前回の記事『奇襲』のコメント欄で、しおやさんとお話しした。
彼女の80代のお母様とお姑さんもしゃべり過ぎなんだそうで
それを“80乙女”と優しくおっしゃる。
同じ状況を“魔の80代”と呼ぶ、私の冷酷なことよ。
そしてご自身は50代になられて
相手が何を考えているか読んで最小限の言葉でやり過ごすのが
一番安全と気づかれたそうだ。
私も激しく同意。
とはいえ、しおやさんのように自ら気がついたわけではない。
身内やご近所といった80代の高齢者に囲まれて暮らすうち
ようやく沈黙の大切さを学んだ。
あの人たちのおしゃべりを聞いていて、何やらメカニズムめいたものを体感し
年を取って人に迷惑をかけるのは、なにもシモの世話ばかりではないと知ったからだ。
そのメカニズムの第一は、加齢による理性の欠如。
第二は、しゃべらないことで陥りやすい鬱状態を回避するための自衛本能。
長くて面白くない話は、これら脳の作用によるものではないかと思う。
この基本作用に暇が加算されたら、もう手がつけられない。
理性が薄らいでいるので、相手の都合を考えることなく
誰かれ構わずつかまえては鬱回避の自衛本能を全開させる。
それだけなら、まだマシなほう。
さらに加齢が進むと、自分の歩んできた人生を周囲に知らしめたい欲求の強まる人が出てくる。
80代って、人生の総決算をしたくなるお年頃なのかもしれないが
なにしろ長い人生なので、話もより長くなる。
そして多くの場合、その内容は独りよがりである。
理性が希薄になって客観視が難しくなるため
自分から見た一方的な見解しか話さないので、あんまり面白くない。
話が長いから避けられて孤独になり、孤独だから話が長くなる悪循環。
やがて自分もああなると、覚悟はしている。
できればその前にお迎えが来て欲しいところだ。
しかしそうなる前に沈黙の美徳を身につけ
来たるべき魔の年代に備えたいと願う今日この頃である。
で、このおしゃべりのメカニズム。
女性特有のものではなく、男性にも見受けられる。
近所に80代半ばの爺さんがいて、時々入院する時以外は週2のペースで来る。
話が長いのは前からだが、近頃は言葉が出にくくなって
う〜…え〜と〜…なに〜…あの〜…ばっかりだ。
話そのものより、次の言葉を思い出すまで一時停止する時間の方が何倍も長い。
辛抱強く待ったところで、聞き飽きた昔自慢と家族自慢のリピートなのが残念なところよ。
また、義母ヨシコが昔やっていた社交ダンスの仲間、85才の平井氏もあなどれない。
去年、寝たきりだった奥さんを見送って以降
週3のペースで門の前にチャリを乗り付けて長話をするようになった。
ヨシコは一つ年下の彼を憎からず思う一方、ダラダラと長い話にはウンザリしている。
だからあんまり長い時は、ヨシコに電話がかかったふりをして強制終了させるのだ。
どちらの御仁も、暑かろうと寒かろうとおかまいなし。
もはや暴力に等しい。
90代になったら体力が衰えてペースが落ちるのではないかと、淡い期待を持っている。
ところで話は飛ぶようだが、義母ヨシコに腹違いの妹がいることは、過去に何度かお話しした。
その人、ミエちゃんは71才。
この姉妹は別々に育ったこともあって
親しい中にも、どことなくよそよそしい屈折した関係だ。
そのミエちゃん、おととし旦那が病死して以来
週に一、二回のペースでうちへ来るようになり、ヨシコも歓迎している。
お互い伴侶に先立たれて、姉妹の共感が強まったのだろう。
一人になると食事を作らなくて済むよう立ち回る人がいるもので、彼女もそのタイプ。
昼どき、あるいは夕方を狙って訪れる確信犯だ。
うちは毎食、大量に作るので構わないが
この人は昔から、何かと我が家を揉ませるのが好き。
私の発言を両親にねじ曲げて伝えられては、よく怒られたものだ。
美人で物言いが柔らかいので、人は油断するが、そういうシンネリしたところがある。
その性分は現在も継続中。
あえて飯どきにやって来ながら
「みりこんちゃんに迷惑かけるから、来にくいわぁ…」
「みりこんちゃんは、こすずちゃんにも私と同じようにしてあげてるのかしらん?」
などと、さりげなくヨシコを刺激するのが非常にうまい。
ダイレクトに言うよりも、このように遠回しな方が人の心は波立つものだ。
ミエちゃんが帰った後のヨシコはいつも様子がおかしくなり
ツンケンしたり、引っかかったりするので面倒くさい。
これが私のよく言う、血の作用。
お互いに甘えが出たり、強気になって結束したりで
無意識に血の繋がらない者を敵と想定してしまう本能である。
夫の姉カンジワ・ルイーゼの里帰りが開始されて41年
血の作用によって生じる、勝ち目のない戦いを強いられてきたが
ここにきてヨシコの妹まで参戦するようになった。
ああ、呪われし我が半生。
(ここ、笑うところよ)
ともあれ娘をはべらせ、妹まで来るようになって、ヨシコはご機嫌だ。
そんなある日…正確には先週のこと。
買い物から帰った私は玄関で、「ただいま」と言った。
が、ヨシコは電話中で、私が帰ったのに気づいてなかった。
電話の相手はミエちゃん。
この姉妹はしょっちゅう会うようになっただけでなく
頻繁に電話をするようになっていた。
ヨシコは耳が遠くなって話し声が大きいので、台所にいても聞こえる。
「きつい」、「がめつい」、「意地が悪い」なんて言ってる。
「私も我慢してるのよ」、「こすずが来てくれるから耐えられる」とも言ってる。
よく聞いたら、私のことじゃん。
しかも当たっとるし。
血を分けた肉親が相手だと、甘えてつい愚痴が出るものだ。
やんわりとたたみかけ、人の心の底に溜まった本音を引き出すのが
天才的にうまいミエちゃんにかかれば、おぼこいヨシコなんぞひとたまりもない。
やがて電話を切り、台所へ来たヨシコ。
「帰っとったん?!」
私がいるのを知って、ぶったまげていた。
が、こんなことでいちいちドンパチやっていたら同居なんかできないので
お互いに触れない。
そして何ごともなく迎えた翌朝9時半、チャイムが鳴る。
ヨシコのダンス仲間、平井の爺さんだ。
今日はえらく早いではないか。
朝ごはんが終わったヨシコは、ちょうど玄関に立っていた。
姿を見られたので、応対するしかない。
二人は門を挟んで立ち、ずっとしゃべっている。
1時間が経過したが、平井の爺さんはまだしゃべっている。
いつもなら、このあたりで電話がかかったふりをしてヨシコを呼び
強制終了する時間だ。
しかし前日のことがあるので、もう余計なことはしないと決めた。
ヨシコはパジャマのままだけど、知らんもんね。
どこまでしゃべるか、見物しようじゃないの。
…やがて3時間半が経過。
午後1時になって、ヨシコはようやく解放された。
新記録だ。
さすがに疲れた様子だが、長い立ち話に耐久できることが判明。
よく頑張った、ヨシコ。
やがて夕方になった。
ピンポ〜ン…チャイムが鳴る。
また平井の爺さんだ。
この人、やっぱりおかしいんだわ…今日を平井デーと呼ぼう。
1時間後に爺さんは帰り、家に戻ってきたヨシコ。
「また来て何の用事かと思ったら、ミエちゃんの電話番号が知りたかったみたい。
来月の大きなダンスパーティーに誘いたいらしいわ。
家の電話と携帯の番号教えたら、すぐ帰った」
ミエちゃんも社交ダンスをやっていて、平井の爺さんとはダンス仲間。
ヨシコは引退して久しいが、ミエちゃんも爺さんも現役で、二人は顔見知りなのだ。
どうやら爺さん、ミエちゃんにほの字らしい。
わかるよ…細くて綺麗なミエちゃんは、界隈のダンス界で花形。
年配の男性は皆、彼女と踊りたいはずだ。
爺さんがしょっちゅう来ていたのは、ヨシコがお目当てではなかった。
ミエちゃんがヨシコの妹だと知ったからで、それとなく電話番号を知るためだったらしい。
ダンスパーティーが近づいたので、午前中は3時間半ねばったが
聞き出せないままに終わった。
だから日が暮れて、再びトライしたのだ。
いじらしい乙女のようではないか。
今後、平井の爺さんはミエちゃんに電話をしまくるだろう。
おしゃべりがやめられない、止まらない…
かっぱえびせんのような、魔の80代に魅入られたのだ。
電話攻勢は、爺さんが墓に入るまで続くと思う。
辟易したミエちゃんの矛先は、安易に番号を教えたヨシコに向くかもよ。
知〜らんっと。
彼女の80代のお母様とお姑さんもしゃべり過ぎなんだそうで
それを“80乙女”と優しくおっしゃる。
同じ状況を“魔の80代”と呼ぶ、私の冷酷なことよ。
そしてご自身は50代になられて
相手が何を考えているか読んで最小限の言葉でやり過ごすのが
一番安全と気づかれたそうだ。
私も激しく同意。
とはいえ、しおやさんのように自ら気がついたわけではない。
身内やご近所といった80代の高齢者に囲まれて暮らすうち
ようやく沈黙の大切さを学んだ。
あの人たちのおしゃべりを聞いていて、何やらメカニズムめいたものを体感し
年を取って人に迷惑をかけるのは、なにもシモの世話ばかりではないと知ったからだ。
そのメカニズムの第一は、加齢による理性の欠如。
第二は、しゃべらないことで陥りやすい鬱状態を回避するための自衛本能。
長くて面白くない話は、これら脳の作用によるものではないかと思う。
この基本作用に暇が加算されたら、もう手がつけられない。
理性が薄らいでいるので、相手の都合を考えることなく
誰かれ構わずつかまえては鬱回避の自衛本能を全開させる。
それだけなら、まだマシなほう。
さらに加齢が進むと、自分の歩んできた人生を周囲に知らしめたい欲求の強まる人が出てくる。
80代って、人生の総決算をしたくなるお年頃なのかもしれないが
なにしろ長い人生なので、話もより長くなる。
そして多くの場合、その内容は独りよがりである。
理性が希薄になって客観視が難しくなるため
自分から見た一方的な見解しか話さないので、あんまり面白くない。
話が長いから避けられて孤独になり、孤独だから話が長くなる悪循環。
やがて自分もああなると、覚悟はしている。
できればその前にお迎えが来て欲しいところだ。
しかしそうなる前に沈黙の美徳を身につけ
来たるべき魔の年代に備えたいと願う今日この頃である。
で、このおしゃべりのメカニズム。
女性特有のものではなく、男性にも見受けられる。
近所に80代半ばの爺さんがいて、時々入院する時以外は週2のペースで来る。
話が長いのは前からだが、近頃は言葉が出にくくなって
う〜…え〜と〜…なに〜…あの〜…ばっかりだ。
話そのものより、次の言葉を思い出すまで一時停止する時間の方が何倍も長い。
辛抱強く待ったところで、聞き飽きた昔自慢と家族自慢のリピートなのが残念なところよ。
また、義母ヨシコが昔やっていた社交ダンスの仲間、85才の平井氏もあなどれない。
去年、寝たきりだった奥さんを見送って以降
週3のペースで門の前にチャリを乗り付けて長話をするようになった。
ヨシコは一つ年下の彼を憎からず思う一方、ダラダラと長い話にはウンザリしている。
だからあんまり長い時は、ヨシコに電話がかかったふりをして強制終了させるのだ。
どちらの御仁も、暑かろうと寒かろうとおかまいなし。
もはや暴力に等しい。
90代になったら体力が衰えてペースが落ちるのではないかと、淡い期待を持っている。
ところで話は飛ぶようだが、義母ヨシコに腹違いの妹がいることは、過去に何度かお話しした。
その人、ミエちゃんは71才。
この姉妹は別々に育ったこともあって
親しい中にも、どことなくよそよそしい屈折した関係だ。
そのミエちゃん、おととし旦那が病死して以来
週に一、二回のペースでうちへ来るようになり、ヨシコも歓迎している。
お互い伴侶に先立たれて、姉妹の共感が強まったのだろう。
一人になると食事を作らなくて済むよう立ち回る人がいるもので、彼女もそのタイプ。
昼どき、あるいは夕方を狙って訪れる確信犯だ。
うちは毎食、大量に作るので構わないが
この人は昔から、何かと我が家を揉ませるのが好き。
私の発言を両親にねじ曲げて伝えられては、よく怒られたものだ。
美人で物言いが柔らかいので、人は油断するが、そういうシンネリしたところがある。
その性分は現在も継続中。
あえて飯どきにやって来ながら
「みりこんちゃんに迷惑かけるから、来にくいわぁ…」
「みりこんちゃんは、こすずちゃんにも私と同じようにしてあげてるのかしらん?」
などと、さりげなくヨシコを刺激するのが非常にうまい。
ダイレクトに言うよりも、このように遠回しな方が人の心は波立つものだ。
ミエちゃんが帰った後のヨシコはいつも様子がおかしくなり
ツンケンしたり、引っかかったりするので面倒くさい。
これが私のよく言う、血の作用。
お互いに甘えが出たり、強気になって結束したりで
無意識に血の繋がらない者を敵と想定してしまう本能である。
夫の姉カンジワ・ルイーゼの里帰りが開始されて41年
血の作用によって生じる、勝ち目のない戦いを強いられてきたが
ここにきてヨシコの妹まで参戦するようになった。
ああ、呪われし我が半生。
(ここ、笑うところよ)
ともあれ娘をはべらせ、妹まで来るようになって、ヨシコはご機嫌だ。
そんなある日…正確には先週のこと。
買い物から帰った私は玄関で、「ただいま」と言った。
が、ヨシコは電話中で、私が帰ったのに気づいてなかった。
電話の相手はミエちゃん。
この姉妹はしょっちゅう会うようになっただけでなく
頻繁に電話をするようになっていた。
ヨシコは耳が遠くなって話し声が大きいので、台所にいても聞こえる。
「きつい」、「がめつい」、「意地が悪い」なんて言ってる。
「私も我慢してるのよ」、「こすずが来てくれるから耐えられる」とも言ってる。
よく聞いたら、私のことじゃん。
しかも当たっとるし。
血を分けた肉親が相手だと、甘えてつい愚痴が出るものだ。
やんわりとたたみかけ、人の心の底に溜まった本音を引き出すのが
天才的にうまいミエちゃんにかかれば、おぼこいヨシコなんぞひとたまりもない。
やがて電話を切り、台所へ来たヨシコ。
「帰っとったん?!」
私がいるのを知って、ぶったまげていた。
が、こんなことでいちいちドンパチやっていたら同居なんかできないので
お互いに触れない。
そして何ごともなく迎えた翌朝9時半、チャイムが鳴る。
ヨシコのダンス仲間、平井の爺さんだ。
今日はえらく早いではないか。
朝ごはんが終わったヨシコは、ちょうど玄関に立っていた。
姿を見られたので、応対するしかない。
二人は門を挟んで立ち、ずっとしゃべっている。
1時間が経過したが、平井の爺さんはまだしゃべっている。
いつもなら、このあたりで電話がかかったふりをしてヨシコを呼び
強制終了する時間だ。
しかし前日のことがあるので、もう余計なことはしないと決めた。
ヨシコはパジャマのままだけど、知らんもんね。
どこまでしゃべるか、見物しようじゃないの。
…やがて3時間半が経過。
午後1時になって、ヨシコはようやく解放された。
新記録だ。
さすがに疲れた様子だが、長い立ち話に耐久できることが判明。
よく頑張った、ヨシコ。
やがて夕方になった。
ピンポ〜ン…チャイムが鳴る。
また平井の爺さんだ。
この人、やっぱりおかしいんだわ…今日を平井デーと呼ぼう。
1時間後に爺さんは帰り、家に戻ってきたヨシコ。
「また来て何の用事かと思ったら、ミエちゃんの電話番号が知りたかったみたい。
来月の大きなダンスパーティーに誘いたいらしいわ。
家の電話と携帯の番号教えたら、すぐ帰った」
ミエちゃんも社交ダンスをやっていて、平井の爺さんとはダンス仲間。
ヨシコは引退して久しいが、ミエちゃんも爺さんも現役で、二人は顔見知りなのだ。
どうやら爺さん、ミエちゃんにほの字らしい。
わかるよ…細くて綺麗なミエちゃんは、界隈のダンス界で花形。
年配の男性は皆、彼女と踊りたいはずだ。
爺さんがしょっちゅう来ていたのは、ヨシコがお目当てではなかった。
ミエちゃんがヨシコの妹だと知ったからで、それとなく電話番号を知るためだったらしい。
ダンスパーティーが近づいたので、午前中は3時間半ねばったが
聞き出せないままに終わった。
だから日が暮れて、再びトライしたのだ。
いじらしい乙女のようではないか。
今後、平井の爺さんはミエちゃんに電話をしまくるだろう。
おしゃべりがやめられない、止まらない…
かっぱえびせんのような、魔の80代に魅入られたのだ。
電話攻勢は、爺さんが墓に入るまで続くと思う。
辟易したミエちゃんの矛先は、安易に番号を教えたヨシコに向くかもよ。
知〜らんっと。