殿は今夜もご乱心

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デンジャラ・ストリート 失踪篇

2017年01月27日 09時17分34秒 | みりこんぐらし
我々一家が暮らすのは、後期高齢者だらけのシルバー・ストリート。

老人ならではの事件が起こるため

ここをデンジャラ・ストリートと名付けて数年

その名にふさわしい出来事は断続的に続いている。



先日の午後6時半、電話が鳴った。

それに出て、少し話した義母ヨシコは台所へ来て言った。

「大変よっ!こはぎちゃんが行方不明なんだって!」

大変というわりには、ものすごく嬉しそう。


こはぎちゃんのことは、以前ここで書いたことがある。

朝、うちに来たら夕方まで帰らない92才のおばあちゃんだ。

いったん来始めたら習慣になるようで、3日と空けずに訪れる。


もちろん昼ごはんもうちで済ませる。

糖尿のヨシコには規則正しく食べさせないと、低血糖で倒れるため

こはぎちゃんにもお出しすることになるのだ。

「あらあら、食べに来たわけじゃないのに」

こはぎちゃんはおっしゃるが、立ち上がるつもりはないので

確信犯と見ている。


本人の弁によれば、ご主人が嫌いなので帰りたくないそうだ。

90を過ぎて、旦那が好きも嫌いもあったもんじゃない気がするが

彼女は大真面目。

「だから家に居たくないの」

この言い草で近隣の家々を回り、長時間居座る身勝手から

認知症ともささやかれている。


が、嫌い嫌いと言うわりには、うちへ来る時

100メートル足らずの距離を車でご主人が送って来る。

帰りは、こはぎちゃんが電話をかけたら迎えに来る。

無口なご主人の心境を推し量るスベは無いが

送り届けさえすれば、一日、厄介払いができるのは確かだ。

やはり確信犯の香りがする。


こはぎ家の平和のため、苦節2年半、ヨシコと私は耐えたが

やがて自慢話も思い出話も底をついたのか、昨年の秋以降

こはぎちゃんはぷっつり来なくなった。

新たなターゲットを見つけたらしい。

老人ばかりの町内だ。

煙たいご主人がいなくなり、長居のできる未亡人宅は

コンスタントに増加している。

こはぎちゃんの来襲‥いや訪問先はよりどりみどりだ。


そのこはぎちゃんの行方がわからなくなり、ご主人が探していると

近所の81才のおばあちゃんから連絡があった。

「家内が帰ってこないんです」

ご主人はあちこちに電話をかけ、とても心配していたという。


「山狩りじゃ!」

生来の物見高さから、色めき立つ夫と息子たち。

「要請があったらね」

なだめつつ、要請を心待ちにする私。

ヨシコは電話にかじりつき、事件の拡散に余念がない。

が、それっきり誰も何も言ってこないので、そのまま忘れて就寝。


思い出したのは、翌朝。

再びあちこちへ電話して、結果を問い合わせるヨシコ。

近隣住民の返事は一様に

「何も知らない‥心配はしてるけど‥」

と歯切れが悪い。

各自がこはぎちゃんの家に直接電話して、安否を確認するのはたやすいが

皆、さすがに人生の熟練者。

これがバクチだと知っている。

うっかり電話して、こはぎちゃんが無事だった場合

彼女との旧交が温まるのを警戒しているのだ。


ヨシコもしばらく思案していたが

ついに警戒心より好奇心が勝った模様。

こはぎちゃん宅へ電話すると、本人が出たのでびっくりしていた。

電話を切って我々に報告。

「中井さんちに行ってたんだってさ」

こはぎちゃんが無事で、ものすごく残念そう。


こはぎちゃんのマイブームは今、中井のおばあちゃん85才らしい。

その日も朝から一人暮らしの中井さん宅へ行って

気がついたら暗くなっていたという。

「私を中井さんの家に送っておきながら

主人ったら忘れて探し回っていたのよ。

認知症かしら」

こはぎちゃんは例のごとく、ご主人に腹を立てていたそうだ。

こはぎちゃんは家に帰るのを忘れただけ

ご主人は行き先を忘れただけ、というのがてん末。


「人を振り回して!」」

プリプリ怒るヨシコ。

あれだけうちへ通っておきながら、ご主人から直接問い合わせが無かったのが

しゃくにさわるらしい。

来られても困るが、忘れ去られた過去の人になるのもいまいましい

というところ。


「年寄りって、ほんと身勝手」

ため息をつくヨシコ。

あんたが言うか‥心で叫ぶ私。

あとは山狩りが無いのを残念がる男たちがいた。
コメント (2)
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