰和歌集に25首が入集している。
歌は儒家風で『白氏文集』の詩句を和歌によって
表現しようとしたところに特徴がある。

照りもせず曇りもはてぬ春の夜の
おぼろ月夜づきよにしく物ぞなき
この歌は源氏物語の花の宴に登場する
「いと若うおかしげなる声の…」その女性が
「朧月夜に似るものぞなき」と口ずさむ
というお話し
それだけ有名な歌だったのだろう

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菅原道真スガワラミチザネ

2020-12-25 22:47:15 | 和歌と歌人

このたびは 
幣ヌサも取りあへず 
手向山タムケヤマ
紅葉の錦 
神のまにまに
『古今集』羈旅・420

東風コチ吹かば
にほひおこせよ梅の花
主あるじなしとて
春を忘るな
『拾遺集』巻十六・雑春1006

海ならず 
たたへる水の底までに 
きよき心は月ぞ
てらさむ
『新古今集』巻十八・雑歌下1697

和歌・歌人56
菅原道真スガワラミチザネ

菅原道真スガワラミチザネ
845 - 903
平安時代の貴族、
学者、漢詩人、政治家。
参議・菅原是善の三男。
官位は従二位・右大臣。
贈正一位・太政大臣。
忠臣として名高く、
宇多天皇に重用されて、
寛平の治を支えた一人であり、
醍醐朝では右大臣にまで上り詰めた。
しかし謀反を計画したとして(昌泰の変)、
大宰府へ大宰員外帥として左遷され
現地で没した。
死後怨霊と化したと考えられ、
天満天神として信仰の対象となる。
現在は学問の神として親しまれる。
(ウィキペディアヨリ)

写真は
きぬかつぎ
とサツマイモ
チンして食べた
うまし

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二条后ニジョウノキサキ

2020-12-18 23:55:33 | 和歌と歌人

雪のうちに春は来にけり鶯の
こぼれる涙今やとくらむ 
《古今集・巻一・春歌上・四》
和歌・歌人55
二条后ニジョウノキサキ

二条后
藤原 高子フジワラノコウシ、タカイコ
842~910
清和天皇の女御、のち皇太后。
父は藤原長良。
母は贈正一位大夫人藤原乙春。
藤原基経の同母妹。
通称、二条后ニジョウノキサキ。
子は陽成天皇、貞保親王、敦子内親王。

伊勢物語の在原業平の思い人として語られている
11月のEテレ「100分で名著」で
「伊勢物語」が放映された
それにこの和歌も登場した


今日は
半年に一度の膀胱癌の検診
再発は認められずとのことで
安心した

気がつけば椿の文様ばかりが
近くにあったので
写真を撮った

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藤原因香フジワラノヨルカ

2020-12-06 23:36:28 | 和歌と歌人

たれこめて
春のゆくへもしらぬまに
待ちし桜も
うつろひにけり
《古今集・巻二・春歌下・80》
 和歌・歌人54
 藤原因香フジワラノヨルカ
生没年未詳
平安時代前期の女流歌人。
藤原高藤タカフジの娘。
母は尼敬信キョウシン。
寛平カンピョウ9年(897)従四位下,
掌侍となり,のち典侍。
「古今和歌集」以下の勅撰集に5首はいっている。


今日は日曜日
NHKの大河ドラマで
光秀と三条西実澄サンジョウニシサネスミの対面の場面があった

三条西実澄は実澄のあと実枝サネキと名のる
三条西家六代である

三条西実枝サンジョウニシサネキは
四代の三条西 実隆サネタカの孫
三条西 実隆サネタカは
室町後期から戦国時代の人。
宗祇ソウギから古今伝授を受けている。
三条西家の家業と言えば
歌道とともに香道のお家流があり
書家としても
エス先生や紫兎先生の所で
三条西実隆の掛け物を拝見した事があった


写真は川上澄生の版画の表紙絵

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藤原敏行フジワラノトシユキ

2020-11-30 23:16:22 | 和歌と歌人

秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども
風の音にぞ おどろかれぬる
『古今和歌集・巻四・秋歌上169』

すみの江の岸による波よるさへや
夢のかよひぢ人目よくらむ
『古今和歌集・巻一二・恋歌二・559』
和歌・歌人53
藤原敏行フジワラノトシユキ

平安時代前期の貴族・歌人・書家。
藤原南家巨勢麻呂流、
陸奧出羽按察使・藤原富士麻呂の長男。
官位は従四位上・右兵衛督。
三十六歌仙の一人。

ついつい藤原敏行ビンコウと
言ってしまいそうだが
トシユキとよもう
秋来ぬと…
そういうときもあったが
明日からはや師走だ
昨年十二月に熱海の光琳茶会を申込み
今年の二月に茶会参加
各服点で濃茶を頂いた
それ以後茶会には出かけない
老齢者なのでうつったら危険
コロナ禍でもできることを
少しずつやろう

お茶の稽古も
少ない人数で
長くない時間
頭と体をたくさん使って
集中力と免疫力をつけよう

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素性法師ソセイホウシ

2020-11-27 23:34:25 | 和歌と歌人

見わたせば 柳桜をこきまぜて 都ぞ春の 錦なりける
『古今集・巻一・春歌上・56』

おもふどち 春の山辺に うちむれて そこともいはぬ たびねしてしが
『古今集・巻二・春歌下・126』

今来むと 言ひしばかりに長月の 有明の月を 待ち出でつるかな
『古今集・巻一四・恋歌四・691』

底ひなき 渕やは騒ぐ 山川の 浅き瀬にこそ あだ波はたて
『古今集・巻一四・恋歌四・722』

和歌・歌人52
素性法師
平安時代中期の歌人。
三十六歌仙の一人。
僧正遍昭 の子。
俗名,良岑玄利 (よしみねのはるとし) 。
出家して,雲林院や良因院に住んだ。
『寛平御時后宮歌合』に出詠し,
昌泰1 (898) 年宇多上皇の
宮滝御幸に供奉して和歌を詠み,
延喜5 (905) 年藤原定国
四十賀の屏風歌を詠進している。
家集に『素性集』があり,
『古今集』以下の勅撰集に
65首近く入集。
(ブリタニカ国際大百科事典 ヨリ)

今日は家にずっといて
炉中の掃除
茶道具の片づけ
自宅の茶会のしたく
サカチカさんがプリンを持ってきて
オマケに手伝ってくれた
来週は12月
師走
友人が送ってくれた写真
紅葉が美しい

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大友黒主オオトモノクロヌシ

2020-11-24 23:32:47 | 和歌と歌人

思ひいでて恋しきときは初雁のなきて渡ると人知るらめや
『古今集』巻十四

春雨のふるは涙か桜花ちるを惜しまぬ人しなければ
『古今集』巻二
 和歌・歌人51
 大友黒主オオトモノクロヌシ

大友 黒主
オオトモノクロヌシ
平安時代の歌人・官人。
姓は村主。地方の歌人。
六歌仙の一人だが、中で唯一
小倉百人一首に撰ばれていない。
『古今和歌集仮名序』紀貫之に
「大伴黒主はそのさまいやし。
いはば薪を負へる山人の
花の陰にやすめるが如し」と評される。


写真は寒葵カンアオイ

昨日の写真は魯山人

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文屋康秀フンヤノヤスヒデ

2020-11-22 23:53:47 | 和歌と歌人

春の日の光にあたる我なれど
かしらの雪となるぞわびしき
(古今8)

吹くからに秋の草木のしをるれば
むべ山風をあらしと言ふらむ
(古今249)

草も木も色かはれどもわたつうみの
浪の花にぞ秋なかりける
(古今250)

和歌・歌人50
文屋康秀フンヤノヤスヒデ

平安初期の歌人。
六歌仙の一人。
生没年不詳。
《古今集》巻十六に
深草帝(仁明天皇)の没した850年(嘉祥3)の
おそらく翌年に詠んだと思われる歌がある。
官は860年(貞観2)に刑部中判事。
三河掾,山城大掾をへて879年(元慶3)縫殿助。
《古今集》には,
文屋康秀が三河掾になって
県見(あがたみ)に誘った際に詠んだという,
小野小町の
〈わびぬれば身を浮き草の根を絶えて
誘ふ水あらばいなむとぞ思ふ〉
(巻十八)の歌がのせられている
(コトバンクヨリ)

子の朝康も歌人だ
また仮名序で紀貫之は
「詞コトバはたくみにて、
そのさま身におはず、
いはば商人アキンドの
よき衣着たらんがごとし」
とある

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光孝天皇コウコウテンノウ

2020-11-16 22:14:00 | 和歌と歌人

君がため
春の野に出でて
若菜摘む
わが衣手に
雪は降りつつ 
 『古今集』春・21
 和歌・歌人49
 光孝天皇コウコウテンノウ

光孝天皇
830~887
仁明天皇の第3皇子、
即位前は時康トキヤス親王。
陽成天皇の後、
藤原基経モトツネに擁立ヨウリツされて即位したが、
政治判断はすべて基経がした。
小倉百人一首の歌番号15番
万葉集の下記和歌の類想歌だという

君がため 
山田の沢に 
ゑぐ摘むと 
雪消の水に 
裳の裾濡れぬ  
『万葉集・巻10』読み人知らず
ゑぐ=オモダカのこと

写真は八つ手の花に
思わずパチリ

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文屋有季フンヤノアリスエ

2020-11-15 23:35:56 | 和歌と歌人

神無月カンナヅキ
時雨降りおける
楢ナラの葉の
名におふ宮の
古毎フルコトぞこれ
 『古今集・巻十八、雑歌下』
 和歌・歌人48
 文屋有季フンヤノアリスエ

文屋有季フンヤノアリスエは
生没年不明、仔細不詳。
古今和歌集に採られている歌は
この一首のみである。

デジタル大辞泉の解説
《奈良の古言ナラノフルコト》の欄に
この和歌が出ている
 
『万葉集の成立時についての、
清和天皇の問いに、
文屋有季が
「神無月時雨降りおけるならの葉の
名におふ宮の古言ぞこれ」
と答えたという古今集の歌から』
万葉集の異称。

つまり奈良の古言とは
万葉集のことを言うらしい

写真は
先日行った五島美術館の門
名前は不老門だったか
ここを通り過ぎると正門がある

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在原業平アリワラノナリヒラ

2020-11-14 22:35:15 | 和歌と歌人

世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし
『古今集・巻一・春歌上』

さくら花散りかひくもれ老いらくの来むといふなる道まがふがに
『古今集・巻七・賀歌』

から衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞ思ふ 『古今集・巻九・羈旅歌』

名にし負はば いざこと問はむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと
『古今集・巻九・羈旅歌』

月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ 我が身ひとつは もとの身にして
『古今集・巻十五・羈旅歌・恋歌五』

つひにゆく道とはかねて聞きしかど昨日今日とは思はざりしを
『古今集・巻十六・哀傷歌』


人知れぬ わが通ひ路の 関守は 宵々ごとに うちも寝ななむ
『古今集・巻一三』


忘れては 夢かとぞ思ふ 思ひきや 雪踏みわけて 君を見むとは
『古今集・巻十八、雑歌下』

和歌・歌人47
在原業平アリワラノナリヒラ
有名な歌が多い
この位はスラスラ言えたら良いが


今日はわが家の縫いもの教室の日
午後から社中
先生は色々得意な人がする
皆さんは足袋入れとか
あづま袋とかを作ってる
私はのし袋入れの変形で
謡本を挟む入れ物を作った
三つ作る予定が製図に手間取り
ひとつのみ完成
縫物教室でも縫うところは一切無し
ボンドで貼り付けるのだが
表にベタっとボンドがついてしまった
アルコールで拭いたが
跡が黒く残って台無し
では今日のは試作品
次月の時に
仕上がり重視で頑張ろう

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源融ミナモトノトオル

2020-11-03 23:15:18 | 和歌と歌人

陸奥ミチノクの
しのぶもぢずり
誰ゆえに
乱れむと思ふ
我ならなくに
《古今集・巻十四・恋歌四・724》
 和歌・歌人46
 源融ミナモトノトオル

源融ミナモトノトオル
河原左大臣822-895
嵯峨天皇の皇子
小倉百人一首歌番号14
『源氏物語』光源氏のモデルとも言われている

写真は東京駅の模型

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在原行平アリワラノユキヒラ

2020-10-05 21:18:07 | 和歌と歌人
  1. 立ち別れ
    いなばの山の みねにおふる
    まつとし聞かば
    今帰り来む
    《古今集・巻八・365》
     和歌・歌人45
     在原行平アリワラノユキヒラ



    在原 行平アリワラノユキヒラ、
    平安初期から前期にかけての公卿・歌人。
    平城天皇の第一皇子である
    阿保アボ親王の次男(または三男)。
    官位は正三位・中納言。
    在中納言・在民部卿とも呼ばれた。
    小倉百人一首では中納言行平。
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