goo

サーミのシャーマン

『宗教学大図鑑』より シャーマンの力 ⇒ 映画「ククーシュカ」の世界です

サーミのシャーマン

 シャーマニズムに関してはこのように多くの信仰が伝えられているが、記録に残っている中でヨーロッパ最古のシャーマニズムは、スカンジナビア北部のサーミと呼ばれる地域(かってのラップランド)のものである。この地域に住む半遊牧民のサーミ人は、トナカイを飼い、沿岸で漁を行う民族で、18世紀初期に至るまで完全なシャーマニズム信仰を保持していた。そして彼らは、一度は失われかけたその信仰の一部を、ここ数十年の間に取り戻している。史料を用いることで、また、北アジアやアメリカ大陸の北極地方に見られる類似した文化と詳細に比較することによって、彼らの宗教は再構築が可能だったためである。

 サーミのシャーマンはノアイデと呼ばれ、シャーマンとしての役割を親から受け継ぐこともあれば、精霊によって直接選ばれることもあった。他の文化では、このようにシャーマンになるべく「選ばれた」人間が、一定期間にわたってひどい病気やストレスに苦しめられたり、自分が殺されて生き返るという幻覚を見たりすることがしばしばある。

 サーミのシャーマンがトランス状態に入る際には、精霊が手助けをした。精霊は、狼や熊、トナカイ、魚などの姿で現れ、シャーマンはそれらの動物を真似ることでトランス状態に入る。シャーマンは、真似るというよりも、実際にそれらの動物に「なる」のだという表現がよく使われ、それは目に見える外見的な変身ではなく、内面的な変化として起きるのだと考えられた。

 サーミのシャーマンがトランス状態に入る手助けをするものが、他に3つあった。1つ目は極度の身体機能喪失である。これは、北極地方という極寒の地で裸で儀礼を執り行うために生じるものである。2つ目は「ルーン」と呼ばれる神聖な太鼓が刻むリズムである。サーミ人と類似点を持つヤクート族やブリヤート族の人々は、この太鼓を「シャーマンの馬」と呼んでいる。この太鼓には、世界樹でつながる3つの世界(人間の住む地上の世界、その上にある神々の世界、そして下にある死者の世界)の絵が描かれていた。シャーマンがトランス状態に入るのを手助けした3つ目のものは、向精神作用のあるベニテングダケ(学名「アマニタ・ムスカリア」)であった。このキノコを摂取した後、シャーマンはトランス状態に入り、まるで死んでしまったかのように身体が硬直して動かなくなる。その際、男性のサーミ人はシャーマンを守り、女性のサーミ人は歌を歌うことになっている。その歌は、シャーマンが神々の世界または死者の世界で行うべきことについてのものや、シャーマンが地上の世界に戻ってくるための道を見付ける手助けをするためのものであった。

 異界に旅立ったまま、二度と戻ってくることのなかったシャーマンたちについての物語が残されている。その原因は、多くの場合、呪文によってシャーマンを目覚めさせる役目の人間が、その呪文を忘れてしまったことであった。あるシャーマンは3年間目覚めることがなかったが、それは、彼を守る役目の人間が、彼の魂を「カワカマスの曲がりくねった腸の中の、3番目の暗い曲がり角」から呼び戻す必要があることを忘れてしまっていたためであった。3年後にようやくその呪文を唱えたところ、シャーマンの足が震え、シャーマンは目を覚まし、3年間も呪文を忘れていたその人間をなじったという。

精霊との交信

 サーミのシャーマンは、世界の中心(宇宙の軸)にある山へと飛んでいき、その山の上と下にある霊の世界に入ると信じられていた。彼らは通常、魚の精霊に乗り、鳥の精霊に導かれ、トナカイの精霊に守られた。山の上にあるサヴィオという世界に行く目的は、狩猟の成功を願うため、またはその他の助けを求めるためであった。山の下にあるヤミーモヘの旅は、病人の魂を取り戻すために行われた。魂を取り戻すには、事前に捧げもので地底の世界の女王をなだめる必要があった。シャーマンは天上界の霊とも地底界の霊とも交信することができたが、それは通常の人間には理解できない霊の言葉をシャーマンが学んでいるからである。

 北極圏文化に属するネッリク・イヌイット(現在のカナダの、ハドソン湾の西側の地域に住んでいた)のシャーマンも、サーミ人とよく似た信仰を持っていた。彼らは、嵐を鎮め、病気を治し、また、人間と地球上・空・海の精霊とをつなぐ役割を果たした。シャーマンによる降霊会は、必ず、テントやかまくらのような場所で、薄暗い灯りの中で行われた。まずはシャーマンが特殊な歌を歌い、手助けをしてくれる精霊を呼び出す。そしてトランス状態に入ると、シャーマンは普段の声とはまったく違う声で話し始める。よく響く低い声で話すことが多いが、甲高い裏声で話す場合もある。

 このようなトランス状態において、シャーマンは自分の魂を空へと送り出し、月に住むタキークを訪れる。タキークは、女性が子宝に恵まれるようにまた、狩猟が成功するようにという願いを聞いてくれる。シャーマンが差し出す捧げものに満足した場合、タキークは狩猟のための動物を与えてくれるという。空に月が出ていないときは、タキークが死者に食べさせるための動物を狩りに出かけているのだと信じられていた。

空へ、海へ

 あるネッリク・イヌイットの話によると、ある日、クキアクという偉大なシャーマンがアザラシを捕まえようとしていたム彼は、氷に開いた穴からアザラシが呼吸のために顔を出すのを待っていた。彼がふと空を見上げると、月が彼の方へと近づいてくるところであった。月は、彼の傍まで来て動きを止め、クジラの骨でできたソリヘと形を変えた。ソリを操っていたのはタキークであった。タキークはクキアクにソリに乗るようにと合図を送り、クキアクが乗り込むやいなや、上空にある自分の家へと飛び立った。家の入口は何かを食べている口のようにモグモグと動いている。ある部屋の中では、太陽が赤ん坊の世話をしていた。月はクキアクに、そこに留まってくれと頼んだが、クキアクは月に住みたいとは思えなかった。そこで月の光を滑り降りて、最初にアザラシを待っていた場所に無事に戻ってきた。

 時に、ネッリクのシャーマンは、自らの魂を海底へと送り、ヌリヤーク(別名セドナ)という海と陸の女王のもとを訪れることがあった。ヌリヤークはアザラシの数を制御する力を持っていた。そのため、アザラシを食料とし、衣類にも用いていたネッリクに対して、大きな影響力を持っていた。ヌリヤークは厳しい禁止事項を定めており、ネッリクがその決まりを破った場合には、アザラシを閉じ込めてしまうのだった。しかし、シャーマンが危険を冒して海の中へと降りていきヌリヤークの髪を結い上げると、たいていの場合、彼女は怒りをおさめ、アザラシを海に放った。

 ネッリクのシャーマン文化は、1930年代、そして1940年代に至るまで続いた。ネッリクの中で、この世界にあふれる危険で邪悪な精霊を恐れなかったのは、自らを守ってくれる精霊を持つシャーマンたち(彼らの言語では「アンガコック」と呼ばれる)のみだった。ネッリクのシャーマンの中には、複数の守護精霊を持つ者もいた。たとえば、ウナラルクという名のシャーマンは、彼の死んだ両親、太陽、犬、カジカの霊に守られていた。これらの精霊たちが、ウナラルクに、地上や地下、海や空に何か存在しているのかを教えたという。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 二一世紀のイ... OCRした12冊/... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。