一枚の葉

私の好きな画伯・小倉遊亀さんの言葉です。

「一枚の葉が手に入れば宇宙全体が手に入る」

永井荷風

2012-01-31 21:48:16 | 名所
 

      あ、だめだ。荷風が出たらもう少し浅草に付き合わ
      ねばならない。

      慶大教授(後に辞職)にして、文化勲章受賞者、日本
      芸術会員でありながら、遊女やストリッパーをこよな
      く愛し、浅草や玉の井に通いつめた。

      小説「墨東綺譚」は、老境に入った作家の「わたくし」
      が玉の井(墨田区東向島にあった私娼街)の娼婦「お雪」
      に心を癒される物語である。

      「……玉の井に行く時には、素性が知られないように変
      装をする。古ぼけた服を着、下駄をはき、髪にくしを入
      れない。窮屈な日常から一時に逃れ、玉の井という別世
      界へ姿をくらます……」

      自ら高等遊民と称して、戦争や金儲けなど俗っぽいこと
      を嫌い、変人、畸人扱いされた荷風。
      下町の場末で踊り子たちと語らっている時が、最も心や
      すらぐ時であった。

      さいごは知人が医者を紹介しても取り合わず、1959
      年4月30日、自宅で遺体で見つかった。
      
      全財産を持ち歩いていたという噂通り、傍らのボストン
      バッグには2334万円の預金通帳と現金31万円が
      入っていた。

浅草

2012-01-26 20:57:17 | 雑記



    安藤鶴夫(小説家・歌舞伎評論家)の『浅草六区』
    にこんなのがある。

    「私が初めて浅草の舞台稽古を見たんはいつごろ
     の事であったか。
     ……
     オペラ館に「葛飾情話」が上演された時、舞台
     稽古の永井荷風を見たい一心から私は夜ふけて
     オペラ館の一隅に席を占めた。
     あとにもさきにも自作を上演される事の喜びを
     舞台稽古という特殊な衆人の中で、あれほどま
     でに思い切りむき出しに見せた作家を私は見た
     ことがない。
     その夜の偏奇館主人は世にも幸福そのものだっ
     た。
     …………
     鶴のように美しい身を子供のようにぶらさげて
     みたり、…………踊り子たちと声を立てて笑っ
     たりしていたその夜の荷風散人を私は生涯、
     忘れないであろう。
     私はほとんど舞台稽古を見ることなしに、
     一と夜、ほしいままに永井荷風を堪能した」  
     
  
          
     (私)浅草の文化に馴染むにはちょっと構えてし
     まうところがあるのだが、こういった文章を読む
     と折をみてまたいってみようかと思う。
     (写真は浅草でみた看板)
      

日常からの脱出

2012-01-21 19:51:34 | 雑記



     時折、なんら不満があるわけではないが発
     作的にいまある現状から逃げ出したくなる。
     (脱出というより逃避に近いかもしれない)
     
     発作にかられ、先日は浅草にいった。
     浅草寺に近いコシダカシアター(浅草まね
     き猫館)でやっている「虎姫一座」の公演
     を観に。
     さほど執着したわけではないが、あるところ
     からの情報で「だまされたと思って見てごら
     ん」と聞いていたので。

     浅草レヴュー劇団
     「エノケン・笠置のヒットソングレヴュー」

     この演目(?)を聞いたとき、ああ旧い!と
     思った。
     私も人間としては相当に古いが、エノケンも
     笠置シヅ子もリアルタイムで見たことはない。
     子どもの頃、大騒ぎする大人をみて何がいい
     んだろう、と思っていた。
     つまり子どもには分からなかったのだろう。

     戦後日本の娯楽を支えた”日本の喜劇王”榎
     本健一と、”ブギの女王”笠置シヅ子。
     この2人をテーマにした歌あり、踊りありの
     昭和歌謡のレヴューだが、そこには戦後復興
     の背景も折り込まれている。
     何だか、震災から立ち直ろうとしている現在
     の状況と重なった。     
     まさに”歌は世につれ、世は歌につれ”なのだ。

     実は、懐メロはご免だわ、と思っていた私。
     いつしか、懸命に歌って踊る「虎姫一座」の
     ひたむきさに取り込まれていた。
     懐メロを超えた新感覚がある。
     
     だいたい公演や芝居はシーンと静まった大
     劇場で、気取って観るものと思っていた。
     (この緊張感がたまらない)
     ところが、ここは舞台と観客が近すぎる。
     それに、チケット代にドリンク(1杯)つきだ
     から、コーヒーを飲みながら観賞できるのだ。
     
     なかには特別注文で食事をしている人もいて
     さすがにこれには驚いた。
     明治や江戸の芝居小屋ではあるまいし!!
     いつもなら腹を立てるところだが、なぜか私は
     寛容なのである。

     その場の雰囲気がそうさせるのだろう。
     最後は「虎姫一座」のメンバーが全員客席にお
     りてきて、距離感ゼロ……。

     あれれ、こういうのもあまり好きじゃやなかっ
     たのでは??
     ちょっとしたカルチャーショックを受けて帰っ
     てきた。

     (写真は仲見世通りと途中でクロスする「車両
      通行止めの「下馬」標示
      馬を下りて歩けということか)

     
     
     
     

鎌倉文学館(続)

2012-01-17 21:24:31 | 名所



    当館で現在行われているのは
    「壮大 痛快 涙あり 歴史・時代小説」
    というもの。
    (催し物は年に数回変わる)

    しかし何が壮大で、痛快なのか、分からなか
    った(私には)。
    つまり、鎌倉文人(ざっと数えても5~60
    人)を紹介する一つの企画として、表題の
    ようなタイトルをつけたのだろう。

    それでも私の好きな米原万理なんか入ってい
    ないから(鎌倉在住5年で亡くなったため?)
    通り過ぎた人、かすめた人をいれればもっと
    数が増えるのかもしれない。

    でも「歴史・時代小説のちがい」って??

    歴史小説は歴史上の人物や出来事を史実に
    沿って書いた小説。
    時代小説は架空の人物によるエンターテイ
    メント。

    といえば分かるような気がする。

    必ずしも歴史小説より時代小説が劣る、と
    いうことはない。
    (一時期そう思われていたこともあったようだが)

    ぶつぶついうより例をあげた方が早いだろう。
    (以下はパンフレットによる)

    同じ幕末維新ものでも、
    島崎藤村の「夜明け前」は前者。
    岡本綺堂の「半七捕物帳」は後者。
    
    1人の作家でいえば吉川英治の「新・平家
    物語」「私本太平記」は前者。
    「鳴門秘貼」「宮本武蔵」は後者となる。
    
    実際には境界があいまいで、現在は「歴史・
    時代小説」と一くくりにすることが多いらし
    いのだ。
    
    そして今、歴史・時代小説が一大ブーム
    なんだとか。
    捕物帳や伝奇小説が歴史ファンタジーとか
    歴史・時代ミステリーに名前を変えて、
    江戸の市井小説も大はやりだという。

    となると、私が冒頭に「分からない」と書いた
    のは、流行にうといというか、単なる勉強不足
    なのかもしれないと気づいた。

    (写真は文学館のバルコニーから見える湘南
     の海)    
    

    
    

鎌倉文学館

2012-01-12 19:42:06 | Weblog



     こちらに越してきて昨年暮れで1年経ったが、
     まだまだ鎌倉の住民とはいえない。
     腰が落ち着かないというか、ちょっと鎌倉の
     一角をお借りして住まわせてもらっているよ
     うな感じなのである。
     
     そんな私が怖れ多くも「鎌倉文士」なる方々
     に敬意を評してというか、エラ~イ諸先輩の
     ご尊顔を拝みに時折いくのが鎌倉文学館。

     旧前田侯爵家(加賀百万石藩主前田利家の
     系譜)の鎌倉別邸であったという文学館は、
     深い森に包まれた趣のある洋館である。

     昔の侯爵とか伯爵とかいう人たちは、こん
     なところで食事をしたり、お客と談笑した
     りしたのだろうか。
     給仕や女中さんもいたであろう。
     こんな広大な敷地だから、庭師も常駐して
     いたにちがいない。

     まるで映画の世界みたい~と、錯覚をおこ
     すような雰囲気たっぷりの建物と邸ーー。
     
     前方に海(由比ヶ浜)が見えるのもいいが、
     私が好きなのは入口からアプローチになって
     いる緑の(樹木におおわれている)トンネル
     だ。
     ゆったりとして、冬でもそれなりの緑にお
     われているので、何ともいえず沈静効果が
     ある。

     これまで何度か行っていて、このトンネル
     というか洞を「招鶴洞(しょうかくどう)」
     というのだと今回、初めて知った。
     何でも源頼朝が鶴を放ったといういわれが
     あるのだとか。
     
     頼朝までさかのぼれば鎌倉幕府のはなし。
     ああ、ここの住民になるには知らないこと
     が多すぎる。
     「鎌倉に住んでます」なんて、とても恥ず
     かしくていえない。
     

     
     
     

「長い散歩」--他人ごとなら分かる

2012-01-09 20:47:47 | 芸術



     「長い散歩」 A long walk
     
     母親に虐待されつづけて心を閉ざしてしま
     った少女(5歳)と、妻への贖罪の念を背
     負った初老の男性。
     男は少女を旅に連れ出す。
     「おじいちゃんといっしょに行くか。
      青い空を見に行こう」
     そこは昔、家族と行った山の頂、彼にとっ
     てのユートピアなのであった。
     
     白い雲がぽっかりと浮かび、鳥が大空をの
     びやかに舞っているという、男の遠い記憶
     にある山の頂。
     果たして2人は旅の終点のユートピアに行き
     着けるか?

     途中から、バックパッカーの青年ワタルが
     旅に加わる。
     ワタルもまた、深く心を病む青年だった。
     ワタルが合流したことにより、次第にうち
     とけ、笑顔も見せるようになった少女……

       ☆  ☆  ☆  ☆
    
     ~とまあ、ストーリーを追っていくとキリ
     がないのだが、途中からふと気付いた。
     私は映画を観にいきながら、
     映像を見るのではなく、
     「作品」として視ているのだと。
     
     この場合の作品とは「活字の作品」のこと。
     どうにも気になって仕方がなかったのは
     そのせいだったのだ。

     例えば、ワタルが突如いなくなったと思っ
     たら、山の湖の前で銃で頭を貫いて自殺し
     てしまうのだが、
     追いかけていった主人公の男がその場を
     目撃して嘆く場面ーー

     「△●■△○~」
    
     男が地面をたたきながら阿鼻叫喚の叫び声
     を上げる。
     それだけけで充分ではなかったか。
     (むしろその方が感情が伝わる)
     なのに、映画では緒形拳に喋らせ過ぎていた。

     20歳そこそこの行きずりの青年(ワタル)が
     自殺したことの哀しさ、悔しさ、衝撃……
     等は映像なのだから、緒形の演技であらわ
     すべきだったのではないかと思うのだが。
     或いは、監督としての別の意図があるのだと
     したら、聞いてみたい。

     そこでワタルが自殺した理由まで主人公に
     語らせたら、艶消しではないのか。
     他にも2か所ほど余分というか蛇足と思う
     ところがあって、気になって仕方がなかっ
     た。

     すでに私は自分のことを語っているのである。
     日ごろ私が陥りがちで、尚かつ、よくやる
     ミス。
     つい説明し過ぎてしまうのである。
     その場の情景、会話であらわすべきなのに。

     実は暮れから悩んでいて、原稿がちっとも
     進まなかったのはそのことだったのだ。
     それは、自分の未熟さ、非才のせいでも
     あるのだが……。

     かくして、このブログのタイトルは最初
     から
     「他人(ひと)ごとなら分かる!」で 
     よかったのだ。
     副題「自分のことは分からない」として。


     
     
     

     
  
         
     
 
     

長い散歩

2012-01-07 21:02:21 | 芸術


     暮れに川喜多映画記念館(鎌倉・雪の下)
     で映画を観た。
     今回はそのことについて話そうと思う。

     映画名「長い散歩」
     監督・奥田瑛二
     キャスト・緒形 拳/高岡早紀/松田翔太
         /杉浦花菜(子役)ほか

     <あらすじ>
     定年まで高校の校長をつとめた松太郎(緒
     形)は、妻をアルコール依存症で亡くし、
     ひとり娘とも絶縁状態。
     今となっては遅いが、彼は家庭を顧みなか
     った過去を後悔し、家を娘にゆずって、ひ
     とり家を出て安アパートで暮らしはじめた。

     ふと、隣室の女(高岡早紀)が幼い娘(5歳) 
     を虐待していることに気づく。
     ある日、松太郎はついに惨状を見かね、
     少女をアパートから連れだして、旅に出る。     
     
     つまり、松太郎は贖罪の念から少女に救い  
     の手を差し伸べるのだが、いつしか彼自身
     が少女に救われていることに気づく。

     やがてバックパッカーの青年ワタルが加わ
     る。ワタルもまた、心に闇をかかえた青年
     なのだった。
     そして………………。

        ☆ ☆ ☆ ☆ 
     家に帰ってから気づいたのだが、この映画は
     (第30回)モントリオール世界映画祭グラ
     ンプリ、国際批評家連盟賞、エキュメニック
     賞の3冠王に輝いた作品だった。

     企画はいいし、全体的に嫌味のない作品。
     それに緒形拳、高岡早紀といったベテラン
     俳優にくわえ、何よりオーディションで多
     数の応募者の中から選ばれたという子役
     が光っていた。

     しかし、私の感想は別のところにあった。
     あまり映画を観るとはいえないし、映画に
     詳しいわけではない。
     だからというか、無知ゆえに思うところが
     あって、そのことについて次回に触れて
     みたい。
 

          

新年のご挨拶

2012-01-03 21:13:33 | 



     2012年が明けました。
     今年もどうぞよろしくお願い致します。

     今年の年賀状がどんな挨拶になっている
     のか、ちょっと興味があった。     
     なぜなら暮れに年賀状書きをしていて、
     屈託なく「明けましておめでとうござい
     ます」なんて、とても書く気がしなかっ
     たからだ。

     ほぼ8割が「謹賀新年」「迎春」「賀正」
     といった常套句のなか、やはり例年だと
     見られない挨拶言葉がいくつかあった。

     「一陽来復」
     「復興祈念」
     「笑門来福」
     「がんばろう日本」
     「絵顔いっぱいの辰年に」etc.

     別に決まり文句だからいいじゃないか、と
     いう考えもあるが、  
     (現に故郷の南相馬市にいる恩師<小学と
      高校の>2人の賀状は
      「明けましておめでとうございます」
      だった)
     出す方としてはちょっと躊躇してしまった
     のだ。

     天気予報を見ても避難地の雪の予報が気に
     なる今日、関東地方はまずまずの天気だ
     った。
      昨日と今日とでちっとも変わらない私
     だが、

     「何となく今年はいいことあるごとし
      元日の朝晴れて雲なし」 石川啄木
     
     せめて正月くらい、こんな気分でいきた
     いものである。

     ※ 写真は鎌倉・若宮大路でみた材木屋の
       看板