殿は今夜もご乱心

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人に振り回されない方法・5

2023年01月27日 09時45分35秒 | 前向き論
ママさんバレーボールのチームでキャプテンになった私に

さっそく大仕事が与えられた。

試合用のユニフォームの新調だ。


チームのユニフォームは、15年だか20年だか前に新調したきり。

古くて色褪せていて、デザインの方は流行遅れもはなはだしい。

こんなボロを着ているチームは他に無く、試合の時は着るのが恥ずかしいほどだった。

ユニフォームの新調は何年も前から口にのぼっていたものの

話は進まないままだったという。

そこで私が取り仕切ることになったのだが、逆に言えば私をキャプテンにして

ユニフォームの世話をさせるつもりだったらしい。


恥ずかしいユニフォームとお別れできるんだから、わたしゃ張り切ったわさ。

さっそく市内にただ一軒のスポーツ店で

アシックスやデサントなどスポーツメーカーが出している

バレーボール用のユニフォームばかりが載ったカタログを借りて来て、皆と検討。

スポーツメーカーのユニフォームって値段は似たり寄ったりだが

生地や色、デザインはそりゃもうたくさんの種類がある。

日頃はご主人に遠慮しながら活動に参加し

自分の趣味にお金を使うことに気兼ねをする封建村のマダムたちも

ユニフォームの新調には心浮き立つ様子だった。


迷いに迷ってかなりの日数がかかったが、どうにか決まり

次はサイズを決める試着の運びとなった。

試着の手順は、まずスポーツ店が様々なサイズの試着品をメーカーから取り寄せる。

それから何日かの期間を決めて、その期間中に各自がそれぞれ店へ行き

実際に着てみて自分にぴったりのサイズを注文するのだ。


とはいえ弱小チームの人数は10人、さほどの大作業ではない。

試着は順調に進み、3日間の期限を待たずしてほぼ全員の注文が決まった…

と思ったら、一人だけ試着に行ってない人がいた。

チームのボス的存在、当時40代後半だか50代だかのYさんである。

彼女は封建村で、ご主人と共によろず屋的ひなびた系の店舗を経営するかたわら

車に商品を積んで山奥や離島へ行商に出かけるのを生業としていた。


チームには彼女より年上の人もいたが、私を騙したUさん同様

先祖代々、現金を扱う商売をしているため、封建村マダムたちに尊重されていた。

この人もUさんと同じく、いかにも商売人の奥さん風のチャキチャキした人だ。

しかしUさんのように軽々しい所は無く

見た目が太めなのとズケズケものを言う所が、まさに地域のドンという感じ。


彼女に睨まれると封建村で生きていけないというのは

複数のチームメイトから、折に触れて遠回しに聞かされていた。

閉鎖的な村で唯一、人が出入りする彼女の店は

噂の発信元という役割も担っており、皆はそれを恐れている様子だ。


しかし彼女らが最も恐れていたのは、Yさんの車のことだと思われた。

チームには年配者が多いというのもあって、運転免許を持たない人が4人いて

いつもYさんが運転する行商用のライトバンに乗り合わせ

5人で試合や練習に来るのが習慣だった。

このように世話好きで親切なYさんだからこそ

彼女の機嫌を損ねて、車に乗せてもらえなくなったら困る…

それが本音のようで、4人は常にYさんの機嫌をうかがい、迎合していた。


村の住人でない私の目には、そんな4人の態度が卑屈に映ったが

練習のある夜間、町外れの村から徒歩や自転車で来るわけにもいかないので

仕方がないと思っていた。

そして私はYさんと、言いたいことを言い合って仲良くやっていた…

そう思っていたのは自分だけだったのかもしれない。


Yさんが試着をしないため、ユニフォームの新調は中断した。

スポーツ店には待って欲しいと頼み、ジリジリして待つ。

合間で彼女に電話をしてみるが、いつもご主人が出て留守だと言う。

居留守だと思った。


次の練習日、Yさんが来なければ家に行くつもりだったが

意外にも彼女が来たので、私は言った。

「Yさん、試着に行ってくださいね」

しかし彼女は、聞こえないふりをした。

「明日、行ってくださいね」

私はもう一度言った。

が、Yさんは黙ったまま帰り支度を始め、彼女の車に乗る人たちもそそくさとそれに続く。

つまり10人の参加者のうち、半分の5人が帰ってしまい

体育館には自分の車やバイクで来ている残りの4人と私が残された。


この4人、チームの中では若手の部類だ。

村の外で働いているため、自力の移動手段を持っているので

Yさんとは少し距離がある。

私は彼女らに、Yさんが試着に行かない真相をたずねた。

口ごもりながら、そして自分たちがしゃべったことは絶対に秘密と言いながら

聞いた答えは思いもよらないものだ。

「Yさんは、新しいユニフォームを自分の店で買って欲しいのよ…」


だって、よろず屋だよ?

苗や種と一緒に、畑でかぶる帽子や衣類も置いてあるとはいえ

スポーツメーカーのユニフォームまで扱えるのか?

その疑問をぶつけると、さらに驚愕する回答が…。

「Yさんは、揃いのTシャツでいいと言ってるのよ。

Tシャツなら、自分の店で仕入れられるから…」

越後屋か!


市内のあらゆるスポーツチームはことごとく

例のスポーツ店でユニフォームを作るのが慣例。

特にバレーボールは年に一度、その店の名前を付けた“〇〇杯”という大会を開催していて

参加賞を始め、3位までのチームにはボールなどの賞品を提供してくれている。

いわばスポンサーなんだから、その店でユニフォームを作るのは常識中の常識だ。


わずかな儲けにこだわり、試着に行かないという実力行使で

スポンサーに迷惑をかけるなんて最低じゃないか…

こんなことをやらかすチームに在籍しているのを恥じると同時に

絶対Yさんの思い通りにしないと誓いつつ、さらにたずねた。

「じゃあ、背番号はどうするの?」

背番号が無ければ試合には出られない。

スポーツ店でメーカーに注文すればサービスで付けてくれるが

ただのTシャツだと、そうはいかんじゃないか。


「番号のアップリケを買って、自分で付けたらいいと…」

脱力。

「私たちも最初は新しいユニフォームに浮かれてたけど

Yさんがウンと言わないと…ねえ…」

「新しいのを作る話が出るたびに、YさんがTシャツのことを言い出すから

いつも立ち消えになっていたのよ」

「Tシャツはちょっとねぇ…」

「Yさんはみりこんさんを可愛がってるから

今度はうまく行くんじゃないかと思ったんだけど…」


顔を見合わせてうなづき合う4人に、私は最後の疑問をぶつけた。

「じゃあ、今のユニフォームはどうして作れたの?Yさんは反対しなかったの?」

その答えは、最も納得のいくものであった。

「あれを作った頃、私たちもいなかったけど、Yさんもまだチームに入ってなかったらしいわ」

その日はたまたま監督が来てなかったので、練習はやめにして解散した。

《続く》
コメント (2)
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