未唯への手紙
未唯への手紙
コミュニティの再編
『犯罪・非行の社会学』より 「安全・安心」化とその増幅循環 不安と排除の現代社会論
先述した『1984年』のなかでは、国家による恐怖の提造が市民による相互監視の原因となっていたが、この枠組みがそのまま現代に当てはまると受け取る者は少ないだろう。しかし、国家プロジェクトの推進が結果的に「安全・安心」化を促すという一種のねじれを考慮すれば、こうした想定にも一定の説得力が生まれるかもしれない。それどころか、排除社会論のように徹底した空間の分断という事態がそれほど顕著ではなく、グローバル社会のエリートが居住するわけでもない一般的な地域社会で、なぜ「犯罪不安」が成立するのかという説明として、この視点は有効でありうる。
コールマン(R.Coleman)とシム(J.Sim)は、イギリスの事例からこのことを説明した。 1991年にさかのはるか、この年に保守党政府は[City Chal-lenge]計画の策定に着手した。その内容は、郊外型商業施設の増加によって衰退した都市部を再生するために、競争的資金を地域に分配するというものである。重要なのは、この資金を活用する主体として「コミュニティ」に大きな期待が寄せられたことにある。
よく知られていることだが、20世紀末のイギリスでは、行政が補助金の用途を一元的に設定するのではなく、一定の方向づけは残しながらも地域の創意工夫を活用するために競争的な補助金を分配する傾向が強まった。その結果、すでに社会的な関係性の維持が難しくなっていた既存の地域組織に代わって、競争的資金の受け手として、住民、経営者、行政、警察、都市開発の知識層が協力する[コミュニティ]が各地で成立した。
それは従来の居住を志向した地域共同体とは異なり、住民の自発的な活動を市場の基準に適合させるような「コミュニティ」の創造であった。そして、この「コミュニティ」が獲得した補助金は、「顧客」の獲得のために地域における設備の向上、娯楽の充実、商業環境の整備に使用されるものとして期待され、結果的に浄化された都市が次第に姿を現していく。それは、徹底的な市場化がもたらす問題を逆手にとり、効率的で能動的な中間集団や(疑似)公共圏を再創造するという新自由主義のもうひとつの姿である。
吉原は、これと同様の枠組みを用いて、住民たちが「犯罪不安」に目を向ける過程を描いている。産業の移転や人口の流出入により大きな変化を迎えつつある日本の地域社会では、住民の手による「まちづくり」が推奨されている。だが、そうした地域におけるまちづくり組織が、行政、警察、自治会、防犯団体と協力することで、結果的に自らの地域が抱える危険性を「発見」してしまうという事例を吉原は示す。
現在、日本の各地で行なわれているまちづくり活動は、住民の自主性を尊重するという建前があるとはいえ、実際には多様な関係者の協力なくしては進まないものも多い。生活者としての住民のなかには、まちづくりに関心がない者も少なくない。また、住民間のコンセンサスがとれない、どのように活動を行なうのか、資金はどうするのかといった問題は、あまりに過大な労力を要するように思えるからだ。
そこで、頻繁に行なわれるのが、行政が外郭団体を立ち上げるか、専門家組織に業務を委託し、自治会、商店会、NPOなどの地域資源を寄せ集めるという手法である。こうした地域の多様な関係者からなる「コミュニティ」は、当然のことながらすでに成功した施策を模倣したり、住民の自発的な意見や活動のうち、「有用」なものを取り上げて促進したりすることでまちづくりを展開する。そのため、まちづくり活動は、実のところさまざまな段階で一定の方向性を与えられてしまう。一部の地域においては、地域に入り込む多数の関係者との折衝のなかで、防犯マップづくりなどの防犯活動に注目が集まり、その実施に向けてまちづくり活動が収斂していくことになる。
このように、コミュニティ再編論が示すのは、一見すると住民の自発匪からなるまちづくり活動が、国家的プロジェクトを背景として創出され、またその活動内容もまちづくり組織を構成する関係者間の力学によって水路づけられてしまうという地域社会の現実である。いわば、コミュニティづくりという犯罪や非行と直接には関係しないように見える活動が、結果的に地域の「安全・安心」化に転じるようなねじれが日本の各地で起こっているのである。
先述した『1984年』のなかでは、国家による恐怖の提造が市民による相互監視の原因となっていたが、この枠組みがそのまま現代に当てはまると受け取る者は少ないだろう。しかし、国家プロジェクトの推進が結果的に「安全・安心」化を促すという一種のねじれを考慮すれば、こうした想定にも一定の説得力が生まれるかもしれない。それどころか、排除社会論のように徹底した空間の分断という事態がそれほど顕著ではなく、グローバル社会のエリートが居住するわけでもない一般的な地域社会で、なぜ「犯罪不安」が成立するのかという説明として、この視点は有効でありうる。
コールマン(R.Coleman)とシム(J.Sim)は、イギリスの事例からこのことを説明した。 1991年にさかのはるか、この年に保守党政府は[City Chal-lenge]計画の策定に着手した。その内容は、郊外型商業施設の増加によって衰退した都市部を再生するために、競争的資金を地域に分配するというものである。重要なのは、この資金を活用する主体として「コミュニティ」に大きな期待が寄せられたことにある。
よく知られていることだが、20世紀末のイギリスでは、行政が補助金の用途を一元的に設定するのではなく、一定の方向づけは残しながらも地域の創意工夫を活用するために競争的な補助金を分配する傾向が強まった。その結果、すでに社会的な関係性の維持が難しくなっていた既存の地域組織に代わって、競争的資金の受け手として、住民、経営者、行政、警察、都市開発の知識層が協力する[コミュニティ]が各地で成立した。
それは従来の居住を志向した地域共同体とは異なり、住民の自発的な活動を市場の基準に適合させるような「コミュニティ」の創造であった。そして、この「コミュニティ」が獲得した補助金は、「顧客」の獲得のために地域における設備の向上、娯楽の充実、商業環境の整備に使用されるものとして期待され、結果的に浄化された都市が次第に姿を現していく。それは、徹底的な市場化がもたらす問題を逆手にとり、効率的で能動的な中間集団や(疑似)公共圏を再創造するという新自由主義のもうひとつの姿である。
吉原は、これと同様の枠組みを用いて、住民たちが「犯罪不安」に目を向ける過程を描いている。産業の移転や人口の流出入により大きな変化を迎えつつある日本の地域社会では、住民の手による「まちづくり」が推奨されている。だが、そうした地域におけるまちづくり組織が、行政、警察、自治会、防犯団体と協力することで、結果的に自らの地域が抱える危険性を「発見」してしまうという事例を吉原は示す。
現在、日本の各地で行なわれているまちづくり活動は、住民の自主性を尊重するという建前があるとはいえ、実際には多様な関係者の協力なくしては進まないものも多い。生活者としての住民のなかには、まちづくりに関心がない者も少なくない。また、住民間のコンセンサスがとれない、どのように活動を行なうのか、資金はどうするのかといった問題は、あまりに過大な労力を要するように思えるからだ。
そこで、頻繁に行なわれるのが、行政が外郭団体を立ち上げるか、専門家組織に業務を委託し、自治会、商店会、NPOなどの地域資源を寄せ集めるという手法である。こうした地域の多様な関係者からなる「コミュニティ」は、当然のことながらすでに成功した施策を模倣したり、住民の自発的な意見や活動のうち、「有用」なものを取り上げて促進したりすることでまちづくりを展開する。そのため、まちづくり活動は、実のところさまざまな段階で一定の方向性を与えられてしまう。一部の地域においては、地域に入り込む多数の関係者との折衝のなかで、防犯マップづくりなどの防犯活動に注目が集まり、その実施に向けてまちづくり活動が収斂していくことになる。
このように、コミュニティ再編論が示すのは、一見すると住民の自発匪からなるまちづくり活動が、国家的プロジェクトを背景として創出され、またその活動内容もまちづくり組織を構成する関係者間の力学によって水路づけられてしまうという地域社会の現実である。いわば、コミュニティづくりという犯罪や非行と直接には関係しないように見える活動が、結果的に地域の「安全・安心」化に転じるようなねじれが日本の各地で起こっているのである。
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