殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

おば力

2013年09月28日 16時44分42秒 | みりこんぐらし
                   “栗”

         「よくいただくので、必死で茶色を黄色にしています」





我々一家が夫の実家で寝起きするようになってから、1年半が過ぎた。

昨年3月、義母ヨシコが胃癌の手術で入院することになったのがきっかけだ。


ヨシコの入退院は、毎年の恒例行事みたいになっているので

本人も慣れており、我々も重要視する気は無かった。

一病息災…持病があって熱心に通院や検査をする者は

発見が早いので、助かる確率が高い。

死に病になったって、どうせまた復活するので

適当にやり過ごすつもりだった。


だが今回は、犬がいた。

義父アツシが入院中なので、我ら一家は飼い犬のため

実家に宿泊することになったのだった。

18年前、夫の浮気が元で子供達とトンズラした家に

あれ以来初めて泊まることとなった。


そのタイミングを待っていたかのように

経営不振が続くアツシの会社を廃業し

新しい会社を作って大手企業と合併することになった。

これら一連の作業があるうちは、郵便物や連絡の都合上

廃業主家族と起業主家族の二者が、一ヶ所に集合しているほうが便利だった。

創業半世紀、年商数億…これに踊らされ、惑わされ

過去の幻だけを見て、現実を見ようとしなかったために

すべてを失った天狗達の泣きっ面を見るのも、楽しかった。


彼らの命であり、魂であった会社。

夫の愛人を就職させ、家族はそれを知りながら

同居する嫁の私には内緒にしていた会社。

私は、会社の最期の瞬間を見てみたかった。


しかしそれ以上に、見たいものがあった。

世間や家族には、コワモテのやり手で通っているアツシが

私には、臆病な小者にしか見えなかった。

その父親をビッグと公言する姉と弟がいた。

亭主の立身出世は、自分の信仰の功徳と豪語する妻がいた。


会社が危機を迎えた時、私には見えなかったアツシの能力が

鮮やかに発揮されるのであろうか。

それともヨシコの信心で、神風…いや仏風が吹くのであろうか。

一番見物したいこの2つを待って、私はワクワクするのであった。

そして、その時はやってきた。


病床で泣きながら、宝クジを買うお爺さんがいた。

早くやめておけば良かったんだ、と逆ギレするお婆さんがいた。

しらばっくれて、逃げ回る娘さんがいた。

あとは親の不始末にケリをつけようと、無い頭で迷走する息子さんと

物見高いばっかりに逃げそびれた嫁さんがいるだけだった。

楽しみにしていた瞬間は、案外ショボかった。


幻が消えた後は、現実が待っている。

現実界では、私のほうが先輩である。

屈辱、後悔、絶望…彼らにとっては、初めて味わう恐怖の熟語でも

私にとっては、夫の浮気で慣れ親しんだ戦友みたいなもんだ。


私は戦友との長いつきあいの末、ある特殊能力を身に付けていた。

その能力を“おば力(りょく)”という。

おば力は、誰でも手にすることができる。


恥を恥とも思わぬ力

後悔を思い出に変える力

絶望は夜明けのきざしと思い込む力

年月を経て、厚かましいオバサンとなったあかつきに

晴れてこれらの能力を手にした私であった。


現実界のニューフェイス達はまだ不器用で、見ていられない。

つい手を出し口を出しているうち、面白くなって抜けられなくなった。

今じゃ先輩ぶって道案内をしているつもりなんだから

私も相当おめでたいではないか。


合間でヨシコが脳梗塞になって、また入院したり

アツシの病状が悪化したりで

自宅へ帰るチャンスを失い続けている我々である。

現在はアツシの死亡待ちといった形で、やはり実家待機中だ。


会社のことも、親のことも、誰からも頼まれていない。

私が手を出しただけである。


手を出さずにはいられない状況に持って行き

あらたまって頼まずに意を遂げる…彼らの特技だ。

結果が不満な場合「頭を下げて頼んだわけではない」と逆ギレできるからだ。

私は過去、何百回とこのワナにはまっては砂を噛んだはずだが

まだ懲りてないといえよう。


だが反面、廃業、起業、合併を同時進行させるために

あえて介護という名のジョーカーを手放さなかったともいえる。

“舅と姑を介護中”

このプロフィールに寄せられる同情票は、どんな履歴よりも有効だった。

これが無ければ、人がどこまで手を添えて助けてくれたか

はなはだ疑問である。

両親も私を必要としていただろうが、私もまた、両親が必要だったのだ。


老人は、はっきり言うが面倒臭い。

億の負債を我らに丸投げしたのは気にならず

洗濯した靴下が片方無いのは大問題。

消滅した会社のロゴ入りタオルをいまだに病院の枕元にぶら下げ

まだ幻を見ようとする彼らに、チッと舌打ちしたくなる時もある。

だが、“病気の老人”という無敵の肩書きで

いい仕事をしてくれたのは確かだ。

今後も大いに利用する所存である。
コメント (11)
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