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グリーン政策が陥る罠 想定された効果と実現された効果

『日本のものづくりの底力』より 環境、エネルギー、産業競争力の両立を考える--ミクロの視点の重要性 日本が抱える矛盾

グリーン家電普及促進事業によって環境省が当初どの程度の省エネ効果の実現を想定していたのかについては一次資料が残っていないが、『朝日新聞』によれば、テレビ1台当たりの年間消費電力を250キロワット時から125キロワット時へと半減することが想定されていたという。しかし、筆者の推計によれば、実際にはテレビ一台当たりの年間消費電力は約130キロワット時から約109キロワット時へと16%程度削減されたにすぎない。計画と実際のこうした乖離は、テレビの平均使用年数が10年以下であるにもかかわらず、1995年製造の機種を買い換え前の基準としていたこと、テレビの買い換えに伴って急速に大型化が進んだことに起因していると考えられる。

このように、グリーン家電普及促進事業は、環境対策としてのみ考えると、必ずしも想定したような効果があったとはいえないだろう。しかしそれを補うだけの経済効果があれば、経済政策の一環でもあるこの事業の正当性は確保されるはずである。この点に関して経産省は、2011年6月、本事業が予算額の7倍に及ぶ5兆円の経済効果をもたらし、延べ32万人の雇用を創出したことを発表している。ただし産業連関表を用いたマクロ的な経済効果の分析結果の解釈には注意が必要である。5兆円の経済効果とは、生産誘発額を合計した名目での生産額の増大であり、中間財の生産額が重複してカウントされている。また雇用に関しても、産業部門ごとに算出された雁川係数を生産増加額に掛け合わせて計算されていると思われるが、その川川係数を、競争の激しいテレビ事業にそのまま適用することが妥当であるのかという問越がある。また、一時的な雇川川があったとしても本事業終了後もそれが継続するとは限らない。むしろ事業終r後の落ち込みを見越して、なるべく採用増を抑制したいと考えるのが通常の民間企業である。

グリーン家電普及促進事業による長期的な経済効果は、それがテレビ産業にかかわる日本企業の国際競争力の向上に寄与し、その結果、日本企業が継続的に付加価値を創出するようになって生み出されるものである。しかしこの点からすると本事業には疑問符をつけざるをえない。図9-3は、エコポイント付与対象期間とその前後を含む期間の、テレビの国内出荷台数に占める輸入台数の割合を示したものである。ただし、国内出荷台数はJEITA(電子情報技術産業協会)による自主統計であり、輸入台数はカバーする範囲の広い財務省貿易統計によるため、計算されている輸入比率は実際より多く見積もられていることに留意してほしい。

図9-3から明らかなように、エコポイント制度が導入された時点から急激に輸入比率が増大している。もちろん、電子機器製品の生産の国際化は近年急速に進んでおり、特にリーマンショックによる景気低迷とその後の円高の進展はそれに拍車をかけているため、輸入増大の原因をエコポイント制度の導入に起因して説明することには限界がある。この点に関してはさらなる分析が必要となるが、それでも、エコポイント付与対象期間に輸入の増大が急速に進んだことは確かである。エコポイント制度導入以前には30%程度であった輸入比率が、終了直前には100%を超えている。駆け込み需要を見込んでの輸入であったと思われる。これらの輸入が、日本企業の海外生産工場からのものなのか、海外のODM企業の供給によるものなのかを示す統計はないが、筆者の調査によれば、東芝やソニーなどの日本企業は、低価格品を中心にかなりの割合を台湾ODM企業に依存している。そうなると、一面では、日本の税金を使って外国企業を支援しているともいえなくはない。

こうした状況は、テレビを構成する技術の進歩と産業の競争構図を見れば、容易に想定できることである。エコポイント制度の導入は、消費者からすれば実質的に購入価格の低下を意味する。買いやすくなるからこれまで買い換えを控えていた人も店に足を運ぶようになる。そうした人々は、おそらく価格に敏感であるから、市場競争は価格を軸に展開される。価格競争が進むとコストの高い国内生産では勝てないため、海外からの輸入品に頼るようになる。海外には十分な性能のテレビを安く供給してくれるODM企業が存在する。テレビを構成する技術の多くは汎用化・標準化している。エコポイント制皮が導人される前の2008年時点においてすでに世界のテレビ向け半導体チップセットのシェアの70%程度は、標準チップセットを供給する海外のファブレス半導体企業によって占められていた。中核デバイスである液晶パネルも、CMOやAUOなど台湾企業から簡単に調達できる。技術が汎用化し、生産が国際化した産業では、国内市場の拡大の恩恵が、国内にとどまることなく、海外に流出しやすい。

さらに悪いことに、急激な価格競争の結果、日本企業のテレビ事業は競争力を維持するどころか、苦境に立たされることになった。

たとえば、2011年8月、日立製作所がテレビの国内生産から撤退して、海外企業への生産委託に切り替える方針であることが報じられた。パナソニックは、2011年10月、2012年度通期で4200億円の赤字になる見込みと発表し、テレビ事業で1000人のリストラ、さらに関連する半導体事業でも早期退職希望者を募集すると発表した。さらにソニーについても、2012年3月期のテレビ事業の営業赤字が1750億円にのぼると発表されている。

相次ぐテレビ事業の縮小は、直接的には、円高・ウォン安の恩恵を受けた韓国企業の国際市場での躍進に起因していると考えられ、エコポイント制度の導入の有無にかかわらず、日本企業は苦境に立たされたであろう。その点でエコポイント制度は、日本のテレビ製造事業の多少の延命に貢献したのかもしれない。しかしそうした延命にどれだけの意義があったのか。エコポイント制度による市場拡大を期待して国内工場に投資をする。しかしエコポイント制度が終了したら、工場を閉鎖してリストラする。汎用技術で十分に顧客ニーズを満足できるような産業では、国内市場の拡大は、長期的に経済を潤すことにはならない。

エコポイント制度の導入は、地デジ化へのスムーズな移行という点において効果があったといえるかもしれない。しかし、エコポイント制度がなければ地デジ移行が本当に進まなかったのか、疑問を抱かざるをえない。移行だけなら、地デジチューナーの購入補助のほうがずっと効果的であったのではないか。
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