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習近平主席の大戦略

『秩序の喪失』より

中国は、二〇一四年の大半を費して、日本が七十年前に掲げたある構想を復活しようとしていた。

七十年前、日本の帝国主義勢力は、同じ構想のもとに、近隣国に自国の意思を押しつけようとした--「アジア人のためのアジア」という構想がそれである。

国際関係は、力の配分の急速な変化を受けて不安定化する。既存の大国は、世界的問題での役割拡大を望む新興国の台頭を押さえつけようとする。こうして緊張が高まり、世界秩序は混乱に陥る--。

ここ数年の中国と米国の関係は、まさにこの図式であろう。

二〇一三年十一月、中国が新たな防空識別圏(ADIZ)を一方的に宣言して東アジアの秩序に激震が走ったことは記憶に新しい。新しい識別圏は東シナ海の広大な区域を覆い、中国、日本、台湾がそれぞれ領有権を主張する尖閣諸島(中国語名・釣魚島)をも圏内に収めていた。

こうして、中国は周辺国に対して独断的姿勢を強め、習近平国家主席は尖閣諸島海域に海洋監視船や海警局の公船を連日送りこんだ。これに対して韓国や日本では抗議の声が高まった。そして事態は、米国が同盟国の憤りに押されるかたちで二機のB‐52戦略爆撃機を防空識別圏内に急派するところにまで進展した。

二〇一四年初頭にかけて緊張は高まる一方となり、中国と日本の間に「偶発戦争」が起こりかねないとする懸念が広がった。そうなれば日本の主要同盟国たる米国の関与は避けがたいとみられた(その四月にはバラク・オバマ大統領の東京訪問が確定していた)。

加えて、南シナ海でも西沙諸島などの領有権(中国、フィリピン、ペトナムが争っている)をめぐる緊張が継続するなか、もはや米中衝突は不可避とする見方が広がったのである。

米中接近

 ところが、やがて米国は、注意の先をロシアに転じざるをえなくなった。

 ロシアは、ウラジーミル・プーチン大統領が主導して、冷戦時代のソビエト連邦の地政学的威信を取り戻そうとしていた。ウクライナ国内で欧州志向が高まるにつれて、周辺国におけるロシアの威信は明らかに揺らいでいた。そこでロシアは、ウクライナに侵攻してクリミア半島を併合し、ウクライナ東部の分離主義勢力に支援を開始した。

 このロシアの動きに対して、米国および欧州は、政経両面で厳しい制裁を課したのである。

 ウクライナの紛争において中国は、事実上、米国の同盟国のごとき存在となった。

 たしかにロシアと中国は長い交渉の末にロシア産天然ガスの取引で合意するなど、二国間関係は深まっているかにも見える。だが注目すべきは、この取引で中国は大変な低価格という自国に祁合のよい条件をロシアに呑ませている点にある。加えて、ロシアのクリミア侵略以後、中国がロシア向け貸付を削減している事実も踏まえれば、おのずと次の答えが導かれよう--中国は長い視点で、ロシアを対等の同盟国というよりも、むしろ天然資源を運んでくる朝国と見なしているのだと。

 二〇一四年は対北朝鮮問題でも、中国と米国の政策がいっそう接近していることが明らかとなった。

 習氏は、予測不可能な行動をとる北朝鮮の統治者が、とりわけ核問題で手に負えない振る舞いを続けるなら、もはや許容できないと表明した。中国の支援に頼る北はこれに驚き、外交使節を日本やロシアばかりでなく韓国にまで派遣した。しかしこの流れも長くは続かず、北朝鮮の人権侵害にかんする国連総会決議が出ると、北は四度目の核実験を予告してこれに応えたのである。

 この一年に起こった力の地殻変動は、拡張政策をとるロシアの野望や、中国の軍事・経済両面の台頭の結果というよりも、むしろ国際社会における米国の指導力の衰えによるところが大きいようだ。はたしてオバマ氏に意思がないのか、あるいは国内政治の党派対立のために動きがとれないのか、いずれの理由にせよ米国は、エジプト、リビア、シリアと続いた危機への対応で先頭に立つことはなかった。この米国の態度に、米国の優位を脅かす勢力は勢いづき、逆に同盟諸国は慄いている。

 グローバル・パワーとは、必ずどこかに落ち着かざるをえないものである。仮に米国が国際社会で指導的役割を果たさないのであれば、別の勢力が米国に取って代わることになろう。

中国のソフト・パワー

 しかし、中国はこのところ力の誇示を控えており、また、米国主導の秩序とも多くの面で国益が合致している。つまりこの先一年、東アジアが広範囲に不安定化する恐れは小さくなっているといってよい。

 実際、中国はこの七月、領有権を争う西沙諸島沖合の巨大な石油採掘装置を撤去し、また尖閣諸島に監視船を送る頻度も減っている。また中国政府は、南シナ海での行動規範をめぐる議論にも前向きな姿勢を示し始めている。

 こうした中国の魅力攻勢の最たるものとして、日本との関係改善に向けた姿勢の変化が挙げられる。先に北京で開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)では、会議に際して習主席と日本の安倍晋三首相が会談し、関係改善の一歩をしるした。

 また、習氏とオバマ氏も同会議に際して別途会談を持ち、長く待たれた温暖化ガス削減で合意した。これもまた、大きな一歩であった。

 中国は、この新手の、人当たりのよい駆け引きを用いて巧妙な外交を繰り広げている。

 じつに中国は、連携して中国に対抗しようとする東南アジアの近隣国に対して豊富な経済支援を提示し、諸国の結束を骨抜きにしてしまった。ベトナムなどは、中国との関係を「修復」して、中国の海洋進出をめぐるフィリピンの提訴にも同調しない方針を打ち出したほどである。

 実際、中国はハード・パワーからソフト・パワーヘと移行を進めつつ、経済力をてこに西側支配の多国間機関に挑戦をいどんでいる。その一環として中国は、巨額の資金を投じて、アジアインフラ投資銀行(AIIB)、シルクロード基金、新開発銀行(NDB、BRICS五ヶ国が川資する)といった開発機関の創設に動いている。さらに先日も、李克強首相が、東南アジア諸国述(目(ΛSEAN)加盟国の開発・インフラ整備向けに総額二〇〇億ドルの融資枠を新設すると表明したばかりだ。

 米国経済が先の世界経済危機から回復しきっておらず、また米国政治も機能不全の度合いを強めるなかグローバル・パワーに空白が生じている。これを中国が抜け目ない外交と巨大な経済力を用いて埋めようとしている。

 こうした動きがアジアで起こっている。

 「アジア人だけのためのアジア」と考えるのは早計かもしれないが、少なくとも、アジアにおける米国の役割縮小の流れは止めがたいだろう。二〇一五年に大統領選挙が始まる米国は当面内向きにならざるをえないために、この流れがしばらく続きそうだ。
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