一枚の葉

私の好きな画伯・小倉遊亀さんの言葉です。

「一枚の葉が手に入れば宇宙全体が手に入る」

虚暑の夏

2012-08-28 20:52:53 | 雑記



      (東京住まいの)友人から残暑見舞いのメールが
      きたが、”残暑”でなく”猛暑”だね、とあった。

      ホント、なんだ、この暑さは!
      猛暑、極暑、烈暑などとは例年毒づきながら使って
      きたが、今夏はそれを超えている。
      

      原稿なんか書いてらんない。
      本も読みたくない。
      オリンピックも高校野球も終わったからTVも
      つまんない。
      多少、ふてくされて昼寝したら夜眠れない。
      ない、ない、ないづくしだ。

      仕事をするふりをしてPCの前に坐り<~暑>の
      ついた言葉をあさったらありました。

       痛暑の候(身体が痛くなるほどの暑さ)
       獄暑の候(地獄の暑さ)
       寝暑の候(寝込んでしまうほどの暑さ)
       湯暑の候(水がお湯になるほどの暑さ)
      

      変わったのではこんなのがあった。

   
       悶暑の候(悶えるほどの暑さ)
       超暑の候(若い人の感じる暑さ)     
       倒暑の候(倒れるほどの暑さ)

      私はさしずめ、これだろう。
       虚暑の候(虚しくなるほどの暑さ)

      しかし「候」とつくからには、手紙の冒頭に使う
      のだろうか。
      ああ、「悶暑の候」が「悶絶の候」に見えてきた。

      写真は先週、いっとき見た秋めいた雲。
      それもつかの間、今週はずっともくもくの入道雲だ。
     

片づいた?

2012-08-22 21:26:44 | 読書


     今回の特集号に反響が(数えられるほどだが)寄せられて
     いる。

     笑い話でいえば、この私の写真。

     実を言うと、過去に2度ほど身辺を整理する機会があった。
     一度は今から10年前。
     夫のガン闘病のときで、死期も早いと医者から言われていた
     ので、自宅介護(わずか3ヵ月であったが)と葬式を見込ん
     だもの。

     
     このときは正直言うと自分のものまで手が回らなかったが、
     二度目は引っ越しのとき。
     このときは一軒分の荷物を(自分用の)二部屋に移さなけれ
     ばならないという物理的な理由から、思いきった整理を余儀
     なくされた。

     溜まりに溜まった本は真っ先に整理し、過去の写真も、
     もう思い出にひたっている時間はないのだと、思いきって
     処分した。

     それで今回ーー
     あるはずの写真はなく(当然!)、それでも本に挟まってい
     たり、子どものアルバムに残っていたのをかき集めて、
     かくしてこのようなハズカシ~イ年譜紹介となったのです。

     そして今日、執筆者の一人の高木護さんから葉書がきました。
     高木さんは「最後の詩人」といわれる人(85歳)で、まあ
     伝説の詩人です。
     概要を記すと、

     森崎さんの話は活き活きとしていて、聞き出されたなと
     思った。読み応えがあります。
     ずんだれ文章のわたしのもの以外は、いうことなしです。
     これで、雁さんは片づいたな、という気がいたします。

     といったもの。
     谷川雁、森崎和江さんとも旧知の間だから、こういったこと
     も許されるのでしょう。

     それにしても、
     「雁さんは片づいた」にはやっぱり笑ってしまいます。
     高木さんは谷川雁の対極にある人ですからね。
  
     
  
     
     
 

Myaku 13号

2012-08-16 14:43:43 | 読書



      「Myaku 13号」が出ました。
      
      特集・内田聖子の『谷川雁のめがね』です。
 
      内容は下記のとおり

       対談 森崎和江・内田聖子

       中内幸男   随行記

       インタビュー 内田聖子さんに聞く 比嘉加津夫

       高木 護   内田さんの雁さんの本について

       松本 輝夫  雁のラボ時代にも光をあてた女流
              ならではの画期的体験記
              内田聖子『谷川雁のめがね』
                    (新版)の魅力

       岡田明子  「我らのセイコチャン」と
                   『谷川雁のめがね』

       内田聖子 年譜

       編集後記
                    \ 900(税込)

     
        お問い合わせ: 〒900-0002 
           沖縄県那覇市曙3-20-1
               比嘉 加津夫
  
            eメール higa20@nirai.ne.jp 
 
                      
        
     

オリンピックの余韻いつまで?

2012-08-14 17:24:25 | 雑記


     何をやっても遅い(人の何倍もかかる)せいでもある
     が、今夏は課題をこなすのに精一杯で、どこにも出か
     けられません。

     そんなところに1週間ほど泊り客があって、ちょくち
     ょくとお茶のみ、お喋り、オリンピック観戦もしなけ
     ればならず、ああ……。

     それでも最後の方は家事を手伝っていただいたりした
     ので、待ったなしの(原稿の)推敲、校正、編集者と
     の打ち合わせには助かりました。

     その間には取材でお世話になった方々へのお礼状に
     写真を添えたり……山場を2つ、3つ超えた感じです。
     あとは『谷川雁のねがね特集』という雑誌が着くのを
     待つだけです。

     
     これもひとえに協力していただいた方(原稿を書いて
     下さった方、取材に同行してくれた人等々)のお陰です。
     

     しかし、こういうときに限ってパソコンがおかしくなる
     のですね。
     メーカーに問い合わせ、人に聞いたりして、それだけで
     ほぼ1日のロス。
     とにかく動いてくれればいいと有線のキーボードを買いに
     走って、現在は急場をしのいでいるところです。

     秋口から新しいテーマを追わなければならないので、
     それまで何とかしなければなりません。

     またまた露呈したPC嫌いのPC依存症、そのせいでは
     ないでしょうが、漢字の変換がうまくいかずイライラし
     ます。

     「筑豊」→「地区方」
     「医学」→「異学」「意額」
     「西原」→「②氏はら」
     「医者」→「医社」「胃社」

     今日の午前中だけでもこの通り(左が正解)、他にも
     ”どうしてこうなるの!”といった例をあげたらキリ
     がありません。
     私の頭がおかしいのでしょうか。
     (たしかに狂っているけど~)

     (写真は2つのキーボードと散らかった机の上。
      手前の白いのがダメになったキーボード)   

    

五輪の星

2012-08-05 17:07:14 | 雑記
  


     暑いさなか、連日熱戦・激戦がくり広げされている。
     ロンドン五輪でも数多くのスター選手が登場した。
     ここで一人ひとり名前を挙げることはしないが、
     彼、彼女たちの闘いぶりは非常に崇高でうつくしい。
     
     (もちろん、これまでの苦しい練習やトレーニングが
     あってのことだけど)人間がここまでやれるものかと、
     賛嘆、ため息まじりにTVの映像に見入ってしまうこ
     とも少なくない。

     そして思うことはーー
     期待されていた選手が何かの拍子にリズムが狂って
     しまってミスを重ねたり、無残な結果に終わってし
     まった時のこと。

     (以下は新聞記事によるものだが)
     今から100年前のストックホルム五輪でのことで 
     ある。
     日本からは2人参加し、その1人が日本マラソンの
     父と呼ばれる金栗四三さん。
     当日、炎熱のため死者さえ出たレースを金栗さんも
     完走できなかった。

     ピーク時に必勝を期した次の五輪は第一次大戦で
     中止。
     悲劇のランナーとさえ呼ばれた。

     その30年後、金栗さんは郷里の熊本で五輪を振り
     返って「悔しかった、申し訳なかった」といいつつ、
     「しかし一度でも優勝しとったら若手の指導に全力
     を挙げたかどうか。自分も年とってまで走ったか
     どうか」と語ったという。

     これを読んで私はう~とうなってしまった。
     誰だって勝ちたいし、メダルも取りたい。
     だけど誰もが勝てるものでもないし、まして金メダル
     なんて夢のまた夢。

     つまり人間は勝とうが負けようが、そこからまたスタ
     ートだってことを忘れてはいけない。
     これは何も五輪のような大舞台でなくても同じ。
     受験、就職といった節目々々だけでなく日常のささい
     なことにも当てはまるのではないか。

     金栗さんにもどると、その後、選手を育成し、女子
     体育奨励の草分けともなった。
     女性のフルマラソンが実現したときには、
     「夢と思っていた花の実が実った、生きとってよか
      った」
     といったという。

     92歳で亡くなったが、毎年正月の箱根駅伝での
     「金栗杯」にも彼の意思は残されている。

     今回の五輪でも期待されたにもかかわらずメダルを
     逃した選手もいる。というよりメダル獲得者はほんの
     一握り、ほとんどの選手が悔し涙を流したといって
     もいいだろう。
     しばらくはしかたないが、勝負はこれからだ、とい
     うことを、いつか気づいて欲しいと思う。

     写真は71歳でオリンピックは3度目という法華津
     選手の見事な手綱さばき。
     総合結果は35位に終わったが、見ている者に金
     メダル以上の感動を与える。

      

ロンドン五輪とヘイ・ジュード

2012-08-01 06:16:14 | 雑記


     世界トップアスリートの華やかですさまじい競技の
     さなか、あまりドメスティックな話題もどうかと思い、
     五輪の話題をひとつ。

     開会式のフィナーレは70歳のポールマッカートニー
     うたう「ヘイ・ジュード」であった。

     ポールはイングランド出身だし、ビートルズの元メン
     バーとしてジョン・レノンとのコンビ
     (レノン&マッカートニー)
     で代表作の多くを手がけているから不思議ではないが、
     あれっ?と思ったことはたしか。

     「ヘイ・ジュード」はジョン・レノンが前妻と別れる
     際に息子に贈ったことば。
     これまで考えてもみなかった歌詞をあらためてみると
     こんな風になる。

      ♪ ねえ、ジュード 落ち込むなよ
        悲しい歌も少しはましにできるさ
        彼女を君の心に受け入れるのさ
        そのとき すべてが良い方向に向かいはじめるのさ

     一瞬、「彼女」って小野ヨーコのこと?
     って思ってしまったのは下衆の勘ぐりで、実は息子の恋人
     のことらしい。
     
     これは訳者によって多少異なるが、息子が彼女にフラれて
     も元気出せよという、父親からのメッセージのようだ。

     
     でもオリンピックにふさわしくないと思ったのか、朝日新
     聞(夕刊)には、
     「彼女」ではなく、
     「やるのは君自身なんだ」とか、
     「はじめるんだ、きっとうまくいくよ」
     と訳してあった。

     ま、あまり深く考えないで次のように解釈すればいいか。
     いい歌なんだから。

      ♪ さあ始めるんだ
        誰かが助けてくれるのを待つのかい?
        ダメだよ やるのは君なんだ
        やるべきことは君自身が抱えているんだ 

この歌詞がいちばんすっきりした。