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感性的思考

『感性的思考』より

新しいものづくり・サービスと共感--感性工学の枠組み

 まず、感性工学における新しさとして期待されていることがどういうことか、イメージを簡単に述べたい。それは、広い意味で感性を捉え、日常生活の中で埋没しがちな感覚の世界をみがき、自らを活き活きさせることなのである。つまり、感覚の世界といっても、これまでの生理学の研究で行われている、色彩や音色などの基本的な感覚のことではなく、人間が日常生活で実際に感じている生の感覚、たとえば、オモシロイ、カッコイイ、キモチイイ、オイシイ、カワイイ等といった意味での感覚が問われているのである。感性工学の掲げる日常生活の豊かさを支援する技術は従来の技術と異なるのである。人間を中心に置いた世界では、人間は対象を客観的に見るのではなく、感性的に認識する。そこでは、このような感覚表現にならざるを得ない。こうした感覚的な言葉の中でも、とくに人間の内面につながった感覚によってこそ、日常生活の質や豊かさは把握されるのではないか。こうした人間の内面に根差した感覚の世界はいまだ把握されていない未開の沃野であるが、その世界に創造性の鍬を入れることが、新しい工学としての感性工学の体系の枠をつくっていくために求められている。

 ここでは、感性工学の新しさの中心的な概念とされている感性価値と、その感性価値を産み出す方法として、メーカーとユーザーの共創とは何かを要約した後、このような新しいものづくり体系のための概念として、スミスの同感(〝共感〟)の枠組みが有効であることを示すことにしよう。

 感性工学の概念スキーム 感性価値と共創

 今日、どのようなものづくりにおいても、図にあるように、生産者側から市場に提供される製品に、ユーザーのニーズや欲求をフィードバックすることは、生産者とユーザーの間の受給の隔たりを解消するための必須の条件となっている。

 とくに感性工学においては、生産者はユーザーの立場に立って、製品開発を進めることが求められる。既に述べたように、感性工学における、ユーザーの立場に立つものづくりの本質的な特徴を要約すると、大別して感性価値およびメーカーとユーザーの共創の二つにまとめられる。そこで、以下では、それら二つの概念、感性価値と共創について立ち入って説明する。

共創とは何か

 ユーザーは完成した製品を所有するだけより、製品の製造段階から、製品づくりに関わり、生産者側のデザイナーとともに製品づくりに関わることに喜びを感じる。製造の初期段階からデザイナーと製品に対する素材や形状などに対する希望や好みについての情報(感性価値)を交換し、互いに協力し合って、ユーザーにとってご艮い゛製品に近づけていく。この過程はメーカーとユーザーの〝共創〟と呼ばれ、ユーザーに製品への愛着を生み出す過程として有効であるとされている。この「共創」という概念の中心に、デザイナーとユーザーの間の共感があると考えられる。こうした関係の原形は芸術作品の製作者と鑑賞者の間に成立する「鑑賞者による作品を介した製作者への共感」にあると思われる。

 具体的には以下のように、デザイナーを当事者、対象として製品のイメージを考えると良い。当事者であるデザイナーは製品のイメージを創造するという対象と関係をもち、そのことによって、製品やそのイメージである『対象』にこだわりや誇りなどの感情を所持している。そのとき、ユーザーとして「私」を観察者とすれば、製品に表現された形状、色彩、感触などの特徴を見たり、体験したり、また、デザイナーの製作意図や背景などを想像することによって、当事者のアイディアや意図を自分のイメージや感情に合うか判断する。私のイメージや感情にマッチすれば、その作品を是認(共感)し、そうでなければ、否認する。

 製品に関するこの共感のスキームについては多少注意が必要な事があると思われる。すなわち、ここでの観察者としてのユーザーはデザイナーのつくった製品を直接に見ることができる状態にあるが、通常はデザイナー自身を直接見ることなしに、デザイナーによる作品の製作意図や背景などを想像するという点で、観察者が当事者を直接見ている一般的な共感の状況とは異なっているという問題である。

 実際には、共感は上で述べた条件が満たされなくても、たとえば、小説を愉しむ時のように、当事者を観察者が見えない、言葉しかないような状況であっても、起きるようである。実際、他者理解の一種として、共感的理解とよばれる研究分野で、小説や談話の理解が研究されている。

 どのような状況で共感が起きるか実証することやユーザーとデザイナーの間の共感が起こる「条件」を明確にすることは感性工学としての研究課題である。

 今後の一つの方向として、共感は元来、人間が他人に関心をいだくという性質に基づいていることから、製品やサービスというものやことを「あたかもそれらを人間と見なす」こと、つまり対象を擬人化してとらえ、扱うということが考えられる。これはものにこだわり、ものを粗末にせず大切にするというわが国の生活文化とも重なっているように思われる。特に、ユーザーは元来、良い物を選ぶセンス、つまり感性を持っている。こうしたユーザーの感性がメーカー(デザイナー)の思想やイメージと共感することが、製品の感性価値を創造していくための基盤になるのであろう。
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