shiotch7 の 明日なき暴走

ビートルズを中心に、昭和歌謡からジャズヴォーカルまで、大好きな音楽についてあれこれ書き綴った音楽日記です

True Blue / Madonna

2009-03-14 | Rock & Pops (80's)
 80年代で最多のヒット曲を持っているのはマドンナである。巻き起こしたブームのスケールのデカさや瞬間風速では圧倒的にマイケル・ジャクソンだろうが、10年間で6枚のアルバムと23曲のトップ20ヒットを放ったマドンナの創作パワーにはさすがのマイケルも敵わない。ましてや彼女は80’sアーティストとして21世紀に入った今もなお第一線でバリバリ活躍している数少ない存在なのだ。そういう意味でも80年代以降の他のアーティスト達を凌駕していると思う。
 初めて彼女を聴いたのは84年の2月に「ホリデイ」がチャートに入ってきた時で、ちょうど第2次ブリティッシュ・インヴェイジョン真っ盛り、そんな中で「ホリデイ」のキャッチーなメロディーと弾けるようなリズムは私に強烈なインパクトを残した。TVで見たその激しく歌い踊る姿はトニー・ベイジルを思い起こさせ、キワモノ的な雰囲気が濃厚に立ち込めていた。しかし続いてリリースされた「ボーダーライン」はデジタル・ビートを基調としながらもただのダンス・ミュージックに終始することなくじっくり聴くに値する佳曲に仕上がっており「もしやコレは...大化けするかも...」という期待を抱かせた。
 秋に「ラッキー・スター」がトップ5入りし、いよいよセカンド・アルバムへのお膳立てが整ったところへドッカとやってきたのがご存知「ライク・ア・ヴァージン」である。マドンナの名を世界中に知らしめたこの曲は6週連続全米№1という記録以上に人々の脳裏に深く刻み込まれ、同名のセカンド・アルバムと共に記憶に残る大ヒットとなった。時代の寵児となった彼女はヒット曲を連発、特に「クレイジー・フォー・ユー」はあの「ウィー・アー・ザ・ワールド」とほぼ同時期にリリースされ3週連続2位に甘んじた後ついに「ウィー・アー・ザ・ワールド」を蹴落として1位に輝いたのだから、この時期いかにマドンナがホットな存在だったか分かろうというものだ。
 そして86年、いよいよサード・アルバム「トゥルー・ブルー」が登場する。私はこのアルバムこそが彼女の本当の勝負作になると思って楽しみにしていたのだが、彼女の音楽的レベルは私の予想を遥かに超えて高く、前作で確立したモンロー的イメージを巧みに中和しながら初めてのセルフ・プロデュースで素顔を見せたマドンナがそこにいた。ナイル・ロジャース色の強かった前作のデジタル・ビート中心の音作りからよりヒューマンで温かみのあるサウンドへの変化が見られ、“カエルの歌が聞こえてくるよ”うなストリングスのイントロから始まる①「パパ・ドント・プリーチ」でもベース・ラインを強調した骨太のサウンドが斬新だった。当時アメリカで社会問題化しつつあったティーンエイジャーの妊娠を歌った歌詞も「踊るための音楽」から「歌を聴かせる音楽」への進化を如実に示していた。
 ダンサブルでメロディアスな②「オープン・ユア・ハート」や⑤「ホェアズ・ザ・パーティー」、壮大なスケールでじっくりと歌い上げた心に染みるバラッド④「リヴ・トゥ・テル」、必殺のメロディー連発で60’sの薫り溢れる軽快なポップ曲⑥「トゥルー・ブルー」、哀愁舞い散るラテン・フレイバーに涙ちょちょぎれるキラー・チューン⑦「ラ・イスラ・ボニータ」、60'sへの憧憬を80's風サウンドで上手く表現したノリノリの⑧「ジミー・ジミー」と、絵に描いたようなポップな名曲が並ぶ。マドンナでどれか1枚と言われれば私は迷うことなく彼女がポップ・アイコンとしての頂点を極めたこのアルバムを選びたい。

13. La Isla Bonita - Who's That Girl

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