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辺野古の土砂投入の絶望

2019-01-17 04:25:09 | Peace Cafe

辺野古の土砂投入を考えると、耐え難い思いになる。民主主義の海が日に日に埋められている。ここまで日本はだめになってしまったのだ。普通の民主主義国家であれば、辺野古の土砂投入は行われなかった。知事選の結果、県民は土砂投入を望まないことが明らかになったのだ。国が権力を持って強行することは避けるべきことだ。なぜ、こういうことが強行されているのか考えてみる必要がある。抑止力ということならほかに行うべき手立てはいくらでもある。なぜここまで辺野古にこだわるのか。米の日本企業に対する経済の圧力に対して、同盟国としての忠誠を見せて緩和してもらおうという駆け引きではないか。アメリカの属国であることを示して、米軍の沖縄からの引き上げを止めようということでもある。アメリカは方向としては海外の米軍を引き上げようとしている。アメリカは軍の駐留に対して対価を払えと要求を高めている。これから、2国間の経済交渉では、厳しい要求が続くことであろう。安倍政権としては辺野古の基地が進められない姿の弱みを見せるわけにはゆかないということなのだろう。米軍としては普天間で訓練を続けられるなら、現状の方が勝るのだ。その背景にある、沖縄にさえ我慢させればいいという、日本人全体に広がる狡さなのだ。

安倍政権の経済の思惑とあせりが、民主主義を軽視した辺野古への土砂投入になっている。何も実行できないアベ政権が唯一やっているのが沖縄いじめである。石垣では辺野古県民投票のが出来ないことが決まった。当事者たる沖縄県民が意思表示すらできないというのでは民主主義とは言えないだろう。自衛隊ミサイル基地の是非を問う住民投票も、議会で審議される。沖縄での県民投票が評価できなくなるように、沖縄の各地方自治体には安倍政権から圧力がかけられている。石垣の中山市長の行動と発言を見ていると、そのことが浮き彫りになる。住民投票をやることを県が決めたのにもかかわらず、市がそれを拒否するという構図はいかにも分断が見えてくる。住民投票の費用が無駄だとした。無駄なのは市長選の費用だった。何故、住民の意思表示が無駄だと考えるのか。明確に市長は説明する義務がある。民主主義国家においては、意志表明することは何よりも優先されなければならない。離島が分断されれば、沖縄県政はどうなるのだろう。住民の投票によって意思を表明する権利が地方自治体によって奪われるのだ。軍事は国の専権事項だから、住民の意思に反して、国防が行われてもかまわないことになる。戦前の軍隊を彷彿とさせる。

選挙で意思を示してもダメ。住民投票で意思を示すことすらできない。裁判をしても最高裁で拒絶。トランプに辺野古米軍基地を撤回させようとしてもダメ。様々な分野の高名な方々の、辺野古米軍基地反対の意思表示もある。デモも座り込みも行われているが。しかし、あらゆる行為が無視され土砂投入が強行されている。一体民主主義国家においては、これ以上政府に反対はできないということなのか。こんなバカげたことはありうるのだろうか。安倍政権はお決まりの回答である、「沖縄に寄り添う」「普天間基地の危険の除去」これ以外説明を示さない。民主主義政治というものが、完全に機能していない。こんな理不尽な非民主主義的な政治が現代に存在してよいのだろうか。それでも、安倍政権が一定支持されるということは、沖縄に寄り添わず暮らす人間の狡さなのだろうか。気づかぬ顔をしてごまかしている日本人の醜さなのか。沖縄の買収されたような自治体の醜さよ。

今の唯一の希望はトランプの貿易戦争である。近く、アメリカの本音が日本国民全体に見えるはずだ。アメリカ軍はアメリカの利益だけの為に沖縄に駐留しているという現実だ。しかも本国アメリカで兵を訓練するより、割安だから沖縄で軍事訓練をしているに過ぎない現実。アメリカと関係ない戦争であれば、同盟国であることなど思い出さないだろう。沖縄でやりたい放題やれるからアメリカ軍はアメリカにいる。本国で行えば自国民を危険にさらすかもしれない訓練が沖縄ならできる。こうして米軍は沖縄にいる。日本を本気で守る気持ちなど全くない。日本政府はすべてを承知で沖縄に犠牲を強いている。アベ政権がすでに手立てを失っているからだろう。にもかかわらず、沖縄に寄り添うなどと、白々しい発言をアベ政権は繰り返しているのだ。トランプは、金を出せ。出さないなら米軍を引き揚げる。貿易赤字が減らないなら、米軍は帰る。と脅すことであろう。その時が最後のチャンスではないか。さあー出て行ってくださいと声を上げればいい。

 

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農の会の田んぼの歴史  

2019-01-16 04:28:13 | 稲作

 

私が山北の山の中に田んぼを作ったのは1990年である。農の会は1993年に山北で出来た。庭園田んぼをされている川口さんと始めた。農の会の田んぼとしては1996年に山北町塩沢の奥に始まった。2000年には、顧問の石綿敏久さんの指導で久野坊所で始めることになった。グループ田んぼの原形が出来る。次に出来たのが、桑原田んぼである。顧問の沖津昭二さんの指導で、農の会の創設にかかわった、山田純さんや諏訪間さんなどと一緒に、メダカの生息地の保全も兼ねて田んぼが始まった。その後桑原周辺には4グループ出来た。南足柄には女性田んぼというものもあった。多かったときは個人田んぼを入れて20数か所になった。

家具作家の安藤さんが中心に始めた長塚田んぼは、今は山ちゃん田んぼになっている。山下さんが始めた山北田んぼ。奈良に越した中原さん中心に始めた新永塚田んぼ。川口式で耕作した内山グループ。中井町で井上さんのやった保育園の人達との田んぼグループでは、中村さんと出会うことになった。市長に成った加藤さんがやっていた田んぼが、現在の今屋さんの耕作する梅の里田んぼ。そして、桑原から引っ越した金井島の親子田んぼ。内山の田んぼはその後色々の人がかかわり、場所も少しずつ移動して、夢田んぼとなった。創生水を利用した穴部田んぼもあった。大磯田んぼは東京の人を中心の田んぼだった。白鴎病院の裏でやった田んぼは、現在くだかけの和田さんが引き継いだ。渋沢のソバ屋さん「くりはら」の田んぼは何故か狂犬田んぼと言った。そのほか名前だけ挙げれば、青田んぼ、こっこ牧場田んぼ、ポチ田んぼ、前田田んぼ、がんこ村田んぼ、循環農園田んぼ、千田田んぼ、山北田んぼ、海老澤田んぼ、桑原JC田んぼ、そらや田んぼ、親子田んぼ、大磯わくわく田んぼ、中村田んぼなどがある。農の会が何らかの形でかかわった田んぼである。

久野坊所田んぼが拡大して、舟原田んぼが出来る。舟原田んぼは現在2つのグループになった。欠ノ上田んぼがメンバーも16家族で面積も4反と大きいなグループになった。今は子ノ神田んぼが、井関さんと吉宮さんの田んぼという形で2つになった。こんな形で農の会の田んぼは変化をしてきた。久野には5つの田んぼグループがある。農の会の田んぼグループは10年を越えたものも8つになっている。

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専守防衛とは何か

2019-01-15 04:13:52 | Peace Cafe

日本国憲法は長年積み上げてきた解釈によって、肉付けがされ、出来上がっている。これが日本人らしい知恵の文化ではないかと思う。この特徴が特に良く出ているのが、自衛隊の専守防衛論である。この知恵は悪用されれば、ただのご都合主義になってしまう。世界中にただ一つも侵略の為の軍隊を保有している国はない。どの国も自国防衛のための軍隊と口では言っているのだ。憲法解釈の積み重ねには日本人全体の良識というものが必要である。軍隊を持つことは本来許されないわけだが、警察は必要である。それなら専守防衛の自衛隊ならどうだろうか。解釈が少しづつ練り上げられてきた。この解釈の良識を打ち破ったのがアベ政権である。この点ではアベ支持者もそう思うところであろう。変えなければならない憲法が、簡単には変えられないなら仕方がないという考えかた。現実の世界情勢を見ればこの解釈変更方式で仕方がない。それが専守防衛だと多くの人が思っている。ところが、さらに専守防衛ではだめだから、攻撃力のある武器を持てる憲法に変えようと、アベ政権は主張している。そうであるなら、なおさら正面から専守防衛論とは何かを考えなくてはならない

専守防衛であれば自衛隊までは認めようという解釈が定着した。ある種の日本人の知恵として、成立したと考えるほかない。専守防衛というのは例えば、外国を爆撃して戻れるような爆撃機は所有しない。外国まで届くようなミサイルは持たない。敵が攻めてきたときに防ぐという武力は、警察力に近いものではないかという考えだろう。というような議論の下に、憲法解釈を国民的にすり合わせてきた。当初の警察予備隊ぐらいという事が、徐々に武力は強化され、専守防衛的武力が拡張された。少し、ウソがあるかもしれないが、嘘も方便の許される範囲であろうというぎりぎりの考えだ。何かおかしいとは思うが、何とかこの範囲ぐらいならというのが、今までの日本人考えでは無かろうか。ところが、アベ政権はこの憲法解釈の知恵を放棄した。自衛隊においては、専守防衛をやめて、攻撃的武力まで枠を広げようとしている。防衛大綱の見直しでは敵国を攻撃できる武力圃時まで進めようとしている。

専守防衛の意味はあなたの国まで攻撃する能力がありません。という近隣諸国への保障である。だから平和国家として外交に当たるのでお願いします。という宣言である。白旗を上げて、交渉に出てゆく姿の方が分かりやすい。ピストルを持って、話し合おうというのとは違う。武器を突き付けながらでは話せない関係も、一切の脅威はないという前提であれば、話し合いが成立することもある。これが憲法に示された、国際紛争を武力をもって解決しないという平和主義の意味だ。しかし、この専守防衛を不安視する人は限りなくいることだろう。核爆弾すら持つべきだという人がいるくらいだ。しかし、これほど武力が発達してしまった現代に、これだけの武力があれば敵が攻撃をしてこないという安心など何処にもない。少々の武力あろうがなかろうが大差ない。アメリカですら、ロシア中国の連合軍には負ける可能性があるから、軍事力をさらに増強するとしている。日本が空母一隻を保有することは安全を増すのか、危険を増すのか、考える必要がある。

ここまで武力が開発されてしまった以上。少々の武力はかえって危険と考えた方が良いだろう。日本は一切攻撃的武力がないという事を、世界に示してゆくことも安全保障の一つの道ではないか。そして、自立して成立する江戸時代のような独立国家である。科学力と技術力と人間力の国づくり。ここが重要だ。どんな国づくりが良いのか、あるかをみんなで模索する。その結果専守防衛とは何かが見えてくる。日本は絶対に攻めてこないという確信を世界に与えることが出来れば、それも一つの平和の道である。新しい形の専守防衛平和主義だ。左の頬の次に右の頬も出すわけだ。危うきに近寄らず。これが専守防衛の平和主義ではないだろうか。あくまでこれは一つの考えである。国防に関して、様々な意見が展開されることこそ大事なことになる。こうした議論を国会で、国民に見えやすい形で議論して欲しい。アベ政権の国会審議のやり方だと、ともかく最善が自民党案で、野党には適当に発言させておき、後は何でも賛成の公明党がいる。強行採決すればいいという事になっている。憲法審査会までこのやり方である。これでは、議論に入ることすら危険な状態である。しっかりとした議論を経てという慣習をアベ政権は捨てたのだ。

 

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教育の無償化反対

2019-01-14 04:50:57 | 暮らし

教育の無償化が言われている。反対である。自活する学生であったが、大学にいる頃もそう考えていた。義務教育は無償当然である。義務教育の義務とは、国には国民にたいして教育を与える義務があるという意味だ。しかし、大学教育は受けたいものが、応分に払えばいいことだ。奨学金による貧困ということを聞くがどうも実態が見えない。授業料は努力すればはらえる範囲の安さでなければならない。教育は低価格にするべきだ。生活費は大変だと思うが、これは大学に行くないものでも同じことだ。無料ほど危険なものはない。受ける方もいい加減になる。無償であれば国の都合の良い教育が行われる可能性も高くなる。教育はすべてから自主独立していなければならない。高等教育が極端に値上げされた原因は受益者負担の考え方である。教育は何のためにあるかと言えば、本人の為であると同時に、社会全体の為である。受益者は第一義的には本人にあるが、社会全体にも恩恵がある。ノーベル賞を受賞される方を見ていると、そういう姿が良く表れている。自分一人の為だけの教育であってはならない。字の読めない人がいることは社会として困ることだ。大学で学ぶような専門的な知識は、また別のことになるのだろう。

自分の暮らしが良くなる目的で教育を受ける。金儲け目的で教育を受ける。良い企業に就職する目的で大学に行く。個人的な目的だけの人間が増えてきたがために、受益者負担が当然という考えが出てきたのだろう。こうして、国立大学でさえ、私が通った頃からすると、数十倍の授業料になってしまった。確かに現状の社会は社会の為の教育になってはいないようだ。しかし、人間の為に、人様の為に学ぶ人も多数存在する。こうした社会貢献の加減ではないだろうか。利己主義者が金儲け主義の為に行く大学を無償にするなどおかしなことである。社会的に支援する必要など全くない。またさらに、大学に行きながらも、まともに学ぼうとしない人間にたいして、無償化というのもおかしい。しかし、世の中の為になろうという為に学問をしたいという人に対して、金銭的な障害があるという社会は良くない。

一律無償化にすれば、教育は劣化する。教える側もどうせただできている生徒だと思えば手を抜くかもしれない。人口減少が進んでいる。大学も入学希望者の定員割れ時代である。大学自体が競争の時代に入っている。定員割れ大学を、社会的に支えてゆく必要はあるのだろうか。外国人を名前だけ受け入れて、経営している教育機関が摘発されたことがあった。そうしたことが大学でも起こりうるだろう。授業料なしということになれば、ともかく人集めする大学が出てくるだろう。大学がデイサービスのようになるかもしれない。生徒が来てくれてさえすれば、補助金がもらえる言うことになりそうだ。老人医療を無料にしたら、病院が年寄りのたまり場になったという話がある。昔の国立大学は月1000円だった。今なら5000円くらいだろうか。私立大学なら10000円くらいか。

学問は人間を育てるのだから、長い目で見る必要がある。何の為の学問であるかと言えば、人間の為である。人間がよりよく暮らすためにすべての学問はあるはずである。学問は真理の探求である。真理を知ることで人間の暮らしが良くなるものであるという、大前提があるからこそ、学問を究めようとする。学問が人間社会の向上のためにあるという大前提がなくなれば、無償であろうと、有償であろうとおかしな結果になる。大学が産学協同となり、経営の為に基礎的学問がおろそかになる。この問題が解決されない限り、教育の無償化を先行させることは、悪い結果をもたらす。大学が企業の社員教育の場であるなら、無償化どころの問題ではない。小学校まで英語教育をやるような、おかしな方向に教育が進んでいる。企業の人材は英語が必要ということが主目的である。自動通訳機が完成すれば、無意味なことになる。教育はまず国語である。国語を学ぶということは、考えるということを学ぶということだ。人間完成の為に教育はある。

 

 

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先端研究の遅れ

2019-01-13 04:57:35 | 暮らし

正月の新聞ではIT技術の革新で暮らしが変わるという話が希望と不安ない交じりに描かれていた。そのほとんどが日本発ではなく、中国発になるとしなければならない。それくらい技術の革新に対する研究意欲に差が付き始めている。ITに関してはどこの国発であろうと、世界を変えてゆくものである。日本は原発事故を経験したにもかかわらず、原発にしがみついたままの国になった。これは新しいものへの転換の意欲の欠落である。目先の利得に目を奪われ、我慢して将来を見据えるという辛抱が国家としてできなくなっている。目先にとらわれてしまうのは、そうしないと自分の既得権を維持できないという姑息な焦りである。与党政治家たちの未来を語らない態度を見れば、それは明らかなことだ。どう今を維持するかにきゅうきゅうとしている。原発を捨てきれないような状態では新しい技術開発に後れを取るのは当然のことだろう。科学技術の恩恵は別段中国のものでもありがたいことではある。

先端技術の研究で世界をリードしているのは中国に変わり始めている。研究論文での注目度ではアメリカより上になっている。中国は実用的研究が中心ということらしいが、アメリカが中国を恐れているのは、この技術開発意欲なのだろう。アメリカのような一国主義は後れをとれば、どんどんおいてゆかれることになる。アメリカの追い抜かれる不安。日本の保守勢力は中国は今にも沈没するとばかり吠え続けていた。どういう先見の明のない連中なのだろうか。沈没願望が、実態を見ることを避けてしまう。中国が忽ちに日本を抜くであろうことは、25年前に中国へ行ってみてよく分かった。中国人は優秀だとつくづく実感した。どこに目を向けるかである。絵画交流ということで行ったのだが、中国の絵画はひどいものだった。絵画は実用性がないからだ。日本も遠からずそうなるであろうと思った。その予測に従う展開である。あの時は中国の絵はリアル絵画だけが評価されていた。文化が弱まるとそういう技術的なもの以外評価ができなくなる。

少数の中国人の中にある人間力というものに驚いた。すごい人たちだと思った。この人たちが自由に活動すれば、とてつもないことになると強く感じた。少数といっても日本人の10倍の人口だから、うまく組み合わされば大変貌する。中国は当時から国家資本主義である。一気に変わるだろうと予測された。予想通り旧変貌を遂げた。その15年後も中国には行ったのだが、大変貌していた。ますます中国を軽視している日本という国の保守層の衰えを感じた。中国がバブル崩壊で国ごとひっくり返るというような、保守層の展望にあきれるばかりであった。アメリカと中国の経済戦争を見て初めて、中国の力に気づいたのが、アベ政権ではないだろうか。急速に中国に近づこうとしているが、いかにも泥縄である。日本という国の方角をまず定めなければ、外交どころでないだろう。

まずは、仮想敵国中国をやめることだ。アメリカの同盟国であることもいつまで続くかわからない状況になっている。日本がぶら下がり続けようとしても、無い袖にはつかまれない。日本が独り立ちした時に中国に対して敵対を続けるのでは、それこそ危険である。平和国家日本として、中国に対する関係を模索すべきである。中国が日本に攻めてくるというようなことはあり得ない。まず、尖閣諸島を平和的に解決することだ。中国に所属するのか、日本に所属するのか、あるいは中間的な位置づけになるのか。どうなったところで結論が出た方が日本の為である。ところが、日本の為であるにもかかわらず、領土問題は政権の為にはならない。これは野党でも同じだ。国民が領土が減ることを嫌がるからだ。票が減ることを恐れて政治が曲がった方へ行く。尖閣諸島が中国になったからと言って、それが中国の覇権主義と切り離されるのであれば、よいことである。




調査対象とした最先端技術の論文総数は約1720万件で内訳は中国が約290万件、米国約390万件、日本約77万件だった。最も注目度が高いのは「ペロブスカイト」という次世代の太陽電池材料だ。現在主流の電池材料であるシリコン半導体に比べて、高効率で安価になる可能性があり世界中で研究開発が活発だ。次いで省電力で高速処理の半導体につながる「単原子層」、安価な電源と期待される「ナトリウムイオン電池」が続いた。10位までをみると電池関連が5テーマと最多で、携帯端末からEVまで幅広い産業に貢献する先端技術であることが背景にある。次いで多かったのは医療・バイオテクノロジーだ。遺伝子を自由に切り貼りして動植物の品種改良につながる「ゲノム編集」(7位)、ノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑京都大学特別教授が貢献した「免疫療法」(10位)など3テーマが入った。(引用文)

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情緒的な水彩画という意味

2019-01-12 04:31:33 | 水彩画

 芸術作品と情緒性は関連したものであるのか。あるいは情緒的であることが、芸術から離れることになるのか。情緒的なるもの自体の規定が難しいが。例えば竹下夢二とか、岩崎ちひろ、別の意味で、松本俊介や長谷川利光の作品を普通は情緒的側面があると言うのだろう。モンドリアンの絵は情緒的ではない、ロスコ―の絵には情緒を感じる。というように考えると少し情緒性がはっきりする。抽象画であるから情緒性がないとは言えない。美人画というものがあるが、あれは情緒性がかなり重さを占めている。そしてそうでない人物が描かれていれば、萬鉄五郎の裸婦像は人物画と言われるのだろう。上手く説明できない。説明はできないが、情緒性を取り外した絵画でありたいと考えている。絵画全般において情緒性が何を意味するのかというような問題は、私には良く分かっていない。茶碗を見て、いい形だな。良い色だな。寂しいな。世界観があるな。というようなもの言いの裏側に情緒性の重さがどのくらいかという事。こういうことを考えてみるのは、日本人の作品が、情緒に寄りかかって絵が描かれている気がしているからだ。ロスコ―の絵を評価する人が、実はその情緒性に魅かれているに過ぎなかったりする。

この情緒的と見える何ものかは、かなり根深いものだ。平安時代の枯れ草図に日本的と言われる抒情性があふれている。水彩画はみずゑ呼ばれ、水に縁が深いから、情緒的な印象が強い。薄い色調とかぼかしやにじみが、情緒性と連動しているかのようだ。曖昧な表現の穴埋めのように情緒性を持ち込むことが多い。水っぽい情緒だけをよりどころにしたような絵も、確かに見かける。静物画であっても風景画であっても情緒に甘えている絵がある。例えば、カリエールというフランスの画家が日本で特に高く評価されるというようなことだ。情緒性への問題の指摘は明治以来繰り返し行われてきたところでもある。西洋絵画へ脱皮するためには、この日本人的情緒が邪魔をしている。と繰り返し言われたわけだ。安井曽太郎はそういう方向だろう。水彩画でも中西利夫の絵はそういう方向だと思う。骨格のある絵とか、骨組みがなければならないとか、絵は構造的である必要があるなど言われている。絵には強さが必要だ。絵が建築的である結果強くなる。等とも言われてきた。

北斎の絵は情緒性に依存したところがない。江戸情緒などと言われるが、あれは明治時代に過去懐かしむ気持ちからきている。思い出すというところに、情緒がある。今見ているものに対峙するのでなく、過去のものを回想する。ここに情緒が介在してくる。浮世絵を見ていると日本人は本来情緒的ではなかったのかもしれないと思えてくる。もちろん江戸時代の日本画にも、枯れすすき的なものは多い。もののあわれという世界観。これは貴族文化なのかもしれない。しかし庶民の世界では明快な今の流行が広がっていた。支配階級の美意識が情緒的で迂回している。庶民は率直。支配階級の精神性を重んずるところに、むしろ情緒が介入してくる。精神性というような明確ではないところに、むしろ抒情が入り込む。侘び寂びではなく、見ているものに率直に向かい合う大切さ。

現実以外に自分というものに向かい合う事は出来ないということだろう。松本俊介の自画像は自分と向かい合っているようで、むしろ自分を眺めているという印象を受ける。過去の世界を見るように目を細めて、自分を見ている。それは確かに人を引き付けるのだが、この引き付ける要素を切り捨てないと、通俗に陥る。本当の自分と向かい合う事は出来ない。自画像で言えばゴッホの耳のない自画像である。現実以外の要素は何もない。寄りかかるものがないというすすさましい率直。マチスの切り絵の明快さである。寄り掛かるものを無くす。浮世絵に近い感触。

 

 

 

 

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アベ政治の終わりが見えたかも

2019-01-11 04:41:08 | Peace Cafe

安倍総理大臣は年頭所感において、また「憲法改定の為の骨太の議論をするよう」国会に対して呼びかけた。一体この人の頭はどうなっているのだろう。移民法でも、北方領土問題でも、一切の議論をしないで進めるのが流儀ではないのか。憲法の議論でも避けてきたのは当人ではないか。議論するのは大賛成だ。しかし、この人は現行憲法の改定が大前提である。こういう人と議論するという事は不可能だ。このブログにもネトウヨから訳の分からないコメントが来るが、議論しようとしたことはあるが、不可能だった。安倍氏の頭の中の憲法はすでにネトウヨ化しているのだから、議論は不可能である。自衛隊を書き込んでも自衛隊の位置づけは変わらないと、言い続けている。こんな言い草の人間と議論しようとしても不毛である。憲法に自衛隊を書き入れれば、書き入れない時とは当然変わるのである。その代わり方を議論するという事なのに、全く聞く耳がない人間である。何故こんな愚昧な人間が骨太の議論などと、調子のよい言葉を、誰に教わるってしゃべるのか。NHKテレビでは辺野古のサンゴは他の場所に移したなど、でたらめをへらへら述べている。

憲法を議論するためにはどういう国づくりをしてゆくのかという事が大前提になる。議論は国の方向性を話すことになる。方向が定まらないまま、憲法の議論など出来るわけがない。自衛隊の問題を議論するのであれば、無防備中立とは何か。専守防衛とは何か。専守防衛を止めて、集団的自衛権を自由に運用する方向に行くのか。こういう具体的な軍事力の問題を議論し深めない限り、憲法をいじくることは無意味であるし、危険なことになる。同時に憲法の運用を政府が逸脱しないかを、判断する憲法裁判所の問題も触れない訳には行かないだろう。日本は攻撃的な武力を持たない国づくりを進めるという事が、現在の方角になっていると考えている。その背景にあるものは世界の軍事力競争は限界に達している。ここに日本が加わったところで、大したことはできない。アメリカや中国と対抗できるだけの軍事力は持てない。原爆を持たないとしているだけでもすでに競争能力がない。中程度の軍事力を持てるかもしれない。その場合、どこかの国と同盟を結ぶのかという事になる。今のところアメリカである。しかし、このアメリカが自国主義に変わった。

世界は対立と断絶を深めつつある。この中での有効なかじ取りは極めて難しい。すでにどこの国も動きが取りにくくなっているのだろう。少なくとも、よほどのことがない限り、大国が中位の国に対して攻撃を仕掛けるという事は、極めて難しくなっている。それは、互いににらみ合い状態だから、軍事的には動きが取りずらくなっている。こうした背景から、現実的な攻撃として経済的な圧力というものが行われる。アメリカは中国に対しても、ロシアに対しても経済的圧力を高める経済戦争が起きている。もう一つの戦争が情報戦争であろう。情報機能に対して入り込んで戦う。北朝鮮や中国がアメリカに対して行っているというので、アメリカは反撃をしている。当然アメリカも、情報戦では活発に動いているのだろう。目立つ軍事力展開よりも経済戦争の方が現実的な効果を上げているのだろう。その為には経済連携を強めることが重要になる。アメリカは一国主義を表明し孤立した。これは経済戦争では不利な立場になる。日本はアメリカの抜けたTPPに加盟した。それならば、日本が主導的な立場に立ちこの経済連携を国家戦略にした方が、軍事力強化よりも安全保障になるのではないだろうか。

中国との関係も同様である。相互が互恵関係になれば、相手を攻撃する意味が減少する。中国が仮想敵国であるならば、中国にとって日本が恩恵のある国になることこそ日本の安全保障なのだろう。なまじの軍事力で中国に対抗するぐらいであれば、その費用をかけて、中国がありがたいと感じるような日本国になればいいのだ。本来それが自由貿易の理念であったはずだ。以上のような議論を展開するのが、骨太の議論なのではないか。このような考え方に対抗してなぜ軍事力が必要なのかを議論すべきだ。また軍事力がどの程度必要なのかを議論すべきだ。軍事力は警察力の範囲だ。つまり、徹底した専守防衛を考えるという事だ。これは今まで世界にない考え方である。日本は他国に対して攻撃は不可能であるという事を示す。敵基地攻撃も出来ない国である。航空母艦なぞ持たない。しかし、潜水艦は持つ。オスプレーの改良型は持つべきだ。簡単には攻め込めない国づくりはすべき。情報網に対する攻撃も防ぐ能力を高める。ミサイル防御も行う。こうした議論を徹底すれば、どのような憲法が必要かが見えてくる。安倍氏が憲法改定を叫ぶのは、今や保守票を繋ぎ止める叫びなのだろう。移民法や二島返還では保守層からの強い反撃を受けている、同時にロシアからも叱責される事態なのだ。

 

 

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麦畑の様子

2019-01-10 04:07:36 | 自給

今年は久野の「農の会」の畑では麦があちこちで播かれた。小麦、大麦、ライ麦、えん麦と様々な麦が作られている。耕作としての所もあり、緑肥の所もある。小田原に戻り、早速麦踏をしながら、観察をした。やはり農業でおもしろいのは観察である。それぞれの麦の性格もわかる。同じ麦を播いたところでは成長の違いで、畑の中の場所による土壌の違いも想像できる。わずかな距離の違いで、自然環境がこれほども違うのかという事もわかる。有機農法で耕作するという事は、この違いを見極めて耕作するという事になる。毎年違う場所で耕作するためにそういう事が必要になった。必要は生みの親で、畑を観察する面白さが深まったと思う。以前麦を作られていたMOAの方の畑で、畑の隅の小さな小屋の影が麦畑の上にはっきりと出ていたことがあった。その小屋がその場所に何十年もあったという事が、土壌にまで出ているという事に驚いた。こういうことは自然に従う農業にだけ見られる興味である。

麦踏がどのくらい歩くものかフィトビットで計測した。ほぼ半日の作業で1万歩だった。健康麦づくりである。別段麦踏が麦の生育に有効と考えているわけではない。無駄だと思っているのだが、麦踏ほど気分の良い作業は少ないのでやる。午前中だけで2反ぐらいの畑の麦踏をやったことになる。全部で5か所である。まず、総生寺裏の畑は小麦ハルユタカが5畝。ここは目分量の畝間30㎝程度で密に撒いてある。疲れて来て曲った結果が出ている。緑肥にしても良いという考えである。何故なら土壌がとても悪い畑だからだ。予測していた通り、発芽ムラがひどい。植える前に播いた肥料のムラが麦の生育に現れている。肥料分がすぐ現れるという事は、土壌が荒れている状態。慣行農法の畑だった時の化学肥料や除草剤の影響がまだ残っている。結果としての腐植不足。これでは大豆が出来なかった訳だ。ここの小麦は観察だけでもいいと考えて蒔いた。もし成育すれば収穫する。今の調子だと、収穫は出来るが収量は低そうだ。

そして、次は三国工業上の麦の会のメインの畑。ここは初めて借りた畑なので、心配をしていたのだが、土は悪くないようだ。発芽したものは十分な成長をしている。しかし、生育ムラはまだある。草が出ていたのを除草してくれてあった。有難い。2月に入ったならば、そばかすを撒いて土寄せをしたいと思う。土寄せをすると麦は分げつが増えて良くなる。平らなところに麦は播いてあるから、麦踏をして少し土壌がへこむ、そこに風邪土が寄せられる。そういう効果はあるかもしれない。小麦のハルユタカは良い生育だが、大麦の方は霜枯れている。結構暖かそうな畑なのに、大麦はずいぶんと寒さに弱い。欠ノ上田んぼ下の畑には、ライ麦が播かれている。ここはレンゲが出ていたので、レンゲをあまりいためない様にライ麦を播いた。上手く発芽している。南に山があり、冬の間は日照は全くない畑だ。畑の横に久野川が流れている。寒さが淀んでいる。土壌は昼間になっても霜柱が解けることがない。それでもライ麦が発芽しているので、少し驚いた。

舟原田んぼ下の畑では、山室さんの小麦が生育が良い。その他も、久野の中では一番成育が良くなっているようだ。標高は一番高い。三国上よりだいぶ寒いと思ったのだが、寒さの影響は感じない。やはり日当たりの良い畑は違う。麦の会よりだいぶ早く播いたそうだ。播種時期の違いが、冬では大きな影響になっている。春になってどう違ってくるのだろうか。追いつくのではないかと思っているがどうなるだろう。大麦も良い成長をしていた。少しうらやましくなった。しかし、大豆の収穫が12月まで遅れたのだから、麦の播種が遅れたのも止む得ないところだ。こちらのライ麦はそれほど条件が悪い訳ではないのに、欠ノ上田んぼ下の日陰の畑と大きな違いはない。その理由は、肥料不足かもしれない。肥料を十分入れてから播かないと、麦はダメだ。霜柱の立つような畑は麦踏効果が影響すると聞いたことがあるので、日陰の畑はは少し麦踏をしてみる必要があるかもしれない。諏訪の原圃場のえん麦は土壌表面にバラマキをしただけだが、それなりに出ている。タマネギの苗の植え付けの時期だったから、12月初めだった。と言ってもまだ分げつはしていない。播種量が多すぎるのだろうか。

 

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石垣島暮らしが始まった。

2019-01-09 04:10:09 | 水彩画

小田原に戻った。すでに石垣に住んでいて、小田原に行く。小田原に来たという感じがする。3番アコウと呼ばれる「オオバアコウの木」がある。ナカドウ道という石垣市内に北から来る分かれ道に生えている。とても大きな木だ。歩いてて暮らしていた時代はこの木陰で一休みしただろう。昔の町への用の行き帰りが想像できる。水牛車も通ったかもしれない。一番アコウ、2番アコウはもう少し市内に入ったところにあったそうだ。石垣にはこうした大木が残っている。大木が残っているということは、島の暮らしが八重山の島々の中では良かったことが想像される。宮古島では大きな木はない。いくらか御嶽に木があるが、大木というほどのものでもない。石垣の於元岳には炭焼きの跡があった。直径7メートルくらいの大きな炭焼き窯である。あれだけの炭焼き窯があったということは、それだけ自然が豊かということだろう。生活のためのエネルギーを考えると。島内での収支もあるし、西表のように燃料輸出の島もある。八重山の暮らしと大木との関係。

 このナカドウ道入り口にはトゥバラーマの碑がある。八重山民謡の聖地のような場所だ。「ナカドウ道から、ななけーら、かよん」とうたわれる八重山を象徴する抒情の唄の歌碑がある。石垣では月一回トゥバラーマの指導会がある。確か第3水曜日の夜だ。私の知る3大八重山民謡曲は、西表の仲良田節。そして、白保の弥勒節(みるくぶし)」ではないかと勝手に決めている。それこそ死んでゆくときはこの3曲を流してもらいたい。八重山民謡の抒情、豊年感謝、ハレの解放感。歌にある世界観のこころの広がりが深い。どの歌も難曲で私のようなものには歌えないのだが、いつか真似事でもいいから、唄ってみたいものだと思っている。頑張らねば。


崎枝の牧場の入り口。下の方に広がる田んぼとサトウキビ。崎枝と呼ばれる美しい集落がある。石垣で一番美しい地域だ。農村風景と自然景観が織りなす世界観が現れている。農村はずいぶん絵を描いてきたわけだが、美しい農村風景日本一ではなかろうか。名蔵湾と崎枝湾とに挟まれた半島の付け根の集落。集落から一段下ったところに田んぼがある。昔はそのあたりはマングローブの林ではなかったか。この田んぼの形状がいい。自然地形から生まれたままの形を残している。自然の水の状況に従ったのであろう。今はサトウキビになっているところもあるが、そのあたりも田んぼだった時代があるはずだ。描いて居たら、牧場の方が見えた。黙って入ったことを謝罪した。絵を描いて居るということがわかったら、どうぞ自由に描いてください。と言ってくれた。石垣の人は本当にやさしい。今度行くときは小田原のお菓子を持って行く。山梨で生まれたのだが、山梨では邪魔にならない道路で描いて居ても、そばに来て消毒を始められたという経験が何度もある。

 屋良部岳方向。この山は頂上まで道がある。しかし眺望はほぼない。頂上には大きな石があり、信仰の対象ではなかろうか。この斜面に広がる牧場の重なりがいい。遠くのみどりと近くの緑は重なり、うねりながら空間が広がる。どうもこういう広い空間に惹かれるようだ。これは子供のころに目に焼き付いた風景の影響だと思う。この集落には良いレストランが3つもある。入りやすい普通のレストランだ。昼食時はいつも観光客でにぎわっている。家から車で20分かかる。レストランで昼食を食べさせてもらい、描き続ける。起きれば小田原にいる。不思議な感触だ。石垣のライブカメラで我慢しよう。一人暮らしがしばらく続く。

 

 

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石垣、花散歩と於茂登岳登山

2019-01-08 04:30:59 | 石垣島

オモトダケ登山に行った。1月6日である。朝から雨が降り続いていた。中止になるかと思ったかが、決行された。頂上では強い雨と吹き飛ばされるような風であった。雨の中おにぎりを食べた。座って休むこともできなかった。下り道は特に滑りそうで怖かった。2回滑ってしりもちをついた。久しぶりの登山で身体の衰えを感じた。まだ筋肉痛が少し残っている。安定しないし、疲れた。靴も壊れた。それでも良い登山だったと思う。もうこれ以上先では、衰えて上る気にならないかもしれない。いつも見ている山に登ったことがないというのでは、少し困る。この登山にはなんと日本トンボの会の会長さんが説明役で見えていた。於茂登岳に奇跡的に残った蝶の話であった。特殊な笹が頂上付近にだけ残っていて、その笹の葉を食べて蝶になるという。貴重な機会であったのに、話を聞くこともできなかった。

石垣散歩は花散歩でもある。1月といっても様々な花が咲き乱れている。

オオベニゴウカンマメ科

近所の家の庭の花をとらせてもらった。どの花も名前は知らない。多くは今、マメ科の植物が咲いている。 花が咲く条件がいいのだろうか。カトレアやデンドロビュームなどラン科植物を庭で咲かせている家もある。遮光ネットで覆ってあるだけだ。暑さに弱い高層湿原タイプのランはものはだめなのだろう。私はそういうタイプが好きなのだ。加温なしでカトレアができるなら、考えようによっては面白いものが栽培できるのかもしれない。やらないけれど、どんなタイプのラン科植物が石垣の気候に向いているのか、少し調べてみる。やるわけではないが。

 

 ピンクボール アオギリ科

庭から道路にはみ出るようにこう言う花があちこちにある。

 

 ベンガルヤハズカズラ キツネノマゴ科

青い蔦性の花が5メートルの高さまで伸びていた。青い花が一面だったのだが、うまくその場所は撮影できなかった。

 オキナワ夾竹桃 ミフクラギ 有毒

何の実だろう。名前を少し勉強しなければ、何一つわからないので楽しみも半減である。

 キンチョウ ベンケイソウ科

不思議なシダのようなものが石垣にはよく着生している。

 

 木立ベンケイソウ 植物の名前を友人の渡部さんが特定してくれた。名前がわかると見る楽しみは倍増する。すぐ送ってくれたのだが、メールが調子悪くてつかなかった。2地域居住のネット環境は結構難しい。

道路の淵に植えられていた。もう田んぼでは代掻きが進んでいる。最高気温が27度だった。最低気温すらほとんど20度である。これ程暖かい正月は初めてだった。

家のすぐそばに八重山焼の工房。石垣小学校正門のシーサーの作者は、八重山焼の浦﨑さんの弟さんだそうだ。今は作られていないということだった。八重山焼のシーサーはピースサインを出している。石垣のシーサーの多くは漫画シーサーである。漫画シーサーに石垣人の気質を感じる。本島で作られるシーサーはどちらかといえば、威厳を重んずる。しかし石垣の人は面白さの方を重視する。魔除けを漫画にしてしまう心意気というか。シーサーの面白さ。この漫画シーサーを中心にした、写真集さえ出ている。そのうち、漫画ではない方の作品シーサーの石垣10傑選を作りたい。

 

 

 

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石垣島の牧場を描く

2019-01-07 04:08:24 | 石垣島

今回の石垣島では8枚の絵を描いた。どれもこれも途中である。途中までは一気に行くのだが、そのあとがなかなか進まない。難しくなる。難しくなるが、それをやらなければ、笹村出の絵としてもよいとは言えない気はしている。富士山の絵を365枚富士山を見ながら描いた。好きな描きっぱなしである。それで絵なのかどうかと確かめたかった。これでは絵ではないだろうと思いながら描いたのだが。365枚だから、ひたすら10間ほど機械のように、北斎のように描き続けた。ところが、富士山の絵のようなものを描け。笹村の私絵画などやめろという親切なお叱りの手紙まであった。今回意に反してというか、牧場と田んぼの絵に黒い牛を入れた。絵が出来上がるなと思う頃、牛が来て描いてほしいという位置にいる。どうしようかと思ったのだが、絵としてはどうかと思うが、牛がどうも描いてほしいという顔をしている。描かないというのもどうかと思い。描いた。絵としてうんぬんより、やはり牛に応えるというほうが、笹村出なのではないかと思い入れた。

石垣島には牧場が広がっている。まるで北海道と見えてしまうような景色の場所がある。放牧されている牛が見える。以前より放牧牛が増えてきた気がする。牧場にいる牛は黒毛和牛だけだ。北海道なら黒い牛の放牧はないだろう。地元で製造されている牛乳が2種類あるから、乳牛もいることはいるのだろうがまだ見ていない。石垣牛のブランド化の中に、放牧ということが入れられているのだろうか。馬やヤギも時々見かける。水牛もいると聞いているがまだ見ていない。鶏は街中でも結構飼われている。自然卵養鶏会の人も何人かいると聞いているが、お会いしたことはない。ゆらてーく市場にそれらしい卵が出ている。家畜との距離が近いということは、人間の暮らしとして大切なことだと思う。野良猫もかなりいる。散歩していると、数匹には必ず出会う。あまりいじめられていないのか、人懐っこい。

 

石垣島の中央部には区画された牧場が広がっている。人区画が3,4反くらいだろうか。区画には境の柵がある。木の茂みや、石積みのこともある。この静かに広がる空間には引き込まれる。人の営みによってつくられる空間。この地平線の向こうが海になっている。背中側はバンナ岳なのだが、ここの斜面に上ると、突然海が広がる。高く昇れば上るほど海の幅が広がる。海から離れるのに海が近づいてくる。この感じがとても好きだ。なぜか地面の先に海が唐突にあり、空につながっている。写真というものでは、遠くの丘がただの灰色になっているが、この遠くの丘が特別に素晴らしいのだ。耕作地があり、下には田んぼと思われる区画もある。

枯れた草の色と緑の芽生えの牧草の色の対比。これがうねりになっている。写真ではそういうことは全く現れない。遠くの山などただの灰色なのだが、この遠くの山の複雑な変化こそこの風景にとって不可欠なことになる。そういう時に絵ではこの遠くにも焦点を向ける。そもそも目というものはそうなっていて、常に見ようとするところを中心にしてみている。この自在に風景を見ているために、写真的な視野と違うことになる。だから、風景を写真的視野で見ようという発想は、科学的な正解であるかもしれないが、私絵画としてには違う。正確にみるということが、実は主観的にみるという場合の方が多いい。左から4番目の絵がこの場所を描いたものだ。

 

小さな牛舎が点在している。小さな牧場。この様子も石垣ならではの畜産の姿だ。なんとなくこういう小屋も悪くないが、まだ描いたことはない。

 

 この道は面白い。一度描いてみたいと思った。道の先が海なのだ。海に続く白い道。海のコバルトブルーに白い線が引かれる。冬でも熱のこもる緑の中を白い線が引かれる。まだまだ描いてみたいものが広がっている。

 

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新聞社説読み比べ

2019-01-06 04:18:41 | Peace Cafe

どの新聞社でも元旦の新聞には力を入れる。八重山毎日新聞では6部まであるような大特集を組む。これが読みごたえがある。普天間三線店さんのことが大きく特集されていて嬉しい。特に社説にはその新聞社の姿勢が現れる。毎年、ネットに掲載される社説を一通り読ませてもらう。今現在の日本の新聞の考え方と、力量が現れていると思うからである。大手の新聞社には正直がっかりである。元気の出るような社説は一つもなかった。読売新聞社説では、「中国の強権的な拡張路線は、曲がり角に来ている。このままでは行き詰まることを、日本は習氏ら指導部に指摘すべきだ。中国が対米関係の悪化で、対日外交に意欲を示す今は、日中が率直に話し合える機会である。」と書かれていた。まともな新聞社の責任のある発言が、これだ。日本が指摘をすれば、効果を上げるとでも考えているのだろうか。逆に安倍政権の軍備拡張路線を中国に指摘されたとしても、日本政府が素直に聞けるはずもない。実に浅いものの見方が社説の新聞であると思うと怖い。

多くの新聞がITのことを書いて居る。社会がITによって変わってきている、夢の技術であったはずのITが楽観できないという指摘である。特に選挙に与える影響について書いて居る毎日新聞の社説は見方は参考になる。ITの悪用で、選挙が動かされている可能性である。ビックデーターの悪用を権力が行うときに、選挙が影響を受ける可能性は高いだろう。企業の販売戦略が、政治に応用されてきている。大衆のどこを押せばキューと鳴くかがITには見え見えなのだ。衆愚政治によって民主主義が捻じ曲げられてゆく。ITがもう少し進めば、政治ソフトというものが出来て、より正しい選択を出してくれるようになるのだろう。●●ソフトでは、辺野古埋め立ては良くないといっているというようなことが参考にされる時代は遠くない。ルールさえあれば、人間より正しい答えを出す。金儲けというルールの中で検索しているのがトランプかもしれない。人はITに従う方が良いということになるのか。書いてほしいのはそれではどうするべきだということなのだが、どの新聞でも展望については意見がないようだ。問題を指摘したら、少しでも解決方向を示す努力をしなければ。

ローラ問題である。辺野古反対の呼びかけをしたローラさんを企業はコマーシャルから降ろすのかどうか。当然、ビックデーターで調べていることだろう。どの製品に誰を使えば、何%の売り上げアップに寄与する。等ということは調べているはずだ。ローラさんを使っていて売り上げの変化が起きているのかどうか。こういうビックデーターはたちどころに把握しているはずだ。明らかに落ちてくるようなら、ローラさんを外すのが日本の企業戦略であろう。もし降ろされないようであれば、売り上げは下がらないのだ。もしローラさんがおろされないで政治発言ができたとすると、ローラさんはとても良い立ち位置を確保できる。モデル的美女で、おバカキャラで、お笑いタレントである。そして物言うタレント。ローラさんはいつも新しい時代のタレントだったのだ。当然演出している人がいる。お笑いを甘く見てはならない。深い意味と展望に基づき発言をしたと考えなければならない。日本が変わろうとしていることをいち早く察知し、勝負に出たのだ。政治も同じである。ビックデーターをどこの政党が有効に使えるかで、選挙に勝つ。今から衆参同日選挙が言われる。同日選挙を行うとどうなるかの分析など、現在徹底して行われているはずだ。有利であれば何でもやるはずだ。

一方沖縄の新聞はどれも読みごたえがあった。琉球新報では安倍政権の民主主義無視に対する批判が切実に書かれている。沖縄タイムスでは辺野古土砂投入の無謀を批判している。「寄り添うと言いつつ県民踏みにじる理不尽強いる国家とはなに」(伊佐節子)と書かれていた。八重山毎日新聞では、石垣空港ができた時のように、対話に基づく民主主義的な政治手法を取り戻そうと書かれている。沖縄の新聞は具体的な問題の解決法を示している。沖縄の現実を分析して、方角を模索することは日本全体に重要になっている。日本が目指す方角は独立国家である。アメリカの支配を離れての独立である。専守防衛の平和国家である。どこの国とも敵対しない国である。アメリカの同盟国であるということは、仮想敵国中国になる。このままではトランプの手下とみられているのだから、安心できる日は来ない。日本は本当の意味で独立国家になるために、アジアの一国としての、隣国との穏やかなかかわりを模索しなければならない。

 

 

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石垣島で台湾を歩く

2019-01-05 04:15:13 | 石垣島

「石垣島で台湾を歩く」ーーもう一つの沖縄ガイドーー沖縄タイムス社の本である。台湾と石垣島の間には2008年までは定期航路があった。この定期船で気軽に行き来をしていたという。石垣の人たちにとって、台湾という都会へ行く楽しみであったようだ。この10年で石垣島は変化したと島の人は言われる。急速に都会化した。おいしいものを食べに台湾に行く。台湾の遊園地に行く。台湾に買い物に行く。そんな楽しみが台湾にはあったという。今は季節航空路線がある。私も一度台湾に行きたいと思っている。パスポートがないので、今度申請しようと思っている。パスポートの申請は石垣市役所で出来る。歩いて5分もかからないところで、パスポートまで申請できる有難さ。以前、小田原でパスポート申請をしたときは、横浜まで1時間半かけて2回行かなければならなかった。定期航路がなくなったのは残念だが、それは那覇や東京への航路がなくなったのと同じである。石垣と台湾の関係はいろいろ考える上でとても大切なことだと思っていた。

さすがに沖縄タイムスだ。よい視点の本を出している。世界から見た石垣島の地勢的魅力である。「視野は世界に、視点は郷土。」那覇に行くのも1時間。台湾に行くのも1時間。石垣の中山市長が台湾のナイトクラブでいかがわしい写真を撮られてゆすられたのは、石垣に来てみると状況がわかる。石垣にはナイトクラブはないようだ。1960年に台湾に生まれて小学校6年まで台湾育ちの人が、西表の中学に来た話が出ている。日本語がわからなかったそうだ。西表では周りの人が助けてくれて、いじめなど全くなかったそうだ。うまく日本に溶け込めて、八重山高校の時に日本に帰化した。という話が出ている。石垣には台湾の人への感謝の気持ちがある。パイナップルも、竹富島の水牛車も台湾から来たものだ。沖縄が日本でない時代の、台湾との関係を考えてみる必要がある。沖縄には日本に行くのも台湾へ行くのも、パスポートが必要な時代があった。さらにその前には、どちらにもパスポートのいらない時代もあった。

中国の習近平氏は1月2日特別声明として、台湾を中国に統一するためには武力も辞さないということを発言した。台湾は一国として独立したままの方がいい。中国に編入される筋合いはない。台湾には犬がいなくなったら豚が来たという話があるそうだ。犬が日本で、豚が中国である。犬の方が豚よりは良かったという経験である。中国人は勢力の強い人たちだ。貪欲で世界中で根を張り生きてゆける。日本人の中に潜在的には中国人コンプレックスがあるのではないか。少し早く近代化した日本は居丈高になり突っ張った。西洋の植民地主義から大東亜を救済するというような妙な思想を持った原因ではないか。変に中国人を軽視するところがある。それは、中国からあらゆるものを学んで国づくりをした、日本という国家のコンプレックスではないだろうか。その辺をうまく対応した事例が、江戸幕府だと思う。敬して遠ざけることで良い関係を作った。

台湾と石垣の関係を探ることは、次の時代の日本のアジアとの関係を考えることになる。拙速に日本は移民政策を進めている。日本本土には石垣のように受け入れる状況が整っていない。それは社会保障制度というようなものもあるが、それ以上に、受け入れ側の気持ちである。分断が強まっている日本社会に、移民労働者という別枠の人々が加わる。差別された弱いものはさらに弱いものを圧迫する。移民してくる人たちの立場の弱さを考えると、危険な状況が生まれる不安が大きい。気持ちの悪い社会が待っている。すでに、日本の研修労働者では問題が深刻である。直接話したこともある。このよくない状況がさらに悪くなりながら拡大される可能性がある。労働者不足の緊急対応というが、日本社会の中に眠れる労働者をそのままにしておいての話だ。苦しくとも方角を間違えてはだめだ。習近平中国も同じではないだろうか。アメリカとの経済戦争で苦しいから、目をそらそうとして台湾問題を出したとおもわれる。

 

 


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朝ドラ「まんぷく」にある疑問

2019-01-04 04:04:58 | 身辺雑記

今回のNHK朝ドラは、楽しませてもらっている。安藤サクラさんの演技には、期待通り目を見張るものがある。お母さん役の松坂慶子さんも、ちょっとびっくりするくらい良い。美人女優さんが俳優に化けたと思える。美人女優は美人という役を与えられるだけである。これを脱するのはかなり難しいことのようだ。松坂さんが演ずるお母さんは喜劇的でいい。何でも悲観的に考えてしまう人間像を愉快に表現している。内の母も全くそうだった。年をとると人によっては急に悲観的になるようだ。さらに、ゲゲゲの女房で評判になった、松下奈緒さんも初めて演技をしている。この方は人柄の良さで、よい感じを与えてきた。演技して見せるということは今までなかった気がする。演技をしようという姿勢が、下手をする不自然を生じるが、今のところは良い加減ではないか。まわりの芸達者に影響を受けたのだろうか。女性俳優がすごいのに、男の俳優はどうなんだろう。樹木希林さんと一緒に演じて演技を開眼した人が多いと思うが、安藤サクラさんにもそういう力もあるのかもしれない。

主人公はインスタントラーメンを開発した人の話だ。日清食品を作った人というのは、誰もがすでに承知で見ているのだろう。この人が憲兵につかまったのも、拷問を受けたのは事実である。脱税で進駐軍につかまって投獄されたのも事実である。しかし、一つだけ肝心なことが抜けている。この主人公の安藤百福氏は台湾人である。それが日本人に変えられているので、無理な話になっている。当時台湾は日本の植民地であった。植民地台湾で生まれてから、日本人として大阪に来た人なのだ。私は台湾の人が好きだ。日本人は一般に台湾の人に好感を持っているのではなかろうか。この作品は台湾人として作るべきではなかったのか。日本人と設定したところに、何か作り物になっているところがある。百福氏は台湾出身者であること普通に公表していた人である。野球の王貞治さんと同じである。なぜ脱税容疑で捕まったのかはドラマでは奨学金に使ったお金を脱税容疑とされたとなっているが、誰もが不自然と感ずるところだろう。実際の事情は台湾人である安藤氏は、戦後の一時期免税扱いをされていた。ここには台湾人の戦勝国民扱いがある。加えて安藤氏は戦災の補償金で有数な資産家になった。そして様々な事業を行っていた。

中には怪しい事業もあったらしい。しかし、敗戦国日本の警察には手が出せないということで、GHQが登場することになる。闇市が朝鮮人中心に形成され、それに対抗したのが日本のやくざということがある。これにかかわった人から直接話を聞いたことがある。それが国粋主義者と結びつく。その意味で、台湾人と朝鮮人では権利や対応が異なったということもある。本来、このドラマでは敗戦国日本の戦後社会の問題を避けるべきではなかった。旧植民地出身者の扱いを問題にすべきところであろう。そうしたこと自主規制してしまうところがNHKの朝の連ドラなのだろう。勢いで書いてしまえば、安藤サクラさん演じる奥さんは3人目の奥さんだそうだ。それでなかなか結婚が許されなかったという。前の2人は台湾人だという。日本人の奥さんと結婚してのちに日本国籍を得ることになる。そういう複雑な事情もなかなか朝ドラには向かないのだろうか。しかし、そういうことも公表されている。私はインスタントラーメン売り出しから、朝食はこれだと決めて、食べ続けた人間なだから、このくらい個人的なことを書いても許るしてもらえるだろう。

朝の連ドラは毎回女性の生き様が描かれる。ゲゲゲの女房でも水木しげるさんの話ではあるが、奥さんの視点から描くということになる。今回の福さんは実際に素晴らしい人であったらしい。元の奥さんの子供を分け隔てなく立派に育てた点でもみごと。長生きをされて、一族全体を素晴らしいものにした功労者。奥さんのすばらしさがなければ、安藤百福氏の日本社会での成功はなかったのかもしれない。だから、インスタントラーメン、カップヌードルから、ドンベイまで日清食品が世界に広がる功績の半分は奥さんにあるといっても過言ではない。



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石垣の正月の様子

2019-01-03 04:33:02 | 石垣島

 石垣小学校のシーサー左側 製作者 浦崎賢章とある。

石垣島の正月といっても、家々の様子はわからない。1月1日0時に花火が鳴り渡った。暗い中、人が歩いていた。たぶん、御嶽に行くということではないか。私は明るくなってから、桃林寺にお参りしようとしたが門が閉じていた。立派な鐘廊はあるのだが、除夜の鐘はなかった。正月飾りをつける家は少ない。散歩のついでに、正月らしい様子を撮影した。御嶽やお寺、神社。こういうところは飾られている。商店街は賑わっている。かなりの人出だと思ったが、新聞によると暮れの人出は例年より少ないということだった。故郷に戻る人がたくさんいるに違いない。観光客もいるので、正月から開く店が多いいのだろう。新聞を見ていたら、おせちの販売がいくつも出ている。それで家に比較的近いお寿司屋さんに、おせちを頼むことにした。それがなんと、1月1日の8時に取りに行けばいいというのだ。握り寿司も頼むことにした。いつもは3時からしか始まらない店なのに、正月は大忙しである。家を7時に出て散歩の帰りに寿司屋によった。

石垣小学校シーサー 右

散歩をしている。雨だろうが、大みそかであろうが、正月であろうが、1万歩を目標に散歩をしている。絵を描いて居て運動が足りない感じがする。体がもう少し動くように希望している。散歩をしているとなかなか面白いものに出会う。琉球石灰岩の石垣と沖縄民家を見ているだけで飽きない。あれこれシーサーを比べてみるのも面白い。この1対のシーサーは石垣小学校の正門にあるもので、今のところ発見したシーサーの中で石垣一である。2番、3番は大理石造りのすごい奴が、港の方のホテルの前にある。しかし、一番と2番との間には大きな開きがある。形が良い。形があるといってもよい。形の魅力というもので、伝わる力がある。つまり張りぼてではない。逆に言うと大半のシーサーが中身がない。中身がないと何も伝わらない。このシーサーは明らかに子供たちを守ろうという意思を発している。それはこのすくっとした形にこもっている。

 

地母屋(ジーマァミィー)屋さんという自然食品店の趣ある開き戸。何気ないこの木戸にこの家に住まわれる方の感性が表現されている。この月と星の年月の馴染んだ感じはいいではないか。こんな具合に、つい立ち止まるのが石垣島なのだ。一つ違う路地に入るといつも不思議なものに出会える。正面にある白い貝がスイジ貝。クモ貝ともいう。雲のような面白い形をしている。だから家の扉の飾りにする。というのは冗談。沖縄ではこの6本の角の形から、水という字を見ている。水という字を家の壁に掲げておく。火伏のおまじないということだ。この発想が魅力的ですぐ真似したくなった。石垣地域でもとれる貝で、今でも見つかることはあるそうだ。真っ白になっているが、もともとはオレンジ色の縞模様のある貝だ。ユーグレナモールのも貝のお土産屋さんで売られているときもある。貝のお店は夜だけやるそうだ。24㎝で1500円ぐらいなので、見つけたらお土産にするとよい。もっと角の多いい、クモ貝もサソリ貝というのもあるので間違いないように。今はフィリピンからの輸入ものだといわれていた。角がわずかでも欠けていると価値が半減である。

 

民家の正月飾り。独特のしめ飾りである。こんな立派な家が、普通の民家として生活の中にあるのだから驚く。古い民家は200以上あるだろう。この家は、雨にもかかわらず、すべての戸を開け放っていた。勝手な想像ではあるが、お正月さんを向かい入れる気持ではないだろうか。中が暗いということと、それほど寒いわけではないということで、出来るだけ戸を開けて暮らしていたのかもしれない。こんな感じで花が飾られている家が良くある。この時期でも花が絶えない花の島でもある。不思議な植物も数知れずある。今度は植物散歩にも歩きたい。

 宮良殿内(みやらどぅんち)江戸時代の立派な建物で国の重要文化財に指定されている。たぶんこの入り口の飾りが石垣の正式正月飾りであろう。

 

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