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近代家族規範をこえて子育て支援を考える

『教育学へのレッスン』より 近代家族規範をこえて子育て支援を考える
子育て家族をめぐって
 子育てする母親のさけび「たった一人の子どもなのに育児がしんどい」「子どもとの生活の緊張から解き放たれたい」「欲しくて産んだ子どもなのに面倒がみられない。こんな親をもつ我が子はかわいそう」。みなさんは、このさけびをどのように思うだろうか。共感するか、母親なのだからもっとしっかりすべきだと思うだろうか。
 実際のところ、後者の考え方は、1990年代後半以降、社会的にも政策的にも高まっている。ひきこもり・少年犯罪・学力格差などの諸問題の根底には家族機能の低下があるが故に、家族の教育機能の支援を政策化しようという動向である。2006年には改正教育基本法に、第十条「家庭教育」、第十一条「幼児期の教育」が新設され、「家庭教育支援法」なるものも検討されている。これらの政策が前提としているものは、①子育ては、父母が第一義的に担うものであり、②家族には、教育力が備わるよう努力すべきものであるという家族規範、子育て観である。これらは、普遍的な事柄なのだろうか。
歴史的存在としての家族、モデル(理念型)としての近代家族
 近代以前をふりかえれば、今よりもっと多様な子育てや生活の共同化が当たり前のように行われていた。戦前までの日本は、第一次産業とくに農業に携わる家族が大半を占め、三世代にわたる大勢の家族成員が農作業に従事していた。母親は貴重な労働力であり、子育てはその合間になされるものであり、祖父母や姉兄、子守りなど複数の手で行われていた。さらに、生活も地域共同体の関わりが欠かせないものであり、個別家族は、村落や生活共同体と一体化しつつ、初めて子どもを一人前の大人に育てるという機能を維持し得ていたと言えよう。
 夫婦の愛の結晶である子どもの教育を中核に置き、夫は外で働き妻は家庭を守るという性分業をペースとする家族・生活スタイルは、近代家族と呼ばれる。日本では大正から昭和初期に都市部で誕生し、高度経済成長とともに日本型企業社会を支えるものとして成立した。近代家族は、生産活動を外部化し、生活に必要な商品やサービスを市場から得る消費者家族へと変容し、家族の個別化がすすんだ。子育ては、多様であった共同の営みを断ち切り、家族単位でのきわめて私的で個人的な営みへと変化した。
 家族の変化と同時に、標準的な家族像=近代家族モデルが浸透し、「幸せな家族像」として人びとの意識や行動を縛っていくようになる。このモデルは、子育て、は母親の責任という規範を含んでいる。女性は母親になると無私の母性愛を抱き、子育てに専念するものだという「母性愛神話」や、三歳までは母親がっききりで愛情をこめて育てることが必要という「三歳児神話」が社会に広められたのもこの時期である。
「子育て困難社会」のはじまり--母性の危機か、子育て環境の危機か
 60年代の少年非行、70年代の「コインロッカー・ペイビー」事件に象徴される子殺し、80年代の家庭内暴力など、時期によって表面に出る問題は異なるものの、「家族の危機」がマスコミを含め叫ばれると、その要因として、母親の就労や母性喪失、母性過剰など「母性」が問題化され、母親が問題の要因とされた(その典型例が1979年にベストセラーになった久徳重盛の『母原病』である)。
 しかし、80年代には母性要因論を相対化する実証研究が登場してくる。それは、子育てに関わり母親が抱えるマイナスの感情や疲労を「育児不安」として社会的疲労やストレスと同等のものとして扱い、「育児不安」が高まる社会的構造を明らかにしようとする試みであった。「育児不安」と関連する要因として、夫の育児参加の少なさ、近所づきあいの希薄さ、母親になるまでの子育て経験の乏しさなどが挙げられ、働く母親より専業主婦の「育児不安」が強いことも指摘された。
 これらの研究によって、母親の心理的健康は、父親の存在とともに、親族、地域、社会的機関など家族外からの援助の有無に関係することが明らかになった。すなわち、子育ての責任を母親に倭小化する前提が覆され、子育ての問題は、家族内にとどまらない人間関係網や社会構造の問題であるという理解が提起されたのである。
 しかし、社会構造は大きく変わることなく、進行する少子化に対し、90年代には、政策としても「母親子育て責任論」から方向転換せざるを得なくなった。具体的施策として、1994年に「エンゼルプラン」、1999年「新エンゼルプラン」、2003年「次世代育成支援対策推進法」「少子化社会対策基本法」が矢継ぎ早に施行された。それは、子育て責任を家族・母親のみに負担させるのではなく、国・自治体、地域、企業なども含め社会全体で支援していく社会形成を目指すものであった。
 内容としては、少子化対策として仕事と子育ての両立支援を柱に、延長保育や低年齢児保育、一時預かりなど保育事業整備から始まり、すべての家庭を含めた子育て支援が重点課題となり、家庭で子育てする親を支える居場所づくり事業へと拡充してきた。また、子育てを手助けするための様々な公共的サービス事業も整備されてきた。子育て支援が始まってから20年余年。様々な子育て支援施策が打ち出されてきたが、冒頭で述べたような「子育てのしんどさ」を訴える母親の声は高まっているように思われる。なぜなのだろうか。
子育て家族の多様化と子育て支援
 ここ20年の家族の傾向をみてみると、児童のいる世帯での核家族化かさらに進行し、ひとり親家庭の増加など、家族内での子どもに関わる大人の数が減少している。また、家族外の親族や近隣の人びととのつきあいが薄い家族も増え、子どもが育つ地域で手をかけ目をかけてくれる大人が少なくなってきている。
 また、経済構造の変化に伴い、就労する母親が増えると同時に、30代の子育て期の父親の労働時間が増加している。「仕事を優先せざるを得ない父親」の家庭では、母親に家事・育児の負担が大きくかかっており、それは、仕事を持つ母親でも同様である。かっての「男は仕事、女は家庭」という性分業から「男は仕事、女は仕事も家庭も」への変化であり、子育ての負担が個別家族(家族成員のなかでも母親)に過重に集中する構造が強化されている。
 また、世帯の経済格差が広がり、貧困状態にある子育て世帯も増加した。経済的困窮は、子育てに関わる商品やサービスなどの社会的資源の活用を困難にし、人とのつながり形成も難しくしている。
 このように近代家族モデルに当てはまる家族が減少し、多様な家族が増えてきたのが実態である。それにもかかわらず、性分業や「子どもの養育と費用調達の負担は親・家族が担うべき」すなわち「子育ての第一義的責任は父母にある」という近代家族規範は今なお根強く、親たちを強力に縛っていること、多様な家族に即した支援となっていないことに難しさがあるのではないだろうか。
 先に述べた子育て支援施策は、一見すると親の要求に応えているかのように見える。しかし、保育事業の整備や種々のサービス事業の拡充は、利用者としての親支援にとどまり、子育ての負担を肩代わりするサービスを提供して、賢い「消費者」として親にそれらの選択を求める支援とも言える。「子育ての第一義的責任は父母にある」という規範の延長にあるのではないだろうか。
 だからこそ、近代家族規範をこえて、「困ったときに助けて」と言える関係、「お互いさま」の関係を他者とのネットワークのなかで作り出していかなければならない。それは、子育て家族を支える地域的・土会的支援の課題である。そのような子育て家族の援助者・支援者の活動や実践、制度の構築が求められているのではないか。
 同時に、親とは社会的支援に支えられた経験の積み重ねのなかで「なっていくものである」という親のエンパワーメントの視点が必要である。それは、決して政策的に個別家族に課せられる義務ではなく、個人的な学びの経験でもない。親は、人生のなかで子育てという答えのない難題に直面する。しかし、この難題は、同じ時代、同じ地域、同じ社会に生きる他者によって共有されうる。この共有された課題を協同の努力でとこうとする協同の経験のなかで学ばれるものではないだろうか。

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