一枚の葉

私の好きな画伯・小倉遊亀さんの言葉です。

「一枚の葉が手に入れば宇宙全体が手に入る」

暑中お見舞い申し上げます

2010-07-27 17:01:22 | 自然


     昨夜の雷は大丈夫でしたか。
     被害はありませんでしたか。

     昨日、鎌倉の猫の家にいっていて帰宅した
     のが10時過ぎ。
     向こうも激しい雷雨でピカピカゴロゴロと
     一時は恐ろしいほどでした。
     帰途につく頃には雨もやんでいたのですが、
     やはり……。

     この頃あまり暑いので2階の窓を少し開け
     たままにしていることが多い。
     (あまり大きな声でいえないのだが)
     ちょうど風向きが悪く、そこから雨が入り
     部屋中が水浸しになっていました。
     だけでなく、TV、ビデオ、電話機も水滴
     がしたたるほどに。
     それにこちらは一時停電にもなったようで
     す。
     (停電が解消したときなぜか、エアコンの
      スイッチが点滅しているので分かる)

     何年か前にも布団を濡らしたことがあり、
     懲りない女!!
     と己の愚かさを罵りながら、今朝いちばん
     に部屋の掃除……。
     おそるおそる点けてみたTVとビデオも
     大丈夫でしたァ。

     ホッとしましたが、またやるよ、きっと、
     このバカ奴が、と全く学習しないのです。

     ところで、雷とは雲と雲との間、または
     雲と地の間におこる大規模な放電現象だ
     とか。
     理屈は分かっていても、轟音と閃光には
     人知を超えたものを感じますねえ。
     雷とは”神鳴り”というくらいだもの。
     だからか、暑いときにおこる雷はすかっ
     として好き。     

     というわけで我が家は被害甚大だった
     けど、なぜか気分は爽快なのです。
     (写真はこの間、飛行機の窓から撮った
      積乱雲らしき雲)
     
     
    
     

聞いてません

2010-07-20 16:15:19 | 雑記
    この間の参議院議員選挙では管首相が突然、
    消費税のことをいい出して、結果的に民主党
    が惨敗した。
    民主党の議員はいまでも、あれは唐突だったと
    して、「消費税をあげるなんて聞いてません」
    といい、惨敗の理由をそれにしている。
    だが、私には(消費税のこともあるだろうが)、
    それまで10ヶ月の鳩山政権の迷走ぶりに大敗
    の理由はあると思っている。
    しかしTVの番組などで民主党の議員がいま
    だに「聞いてません」といい張るのも滑稽だ。
    (自分たちが選んだ代表だろうに)

    「聞いてません」
    これは今回の改葬でもあった。
    いざ、実行に移そうとしたら、なんと他の
    家族が入っていたのだ。
    (これは亡夫から一言も聞いておらず、
    彼自身も知らなかったにちがいない)
     
    全部で4家族。
    わが家とハワイの叔母、I家とY家。
    このうちハワイの叔母のことは聞いていたが、
    I家とY家は青天の霹靂であった。
    寝耳に水とはこういうことをいうのだろう。

    それからルーツ探しがはじまった。
    ハワイの叔母は数年前に亡くなって向こうに
    眠っているが、一応遺族の確認をとらなけれ
    ばならない。
    I家は結局、福岡県のO市に住んでいることが
    分かり、戦死した叔父が入っているとのこと。
    Y家はいまだに不明なのだが、I家が知って
    いるということで、今後の墓守をお願いした。

    今回、住職の母堂(80歳ン歳)がかすかに
    覚えていたことが幸いしたのだが、それを
    知らずに遺骨を全部運んでしまったらと思うと
    ゾッとする。
    推測するに、義母が親切心で兄弟姉妹の分も
    入れたのだろう、と思われる。

    さて、ご先祖さまの引っ越しだが、
    現在、こちらの新しい住まい(墓地)に納骨
    すべく、日程を調整しているところ。
    途中、面倒で投げ出してしまいたくなったが、
    「聞いてません」
    と開き直らないでよかった!
    (後でお骨を返して下さい、なんていわれて
     も困るもんね)
    
    
    
    
    


    
    
    

突然ですが……

2010-07-14 11:46:31 | 雑記
     前回」「平凡な日々」を掲載したのには訳がある。
     翌日から九州は熊本入りして、実に「平凡でない
     日々」を送っていたからだ。

     突然ですが……
     あなたのお家のお墓はどうしていますか。
     お墓なんて死んでから遺された者が考えればいい。
     死んでからのことを考えるより、いま現在生きる
     ことが大事!
     生きることの充実なしに、死後の充実(?)なし。
     後は野となれ、山となれ……
     etc、etc……

     私もそう考えていた。
     いまでもその思いは変わらない。
     だから若いうちに「お墓を購った!」なんて話を
     聞くと、その人の品格すら疑いたくなった。
     
     だが、わが家のように、伴侶が逝き、両親姉妹も
     亡くなって継ぐ者がいなくなったら、亡夫の故郷
     にあるお墓をどうするか。
     現実にお寺さんの連絡は直接こちらにくるし、
     放っておけば催促もある。
     ここで、ついうっかり「継ぐ者がいなくなったら」
     などとといってしまったが、その後継者の筆頭は
     私なのである。(次はわが家の娘たち)
     
     だからこれまで、お寺さんとの最低のおつきあい
     (維持費、年忌法要ほか諸々の支払いなど)は
     やってきた。
     だがお墓参りのためにそうそう熊本まで行けない
     のが悩みだった。
     草も生える、お盆には花も上げたい。
     それらはいままで地元の親戚にお願いしてきたが、
     お互い齢を重ねて、それも限界となった。
     
     そこで今回、お墓の移転となったのだ。
     (お墓の移転を「改葬」ということははじめて知った)
     しかし事がお墓だけにいろいろ面倒な手続きがあって、
     チャチャッと片づけるわけにはいかない。
     それになんの因果か、可笑しなことがいくつかあって
     笑えばいいのか怒るべきなのか……。
     ふ、ふ、やはり、ご先祖さまの移転はそう簡単にいか
     ないのですねえ。

     それは長くなるので次回にゆずることにする。
     (写真は熊本のお墓にあった合歓の木)
     

平凡な日々

2010-07-06 18:33:34 | 


    明日は七夕。
    毎年梅雨のあけないこの季節、七夕に天の川
    を見られた記憶はないが、明日はどうだろう。
    
      <七夕や平凡な日々などはなく>

    これは新聞にあった、
      <枝豆や平凡な日々などはなく>
               (作者・星野高士)
    をもじった句である。
    
    たしかに「今日は何もない日だった」とか、
    「平凡な一生」とか口走ってしまうけど、
    何もない日とか、平凡な一生などというの
    はないのである。
    問題は、それを感じるか否か、だろう。
    つい惰性に流されてしまいそうな日々、
    いちいち引っ掛かるのも疲れるけど、
    たまにはこの句のように立ちどまって、
    秘(ひそ)やかな抵抗をすることも
    必要のようだ。
    (写真は近くの図書館の七夕飾り)