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持ってるAKB48

『批評キーワード辞典』より 「持つ」

実際、つぎのように考える読者もいるだろう。大いに結構。「本当の自分」なんか存在しないし、「あること」と「持つこと」の区別なんかもともと存在しないんだから、そんなものを追い求めるのはやめにしよう。「本来的に非本来的な生」を楽しもうじゃないか、と。「あること」が本来的だという感情は、過去のものになりつつあるかもしれない。

じつのところ、最近の「持つ」という言葉の用法を見ると、「あること」と「持つこと」がないまぜになった用法が目につく。たとえば、スポーツ選手が使う「持ってる」という表現だ。これは二〇〇九年のワールド・ベースボール・クラッシックで、イチロー選手が決勝タイムリーを放った際に使ったのが最初の用法らしい。Yahoo!辞書の「新語探検」によると、この用法の意味は次のようなものである。ある人が秘めて持っている才能、天性の運といった意味。どうしても必要な時にその天性の才能を発揮し、周囲の人や観客などに驚きを与えるような力イチロー選手や、サッカーの本田圭佑選手が千載一遇のチャンスをものにして「持ってる」と言うとき、そこには、苦労して獲得した自分のスポーツ選手としての実力(持つこと)よりも、苦労せずにもともと備わっている強運(あること)に力点がおかれている。しかし興味深いのは、それがほかならぬ「持ってる」という言葉で表現されることであろう。

「持ってる」と口にするスポーツ選手は、汗水たらした努力は軽々とこなす風を装い、むしろスポーツ選手として重要なのは「天性の運」「天性の才能」の方であると強調する。言い換えれば、練習という名の労働のおよばないところにこそ、彼らの真の力はある。しかし逆説的にも、彼らの成功は純粋な運であってはならない(それだと誰にでもできることになるから)。汗みずくの努力は前提として行わなければならない。「持つこと(努力)」+「あること(天性の才)」=「持ってる」である。

同じことをより痛々しい(?)かたちで演出してみせるのが、アイドルグループのAKB48である。錦織史朗が論じるように、AKB48は少女たちが努力してアイドルとして成長をする姿によって感動を呼ぶという構図を基本としている。そこに、グループ内での熾烈な競争が加えられ、その競争そのものをファンは鑑賞し、人気投票というかたちでそこに参加する。AKB48のアイドルたちはポストフォーディズム労働を強いられる。つまり、歌と踊りという「本業」はある意味でどうでもよく、グループ内で「キャラ立ち」してファンに「推し」てもらうために、彼女たちは個人ブログの頻繁な更新をし、休日もすべてブログのためのネタ探しに費やされることになるのだ。労働と労働以外の生活の区分が融解するどころか、むしろ労働(歌と踊り)以外のところでどれだけコミュニケーション活動をがんばれるかによって彼女たちの命運は決まる。(あるメンバーはたった二日ブログを更新しなかっただけで、「さぼってる」とファンに叩かれた。)

さらに衝撃的なのは、二〇一〇年一〇月以降の「じゃんけん大会」であろう。これは、シングル曲の選抜メンバーを、ファン投票ではなく単なる「じゃんけん」で決めてしまうという企画である。じゃんけん、つまりは純然たる「運」である。ポストフォーディズム的な努力をひたすらにつづける彼女たちに、純粋な「運」という要素を持ち込むことの意味は何だろうか。それは上記の「持ってる」と同じことである。彼女たちは生のすべてをつぎ込んだ努力を求められるが、それだけでは十分ではない。強運を引きつける天賦の才能も「持って」いなくてはならない。その強運に恵まれるための前提条件として、やはり最大限の努力はつづけなければならないのだが。まさに、「持ってる」ことが求められるのだ。

以上のようなマスメディア上の現象は、私たちの労働と生のありさまを映し出していると考えるべきだろう。「持つこと/あること」を区別しようとする労働者は、労働者失格である。つまり、非本来的な「仕事」と、本来の自分に戻る「余暇」を区別するような労働者は失格なのである。必ずしも「二四時間戦う」という意味ではなく、「余暇」において涵養される人間的資質でさえも、労働のための資源となるということだ。たとえば上記の錦織が指摘しているが、「シューカツ」を考えてみてほしい。就職活動を勝ち抜くには、「何を持っているか」(つまり学歴や資格、技能など)だけでは話にならない。そこではむしろ、コミュニケーション能力を中心とする人格が問われる。「持つこと」と「あること」が一体化した意昧での「持ってる」ことが求められるのだ。

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