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帝国の衰退 元凶は「国家資本主義」

『帝国自滅』より 帝国の衰退

資金の源と流れは政権支配

 「資源大国」の復活を遂げたロシアは、石油や天然ガスをはじめとする天然資源を輸出し、資源部門からの収入を補助金や利権配分を通じて国民やエリート層に幅広く配分する「プーチン流統治モデル」を確立した。見返りに国民やエリート層にプーチン政権への忠誠を求め、政治的な安定を確保した。

 この統治モデルに従わないホドルコフスキー氏のような寡占資本家(オリガルヒ)が率いる新興財閥や反プーチン運動は、力で排除された。

 国内で反対する者がいなくなったプーチン大統領に対する支持率は80%を超え、政権基盤は強化されたように見える。前節で、この統治モデルはロシア経済に深刻な資源依存という副作用をもたらしたことを指摘した。だが、このモデルには資源依存に加え、もう一つの重要な帰結があった。経済活動における国家の大きな役割を重視する「国家資本主義」の形成だ。

 ロシアの国家資本主義は、石油と天然ガスをはじめとする国富を中央権力が集中的に管理し、配分するうえで必然だったとみなすことができる。だが同時に、前述したユーコス事件やバシネフチ事件で明らかになったように利権闘争の結果でもあった。

 資源産業を国営や政府系の企業が支配するようになり、天然資源がもたらす巨額の資金の流れも国有や政権に近い銀行が握る。その金融システムを通じて、さらにエリート層や国民に利益を分配するという経済構造ができあがった。

 簡単に言えば、お金の源と流れは政府や大統領の側近、旧友までも含めたプーチン政権が掌握するということだ。重要な案件での最終的な判断はいつもプーチン大統領が下す。ロシア経済にとって最も重要な資源と金融分野は、「プーチン株式会社」による独占といってもよい。その実態をみてみよう。

 まず、ロシア経済を資源依存の観点からみると、売上局で「ロシア企業上位20社」(次ページ表参照)中、資源エネルギー部門の企業は14社に上る。

 この14社のうち、※印をつけた企業が、50%以上の株式を政府が直接保有する国営や国有か、あるいは国営企業などが過半数の株式を保有する政府系。ロスネフチやガスプロム、バシネフチをはじめとする8社が占めている。言うまでもなく、ガスプロムやロスネフチなど国有の石油ガス会社を経営しているのは、プーチン大統領の側近だ。

 国営・国有や政府系には分類しなかったが、スルグトネフテガスはきわめて政権に忠実で、エヴラズやルサルなど他の資源企業も政権に近いオリガルヒが経営している。政権の意向に反した経営方針を取ることはほとんどなく、重要な経営戦略はクレムリンの承認を必要とする。政権と対立または利害関係が衝突すれば、ユーコスやシステマのような憂き目を見ることになる。

 上位20社のうち金融はロシア最大のズペルバンクとVTBグループの2社だが、ズベルバンクはプーチン大統領の「金庫番」とも呼ばれる側近のゲルマン・グレフ元経済発展貿易相が頭取を務める。VTBは前章「落日の寡占資本家」で言及したアンドレイ・コスチン氏が率い、プーチン大統領が信頼する友人や知人、側近が役員を務めている。

 国中に営業網を張り巡らすこの2行は、エリート層への利権配分や国民へのオイルマネーの分配で最も重要な役割を果たしている。

 政権による金融支配を分かりやすくするため、「ロシアの銀行上位10行」も上の表で示した。10行のうち7行は国営・国有または政府系が占める。このうちモスクワ銀行はモスクワ市が最大の株主だったが、ユーリー・ルシコフ氏が政権の不興を買ってモスクワ市長の座から追われると、同行による不正融資疑惑や不良債権問題が浮上し、2011年にはVTBの傘下に入った。

 ロシア3大銀行のガスプロムバンクは名前のとおり、政府系のガスプロムが最大の株主で、会長は大統領側近のアレクセイ・ミレル同社社長が務めている。農業部門に強いロスセリホズバンク(日本語に訳すと「ロシア農業銀行」)は、プーチン大統領の「側近中の側近」で、政権の要でもある二コライ・パトルシェフ安全保障会議書記の長男で、まだ30代後半の若きドミトリー・パトルシェフ氏がトベフを務める。

長期低迷のトンネルに

 プーチン政権はどれだけロシア経済を支配しているのだろうか。政府予算や国策会社をはじめとする国営・国有や政府系企業など公的部門だけで、国内総生産(GDP)の半分以上を占めるというのは衆目の一致するところだ。

 シュワロフ第一副首相は2014年1月中旬、国内の経済フォーラムで、「2020年までに(国家セクターの)規模を大きく削減しなければならない。この政治サイクルが終わるまでに国家がコントロールするのは、(経済全体の)4分の1を超えないようにしなければならない」と強調した。

 第一副首相は現状の水準について明言していないが、ロシアのメディアはこの発言について、大部分の専門家が50%を超えていると推計しているとして「50%から25%に減らすことが不可欠」と報じた。「この政治サイクル」とは、プーチン氏の現在の任期が終わる2018年を指す。

 ウリュカエフ経済発展相も同月、経済情報通信社のプライムに対し「あまりに多くの国家資産がある」と認め、民営化を急ぐよう提唱した。経済発展省は国家部門が50%に達し、世界平均の30%を大きく超えているとの数字を明らかにしていた。

 一方、2012年11月6日付のベドモスチ紙などによると、BNPパリバの専門家2人は、口シアのGDPのうち国家部門が50%を占めていると報告した。ガイダル研究所は06年には国家部門が38%を占めると試算していたが、わずかな期間で急増したことになる。

 特に石油生産では1998~99年に国家部門は10%だったが、40~45%に、銀行セクターでは49%に、輸送セクターでは73%を占めるようになった。民営化をいくら実施しても、国営会社口スネフチによるTNK-BP買収のような大型のM&Aが起きてしまう、とも指摘した。

 BNPパリバの専門家はさらに、国家部門の拡大について、経済危機が原因との見方を取りつつも、国営企業を通じてソチ冬季五輪など大型プロジェクトに国家予算が流れているとも分析。資金の流れが不透明な「もう一つの予算」がつくられていると警鐘を鳴らしている。

 国際通貨基金(IMF)も2014年5月に公表したロシア税制・予算の透明性に関する報告書で、政府の管理下にある企業を含めた国家部門が、収入側からみたGDPの71・3%を、支出側からみて68・3%を占めていると説明した。

 IMFの試算には政府系の企業がほぼすべて含まれているとみられ、実態により近い可能性がある。ただ、こうした国家部門には、前項で触れたノヴァテクをはじめプーチン政権に近い民間企業は含まれていないことを考慮すべきだろう。

 国民は、経済活動で国家部門が肥大化している現状をどうみているのか。興味深い調査結果がある。独立系の調査機関レヴァダーツェントルが2015年5月に公表した世論調査の結果によると、経済体制について、国の経済システムが政府による「計画と割り当て」に基づくべきだ、との答えが55%を占めた。これに対して、「私有財産と市場関係」と答えた人の割合は27%にとどまった。

 1991年のソ連崩壊に伴う経済混乱と新興財閥による「略奪資本主義」の苦い記憶が、保守的な性格が強いロシア国民にいまも強い影響を及ぼしている。ロシアには、「国家資本主義」を受け入れる素地が国民の側にもある。

 プーチン政権はこの15年間で、1990年代の急激な市場経済化に伴う経済混乱を収束させ、新興財閥に代わって新しい経済秩序を確立した。それは資本主義を原理としながらも、経済活動において国に大きな役割を認める「国家資本主義」だった。だが、プーチン大統領を司令塔とするこの経済システムは、生き延びることができるのだろうか。

 肥大化した国家部門によって民間の活力が削がれ、中小企業も育たない。欧米流の市場経済とは衝突を繰り返している。天然資源に深く依存したまま、構造改革や技術革新の進展は遅れる。利権争いや癒着の疑惑も付きまとうロシアの国家資本主義経済は、「長期停滞」という出口の見えないトンネルに入ってしまったようだ。
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