一枚の葉

私の好きな画伯・小倉遊亀さんの言葉です。

「一枚の葉が手に入れば宇宙全体が手に入る」

シェルブールの雨傘

2013-05-05 18:11:50 | 芸術


    ゴールデンウィークもいよいよ終盤となった。
    これまでは客を案内したり、出かけて人と会うこと
    が多かったのだが、そろそろ元に戻さなければなら
    ないと思い、今日はあえて一人行動をすることにした。
    

    鎌倉に出ていくつかの用を足し、最後に川喜多かしこ
    映画記念館で「シェルブールの雨傘」を。
    (チケットは前もって買っておいた)

    近頃はとんと聞かないが、ひところ毎日のように聞
    いた(ような気がする)哀切な音楽である。

    1963年、フランス映画
    場面はシェルブールという港町。
    16歳のジェンヌヴィエーブ(カトリーヌ・ドヌーブ
    主演)と20歳のギイの悲恋物語である。

    ジェンヌは傘店の一人娘なのだが、母親は自動車整備
    士で低賃金労働者のギイを快く思っていない。
    そんなある日、ギイに召集令状がきて、最後の夜、
    若い男女は結ばれる。

    一人シェルブールに残された娘は彼からの手紙を心
    待ちにするのだが、それもだんだん間遠になって、
    食べ物も喉を通らなくなる。
    この時の母親の娘にかける言葉が傑作なのだ
    「恋で死ぬのは映画の中だけよ」

    病院にいって精神安定剤と栄養剤をもらってくれば、
    「疲れただけでは死なないわ」
    さらに彼から手紙が来ないのをいいことに、
    「きっと彼はあなたのことなんか忘れたのよ」
    などと、追い打ちをかけるのである。

    ところが笑いごとではなくなった。
    娘が妊娠していることに気づいたのだ。

    折りも折り、
    傘店の経営がうまくいかなくて、宝石商のカサールに
    買ってもらうことに。
    カサールは美しいジェンヌにたちまち恋をして、結婚
    を申し込む。
    お腹の子は「いっしょに私たちの子として育てましょう」
    といって。

    やがてアルジェリア戦争を経て除隊したギイは、真っ先
    にシェルブールの町へ。
    傘店には張り紙がしてあった。
    「閉店しました」

    自暴自棄となったギイは元の自動車工場で働きはじめる
    ものの、店主と喧嘩して飛びだし、娼婦と寝たり転落す
    る一方であった。
    そんな自堕落な生活をおくる彼を救ったのは、下宿して
    いた宿の娘さんだった。

    娘さんの母親が亡くなったのを機に、二人は結婚。
    二人の間には男の子が生まれ、なけなしのお金で買った
    ガソリンスタンドの経営も順調に。

    さらに年月を経て、
    雪の日、一台の黒塗りの車がスタンドへすべり込んで
    くる。
    「ガソリンはスーパー? 普通の?」
    ギイは、すぐにジェンヌだと分かった。
    彼女の横にはわが子である女の子。

    ジェンヌの方も、彼が幸せな家庭を築いていることを瞬時
    に理解した。
    最後の二人の会話。
    「しあわせ?」
    「ウィ、トレビアン」
    黒塗りの車は雪の中に消えていった。

    悲恋物語のはずだが、日本映画の演歌調といった湿っぽ
    さはない。
    ナレーションはなく、すべて会話がミュージカル仕立て。
    そのためか、悲恋というより、シャレたコメディー映画に
    思えてならなかった。

    これを20代、30代に観たらどうだったろう。
    あいにくシルバー世代となってしまった私は、ずいぶん
    笑わせてもらったのである。

    映画だから云えることなのだが、真面目になればなるほど
    人間って滑稽な面が出てくるのですよね。

    
    

    
    

    

  

    
    


    
    

    

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