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観光立国トルコの損害

『石油・武器・麻薬』より ⇒ ギリシャから陸路でトルコに入った時に、ガイドから最初に言われたのは、「トルコは農業国から観光立国に変貌した」。パムッカレなどの観光地では地域が頑張り、政府が支援している姿が見受けられた。その次に行ったエジプトとは大違い。

疲弊する中東の周辺諸国

 米国やロシアの武器が中東における紛争を混迷させる中、二〇一五年一月、ISによる日本人人質事件が発覚した。その際、日本政府とISとの交渉の窓口になったョルダンは、シリアとイラクでのISの台頭によって深刻な経済的打撃を受けている国の一つだ。

 ISの活動が顕著に見られるようになった二〇一三年、ヨルダンの財政赤字は三〇億ドル(三六〇〇億円)で、それは全財政の三〇パーセントにも上った。イラクとシリアでの戦争が、ヨルダンからの輸出や両国に出稼ぎに行っていたヨルダン人からの送金を滞らせたことが一因だろう。また、主にシリアからやってきたおよそ一〇〇万人の難民たちの生活を支えることも、ヨルダンの財政に重くのしかかっている。大量の難民たちがその後、キャンプを離れアパートなどを探すようになったため不動産価格を押し上げ、またシリア難民がヨルダン国内で安価な労働力として従事するようになると、ヨルダン人たちの失業率も上昇していくことになった。

 同国の観光産業も損害を被っている。二〇一〇年一一月には一四万二〇〇〇人いた外国人観光客が、二〇一五年四月には七万八〇〇〇人とほぼ半減。観光の目玉ともいえるナバテア王国の首都であった世界遺産ペトラを訪れる観光客も、二〇一四年には二〇一〇年の四分の一と大きく落ち込んだ。

 二〇一五年にヨルダン政府が公表した失業率は一二パーセントだが、若者に限れば三〇パーセントとも見積られている。大学を卒業しても一六パーセントが無職というありさまで、公務員の採用(二〇一三年)には、六四〇〇人の募集に対して二〇万人の学生たちが応募したという。

 エジプト政府も「アラブの春」の前年の二〇一〇年から一四年にかけて、観光収入が四〇パーセント減少したことが明らかになった。二〇一五年前半には前年同期に比べて三・一パーセント増加したが(金額にすると一億ドル〈一二〇億円〉程度)、同国の混乱を考えると厳しい状態が続くといわざるをえない。

 というのも、二〇一五年、エジプトでは「イスラム国・シナイ州」によるテロが、シナイ半島で頻発するようになっている。七月には同半島の町シェイフ・ズワイドやその周辺で、軍の検問所などおよそ一〇ヵ所がほぼ同時に襲撃を受け、エジプト軍兵士の少なくとも六〇人が犠牲となった。

 「イスラム国・シナイ州」は、二〇一三年七月に軍部のクーデターによってムスリム同胞団出身のモルシ政権が倒され、エジプトで過激派の活動が活発になった結果、生まれたような組織だ。二〇一五年八月にはクロアチア人の企業関係者が「イスラム国・シナイ州」によって斬首され、頭部の画像がインターネット上に公開された。クロアチアはISとの戦闘に加わっておらず、イラクのクルド自治区政府に少量の武器を輸出しているにすぎないが、それでもテロの標的とされたことになる。

 このクロアチア人拘束の際、「イスラム国・シナイ州」は、エジプト国内に拘束されている女性の服役囚全員の釈放を要求した。女性の保護を唱えるイスラムの教えを強調し、自らの活動の正当性を訴えたかったのだろう。こうした外国人に対するテロは、エジプトの観光産業に重大な影響を与える可能性が高い。二〇一五年六月にはエジプト観光の目玉であるルクソールのカルナック神殿で自爆テロがあり容疑者二人が死亡、さらに同年七月にカイロのイタリア領事館の前で爆弾テロがあって五人が死傷した。

 これらの事件は、エジプトが治安の上でも決して安定していないことを示しており、「テロ」のイメージがつきまとうことで、観光産業や、外国企業のエジプトでの活動はいっそう厳しくなることは間違いない。日本企業の間ではエジプトからの撤退を視野に入れる動きも出始めた。

観光立国トルコの損害

 ISの活動に手を焼くシリアやイラクと国境を接するトルコも、経済的窮地に立たされている。トルコは二〇〇八年の世界同時不況を機に、外国との経済交流の多角化を模索した国で、同国の輸出のおよそ四〇パーセントはEUに向けられていた。そうした矢先、卜ルコはISの勢力拡大によって、二番目の貿易相手国であるイラクヘの輸出額を二〇一四年末までに三〇億ドル(三六〇〇億円)減少させたと、二〇一五年八月、ニハト・ゼイペクジエ経済相が語っている。

 シリア内戦の長期化やイラクでのIS台頭は、トルコによる投資機会を奪うものである。トルコの経済状況に追い打ちをかけているのは、ウクライナ問題に伴うロシアヘの経済制裁だ。ロシアの通貨ルーブルの価値が下落し、自国(トルコ)製品への需要を減少させることになった。トルコにとって地理的に近いロシアは四番目の規模の貿易パートナーだが、イラクやシリア、またウクライナ情勢の不透明さは、地理的に「東西世界の架け橋」ともいえるトルコ経済を苦境に置いている。シリアでの混乱がなかなか収束に向かわず、また二〇一五年にエルドアン政権がISとともに、クルドの反体制武装勢力PKK(クルド労働者党)を空爆するようになると、トルコの観光産業も、その影響が懸念されるようになった。

 トルコは多くの世界遺産を抱える観光立国だが、二〇一五年二月、トルコのダウトオール首相は、二〇一五年に同国を訪れる観光客が減少に向かうと予測。この際、首相は観光業がトルコの重要な産業であることを強調し、ロシアとイランから飛来するすべての旅客機にそれぞれ六〇〇〇ドル(七二万円)の支援を行うと明らかにした。

 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、トルコが二〇一一年より受け入れを開始したシリアからの難民は、一〇〇万人を超えた(二〇一四年末時点)。難民に対するトルコ政府の支出は二〇一五年には通年で三億二〇〇〇万ドル(三八四億円)程度になると見込まれており、二〇一一年以降の累積額は一〇億~二〇億ドル(一二〇〇億~二四〇〇億円)と、名目GDPの約〇・二パーセント程度の規模に達する模様だ。ISをめぐる戦争が長引けば、こうした経済負担は継続し、財政を圧迫することは明らかだ。

 シリア、イラクでのISの台頭は、周辺諸国にとっても重大な経済負担となり、政治的不安定の一要因にもなることが懸念されるだけに、日本をはじめとする国際社会は、周辺諸国にもたらすISの経済的影響をよりいっそう考慮していかなければならない。
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