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原発依存の温暖化対策の破綻で「国民総環境疲れ」、「CO2増加」

大キャンペーンにもかかわらず省エネ行動は減退

 次に、省エネ意識の変化、省エネ取り組みの動向を見る。

 旧総理府・内閣府の「省エネルギーに関する世論調査」を見ると「省エネルギーに非常に関心がある」は、第二次石油危機時の1979年12月に36.4%であり、1981年12月には18.0%に下がったが、湾岸戦争時の1990年12月には26.9%に上昇し、以降、1991年7月25.3%、1992年6月22.2%、1996年2月18.9%、1999年2月14.9%と着実に下がった。

 省エネ意識は、当然のことながら、石油危機の際には高い。なお、1990年代初頭から地球温暖化問題が世界的に騒がれ始め、また、1997年には京都でCOP3が開催され、これが大いに報道されたが、なぜか、省エネ意識はこれに反比例して、1990年代を通して低下していったのである。

 その後、2005年12月の同世論調査では「省エネルギーに非常に関心がある」ではなく「生活スタイルを大きく変えてでも省エネ」であるが、24.8%とかなり高くなっている。この調査は、「クールビズ」などの政府主導の地球温暖化防止の「国民運動」のキャンペーンが始まった直後の世論調査である。「国民運動」のキャンペーンの効果は石油危機並みに大きいということか。

 その後、省エネ意識に関する内閣府の世論調査はないが、省エネの取組状況などに関する調査の結果は以下のとおりである。

 まず、名古屋市民の暮らしの中での取組状況を見ると、省エネ行動関連の取り組み(「無駄な照明をこまめに消す」、「待機電力に気を付ける」、「冷暖房の温度設定に気を付ける」)について2015年と2006年とを比較すると、照明は同レベル、待機電力は2015年が減少、冷暖房温度設定は2015年が増加となっており、全体としては大きな変化はない。このように、名古屋市民の例では、「クールビズ」などの地球温暖化防止のキャンペーン、「国民運動」があったが、市民の省エネ行動は大きく高まったわけではない。

 また、「環境にやさしいライフスタイル実態調査」(平成26年度)によると、「日常生活において節電などの省エネに努める」を「実施している人の割合」は、2009年度の88.7%から2014年度の82.0%へと7.7ポイント低下し、「実施したい人の割合」は同じく94.1%から86.2%へと7.9ポイント低下している。それぞれ、この間年々着実に低下してきているのである。地球温暖化防止のキャンペーン、「国民運動」が展開され、2011年には福島第一原発事故があり、関東などでは節電が強く要請されたにもかかわらず、全国的には、省エネを「実施している人」の割合も「実施したい人」の割合も、2009年度から着実に低下しているのである。

 いったい、なぜ、大規模なキャンペーン、「国民運動」が行われてきたにもかかわらず、また、福島第一原発事故があったにもかかわらず、全国的には省エネの実施やその意向が低下してきたのか。

原発に依存した温暖化対策の破綻が原因

 2005年頃から、日本人は極度な「省エネ疲れ」、「CO2疲れ」に苛まれるようになった。その背景には、原発に過度に依存した日本のCO2削減政策の失敗がある。

 エネルギー・環境と国民生活とのかかわりを少し遡って見てみる。

 公害、特に大気汚染は、戦前からの京浜、中京、阪神、北九州の工業地帯、そして、国土総合開発計画の一環として指定された瀬戸内海沿岸地域などの新産業都市などに立地する発電所や工場における石油、石炭といったエネルギーの消費に伴って発生する硫黄酸化物などによって人の健康が蝕まれた問題である。1960年代、70年代には、公害をめぐって、世界に類を見ない住民運動、地域闘争が展開された。

 1970年代の1973年と1979年の2度にわたる石油危機を契機に、家庭・職場や工場では「省エネ・省資源」が叫ばれ、政府主導の「国民会議」もできた。高騰したエネルギーコストを軽減することによって日本企業の競争力を回復・向上させ、また、不安定な石油供給先となった中東からの石油依存度を下げることが目的だった。国民生活にとっては、一過性の「我慢」の省エネ・省資源であった。2度目の石油危機の後には、発電所や工場での石炭(安い海外炭)の利用拡大が目指された。当時、CO2問題は認識されていなかったが、この石炭シフトは、のちのCO2排出量の増加に大きく寄与した。

 さて、1990年前後に主要な先進国では2000年のCO2削減の自主目標を設定するようになった。日本も1990年10月に、2000年には1990年と同レベルにするとの安定化目標の下に、都市・地域構造、エネルギー需給構造、交通体系、ライフタイルなどの「構造変革」を行うことによって、目標を達成するとした「地球温暖化防止行動計画」を策定した。日本の2000年安定化目標は、翌年からの国連による温暖化条約づくりに弾みを付けた。

 1997年の京都でのCOP3の際に、橋本総理は「2010年までに原発を21基増設する予定であるので90年比マイナス6%は達成できる」との通産省の進言をもとに京都議定書における日本の削減目標としてマイナス6%を受け入れた。当時の総排出量は90年よりフ%近く多い。原発の21基増設だけで1990年総排出量の14%分の削減が見込まれるため、産業界は原発増設の大合唱となった。

 その後、原発大増設の目論見が外れそうであることが次第に明らかになり、政府は、1998年に立てた2010年までに21基増設という計画を、2002年には13基に、2005年には5基にそれぞれ縮小した。これで、原発増設によるCO2削減量は1990年総排出量の3~4%分しか見込めなくなった。

 その上、2003年からは、東電シュラウド問題に伴う同型原子炉の点検、中越地震などの地震に伴う停止などが頻発し、全国の原発の平均的な稼働率は大幅に下がるようになり、その分は火力発電所を焚き増しするので、予想外のCO2排出量の増大となった。環境省は、毎年のCO2排出量を発表する際に、「原発が通常の稼働率だとした場合」の排出量も併せて出した。

 このように、「原発依存路線」は2重の意味で破綻したのであるが、目論まれたCO2削減量は、どこかがこれを引き受けなければ、マイナス6%の目標達成ができない。

 そこで、政府や産業界が目を付けたのが、家庭や学校・オフィスなどの部門であり、こうした部門でのさらなるCO2削減のため、政府は巨大な税金を投じて「クールビズ」、「チーム・マイナス6%」などの「国民運動」を開始したのである。役所や企業などの職場では昼の時間帯の消灯、冷暖房温度の設定などを徹底した。お堅い国会までもクールビズになった。「見える化」と称して、個々の商品へのCO2排出量の表示の動きも出た。生産・販売などの現場でも、CO2削減のため、あらん限りの努力が傾注されてきた。自治体では、子どもたちのためにCO2の歌や踊りをつくるところも現れた。家庭生活においても「夕方、家族はひとつの部屋に集まって団楽し、他の部屋は消灯する」、「ガソリンは満タンにすると重たいので、少しずつ給油する」など「余計なお世話!」と言いたくなるようなことが一杯。いわば「箸の上げ下げ」にまで「ご指導」がなされるようになった……。「欲しがりません、京都議定書の目標達成までは」と言わんばかりの何か「CO2ファッショ」とも言うべき違和感を覚える風潮がこの国を支配した。

 さらに、2008年秋のりーマンショックを契機に、燃費のいい自動車、グリーン家電などへの買替促進のため、大規模な補助金、税制優遇の措置が講じられ、「節約」と「消費拡大」が同居するという何とも不思議な様相を呈するようになった。

 こうした取り組みは、今年や来年の気温上昇を抑えるためではないことはわかっているのだが、近年の夏の厳しい暑さは、人々に「無力感」を与えたのかもしれない。

 「国民総省エネ疲れ」、「国民総CO2疲れ」であり、こうして、省エネを実施する人、実施しようとする人は年々減少してきているのである。

 さらに、そこに福島第一原発事故が起き、すべての原発が定期点検のため順次停止となり、CO2の大幅増大をもたらしたのである。

 「風が吹けば桶屋がもうかる」式に言うと、次の回路になる。

  原子力21基増設によるCO2マイナス6%削減計画

  →増設の目論見はずれ+既存原子力の稼働率低下

  →CO2排出量増大

  →原子力増設で減る予定だったCO2を家庭・職場での取り組みでカバー

  →省エネ・CO2削減の大キャンペーン・「国民運動」

  →「国民総省エネ疲れ」、「国民総CO2疲れ」

  →国民・市民の省エネ行動の減退、そこに福島第一原発事故

  →すべての原発が順次停止

  →CO2大幅増大

 京都議定書の削減目標である2010年に1990年比マイナス6%の達成は大いに危ぶまれたが、2008年秋からのリーマンショックによる世界的な実物経済の停滞のお陰で、なんとか達成できた。

 安倍政権は、2015年7月の長期エネルギー需給見通しの中で、電源構成における原子力の比率を2030年には20~22%とし、その際、原子力の稼働率を70%とした。そして、これを前提として、この国の温室効果ガス排出量を2030年には2013年比でマイナス26%にするとの約束草案を国連に提出した。またもや、原子力に依存したCO2削減策である。その破綻のしわ寄せが国民生活に来ないようにしなくてはならない。電力部門の課題は、電力の中で完結してもらいたい。そのためにも、再生可能エネルギー(以下、「再エネ」)、コジェネといった分散型の電源の大幅拡充が不可欠である。これについては、のちに述べる。
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