未唯への手紙
未唯への手紙
上海の自転車シェアリング
『宅配がなくなる日』より
2017年春、中国・上海の静安区--。
静安区は、上海市中心部のやや西よりに位置するビジネスエリアで、多くのオフィスビルが林立している。華山路という大通りに沿って歩くと、あちこぢの交差点に夥しい数の自転車が置かれてある。
注意深く観察すると、これら大量の自転車は全てシェアリング用だった。自転車のサドルにはQRコードがあり、施錠されている。事前に登録してスマホ(スマートフォン)でQRコードを撮影するだけで、自転車を自由に使うことができる。利用料は1時間1元(約16円)と格安。2016年末時点で、中国全土で4000万台の自転車がシェアされていて、会員数は1億6000万人に達しているという。
早朝は出稼ぎ労働者、朝はビジネスパーソンや学生、昼は観光客。自転車は、様々な利用者に1日に何回も使用される。この自転車は、貸す側と借りる側で、金銭の授受どころか、一切の人的なコミュニケーションなしで運営されており、ひとつの巨大な動的システムとして機能している。
上海で遭遇した自転車シェアリングは、今後の新しい経済を表している。
・通勤や通学など数分~数十分というこまぎれの時間を使えるシステム(すきま時間の有効活用)。
・地元の生活者だけでなく、外からの観光者など様々な目的を持った消費者による多様な用途でのサービス使用(消費者による商品・サービス・空間の再定義)。
・商品やサービスの売り手と買い手が、お互いに対面せずに行うセルフサービス型の取引(同時性の解消)。
これらを可能にしているのは、スマホなどの移動通信端末である。オフィスや自宅などにいてデスクトップパソコンや電話の前に張り付いていなければならない状態では、すきま時間に移動しながら何かをすることはできない。スマホの登場によってはじめて、私たちは自由意思で行動しながら、すきま時間を活用し、その都度の自分の目的や使途に合わせてモノやサービス、場を使い分け、見知らぬ誰かと時間や空間を共有せずに取引やシェアができるようになった。
翻って、日本ではどうだろうか。
17年の年明けから、五月雨式に宅配サービスの周辺が騒がしくなり、桜の蓄が膨らみ始めた3月半ばからは一気に宅配クライシスとも呼ぶべきニュースが噴出した。
急増するEC、ネット通販の量に対して現場の体制が追いつかず、ヤマト運輸の労働組合が、経営側に荷受量の総量規制を求めているということが報道された。細かく指定されている時間帯別配達の維持向上が難しくなり、時間帯の分類が従前よりも大括りになることや宅配料金の値上げも決定された。「働き方改革」の流れと相まって同社従業員のサービス残業や長時間労働の問題も顕在化している。
儲からないことが定説だった個人宅配の市場を切り開き、「宅急便」という新しい事業を確立した小倉昌男氏の経営哲学に共感するビジネスパーソンは依然として多い。前世紀末に出版された『小倉昌男 経営学』は経営書のロングセラーとなっている。既に鬼籍に入られた小倉昌男氏は、宅配の現状をどのように見ているだろうか?
ヤマト運輸は日本における物流業界の雄であり、「宅急便」という事業をゼロから創り上げた立役者である。ただ、今回の荷受量の総量規制や時間帯別配達の大括り化は、顧客の利便性とは逆の方向性ではないだろうか。『小倉昌男 経営学』に書かれているように、同社の経営姿勢は、一貫して顧客の利便性の追求にあったはずだ。
様々に報じられている宅配サービスの変更は、根本的な解決ではない。最終の配達所から各家庭・各企業というラストワンマイルの大改革が今こそ求められる。
カギを握るのは、前述した「同時性の解消」である。
平たく言えば、それはサービス業のセルフサービス化だ。売り手も買い手も効率性を高めることができるセルフサービスはガソリンスタンドやスーパーマーケットなど米国で発達し、日本にも導入された。日本には自動販売機という世界に類をみないセルフサービス文化もある。
現在の宅配の仕組みは、ラストワンマイルにおいて、配達員と受取人が、同じ時間や空間を共有して対面することを強いられている。この「同時性」の持つ〝非効率〟をどのように解消し、セルフサービス化していくか--。
そのことを念頭においたイノベーションが、今後のECの物流を大きく変容させる。ラストワンマイルの物理的なベクトルを180度転換することこそが最終的な解決になると筆者は考えている。それは、宅配サービスのセルフ化という新しい仕組みであり、自販機のように日本独自の発展を遂げる可能性も秘めている。
メディアでは宅配問題が噴出し、筆者が中国の巨大なシェアリングエコノミーを目の当たりにしていた頃、旧知の編集者から1通のメールが届いた。「宅配問題を理論的にクリアに説明する本を緊急出版しませんか」というストレートな問いかけだった。既に2年前から宅配の危うさを論文(筆者が共同代表を務めるコンサルティング会社フロンティア・マネジメントの機関誌「FRONTIER EYES」に発表)にしていたこともあり、同僚の山手剛人氏と共同で一気に書き進めて出版の運びとなった。
2020年代を見据えたとき、消費者はいったい何にお金を使いたいのか、消費者が支払う代金は何との交換なのか、という問いを根本的に見直すことなくして、いかなる企業も生き残れない。商品の値段を「商品・サービスの原価と企業側の適正利益の総和」と考えている限り、現在の消費者行動を読み解くことは永遠にできない。商品を配達してもらった消費者は、物流企業の輸送費や人件費に対して対価を払うものという考え方をしている限り、ラストワンマイルの革命は絶対に起こらない。
誰もが、自分の「時間価値」にお金を払いたい。「時間価値」を高めるために、「すきま時間」と「空間」を自分なりに効率的に使いたい。そのためにも、第三者と対面する必要のないセルフサービスによる「同時性の解消」を求めている。
本書を読み終えた際に、これらキーワードが読者の皆さんの頭の中で有機的に結合された状態になることこそが、筆者の本意である。
2017年春、中国・上海の静安区--。
静安区は、上海市中心部のやや西よりに位置するビジネスエリアで、多くのオフィスビルが林立している。華山路という大通りに沿って歩くと、あちこぢの交差点に夥しい数の自転車が置かれてある。
注意深く観察すると、これら大量の自転車は全てシェアリング用だった。自転車のサドルにはQRコードがあり、施錠されている。事前に登録してスマホ(スマートフォン)でQRコードを撮影するだけで、自転車を自由に使うことができる。利用料は1時間1元(約16円)と格安。2016年末時点で、中国全土で4000万台の自転車がシェアされていて、会員数は1億6000万人に達しているという。
早朝は出稼ぎ労働者、朝はビジネスパーソンや学生、昼は観光客。自転車は、様々な利用者に1日に何回も使用される。この自転車は、貸す側と借りる側で、金銭の授受どころか、一切の人的なコミュニケーションなしで運営されており、ひとつの巨大な動的システムとして機能している。
上海で遭遇した自転車シェアリングは、今後の新しい経済を表している。
・通勤や通学など数分~数十分というこまぎれの時間を使えるシステム(すきま時間の有効活用)。
・地元の生活者だけでなく、外からの観光者など様々な目的を持った消費者による多様な用途でのサービス使用(消費者による商品・サービス・空間の再定義)。
・商品やサービスの売り手と買い手が、お互いに対面せずに行うセルフサービス型の取引(同時性の解消)。
これらを可能にしているのは、スマホなどの移動通信端末である。オフィスや自宅などにいてデスクトップパソコンや電話の前に張り付いていなければならない状態では、すきま時間に移動しながら何かをすることはできない。スマホの登場によってはじめて、私たちは自由意思で行動しながら、すきま時間を活用し、その都度の自分の目的や使途に合わせてモノやサービス、場を使い分け、見知らぬ誰かと時間や空間を共有せずに取引やシェアができるようになった。
翻って、日本ではどうだろうか。
17年の年明けから、五月雨式に宅配サービスの周辺が騒がしくなり、桜の蓄が膨らみ始めた3月半ばからは一気に宅配クライシスとも呼ぶべきニュースが噴出した。
急増するEC、ネット通販の量に対して現場の体制が追いつかず、ヤマト運輸の労働組合が、経営側に荷受量の総量規制を求めているということが報道された。細かく指定されている時間帯別配達の維持向上が難しくなり、時間帯の分類が従前よりも大括りになることや宅配料金の値上げも決定された。「働き方改革」の流れと相まって同社従業員のサービス残業や長時間労働の問題も顕在化している。
儲からないことが定説だった個人宅配の市場を切り開き、「宅急便」という新しい事業を確立した小倉昌男氏の経営哲学に共感するビジネスパーソンは依然として多い。前世紀末に出版された『小倉昌男 経営学』は経営書のロングセラーとなっている。既に鬼籍に入られた小倉昌男氏は、宅配の現状をどのように見ているだろうか?
ヤマト運輸は日本における物流業界の雄であり、「宅急便」という事業をゼロから創り上げた立役者である。ただ、今回の荷受量の総量規制や時間帯別配達の大括り化は、顧客の利便性とは逆の方向性ではないだろうか。『小倉昌男 経営学』に書かれているように、同社の経営姿勢は、一貫して顧客の利便性の追求にあったはずだ。
様々に報じられている宅配サービスの変更は、根本的な解決ではない。最終の配達所から各家庭・各企業というラストワンマイルの大改革が今こそ求められる。
カギを握るのは、前述した「同時性の解消」である。
平たく言えば、それはサービス業のセルフサービス化だ。売り手も買い手も効率性を高めることができるセルフサービスはガソリンスタンドやスーパーマーケットなど米国で発達し、日本にも導入された。日本には自動販売機という世界に類をみないセルフサービス文化もある。
現在の宅配の仕組みは、ラストワンマイルにおいて、配達員と受取人が、同じ時間や空間を共有して対面することを強いられている。この「同時性」の持つ〝非効率〟をどのように解消し、セルフサービス化していくか--。
そのことを念頭においたイノベーションが、今後のECの物流を大きく変容させる。ラストワンマイルの物理的なベクトルを180度転換することこそが最終的な解決になると筆者は考えている。それは、宅配サービスのセルフ化という新しい仕組みであり、自販機のように日本独自の発展を遂げる可能性も秘めている。
メディアでは宅配問題が噴出し、筆者が中国の巨大なシェアリングエコノミーを目の当たりにしていた頃、旧知の編集者から1通のメールが届いた。「宅配問題を理論的にクリアに説明する本を緊急出版しませんか」というストレートな問いかけだった。既に2年前から宅配の危うさを論文(筆者が共同代表を務めるコンサルティング会社フロンティア・マネジメントの機関誌「FRONTIER EYES」に発表)にしていたこともあり、同僚の山手剛人氏と共同で一気に書き進めて出版の運びとなった。
2020年代を見据えたとき、消費者はいったい何にお金を使いたいのか、消費者が支払う代金は何との交換なのか、という問いを根本的に見直すことなくして、いかなる企業も生き残れない。商品の値段を「商品・サービスの原価と企業側の適正利益の総和」と考えている限り、現在の消費者行動を読み解くことは永遠にできない。商品を配達してもらった消費者は、物流企業の輸送費や人件費に対して対価を払うものという考え方をしている限り、ラストワンマイルの革命は絶対に起こらない。
誰もが、自分の「時間価値」にお金を払いたい。「時間価値」を高めるために、「すきま時間」と「空間」を自分なりに効率的に使いたい。そのためにも、第三者と対面する必要のないセルフサービスによる「同時性の解消」を求めている。
本書を読み終えた際に、これらキーワードが読者の皆さんの頭の中で有機的に結合された状態になることこそが、筆者の本意である。
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