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カント『純粋理性批判』『実践理性批判』の世界観

『14歳からの社会学』より 〈自由〉への挑戦

カント『純粋理性批判』の世界観

 『純粋理性批判』と『実践理性批判』という2つの有名な本を書いたカントという人がいる。カントは『純粋理性批判』で、ニュートンという人の唱えた決定論的な世界観(あらゆる出来事は、その出来事に先行する出来事のみによって決定している)を追認した。

 ある一時点における物体の位置と運動を計測できれば、1秒後も1年後も1万年後も1億年後もすべて予測できる。かつてビッグバンが起こったのだとすると、ビッグバンが起こった瞬間に、未来永劫あらゆる原子と電子の運動を知り得る。それを「ラプラスの悪魔」という。

 ラプラスの悪魔という考え方をカントは追認した。でも、これはぼくたち人間界の感じ方とは違う。ぼくたちは花瓶がこわれたら「宮台がこわした? ならば悪いのは宮台だ」という。行為は誰かの選択だ。ぼくたちは行為を誰かに帰属させる。これを「帰属処理」という。

 また、ぼくたちは「花瓶がこわれた責任は誰が負うのか?」ということを考える。「その責任は宮台が負う」とか、「宮台は命令されてやっただけ。命令した山田が責任を負う」という具合に、こわした責任を誰かに「帰属」させる。これを「帰責処理」という。

『実践理性批判』での世界観

 つまり、ぼくたちの人間界では、行為を誰が選択したかという「帰属処理」と、選択したことの責任を誰が負うのかという「帰責処理」をおこなう。「ビッグバンのときに決まったことだから、誰がやったともいえないし、誰のせいともいえない」などとはいわない。

 『純粋理性批判』で自然界の決定論を擁護したカントは、今度は『実践理性批判』で人間界の非決定論を擁護した。そうすることで、人倫の世界--善し悪しの世界や責任のあるなしの世界--を基礎づけようとした。カントの考え方を、社会学もまた支持している。

 自然界は因果律の世界だと考えられている。すべてのものごとには原因があるし、原因にはさらに原因の原因があると考えられる。ものすごい時間をかければ、ある人間がある場所でその行為をした原因を、その人が生まれる前にさかのぼって説明できるかもしれない。

 でも、人間界は因果律では回らない。行為の帰属や責任の帰属は、原因の探索とは違う。なぜ彼は殺したのか。彼の無意識に由来する。彼の無意識は彼の母親の育て方に由来する。母親の育て方は母親の無意識に由来する……。因果律はそんなふうに永久にさかのぼってしまう。

 そんなふうにさかのぼったら誰の責任も問えない。ぼくが誰かにあいさつした理由を説明するだけで一生かかっちゃう。これじゃ社会は回らない。つまり、行為の帰属や責任の帰属は、自然界における原因の探索とはまったく意味が違う。問題はどういうふうに違っているかだ。

 〈社会〉とは「あり得るコミュニケーションの全体」だといった。では、どんなコミュニケーションが現に「あり得る」のだろう。カントによる自然界と人間界の区別は、〈社会〉はどんな具合に成り立っているのか、という問いにつながっている。

人間界では「意思」が出発点になる

 カントはそこで「意思」の概念を持ち出す。それをするときに「意思」が妨げられていなかったかどうかを問題にするんだ。彼の意思が妨げられていなかったのなら、「彼がやった」とか「彼が悪かった」という具合に帰属と帰責をおこなう。

 妨げられていない意思をカントは「自由意思」と呼んだ。宮台が「自由意思」で花瓶をこわしたとする。宮台の「意思」を妨げるものがなかったということだ。人間界では、宮台がやったことだから、宮台に責任を取らせようというふうになる。まあ、ふつうの話だ。

 でも、自然界を説明しようとするときに使う、因果律に基づく決定論的な世界観では、ずっと前から宮台が花瓶をこわすという行為が予定されていた可能性がある。でも、それは「あえて」横に置いておきましょうというのがカントの考え方だし、社会学の考え方だ。

 〈社会〉では「因果」でなく「意思」が出発点だ。出発点だから「意思」の前にはさかのぼらない。これはひとつの世界観だ。「主意主義的世界観」という。これに対し、ぼくたちが全能なら「意思」の前にずっとさかのぼれるはずだという世界観が、「主知主義的世界観」だ。

 カントのすごいところは「〈世界〉--ありとあらゆる全体--はどうだか知らないけど、〈社会〉--あらゆるコミュニケーションの全体--は主意主義的にでき上がっている」と見通したことだ。完全に正しい。現にぼくたちは主意主義的に誰かに責任を帰属する。
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