まだまだ暑さ厳しく、9月になってから夏が
ぶり返すことがあるので油断はできないが、
上空には秋の雲、下界を吹く風もどこか秋
めいて、
♪風立ちぬ~
い~ま~は秋~♪
な~んて歌が思わず口から出てくる。
確かに「盛夏」を見送って今はまさしく
「晩夏」であることには相違ない。
そして連想するのは小説の『挽歌』ーー
私は長い間、『挽歌』を「晩夏」と勘違い
していた。
『挽歌』は昭和30年初めにベストセラー
になった原田康子の小説である。
霧に沈む北海道の街で知り合った中年の建築
家・桂木を忘れられない怜子。
彼女の異常な情熱は、桂木の家庭を壊し、悲
劇的な結末をむかえる。
細身の、ちょっと病的な少女(怜子)といい、
霧の北海道といい……
そう、狂うように燃えた夏の終わり(晩夏)
ならこんなことあっても不思議ではない、と
思っていたのだ。
そういえば「コキュ」という言葉を覚えたの
もこの小説だった。
「晩夏」と「挽歌」
そう思って聞くと、あっちの森とこっちの林
で鳴く蝉の声は、短い生命を惜しむ「挽歌」
の相聞歌のように思えなくもない。
(写真は北海道滞在中、一度も同じ姿を見せ
なかった羊蹄山)