一枚の葉

私の好きな画伯・小倉遊亀さんの言葉です。

「一枚の葉が手に入れば宇宙全体が手に入る」

お彼岸

2019-09-22 09:38:31 | 行事



      お彼岸。

      昨日の夕方、
      ニュースをみようとTVをつけたら、
      「墓仕舞い」の特集をやっていた。

      高齢化や核家族がすすみ、
      遠方のお墓詣りができない、
      はたまた、
      郷里のお墓を守るひとがいない、等
      深刻な問題になっている。

      そのため、
      少しでも元気で気持ちがしっかりしているうちに
      郷里のお墓を閉じる。

      そのためには様々な準備や、
      もちろん費用もかかるのだが。

      そして、
      自分たち高齢化した親世代は、
      子供たちに面倒をかけたくないと、
      散骨や、樹木葬など、
      「お墓」という形を作らない人が
      増えているのだという。

      散骨、樹木葬の是非はともかく、
      似たような経験をした私は、
      他人事ではなく、じっと番組に見入った。

      私の場合、
      亡夫の熊本のお墓を閉じて、
      こちら、鎌倉近くのお墓に移した経緯があるからだ。

      お墓の移転、つまり「改葬」は
      私にとって二度と経験したくない「大事業」だった。

      にも関わらず「改葬」に踏み切ったのは、
      亡夫の係累(両親、兄弟)がみな他界したこと、
      私は熊本まで行って墓掃除ができないし、
      お寺さんとの付き合いも限度だった。
      (私の郷里は東北)

      それまでは親戚にお世話になっていたのだが、
      亡夫のいとこ達も高齢化して頼めなくなった。
      
      等々が日々、私の脳裏を去来して、
      ほぼ10年前に決断したのである。

      「改葬」には、
      まず、こちら鎌倉の近くにお墓を購入しなければ
      ならない。
  
      新しいお墓がなければ、
      先祖のお骨を運べない。

      それからはじまって、あれこれ。

      葬送業者にも訊き、
      行政(鎌倉市役所、熊本市役所)にも当たって、
      むろん、菩提寺のお寺さんとの交渉も、
      手間を省くことなく丁寧に。

      準備万端整えて、
      いざ、決行。

      朝いちばんの飛行機で行き、
      日帰りで亡夫、両親、妹の遺骨、4体を収納。

      しかし、
      その後、過去帳が仏壇から出てきて、
      調べたところ、
      亡夫関係のご先祖さまの遺骨は11体あることが
      判明。

      翌年、再び熊本に飛んで、
      残りの遺骨をこちらに運んだ。
      
      その後、新しいお墓に収納。
      (お坊さんにお経をよんでもらって納骨儀式あり)

      これら一連の行事には、
      費用もかかるが、
      エネルギーがないとできないと実感した。
      
      おそらく(多分)、
      私も入るであろうお墓。

      新しいお寺さんとの付き合いは
      残された娘たちのことも考慮して、
      最低限、面倒にならない程度にしてもらっている。

      まあ、
      生きるのも大変だが、
      死ぬのも容易ではない。

      

      
 

      
      
     

      

七夕、二人は会える?会えない?

2019-06-29 08:54:29 | 行事



        いつも行くスーパーには
        6月早々から
        七夕飾りが飾ってある。

        願いごと。

        駆けっこが速くなりますように。
        ディズニーランドに行けますように。
        勉強が出来るようになりたい。
        等々。

        なかには時節柄、
        「オリンピックのチケットが当たりますように」
        という、いまどきならではの願いごともあった。

        こどもの頃から七夕の行事は、
        なんとなくロマンティックで
        好きだったが、
        願いごとがかなった記憶はない。

        最初からあきらめていたのかどうか。
        そもそも梅雨さなかの行事なので、
        織り姫とひこ星の出会いも
        かないっこない、といった
        切ない思いもあったことは確か。

        昔から行われているこの行事、
        地方によってかなり解釈は異なるらしい。

        雨でも二人は出会える、
        雨は織り姫のうれし涙で、
        雨の水でけがれが洗われるから。

        一方、
        二人が会えば疫病がはやるとして、
        会わないよう、
        雨を願うところもあったとか。

        さらに、
        昔は旧暦の7月7日(8月12日頃)
        行われていたため、
        干ばつに苦しんでいた地方の人々が
        降雨を願ったという説もあるそうです。

        昔から行事一つ一つに、
        農耕の願いがこめられていたのですね。

        
        


脱・男目線 今年は……

2014-01-08 14:25:01 | 行事


      このところ、
      新年早々は賑やかな所は避けて、むしろ
      ひっそりした神社仏閣を訪れるようにし
      ている。
      ところが今年は4日に来客があって、
      客が鎌倉の八幡宮に行ってみたいと
      いうので案内することに。

      あまり混んでいたら別な所にいくつもり
      だったが、混んではいるものの一応流れ
      ている。
      後ろに並んでいたらそれなりに進んで
      20分ほどで、本殿にいたる階段下まで。
  
      階段の下では危険防止のために、一定の
      人数がロープで区切られるので整然と
      進んだ。

      (写真は目の前で区切られ、パチリ)

      善男善女の真剣にお参りする姿。
      私もそれに混じって、心身の健康(ボケ
      ないよう)祈った。


      さて、今年はどんな年になるのだろう。

      昨日の新聞によると、
      三省堂の国語辞典(通称三国)が6年
      ぶりに改訂された。

     「てか(っていうか)」「朝ドラ」「鉄
      ちゃん」「よさこい」「ガチ(本気)」
      などが新しく加わり、その中に
     「ほうれい線」が入っているので笑って
      しまった。
     (「ほうれい線」はCMなどで毎日聞いて
      いるのでとっくに入っていると……)

      更に用例が大きく変わった。

      例えば、
      「世にも」といえば、「世にもまれな美人」
      であった。
      →「世にも不思議な物語」に改訂

      他に消えたもの
     「黒目がちな美人」「すごい美人だ」
     「すこぶる付きの美人」など
      計7例が消えた。

      概して
      「三国(みくに)から7美人が消えた」
      というのだそうだ。

      つまり古めかしく感じられたり、昔の
      男性目線で書かれたものが消えたと
      いうわけ。

      なるほど、
       言葉(歌)は世につれ
       世は言葉(歌)につれ
      ということですか。

      

      
      

彼岸と此岸

2013-09-21 20:49:10 | 行事


      昨日の中秋の名月は思わず手を合わ
      せたくなるほどの神々しさであった。
      (今日の月も見事である)

      ところで、20日は彼岸の入り。
      
      何かとバチあたりな私だが、
      日頃、困ったことがあると「神サマ仏サマ」
      と手を合わせるくせに、お彼岸だからと
      いってお墓参りにいくわけではない。
      (墓参りは気が向いたときにいくことに
       している)

      そもそも「彼岸」とは……?

      この世は「此岸(しがん)」で煩悩と迷い
      のある世界。
      それをある修行をすることによって、
      (「六波羅密(ろくはらみつ)という修行)
      悟りの世界にいくことができる。
      つまり「彼岸(ひがん)」の境地に達する
      という考え方らしい。

      実際には、ご承知のように、
      太陽が真東から昇って真西に沈み、
      昼と夜の長さが同じくなる春分の日と
      秋分の日を挟んで、
      前後3日間をお彼岸と呼んでいる。
  
      この期間に仏様の供養をすることで極楽浄
      土にいくことができると考えられてきたの
      だとか。

      しかし、地方ならいざ知らず、核家族の
      多い都会では仏事も簡素化されて、
      葬式でも直葬や家族葬といった「ジミ葬」
      が流行っているそうです。

      直葬とは通夜とか告別式をせずに直接
      火葬場にゆき、ごく身近な親族のみで
      おくる形式。
      (一人暮らしの高齢者で直葬を希望する
       人が多いそうです)

      家族葬は文字通り、子や孫をふくめた
      家族のみでおくる葬式。
      遠方の親戚や友人を呼ぶこともなく、
      日頃お付き合いのないご近所に迷惑を
      かけることもない。
      実際に私の聞くところでも年々、家族葬
      をやるケースが増えている。

      かくいう私も「ジミ葬」に大賛成。
      できれば葬式は悲しいものではなく、
      楽しいものであって欲しいと、ひそかに
      願っているのです。

      ※ 実りはじめた稲穂とヒガンバナ。
        今日、通りがかりに見た。

魔女って?

2012-10-08 19:36:53 | 行事



     あまり暑い暑いと恨みたったらしく書いたせいか、その翌日
     からめっきり涼しくなった。
     というか寒いくらいで慌てている。

 
     ああ、暑くもなく寒くもなくちょうどいい秋晴れの日はいつ
     来るのか。”にっぽん晴れ”なんて言葉、久しく使っていない。
     あ、またぼやきがはじまった。
     これって、こちらが急激な気温の差に対応できなくなったせ
     いだけなのかもしれない。

     この連休、あちこちで催し物がひらかれた。
     一昨日は鎌倉山の方から賑やかな声が聞こえるので出かけて
     みたら、”鎌倉山フェスティバル”をやっていた。

     といっても商店街というようなものではなく、自宅カフェ、
     自宅骨董店、自家製パン、自家製ケーキといった、(営業と
     いうよりは趣味で)自宅の一室を解放してやっている家が
     点在しているだけのもの。
     いつもと違うのはその庭先や道路に面した狭い空き地に
     フリーマーケットが出ていたことである。

     こういったも催しをどこで知るのか、結構マニア(?)みた
     いな観光客がきていて、それなりに賑わっているのだった。
     
     私はウクレレのライブを楽しませてもらっているうちに寒く
     なり、その横に出ていたお店でハロウィンのカボチャと、
     バジルの小鉢を買って帰ってきた。

     
     聞くところによると、近頃は幼稚園やママ友の間で
     ハロウィンパーティーが流行っていて、一回だけの衣裳に
     子供のだけでン千円、親のも入れるとン万円にもなるのだ
     そうだ。
     そのうちクリスマスイベントのようにハロウィンも一般化
     するのだろうか。

     帰ってNHKの俳句番組をみていたら、こんな句が入選句
     に入っていた。
 
       もう魔女になれぬ齢や ハローウィン

     あれ、魔女ってたいがいおばあさんじゃなかったけ?      
  
     (夜、ライトの下で撮ったのでぼやけた写真)
 

     

災禍の身代わりを人形に託して

2012-03-03 21:56:03 | 行事



    今日は桃の節句、ひな祭り。
    折しも(というか時期を合わせたのだろうが)
    鎌倉国宝館では、江戸時代の「ひな人形展」が
    ひらかれている。

    そもそもひな人形の人形(ひとがた)とは、
    身代わりという意味で、
    節句とは季節の節目の身のけがれを祓う大切な
    日なのだとか。
    最初は、災厄を引き受けてくれた人形を流す
    「流し雛」だった。

    それが現代のような飾り人形に発展するのだが、
    原点にもどれば、今年ほどひな人形を飾るのに
    ふさわしい年はないのではないか。

    そういえば『源氏物語』の須磨の巻に、光源氏が
    海辺に出てお祓いをし、災いや病気の身代わりと
    して紙人形を流す場面が出てくる。

    平安初期には「紙の着せ替え人形」で遊ぶ「ひい
    な遊び」が主であった。
    この遊びが一対の男女の人形となり、
    やがて宮中から武家社会、裕福な家庭にまで広が
    り、豪華な人形を飾るようになった。

    嫁入り道具にお雛様を入れたのも、お産や病気の
    災いから逃れるためであったろう。
    現代のようなひな壇を飾るようになったのは平安
    中期から。

    こんな時期に華やかな雛人形を飾るのもどうかと
    躊躇っていたが、それはお門違いだったようだ。
    
    

      

桃の節句

2009-02-21 14:05:48 | 行事
    ひな祭りが近づいた。
    野暮用に振り回されて全く余裕のない日々だが、
    (まだ声も完全にもどらない)
    街を歩いていてどこからか聞こえてくる
     ♪ 灯りをつけましょぼんぼりに
    の歌にふっと足を止め、心なごませたりする。

    桃の節句
    ルーツは上巳(しょうし、じょうみ)の節句にある
    のだとか。3月上旬の巳の日という意味。
    
    昔から季節や物事の節目には災いをもたらす邪気が
    入りやすいと考えられてきた。
    そのため流しビナなどをして邪気祓いをしたのだという。
    
    やがて人形づくりの技術が発達することにより立派な
    人形が出てくると、流すものから飾るものへと変わり、
    現在にいたっているらしい。
    しかし私はなぜか、デパートにある高価で立派な人形より、
    素朴でむしろ鄙(ひな)びたものに愛着を感じ、無性に
    心惹かれる。

    写真は友人が手捻りでつくった陶の雛人形。
    あんまり愛らしいので、お借りして写真だけ撮らせて
    もらいました。
    
    

    

七夕

2008-07-07 10:12:12 | 行事


     今日は七夕。
     きっと雨に降られると半ば確信しながら、いつも思ってしまう、
     どうだろう、今年は、と。
     やはり、雨になった。

     端午(5月5日)や、重陽(9月9日)と同じ、節句のひとつ。
     「七夕」はほかに「棚機(たなばた)」とも書くと知って、
     なるほど、天の川をはさんだ織姫と彦星のラブロマンスが
     分かるような気がした。

     短冊を笹に飾るのは日本だけらしく、江戸時代からの風習とか。
     笹を飾らなくなって久しいが、子どもの頃、笹竹を飾りあって
     競ったことを思い出す。
     今は笹を飾らないから当然、短冊に願いごとを書くこともない。
     ただ思うだけ。

      うれしさや 七夕竹の 中を行く   正岡子規
      天上の恋を うらやみ 星祭     高橋淡路女       
  

おめでとうございます

2008-01-03 10:42:23 | 行事


    今年も明けました。
    子年。
    夏には洞爺湖サミットがおこなわれ、
    また北京オリンピックでもある今年、
    平成になって20年も経つことが何より驚きです。

    わが家では暮の24日から猫たちが泊まりにきていて、
    掃除もままなりません。
    (掃除機をかけても結構、猫の毛が目につく)
    で、埃まみれでただひたすら食べるだけのグータラ正月
    と決めこみました。

    無理なことは何もしないのに時々ダウンする私なので、
    健康第一にいきたいと願っています。
    今年もよろしくお願いいたします。

    

夏祭り

2007-07-29 17:14:47 | 行事


    前回、家の近くでは蝉がまだ、と書いた翌日から、
    しきりと蝉が鳴くようになりました。
    近所に桜並木があるせいか、アブラ蝉ばかり。
    アブラ蝉は桜の樹液が好きなのでしょう。

    このところ毎晩のようにあちこちから花火が聞こえて
    くるが、今日は地元の夏祭り。
    昼間、おみこしが住宅地を練り歩きました。
    写真は子どもみこしで、後に大人のみこしが続きます。
    
    ふだん、あまり子どもの姿を見ないのに、どこから湧いて
    きたのかと思うほど、子どもがいっぱい。
    大人のみこしも元気です。

    夜は盆踊り、しかし盆歌が流れてくるのを聞くだけです。