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殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

現場はいま…転換期編・5

2023年06月19日 08時51分17秒 | シリーズ・現場はいま…
退職する松木氏の後任が決まる時を、まんじりともせずに我々は待った。

次に来る人物によって、自分たちの進退を決めようと考えていたからだ。

松木氏や藤村のような社会人不適格者はもう、こりごり…

この思いは強い。


とはいえ、彼らばかりが悪いのではない。

我々にも非はある。

松木氏にも藤村にも、初対面から礼儀正しく友好的…

つまり、新人を迎え入れる際に取るべき普通の態度で接した。

その対応が彼らを勘違いさせたのは、大きな失敗である。

こちらの謙りに気づかず

彼らは自分の方が偉いと思い込んで増長を続け

あげくは夫を追い出して、自分が成り代わろうと画策した。


人によっては、きつい言葉でビシバシと

牛馬のごとく接するのがふさわしい者もいる…

それを学んだ我々は、次もどうせロクでもないヤツが来るだろうから

“無愛想”、“無関心”、“冷淡”に徹して様子を見よう…

悪と判断したら容赦なく叩き、恐怖で支配しよう…

そう決めていた。


この手は私が義父にさんざんやられてきたので

人には絶対にしたくないし、家族にもさせたくないが仕方がない。

それが嫌になったら、あるいはその態度が問題になったら

かまうことはない、一家で退職だ。

とにかく変なヤツが来て、こりゃダメだと思ったらさっさと辞める。


その一方で息子たちは、藤村の復帰を案じていた。

「あいつが来て俺らが辞めるというのは、悔しい」

と言うのだ。


しかし我々夫婦は、その線は無いと確信している。

自身が入社させた女性運転手にハラスメントで訴えられ

傷病手当や慰謝料といった賠償が完全に終わったのが、今年に入ってからだ。

まだ日が浅いのに戻らせたら、労基を欺いたと受け止められ

見せしめに本社が叩かれるだろうから、藤村の路線は無い。

それに小心者の彼は、長男をひどく恐れているので

万が一、任命されても拒否すると思う。


次に予想される人物は、藤村の子分だった30代後半の黒石。

藤村が居る時は、彼の後継者気取りでうちに入り浸り

こっそり3トンダンプの練習までしていた。

言わば、うちのことを多少知っているのがセールスポイント。

おべっか使いを優遇し、見当違いの野心をやる気とみなす

本社の性質を鑑みた場合、全くあり得ない人事ではない。

もしも彼が来た場合、若いのとアホなので扱いやすいだろうから

最初に叩くビシバシ路線の対応と決めた。


他に考えられるのは、ダイちゃんだ。

しかしこれは、私だけの予測。

これを言うと、家族は鼻で笑った。

事務畑のダイちゃんをわざわざ営業部に移動させて

こっちへ配属させるよう手間をかけるわけがない…

彼もよくわかっているはずだから、それだけはあり得ない…

などと口を揃えて言う。


けれども私は以前から、彼の奥底に揺らめく野心の炎を感じていた。

夫と息子たちがいくら否定しても、この感触は消えない。


彼は次期取締役のはずが、宗教の勧誘が原因で

肩書き無しの一般社員に格下げされ

ほぼ同時期に厚生年金の受給が始まったため、今は嘱託社員の身の上だ。

肩書き無しの一般社員が嘱託社員になると、定年は65才。

それが本社の規定で、私と同い年の彼は

あと2年しか勤められない計算になる。


もちろん特例もあるし、取締役の胸先三寸でどうにでもなる規定だ。

現に、夫より一つ年上の松木氏がそうだった。

うちで役に立たなかった彼は県東部の生コン工場へ

工場長の肩書きで配属されたが、そこで62才を迎え

肩書きはそのままに嘱託社員として定年を待つはずだった。


しかし64才の時、藤村がハラスメントの不祥事を起こしたお陰で

彼の人生は一変した。

営業所長だった藤村の交代要員として

うちの仕事を少しは知っている松木氏を呼び戻すことになったが

労基との兼ね合いで、松木氏を藤村より上の立場にする必要にかられたのだ。


当時は訴えを起こした神田さんを職場復帰させる前提で

労基の指導のもと、和解を進めていた。

その指導によれば、悪質なハラスメントが発生した職場なんだから

責任ある立場の人間を配属して監視させるという

労基の出した条件を満たさなければならない。


しかし本社の責任ある立場の人たちは

遠い上に厄介な問題の起きたうちへなんぞ、来たくない。

そうだ、松木氏をそういう人間に仕立てれば早い…

この合理的な考えから、彼を正社員に戻し

藤村より一つ上の本社付き次長の肩書きを付けて

松木氏をうちへ配属した。


本社付き次長になれば、65才定年の縛りは消え

退職時期はあって無いようなものとなる。

そんなラッキーボーイの松木氏が、それからわずか1年

病気で退職を余儀なくされたのはさておさ

この前例にダイちゃんが燃えないわけがない。

彼としては定年が近づいた今

松木氏と同じ、この先も勤続できる肩書きが欲しいはず。


だって彼の所属する教団は、毎月の寄付がたくさんいる。

退職して年金生活になると、寄付金の額や回数が

今までと同じというわけにはいかない。

すると会社だけでなく教団からも、泡沫信者として窓際に追いやられる。

この屈辱をできるだけ先延ばしにしたい気持ちが強いのは

絶対に間違いない。


しかも彼は、松木氏も藤村もできなかった事務ができる。

事務のできる営業所長になれば、事務員を雇わなくていいので

人件費節約を主張できる。

事務と回し者の二刀流を上層部にアピールして認められたら

嘱託社員から正社員へのカムバックと昇進は

まんざら夢物語ではなくなるのだ。


彼はまだ、諦めてはいない…

だから私はここ何年も、ずっとそう思っている。

宗教にハマる人間は、神仏が希望を叶えてくれると信じているので

身の程を知らないものなのだ…

そんな私の主張をせせら笑う家族だった。



そして先日、また河野常務が来ることになった。

後任を伝えるためなのはわかっているので、夫はソワソワしていた。

変なのが来たら辞めると家族で決めはしたが

ノゾミをほっといて自分がいなくなるのは

気が引けるというところだろう。


結果、松木氏の後任は予想外の人物だった。

うちより少し前に本社と合併した、島しょ部の生コン工場がある。

本社の前身と同じ生コン会社なので、仕事の内容がわかっているのと

へんぴな島であること、規模が小さいなどの理由から

松木氏や藤村のような回し者は送られず、のどかに営業している所だ。

そこに長く勤め、今は工場長をしている板野さんという62才の男性が

うちを担当することになった。


彼は本土に用がある時、たまにうちへ寄るので

我々家族は彼と面識があった。

穏やかで、おっとりした人だ。

彼は工場を自営していたわけではなく、勤続の長い社員だが

合併の悲哀は味わっているため、夫と通じ合うものがあった。

今まで通り、島の工場を管理しながら

週に3回、午前中にこちらへ来るという。

普通を欲していた我々は、この人事を歓迎した。

《続く》
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現場はいま…転換期編・4

2023年06月16日 11時01分15秒 | シリーズ・現場はいま…
ノゾミが社用車を使い始めたことにより、彼女に対する夫の熱量は見て取れた。

かなりの低体温。

のぼせていれば、あの車に乗るのは絶対に止める。

ダイちゃんにはノゾミに社用車を使わせる権限があろうが

社内のことなので、夫にもそれを止める権限ぐらいはある。


時速70キロの普通車がノーブレーキで右運転席に突っ込み

その衝撃で段差のある歩道へ飛ばされた軽自動車のダメージは大きい。

メチャクチャになった現物を見れば、そして車に関する仕事をしていれば

どんなに修理をしたって元通りにならないのはわかる。


修理には1ヶ月かかり、直って来たらドアが開かなかったため

車を届けに来た修理工場の人は外へ出られず

そのまま修理工場へ逆戻りした。

さらに何週間か経って車は戻って来たが

それ以来、誰もが遠巻きにして、乗ることはなかった。

そんな恐怖の車をノゾミに使わせて平気とは、ひどいではないか。


まあ、自分は人と違って特別だと思い込んでいるのが

不倫者というものよ。

一方、特別という見地では、この車の特別ぶりも負けてはいまいから

特別なノゾミにふさわしい、“スペシャル・カー”ということにしておこう。


もっとも夫が完全にぞっこんなら

ノゾミが昼食を摂りに自宅へ帰ることは無いので

スペシャル・カーを使うことも無い。

夫はガソリン代を惜しむ彼女を連れ、町で外食するに決まっているからだ。


亭主持ちで、よその旦那の愛人を営業しつつ

そのかたわら夫に遠征中というノゾミの立場を考えた場合

二人で昼どきの食堂なんかへ行くと目立つ。

淫靡な雰囲気というのは、それと知らない人にも伝わるため

亭主や彼氏の耳に入る恐れがあり、冷静に考えれば都合が悪いかもしれない。

しかしそれ以上に、愛人はタダメシが大好きな生き物だ。

タダメシを前にしたら、自分を抑えられない悲しいサガがある。

噂も発覚もなんのその、誘われたら這ってでも行くのは間違いない。


30年近く前の古い話なので、前例として活用できるかは疑問だが

未亡人イク子を会社に入れた時は、毎日連れ立って外食していた。

夫からの福祉サービスの一環だが

のぼせたら片時も離れたくないのが夫の習性でもある。

当時はヤクザの情婦を営業中だったイク子も

うるさい彼氏にバレるのを気にせず、当然のように同行したものだ。


昔、記事にしたが、イク子が入社したことも

二人で外食していることも知らなかった私は

毎朝、夫の弁当を作っていたものだ。

夫はそれを夜、庭で飼っていた雑種犬のポッケに与えていた。

ポッケの食欲が減退したのと

弁当箱のフチが犬の歯でガタガタになっていたのとで

ようやく夫が弁当を食べてないことがわかったのだが

この時は最高に腹が立った。

私は朝の弁当作りが苦手だからである。

愛人と外食するなら、「弁当はいらない」と早く言って欲しかったぞ。


ともあれ夫は依然として毎日、昼には家に帰って来る。

若かったあの頃ほどの情熱は、無いと言っていいだろう。

だからといってどうということもないが

体温が低いということは、燃え上がって駆け落ちとか

嫉妬にかられて嫌がらせなどの“祭”が開催されないまま

静かに自然消滅のコースを辿るという

ここ10年ばかり繰り返してきた地味路線に落ち着くと思われる。

祭が無いとなると何やら残念な気もするが、高齢者だから仕方がない。


そんなある日、正確には先週

本社から河野常務が来ることになった。

前日、夫にかかってきた電話によると、何か重大な発表があるらしい。


当日の朝、常務が会社に到着すると、続いて松木氏も会社に来た。

彼が入院中だと認識していた夫は一瞬

「やっぱり転移は嘘だったのか」

と思ったそうだ。

が、松木氏の衰弱ぶりは圧巻で

能天気な夫もさすがに尋常でない雰囲気を感じ

重大発表とは、松木氏の進退に関わることだと直感した。


常務、松木氏、夫の3人が事務所に揃うと、常務は厳かに発表。

「松木が退職することになった」

聞いていた通り、ステージ4の肺癌と肝臓への転移だった。


今は一時的に退院しており、来月からまた

抗がん剤治療のために長期入院に入るという。

常務の計らいで、しばらくは会社に籍を置いたまま傷病手当をもらい

それが切れた時点で退職の運びになるという話だ。


「父さん、本当にお疲れ様でした」

夫から松木氏退職の報告を聞いた私は、心からねぎらったものである。

あの男の嘘と芝居に翻弄された12年は、我々にとって長かった。

彼が無くした重要な郵便物も、彼がしでかした重大なミスも

あっけに取られるような嘘と芝居によって、全て夫のせいにされてきた。

去年の夏、よそに届けるお中元を夫が開封するように仕向けて

泥棒扱いしたことや、次男の素行をねつ造して

本社に提出する告発文を作成したことなど

彼の悪事の数々は、到底忘れられるものではない。


病気がそうさせた…という考え方もあるかもしれないが

それは否定する。

知らない国の言語で寝言を言わないのと同じく

元々、本人の持つ素地がなければ、あのようなことはできない。

世にも稀なる醜い心を持った男と、ようやくおさらばできるのだ。

爽やかな風が吹いたような清々しさを感じた。


思い返せば、無実の罪を着せられて悔しがる夫や憤慨する息子たちに

私は何度言い聞かせたか知れない。

「必ず報いがある。

嘘をついて人を陥れる人間が最後にどうなるか

あんたたち、よ〜く見ておくのよ!」

もちろん、腹立ち紛れの憎まれ口だ。


そして12年の歳月を経て

それなりの結果が訪れたとも思える事態になった。

この分では、いつもここで人の悪口を言ってる私なんて

どれほど苦しんで死ぬかわからんぞ。

くわばら、くわばら。

元気なうちに、もっと言っておこう。


とは言っても松木氏のことだ。

傷病手当をもらって休んでいるうちに病気が良くなり

華麗なる復活を遂げる恐れもあるため、手放しで安堵するわけにはいかない。

なにしろ出勤したら寝ていればいいのだから、重病人でも続けられる。

病気ということで、本社も大目に見るだろう。

最後まで油断すまい…

我々はそう戒め合いながらも、つい笑顔がこぼれてしまう一日であった。


ともあれ松木氏がいなくなると、後任が気になるところ。

本社の措置について、たいていのことは

「どうにでもしてくれ」という諦めのスタンスでいる我々だが

この後任問題だけは、そうはいかない。

また松木氏や藤村のような、とんでもクラスはもうこりごりだ。

本社の回し者として、うちのお目付け役に就任するのは誰か…

我々の興味は、この一点に集中していた。

《続く》
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現場はいま…転換期編・3

2023年06月14日 09時27分02秒 | シリーズ・現場はいま…
松木氏不在の事務所で

楽しい時間を過ごしているらしき夫と事務員ノゾミ。

通常、妻としては居ても立っても居られない心境ではないのか…

そう思われるかもしれないが、慣れというのは恐ろしいもので、平気だ。


太古の昔、未亡人イク子が運転手として入り込んだのを知った時は

初めてだったので確かに凹んだ。

「そこまでするのか?!本当に血の流れる人間なのか?!」

人並みに驚き、おめおめと女の言いなりになる夫に絶望し

私を追い出して妻になろうとする彼女の欲望に寒気をもよおしたものである。


その後も、会社へはまだ入り込んでいないものの

やがては妻に、引いては夫の共同経営者に就任するつもり満々の女たちが

何人も通り過ぎて行った。

しかし会社が危なくなり、同時に親が病気で手がかかるようになると

そのような野心を持って私に挑んでくる女たちはパタリと出現しなくなった。

貧乏と介護は、愛人のお好みではないらしい。


他人の旦那と会社が欲しいなら、ついでに親も付けるから持って行けよ。

私と違って彼女らは

根性とハングリー精神で不可能を可能にする稀有な人材…

マジでそう思っていたというのに、不甲斐ない。


彼女らの不甲斐なさは、それだけではなかった。

自分の存在を妻に知らしめたいのは不倫者の習性なのか

最初のうちは自己アピールに余念が無い。

夫が常に身につけるキーケースや名刺入れをプレゼントしたりな。

財布は高いので、くれん。

安価で買いやすいキーケースか名刺入れと決まっている。


もっと貧民になると、車にハンカチやマスコット人形など

しょうもない物を置き忘れる。

免許証や鍵など、忘れたら困る物は絶対に忘れない。

人数をこなすうちにわかってくるが

これらのアピール行為は、妻へのささやかな挑戦状なのだ。


彼女らは夫との仲が親密になって行くにつれ、将来設計が確立して行く。

自分が幸せになるためには、妻が邪魔。

そこで妻への嫉妬心が湧いてくるものらしい。


嫉妬するのはこっちのはずだが、すでに男が自分の物だと錯覚しているため

すんなり別れない妻が憎くてしょうがない。

そのため、これでもか!という思いで、わりと大胆な行動に出る。

曇った車のガラスに自分の下の名前を指で書き残したり

差出人の無い手紙を送りつけたり、家に無言電話をかけて

家族に嫌がらせをするようになるのだ。

これで家庭紛争となり、キレた妻が出て行けばしめたもの。


しかしそんなことをしていると、身バレするのは時間の問題だ。

やがて夫の相手が自分だとバレた途端、今度は急に大人しくなって

妻をまるで怪物か幽霊のように恐れおののく。

だって、身元がバレると慰謝料に繋がるじゃんか。

得をしようと不倫しているのに、金を取られたのでは元も子もない。


逃げ出す者はこの時点で逃げるが

まだ欲望の炎が燃え尽きてない者は途端に大人しくなって、こう言い出す。

「夫婦の問題なんだから、夫婦で話し合って。

私は良い結果を待ってます」

こうして男に丸投げした以降は、沈黙を守るという不甲斐なさを発揮するものだ。


丸投げされた男が、使命をはたすもんかい。

何事もきちんとできないから、浮気に走るのだ。

女に叱咤激励されて最初は燃えても、だんだん飽きてどうでもよくなり

男の能力以上のことを望んでうるさく言って来る女がうとましくなる。


こんなにガミガミ言うんなら、うちの女房と同じじゃないか…

ということで、そのうち自然消滅して終了。

み〜んな、これだよ。

同じパターン。


愛人とは、他人の土俵で幸せになりたい弱い人たちだと知った。

なんだ…夫と女を一瞬でも笑顔にさせたくない一心で離婚に応じない私より

ずっと根性無しじゃないか。

一生付いて行くとか、言ってたじゃん。

海の見えるお家であなたと暮らしたいとか、手紙に書いてたじゃん。

見ててやるから、やってみろよ。

もっともあのままだったら、会社は潰れてホームレスだろうけどよ。


とまあ、必要の無い体験だけは豊富な私。

それらがメンタルを鋼鉄に鍛えたのはさておき

このような愛人騒ぎよりも、老人騒ぎの方が何倍も大変だった。

愛人VS老人だと、絶対に老人の方が厄介。

だからたいていのことは、「老人よりマシ」で済ませられる。

ましてや夫との結婚を望まず、会社も欲しがらず

本当の彼氏のために愛人芝居をしているノゾミなんて、まだ可愛いものだ。

しょせん芝居なんだから

少なくとも我々家族に何か仕掛けるような情熱は無いと踏んでいる。


そのノゾミさん、元経理部長のダイちゃんに取り入って

最近、社用車をゲット。

ダイちゃんは彼女に事務の指導をするため、時々本社から来ているのだ。

ノゾミが思わせぶりな態度を取るので、こちらに来るのが楽しいらしい。


またダイちゃんが来るようになって、嫌じゃないのかって?

いいえ、あんまり。

ダイちゃんの相手をするのはノゾミ。

彼が信仰する宗教に誘われるのもノゾミ。

入信したらええんじゃ。

彼女がいれば、夫や社員は安全である。


あ、社用車?

1月に夫と義母ヨシコが交通事故に遭った、あの軽自動車よ。


宗教に入らなかった報復で、夫の社用車を軽に変えたダイちゃんだったが

軽の恐ろしさを知った夫は事故後、自分の車で通勤するようになったので

社用車関連の雑用を担当する彼は、その始末に困っていた。

問題の軽を引き取ってくれる支社を募集したが

事故車であることはすでに知れ渡っており、使うと名乗り出る者は皆無。


車は会社の駐車場に放置されたまま、数ヶ月が経過した。

本社はどんな車でも、使用しないで放置することを忌み嫌う。

「車を遊ばせる」という行為は、御法度なのだ。

ダイちゃんは夫に再三、使うように言ったが、夫はガンとして応じない。

このままでは上層部から厳しく追求されてしまうので、彼は明らかに焦っていた。


その軽に目をつけたノゾミが、乗りたいと言い出す。

彼女は昼食の時、会社からほど近い自宅に帰るが

その往復に、社用車を使いたいと申し出たのだ。

自分の車を使うのはガソリン代がもったいないという

身勝手な理由からだが、ダイちゃんにとっては渡りに船。

すんなり許可され、ノゾミは例の軽を使うようになった。


これも実は、松木氏不在の賜物。

彼が事務所に居たら、ダイちゃんは許可に躊躇しただろう。

日頃からダイちゃんと牽制し合っている松木氏が尾ひれをつけて

本社に何を言いつけるかわからないからだ。

ノゾミによろめいて社用車を与えた…なんてチクられたら身の破滅。

松木氏のいない日常は、夫とノゾミの蜜月だけでなく

ダイちゃんの独断をも促進した次第である。


とはいえこの軽、廃車案件を無理に組み立て直したホビー作品。

事故車というのは夫が話していると思うが、ノゾミは当時のダメージを知らない。

走っている途中でバラバラになっても、知らんもんね。

《続く》
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現場はいま…転換期編・2

2023年06月12日 13時00分00秒 | シリーズ・現場はいま…
事務員ノゾミの夢は教師。

そのために毎年、公務員試験を受けては落ち続けている。

もちろん来年度の採用試験も受ける予定。

合格したら、ここを辞めると周囲に宣言している。

ダブル不倫の相手のために、他社の旦那を誘惑して

スパイ役を買って出るような女が

はたして青少年を導くに相応しいかどうかは神の采配に委ねるしか無いだろう。


さてここからは、私の大サービス。

珍品が手に入ったので、ご紹介しよう。

悪趣味と思われるかもしれないが、これが現実というものである。


今さら腹が立つわけでもなし、沈黙する選択もあった。

私はもう、二人の幼な児を抱えて明日の暮らしに怯えながら

夫と女の一挙一動に心を傷める若い母親ではない。

この道40年のベテランだ。

伴侶と愛人の所業を人に訴えて気を晴らすような

ヤワな神経は持ち合わせていない。

アレらが果てしないアホだとわかってからは

むしろ彼らが持って生まれた不治の病に同情すらしている。


実際にこの10数年、口に出すことなく握り潰したあれこれもある。

カッカきていたのはせいぜい最初の数人まで…

相手の数が二桁になると、本当にどうでもよくなるのだ。

が、たまには刺激的な内容も良かろうというサービス精神から

お目にかけることにした。

これよ。




多くの人には、「何のこっちゃ?」だと思う。

これは、学校ごっこの痕跡。

教師に憧れるノゾミは、夫が書いた“設備”という文字の

“備”が間違っていると指摘し、自分がお手本を書いて夫に練習させた。

そしてちゃんとできたということで

ノゾミが赤い花丸と「good」を与えてやったのだった。


昔、長男の副担任だった愛人ジュン子も、同じようなことをやっていた。

あの子は花丸の下に、「believe yourself」などと書いていたが

何だか懐かしい。

ノゾミが夫に教えた“備”の字が正解か否かはともかく

二人で過ごす時間の増えたアレらは、こういう遊びを楽しんでいるのだ。

私も備を書いて提出したら、花丸がいただけるかしらん。


色の世界から遠い、言うなれば恵まれた人々は

これを見てもピンと来ないと思う。

家裁に提出しても証拠物件にならないので慰謝料が取れない

ただの落書きである。

女のタバコの吸い殻やジュースの空き缶と同じく

いたってしょうもない物体。


しかし一度でも伴侶の色の洗礼を受けた人には、わかるはずだ。

でへへ、と鼻の下を伸ばして一生懸命、お手本通りに書く相方…

それをしたり顔で見守る女…

その時の情景が、妻の脳裏に広がる。

そして、妻の直感したイメージに狂いは無い。


これは、嫉妬と似て非なる感情だ。

我が子が不良と親しくなったら、親はどんな気持ちか。

当然、先が心配になって不安を覚えるだろう。

親は、家庭に心配や不安を持ち込んだ不良を憎み嫌う。

悪いのは、不良にシッポを振って付き歩く我が子とわかっているけど

不良さえ目の前に現れてくれさえしなければ…

親ならばそう思う。

その気持ちと同じである。


とはいえ私は、その「先」を何度も見ている。

その先は、飽きられて捨てられるだけ。

不倫の主導権は、たいてい女にある。

男はアホだから、何もかも自分次第と勘違いしているが、実は逆。

「この男から獲れる物は、もう何も無い」

女がそう判断したら、不倫はたちどころに終わるものだ。

そしてアレらは、今だに普通の社会人としてシャバにいる。

ということは、概ね大丈夫。

だから何とも思わない。


親しさを友情と呼ぶ不良も、恋と呼ぶ愛人も、中身は同じさ。

女はヤカン、男は土瓶。

女が冷めるスピードと、男が冷めるスピードは異なる。

その異なりに大きな差があり過ぎると

刃傷沙汰やストーカーなどの事件が起きる。

人はそれを不幸な出会いと呼ぶが、うちの夫の場合

そのような事態にはならなかったので

どれも幸せな出会いだったのだろうよ。


ところで、これを何で私が持っているか。

この紙の裏には、商品の数量を走り書きした夫のメモがある。

私は仕事上、そのメモが必要だ。

夫は、裏に何が書いてあるのかを忘れて私に渡した。

だから手元にある。


こういうことをする男女が、いかにおバカさんか。

皆様には、それを認識してもらいたい。

何か書いたら残ってしまう…

それが第三者の手に渡る…

結果、人目に触れて笑われる…

そういう予測ができない者が、不倫なんかするのだ。


この先、周囲の誰かの相談に乗ったり

あるいはご自身が、そのような目に遭うことがあるかもしれない。

その誰かに、あるいは自分に言ってあげて欲しい。

「バカだから大丈夫、やらかすことはみんな同じ。

たかが知れてるから恐れるに値しない」と。


私は夫のマズい字はもとより

花丸を付けてもらって喜ぶガキっぽさをさらすのは恥と思っているし

勉強のできるバカというのは、彼女が初めてではないので

親ほど年配の上司に向かって嬉しげに花丸を付ける

ノゾミの頭にも苦笑している。

本人たちは大真面目でも、人にはお笑いコントだ。


しかし、こういうことを平気でやってのけるのが不倫者なのだ。

どこまでも厚かましく貪欲、そして無知。

人は、あまりの厚かましさと貪欲と無知に驚き

何か裏があるのではないかと無闇に悩んでしまうが、何も無い。

アレらの頭を叩いたら、「スッカラカ〜ン」と高い音がするだろう。

それを覚えておいていただきたい。


しかし惜しいものよ。

昔はこのような、取るに足らぬ軽い物ではなく

お下品なラブレターや思わせぶりなメモ

“とにかく明るい安村”もタジタジの

あられもない姿の写真など、楽しい物的証拠がザクザク入手できた。

携帯が無かったので、もちろん画像は残せず

純心!だった私は、穢らわしくて片っ端から捨てていた。

あんなのをここで公開したら、さぞかし喜ばれたと思うが

しょうもない薄口物件しか手に入らず、申し訳ない限りである。


この体たらくであっても、夫は私にとって大切な人だ。

時にこのようなバカバカしいことをやらかしてくれるが

彼の稼ぐお金は、それと比べ物にならない価値がある。


また、小言や愚痴を一切言わず、話して楽しい伴侶を持つことは

妻にとってこれ以上無い幸せだ。

そして自分の母親だけでなく、私の実家の母も大切にしてくれるのは

何よりもありがたい。

例えそれが、後ろめたさからの贖罪であったとしても

実質のサービスは同じなので、何ら不満は無い。

彼がスネに傷を持たない真っ当な男であれば

女房の実家なんて知らんと言われても文句は言えないだろう。

私は、そのスネの傷をあてにしているのだ。


そういうわけで、自分が楽しいんだから

よその女も楽しいのは当たり前だと思っている。

が、とりあえず、アレらには言いたい。

「もっと濃く書いてくれんと、見えにくいじゃんか!」

《続く》
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現場はいま…転換期編・1

2023年06月09日 18時54分52秒 | シリーズ・現場はいま…
現場はいま…静かだ。

3月の末に会社で意識不明となり

倒れた拍子に頭蓋骨を軽く骨折した夫のアシスタント、シゲちゃんは

今月始めから再び出勤している。


話は3月に遡るが、シゲちゃんが数日の入院を経て退院した時 

本社は労災認定をして1年半の傷病手当を支給することに決め

彼に自宅でゆっくり療養するようにと伝えた。

ただし、それは優しさとは違う。

就業中に意識不明で倒れたとなると、安全な事務職ならいざ知らず

危険を伴う現場では危なっかしくてしょうがない。

同じことがいつまた起きるかも知れず、倒れるタイミングによっては

他者を巻き込む大惨事にも繋がりかねないではないか。


労働基準法では、病気を理由に社員のクビは切れない。

しかし58才のシゲちゃんが1年半休んだら、60才になる。

それまでは傷病手当を支給することで彼の出勤を制止し

1年半後、60才という区切りを迎えた彼に肩叩きを勧めるのが

本社の思惑であった。


今どきは定年が65才に引き上げられたので

60才になっていても働けはするが、夫は彼が重機をたびたび壊して

仕事がストップするのを迷惑がっていたし

運転手は彼の積込みが遅くて雑なのを嫌がった。

こんなにトロトロしていたのでは納品が間に合わないという焦りや

ダンプを壊されるのではないかという恐怖は、運転手にとって非常に辛いものなのだ。


最初は彼の一生懸命さを信じ、慣れるまではと我慢して丸2年…

いくら教えても進歩しないどころか、度重なるミスによる萎縮と加齢によって

入社した頃より手がかかるようになった。

これには夫も社員も辟易していたので

内心では密かに彼が倒れたことを退職の好機とみなしていた。

1年半の間、彼の生活の面倒を見て誠意を示し

自宅療養中に60才になったら

こちらの誠意に免じて自ら勇退するようにコトを運ぶ…

本社も夫もそのつもりでいたのだ。


しかし今月に入って、シゲちゃんはどうしても出勤したいと言い出した。

働きたいというより、家で老いた母親の相手をするのが嫌になり

外に出たくなった様子。

検診結果が異常無しを示しているからには

労働基準法上、彼の働く意思を拒絶することはできない。

社員一同の落胆は大きかったが、シブシブ受け入れた経緯がある。


一方、本社の回し者、松木氏は

以前から患っていた肺癌が肝臓に転移したということで

先月末から入院中。

去年だったか一昨年だったか、彼が肺癌と聞いた時、我々は半信半疑だった。

手術を受けて退院した後も、会社でタバコを吸っていたからだ。


本当に肺癌なら気の毒なことだが、何しろ嘘をつかせたら右に出る者がいない男。

都合が悪くなると重病のフリをして休み、ほとぼりが冷めたら出社して病人ぶって

非難や追求を回避するのは今回が初めてではない。

今回の肝臓への転移説は、シゲちゃんが倒れた時に労災隠しを企てて

本社から大目玉を喰らったことに加え、うちの他にもう一ヶ所

お目付け役として担当している生コン工場で起きた一件が

関係しているのではないかと思っていた。


その一件とは、5月のある日、以前から犬猿の仲だった30代の男性社員に

強い口調で罵倒されたというものだ。

「仕事せんのなら、来るな!」

そうすごまれただけでなく、その場にいた他の社員たちにまで

激しく文句を言われたそうだ。


やることは図々しくて横柄だが、肝が人一倍小さい松木氏は

そのてん末を夫に話し、彼らをなだめてもらおうとした。

しかし夫が取り合わなかったので、松木氏は怖い生コン工場へ行かなくなった。

その小さい肝に肺癌が転移した話はともかく

労災隠しと、生コン工場でのいきさつが続いたため

ほとぼりを冷ます目的ではないかと思っていたのである。


ともあれ松木氏の病欠が始まり

入れ替わりにシゲちゃんが出勤し始めたとなると、会社の方はどうなるか。

事務所のソファーを温めるのが仕事の松木氏がいないということは

人目の無い時間が増えたということである。

そしてシゲちゃんが、役に立たないなりに夫の代わりを務めることで

夫には多少の暇ができた。

つまり松木氏の監視の無い、清々しい空気の事務所に

夫が滞在する時間が増えたということだ。


その事務所には、事務員のノゾミが鎮座している。

2月だったか3月だったか忘れたが

「ゴールデンウィークに友だちの納骨をするため

僧侶を含む同級生数人と一泊で京都へ行く」

夫が私に言ったことから始まった、一連の騒動の主役である。

何だかんだで、それまで勤めていた事務員のトトロを辞めさせ

趣味のバドミントンで知り合ったノゾミを雇ったことは

『春爛漫』という記事で、すでにお話しした。


余談になるが、“ゴールデンウィーク”と“泊まりがけ”の二つを聞いて

ピンと来ないようでは、浮気者の女房なんか務まらない。

浮気者というのはゴールデンウィーク、盆正月、クリスマスに

怪しい動きを見せるものだ。

本人でなく、女がこだわるから言うことを聞くしかないのである。

よその旦那にちょっかいを出す女というのは

人の金で年中行事をやりたがる習性があるからだ。


あと、アレらは自分の誕生日や出会いの日から何年といった

個人的な記念日にもこだわる。

いつもより豪勢な食事やプレゼントを恵んでもらうためだ。

その日程は、こちらにわからないため

全国的にメジャーな行事日が発覚の日となる場合が多い。



さて、前置きが長くなった。

夫と事務員ノゾミが二人きりで

事務所という密室で過ごす時間が増えたとなると

当然、楽しい時間が流れるというものだ。


「あれ?ノゾミは隣のアキバ産業の愛人で、スパイじゃなかった?

旦那もそれに気づいたんじゃ…?」

そう疑問に思われる方もおられよう。

なんの、浮気者をあなどったらいかんよ。

人の愛人だろうとスパイだろうと、浮気者には関係ない。

ひとたび自分の方へなびいて見せた女を

すぐ手放すような潔いことはしないのだ。

むしろ他人の所有物とわかったら、かえって張り切るものよ。


隣のスパイというノゾミの素性を知った夫は、いっときはショックだったと思う。

しかし、すぐに忘れるのが彼のいい所。

夫の辞書に幻滅という言葉は無いので

自ら正気に戻る機会は無いと言っても過言ではない。

こいつらだけでなく、不倫の主導権はたいてい女にある。

女が飽きて捨てない限り、男はズルズルと追いかけるものだ。


時期が来なければおさまらない、それが浮気という持病。

病気と浮気は、一字違いじゃん。

病いは気からと言うじゃん。

浮気も、れっきとした気の病いなんじゃよ。


で、二人きりのラブリータイムが増えた夫とノゾミ。

事務所で何をしているかというと

お医者さんごっこではなく、学校ごっこらしい。

41才、子供無し…そんな彼女の夢は教師である。

《続く》
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現場はいま…その後・4

2023年05月21日 20時13分12秒 | シリーズ・現場はいま…
私の住む広島県では、今日までG7・広島サミット。

うちは会場の広島市内とは離れた田舎だけど

ゴールデン・ウィーク明けあたりから他県の県警のバスが続々とやって来て

何だか物々しい雰囲気だったわ。

この真剣さの何百分の一でいいから、安倍元首相暗殺の前に発揮して欲しかったね。


ともあれ、ウクライナのゼレンスキー大統領まで急きょ参加しなすって

マスコミは大騒ぎだけど、広島県民はわりと冷めてるみたい。

初日にG7の首脳が行った原爆資料館の視察で、みんなわかったわよ。

平和公園に到着した各国首脳は東館から入場して

同じ東館から出て来たもの。


東館は、あんまり当たり障りの無い薄口の展示物がある所。

犠牲者の写真や遺品で被爆の惨状をダイレクトに伝えるのは

東館の隣にある本館。

時間的に見ても、そっちへは行かなかったみたい…

というのが広島の視聴者にはわかっちゃったもんね。


広島は結局、「平和屋」という屋号の貸し座敷に過ぎなかった。

その平和屋で、ロシアとの戦争のために

戦闘機をプレゼントする約束なんかされちゃあ

被爆者やその関係者はやってられないと思うわ。


だけどそれは仕方のないことだと、広島の人たちはわかってるの。

核の脅威が現実になるかもしれない今

人類最初の被爆地、広島の名前が世界に発信された…

それだけでも大きな成果…

そう考えるように努めていると思うわ。


それでも各国首脳が平和公園で献花を行ってくれた時は

このいい加減な私でも胸に迫るものがあって、感動しちゃった。

あの原爆慰霊碑はただのモニュメントじゃなくて

石碑の下に、亡くなった被爆者の名簿が安置されてるのよ。


毎年8月6日の原爆の日が近づくと

石碑の下から名簿を取り出して虫干しをするんだけど

その時、書道の上手な人が2〜3人で

この1年間に亡くなった被爆者の名前を書き足すんだわ。

その名簿が入ってるのよ。


13才の時、あの平和公園の近くで被爆して

37才の時、胃癌と白血病で他界した、うちの母ちゃんの名前も載ってるから

ちょいと他人事じゃないような気がするわけ。

お花、ありがとさん…という気持ちね。

ともあれ、無事に終わりそうで良かったです。


G7のメンバーじゃないけどゲスト的な立ち位置で

昨日、日本入りした韓国の大統領夫妻。

到着後に大統領はサミットへ

夫人の方は尾道の商店街を散策なさって

甘味処でスイーツを召し上がったそうよ。


尾道在住の友だちから送られてきた画像。

尾道の商店街は長いから、ペタンコ靴ね。



サミットの県に住みながら、これといってお目にかけるものも無いから

ご覧くださいませ。



さて、次男の言い出したノゾミスパイ説。

一旦そう思い始めたら、疑いが止まらない様子。

そういう目で見ると腑に落ちる点が出てくるようで

最もカンにさわるのは、ノゾミは会社に保管してある書類に

必要以上の興味を示すことらしい。


興味を持つのはかまわない。

何を見られても、困る物は無い。

しかし社員の過去の健康診断結果を見て

次男に「太り過ぎ」と言った時、彼の怒りは最高潮に達した。


次男は確かに太り過ぎだ。

わざわざ診断結果を見なくても、目で見たらわかるぞ。

しかし、太ったヤツと痩せたヤツには絶対言われたくないそうで

「個人情報を盗み見た上に、本人に向かって太り過ぎなんて許せない!」

と、ひどく腹を立てていた。


会社で彼女より年下は次男しかいないので

話しやすい弟みたいに思っているのだろう。

ノゾミのように子供がいない人は、こういうことになる場合がある。

特に男の子は気位が高いので、うっかりしたことを言うと

大いにヘソを曲げるのだ。

今後、健康診断の結果は私が受け取り、家で保管することになった。


さらにノゾミの興味は郵便物にも波及していて

送る物も送られて来る物も、その内容をひどく知りたがるという。

これも別に知られたってかまわないが、変に見たがられると隠したくなるらしく

次男は警戒する。

今後、届いた郵便物は私が管理し、会社から発送する書類も全て

私がやると約束して落ち着いた。

ちょっと〜、何よ〜…私の仕事、増えとるじゃん!


かくしてノゾミは何のための事務員か

だんだんわからなくなりつつある今日この頃…

今まで無関心だった長男まで、ノゾミへの不信感を口にする。

「硬式テニスのラケット買うた言うて、ワシらに見せびらすんじゃ。

仕事に持って来るか?普通。

やりょうるんは、バドミントンじゃなかったんか。

あいつ、おかしいで」


彼が私にこれを言った時、夫もそばに居た。

「バドミントンも続けとるんじゃろ?」

夫にたずねると

「それがのぅ…」

彼は困ったような顔で答えるのだった。

「会社へ入った途端、バドミントンには来んようになったんじゃ」


はあ?…長男も私も問い返す。

「4月の3日から仕事が始まったじゃん。

前の日の2日に来て、それっきりよ」


はあ?…なおも聞き返す長男と私。

「何の連絡も無いけん、他の人も変に思ようる」

「テニスに転向したんかね?」

「知らん。

うちへ入るのが目的じゃったんじゃないんか?」

「バドミントンは、父さんに近づくために始めたっちゅうわけ?」

「そうとしか思えん。

ヨシキがチラッと言ようたが、ワシもアキバの回し者じゃと思う。

うちへ就職するためにバドミントン始めたんじゃろう」

淡々と言う夫であった。

そう言えばこのところ体温低めというか、落ち着いてきたような…

自分が騙されたと知ったのかもね。


「辞めてもらったら?」

長男がにべもなく言い、夫はやはり淡々と答えた。

「そのうち自分から辞めるんじゃないかの?

こんな最低時給は人生の汚点じゃの何じゃの、文句ばっかり言いよるけん」


騙された悔しさやナメられた無念があるのか無いのか…

彼の気持ちは不明だ。

昔から、こういう時はいつも淡々を通すので、内心を推しはかるのは時間の無駄と学習した。

知ろうとする意欲も無い。

相棒の気持ちが知りたいのは、悔しさや無念に苦しんで

こちらの溜飲を下げさせて欲しいという願望があるからだ。

私には無い。


夫をずっと見てきて実感するが、邪恋の末期はいつも惨めで虚しいものだ。

私だったら、恥ずかしくてとても生きてはおられまいよ。

だが、アレらはそれを長く引きずらない。

自分に甘い性分なので、都合の悪いことはすぐ忘れるため

味わった苦々しさが経験値に加わる暇が無い。

失敗として数えないのだから、何回も同じことを繰り返せるわけである。

その特性を把握してからは、どうでもよくなった。


ともあれノゾミを失うとなると、急に惜しくなった私。

「え〜?また変なのが来たら困るけん、今のでええわ」

ノゾミはロクでもない女かもしれないが

身元だけは、どこの誰だかはっきりしているのだ。

わけのわからん所から湧いて出る女が多い浮気界において

これはポイントが高い。


しかも入社の動機が不純なため、内部のことをしゃべるのは

せいぜい隣の社長と、あとは自分の旦那ぐらい。

不特定多数の人間に、つまらぬことをあれこれ言いふらす心配が少ないので

そこら辺のカタギのおばちゃんより安心感がある。

人を雇う上で、この安心感も重要なポイントだ。

ノゾミには、長く続けて欲しいと願っている。

《完》
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現場はいま…その後・3

2023年05月19日 09時37分29秒 | シリーズ・現場はいま…
事務員ノゾミは、隣のアキバ産業から送り込まれたスパイではないのか…

彼女を疑い始めた次男だが、日を追うにつれて確信を持つようになった。

「考えてもみて?親父は65、ノゾミは41よ。

親父って昔はどうあれ、今はお爺さんじゃん。

親子ほど年の離れたジジイに惚れる?」

なかなか正当な意見だ。


「惚れん」

「金持ちなら、相手がジジイでも色々買うてもらえるけん

我慢もするじゃろうけど、親父じゃあ無理じゃん」

「ジジイと付き合うメリット、無いね」

「ワシ、単価が狙いじゃないか思うんよ」

アキバ産業の社長の愛人と噂されているノゾミは

うちが取引先へ卸す商品の単価を知る目的で入社した…

次男はそう言うのである。


どこの業界でもそうだと思うが、我々の業界でも単価は大事だ。

ことに建設は金額が大きいので、商品単価が全てを左右する。

例えば、とある大手の仕事が欲しいとなると

その会社に競合他社より安い単価を提示して、すかさず接待でもてなせば

乗り換えてくれる可能性が出てくるというわけだ。


このご時世、長い付き合いだの義理だのは、あまり通用しなくなっている。

その傾向は大企業ほど顕著で、現場を仕切る責任者は行きずりの転勤族なので

接待をしてくれて現行より安ければ、納入業者は誰でもいい。

そんな背景のもと、納入業者としては

事前にライバル社の納品単価を知ることができたら

企業側とお近づきになるために何度も接待を行ったり

向こうの腹を探って単価を検討するという手間がいらない。

いきなり見積書を持ち込んで勝負に出られるため

横取り作業はスピーディーに進むというわけ。


よってこの業界は古くから、単価をトップシークレットとして扱ってきた。

女房や娘、兄弟などの身内を事務員に据える会社が多いのも

情報漏洩を防ぐためという明確な理由があったのだ。

それでワリを食ったのが嫁の私なのはともかく

ライバル会社に事務員を送り込めば、パソコンに全部入っているので

取引先の情報も単価も知り放題。

若い正義感で、次男はそれを危惧しているのだった。


「知られてもええじゃん」

私が言うと、次男は驚く。

「ええん?!」

「ええよ」


ノゾミが本当にアキバ産業のスパイだとしても

現実には「単価がわかったから、さあ横取りしましょう」

というわけには、なかなかいかないものだ。

「どこそこの取引先は、単価が◯◯円」

アキバの社長にそう報告したところで、彼に何ができよう。


50代の社長は、スラリとしたイケメン。

見栄えの良さもあって、昔から愛人の噂が絶えない人物でもある。

いつもスーツを着て経営者然としており、現場への関心は薄い。

会社に居ることはほとんど無く、ノゾミの旦那、スギヤマ工業の専務と一緒に

JCか何かの活動に駆け回っている。

言うなれば、ライオンズクラブに入れ込んでいた義父アツシと同類だ。


名誉、社会貢献、地域活性化なんかを謳う団体活動へと

必要以上にのめり込む経営者って、非営利の群れの中では強気だが

単独で利益を追求する場面では行動力が無い。

よって、ひとたびつまづいたら最後、手をこまねくばかりで何もできない。

単価を知ったアキバ社長が、すぐに動くような男であれば

今のような左前にはなってないはずである。


アキバ産業にうちの単価を知られてもかまわない理由は、他にもある。

今どきは、売って納品したらおしまいの一方通行ではなくなりつつある。

時代はSDGs、ストップ温暖化も叫ばれているということで

商売のテーマは「循環」に移行しつつあるのだ。


例えば、うちが商品を納入しているA社という取引先があるとしよう。

A社は製造過程で、大量の廃棄物が出る。

豆腐を作ったらオカラが、酒を作ったら酒粕が出るようなもので

製造者としては後始末をしなければならない。

そのため、かなりの経費をかけて問題の物質を自社処分している。


一方で、県外にB社という会社がある。

ここはA社が廃棄物として扱う物質とほとんど同じ成分の原料を

海外から仕入れているが、近年は価格が高騰し、なおかつ不足している。


で、A社とB社の間に我が社が介入し

A社が処分するはずの廃棄物を、一旦うちが引き取る。

A社に納品した帰り荷で持ち帰るのだから、手間や経費はかからない。

しかしA社からは、荷の重量に見合った引き取り料をいただく。


こうしてストック場に貯めた、A社にとっては不要な物を

今度は遠方のB社に船舶で運び、商品代金をいただく。

ただしA社から出る廃棄物が

必ずしもB社の需要と合致するわけではないので

余る時はB社が窓口になって別の会社に販売することもある。

こちらの地方では必要無い物でも、地域によっては必要とする所があるのだ。

その結果、A社は廃棄物の処理費用が浮き

B社は国産の原料を安値で、しかも安定して入手することができ

うちはA社とB社から利益を得て三方良しというわけだ。


この循環システムは、我々のボスである河野常務が長年描いてきた夢。

そのために彼は、中四国地方の瀬戸内沿岸の主要な位置に

拠点を必要としていた。

我々は、その拠点の一つになるべく合併したのだ。


アキバ産業が欲しいのは、この仕事だとわかっている。

現在、うちで一番利益の多い取引だからだ。

ノゾミがダンプで行きたがったのも、A社一択であった。


世間には、うちがA社に出入りして何か運んでいる印象しか無い。

だからアキバ産業が知りたいとしたら

単価いくらで何を運搬しているか…

A社の社内にどこから進入して、どこへ入るのか…

誰が窓口で、どんな雰囲気か…

そういうことだと思われる。

まさかそれらが県外のB社に船で運ばれているとは

考えてもいないはずだ。


ちなみに本社は、他にも循環の仕事を幾つか行なっている。

よってB社その他、循環先への対応は本社がまとめて行うので

うちのパソコンにデータは無い。

ノゾミがB社の存在を知り、そこにも行ってみたくなれば

彼女は船員になるしかない。


ともあれA社とB社のケースのように、循環の仕事をするためには

煩雑な手続きをして法的な規則に沿わなければならない。

B社の所在地に営業所を作り、そちらへ人員を派遣するなど

かなりの先行投資が必要になるのだ。

本社に総合商社という説得力と財力があったからこそ

実現した仕事である。

落ち目の個人会社が扱うのは、難しいだろう。


これらのハードルを果敢に超え、横取りできるものなら

ぜひともそれを見せてもらいたい。

私は心から期待している…

次男には、そう話した。

《続く》
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現場はいま…その後・2

2023年05月16日 08時14分45秒 | シリーズ・現場はいま…
ダンプで取引先に連れて行って欲しい…

ノゾミから頼まれた次男は、彼女に疑惑を持つようになった。

一回ダメと言われたら諦めればいいものを

理由をつけて執拗に食い下がるのはおかしいと言うのだ。


が、人の旦那と遊ぶだけでは飽き足らず、就職までせしめるような女は

漏れなくおかしいものよ。

対象の人物がマトモかそうでないかは、車の停め方一つを見てもわかる。

社員でも来客でも、今まで会社の駐車場に車を停める人間を

何百人となく見て来た私に言わせれば

およその人間性は車の停め方で把握できると言っても過言ではない。


と言うのも、うちの会社は昔から、白線を引いてない適当な駐車スペースが

事務所の周囲に何ヶ所か散らばっている。

適当だからこそ、停める本人の個性が滲み出るというわけ。


男でも女でもマトモな人間は、事務所から離れた位置へきちんと停める。

この業界は厳格な縦社会、建物に近い便利な場所は役職者の位置という

謙(へりくだ)りの意思を表すと同時に

自分の後から別の車が入って来る可能性を考えて、端っこに駐車するのだ。

駐車には几帳面でも他のことはズサンという夫のアシスタント

シゲちゃんのような例外もたまにはいるけど

駐車の仕方をひと目見れば、大抵のことはわかるというものである。


ノゾミは、事務所のすぐ隣へ斜めに横付けするタイプ。

後から入る車のことを考えるどころか

事務所に一番近いこのスペースに、自分以外は停めさせないぐらいの勢い。

謙虚な常識人は絶対にしない、名付けて“重役停め”だ。

夫の方が遠慮して、ノゾミの邪魔にならないよう、車を隅に停めている。


大昔、義父の会社に入り込んだ夫の愛人、未亡人のイク子も

名前は忘れたが、やはり夫の愛人だったレンタルモップの営業ウーマンも

事務所に出入りする際、このような停め方をしていた。

オトコの会社は自分の物、どこへどう停めても勝手だと勘違いするらしい。


松木氏や藤村も同じような停め方をするので、ついでに言うが

こういうことをする人間はおしなべて仕事が苦手。

縦社会の不文律が肌でわからない者が、この業界で生きていくのは難しい。

そして自分の車が誰かの邪魔になるかもしれないという予測をしない者は

物事を一連の流れで把握できない。

仕事を流れでなく単発でとらえ、作業の内容が一つずつブツ切りになるため

いつまで経っても職場のお荷物だ。


本人にはそれがわかってないので、いっぱしの仕事人ぶるが

一時が万事という言葉があるように、いつまでも周りの手をわずらわせ

やがては嫌われて身を滅ぼす。

初めて会社に来て車を停めた瞬間から、この未来は見抜かれているのである。


とはいえうちの場合、仕事はできなくてもいい。

あの何もしない事務員トトロでさえ、2年も務まったのだから

たいした仕事をやらせているわけではない。

最低賃金の範囲内で、留守番をしてもらえれば十分だ。


何でノゾミの駐車の仕方を知っているかって?

最初のうち、夫は私が会社へ行かなくていいように気をつけていた。

もちろん私も行く気は無く、ノゾミの入社以来、会社とは距離を置いていた。

夫に板挟みのストレスをかけたくないからだ。

彼にはゆったりと過ごしてもらいたい。

そしてできるだけ長生きしてもらって

給料、ひいては年金をしっかりもらっていただかなくてはね。


が、それも長くは続かなかった。

原因は、近頃の郵便事情である。

土日の配達が無くなったのを機に、郵便関連が何かとゆっくりになり

「今日出したから明日着く」という安心感は消滅。

ちょっと油断していると、郵便物の配達が何日も後になってしまう。


残念ながら、夫にはそこまで読めなかった。

期限付きの書類に慌てることが何度かあり、夫から急きょ要請された私は

家で書類を用意して会社に届けたことが何度かあったのだ。


こんな時、事務所に近づかれては何かと困る夫は、外で私の到着を待つ。

事務所の窓には厳重にブラインドが下ろされ

ノゾミも私もお互いの姿を目撃できないようにしてある。

涙ぐましい努力ではないか。


昔はこんなことをされたら、女をかばっていると思って腹を立てただろうが

今は何ともない。

私にザンネンな女を見られたら、福祉だの慈善だのと言って笑われるので

隠しているのだ。

よって、会社へ行った私が見物できるのはノゾミの車だけである。

ホコリをかぶった古いジープを拝んで、さっさと帰るのみ。


前例は未亡人イク子だけなので、データと呼べるほどではないものの

不倫相手の会社にノコノコ就職する女の車って

どうして古いジープなんじゃろか。

イク子もまた、いかめしいジープだったのだ。

「私はそこらの女じゃないわよ」みたいなこだわりは見せたいが

お財布が付いて行かないというところか。

思わぬ共通点を発見し、自身の長年に渡る研究?の成果を

確認したような気がして満足する私であった。


とまあ、私の方はノゾミの車を見て「おかしい」と決めつけていたのだが

次男の言うところの「おかしい」は、どうやら意味が異なるらしい。

ノゾミはアキバ産業のスパイではないのか…彼はそう言うのだ。

アキバ産業とは、うちの会社の隣で営業する同業者。

先代から仲の悪かったライバル会社である。


ノゾミの旦那は、そのアキバ産業の二代目社長の弟分。

いつも一緒に行動し、ニコイチと呼ばれているのは以前から有名だった。

一方で女房のノゾミも旦那と同じく、アキバ産業の社長と親しいらしい。

家族ぐるみのお付き合いというより、「知らぬは亭主ばかりなり」の類いだ。

ノゾミがうちへ入って以降に聞こえてきた、未確認の噂である。


「わざわざ商売仇の愛人を雇うなんて、なんとまぁ懐が大きいもんだ」

そういった皮肉を複数の人に聞かされた次男は

知らぬは亭主だけじゃなく、うちの親父もそうじゃないのか…

ノゾミはアキバ社長の命令で、親父を騙したんじゃないのか…

色仕掛けでうちへ入ったのは、取引先の情報を得るためじゃないのか…

そう懸念するのだった。


ちなみにアキバ産業は昔から、よその仕事を奪うのがお家芸。

義父も何度かやられて怒り狂っていたが

アキバ産業自体は、この手法を繰り返して大きくなった。

ズルいと言いたいのではない。

この業界は常に、食うか食われるかだ。

横取りはれっきとしたビジネススタイル、取られる方に落ち度がある。

アキバ産業は、情報収集や接待の仕方がうまかったのだと思う。


が、長い不況が続くうちに先代が亡くなり

二代目の現社長が引き継いでからは、十何年か前の我が社と同じく

深刻なジリ貧状態に陥っている様子。

交流は一切無くても、そういうことは隣同士であれば感じるものだし

我々は親の会社がダメになっていく過程を実際に体験しているため

手に取るようにわかるのだ。


よその仕事を奪うしか起死回生の手段が無いとなれば

自分の愛人をスパイとして潜入させてでも情報収集に努めるのは

やはりズルいというより企業努力のうちだと思う。

もしもノゾミが本当にアキバ産業のスパイだったとしたら

「あっぱれ」と賞賛しようではないか。

《続く》
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現場はいま…その後・1

2023年05月12日 11時03分29秒 | シリーズ・現場はいま…
さあ、皆さまお待ちかね?の

4月から入社した事務員兼、夫のカノジョ…

ノゾミのその後をお話しさせていただこう。

とはいえ、めざましい進展は無い。

こっちは楽しみにしていたというのに、何とも不甲斐ない女である。


私は彼女に会ったことが無いので、どんな顔形か知らない。

が、夫の相手は皆、似たようなものなので見たいとも思わない。

どいつもこいつも不細工だから、見る価値なし。

そのくせ自信満々で、性格に難あり。

そいつらのトップバッターが私だったから、入籍したまでよ。

美人は自分の商品価値を知っているため、なかなか落ちにくいし

落としたところでお金がかかるので、夫は手を出さない。


次男の話によれば、ノゾミさんはガリガリに痩せていて鶏のようだという。

その鶏、いやノゾミは

前任のトトロより頭がいいだけマシだということで、次男には好評だった。

しかし半月もしないうちに、ボロクソだ。


そのきっかけだが、書類に社員の名前を書く時

ノゾミは自分の付けたニックネームを書いていた。

次男のヨシキは「YOO」、マルさんはただの「◯(マル)」。

その二つを書いていたところで次男が気づき、書き直すように言ったところ

ノゾミがブツブツと言い返したので

「これは大事な書類じゃし、親にもろうた大事な名前じゃけん

勝手に略さんといて!」

そう強く言ったら、ふくれて書き直したという。


この人、あんまり働いたことが無いのかもね。

仕事を無断で自分流にアレンジするのが、その証拠。 

本人は合理化のつもりでも、会社にとって迷惑なことは意外に多く

何も知らないのにそれをやると嫌われる。


問題の書類はどこかへ提出するものではなく、社内用。

だからノゾミは名前を略したと思われるが

数年に一回ある外部の監査では、もれなく監査員のチェックが入る。

その時に社員の名前がYOOや◯じゃあ、「ナメとんか?」ということになり

監査が厳しくなる可能性が生じる。

そんなことを知らないから、できるのだ。


次男から話を聞いた私は、他の社員にどんな名前を付けるのかを知りたくなったが

おそらく話しやすい次男と、人当たりのいいマルさんだけだろう。

こういう無茶をやる人は、安全な相手と危ない相手をちゃんと見極めているものだ。


それから数日も経たないうちに、ノゾミは次男に言った。

「ダンプで取引先に連れて行って。

どんな所か見てみたいわ」

本人は軽いおねだりのつもりらしいが、実はこれ、かなりの大胆発言。

営業ナンバーを付けた車両が

勤務中に部外者を乗せるのは、業界の御法度だからである。


なぜ御法度か。

トラック、バス、タクシー、霊柩車などは

人や荷物を運搬することで運賃を得る。

運賃が発生するのだから、お金にならない物は積まないのがルール。

助手席に運転手の友だちが乗っているタクシーに、客は乗りたいと思うだろうか。

同様に、わけわからんギャラリーを助手席に乗せたダンプにも

大事な荷を運ばせるわけにはいかない。

公私を分けた信用の証が、緑色の営業ナンバー…

通称グリーンナンバーだ。


会社の安全運転管理者でもある次男は、驚いて即座に言った。

「お断りします」

しかしノゾミは納得しない。

「仕事を覚えるためには、実際に取引先に行ってみるのが一番いいと思うのよ」

「勤務中に部外者を乗せるわけにはいかん。

事故が起きたら責任取れんし」

「雇用保険があるから大丈夫」

「気は確か?

決められた仕事以外で怪我しても、雇用保険は出んよ」

「じゃあ、事故を起こさなければいいじゃないの」

「そんなの、誰にもわからんじゃないか。

こっちがちゃんとしとっても、年寄りが突っ込んでくる時代じゃ」

「そんなこと言わずに乗せてよ」

「無理!

乗っとる間、あんたの時給はどうなるんよ。

遊んどっても給料もらうことになるじゃんか。

グルじゃ思われたら嫌じゃ」

「遊びじゃなくて、これは研修」

「あんたの研修の手伝いするほど、わしゃ偉うないもん」

「取引先だけじゃなく、ダンプのことも知りたいのよ。

色々理解しておいた方が、仕事にもプラスになると思うし」

「ダンプに乗らんと仕事が覚えられんのなら、覚えてもらわんでええけん」

「それじゃ困るでしょ?」

「わしゃ困らん」


乗せろ乗せないの攻防はさらに続き、何を言ってもダメなので

「ワシは婚約中じゃけん、子供でも婆さんでも

他人の女を助手席に乗せるわけにはいかん」

最終的にそう言ったら、ノゾミはシブシブ引き下がった。


しかし、これで終わらない。

次のターゲットはマルさんだ。

「僕は会社で一番後輩だから、勝手なことはできません」

ノゾミと次男のやり取りを見ていた彼は、そう言って断った。


ナメている次男とマルさんがダメとなると

ノゾミは他の社員に一人ずつ当たり始める。

しかしその頃には次男から無線連絡が回っていたので、頼まれた者は順番に断った。

長男も自分に頼んできたらケチョンケチョンにしてやろうと

手ぐすねひいて待っていたが、きつい彼に依頼は無かった。


“研修”を依頼されなかった人物は、もう一人いる。

社内で唯一の女性運転手、ヒロミだ。

昼あんどんの藤村が、会社に自分のハーレムを作るつもりで入れた第一号…

いわば藤村の置き土産であるヒロミは、相変わらず勤めている。


たとえ厄介な用事でも、頼まれるはずが頼まれないとなると

世話好きのヒロミは面白くないようだ。

「あの女、男好きなんよ…私にはわかる」

そう言って、かなり腹を立てていたという。


怒り狂う次男からこの話を聞いて、私は何だか懐かしい気がした。

ダンプに乗せろとねだるのは、ノゾミがお初ではない。

その昔、夫の姉カンジワ・ルイーゼもよくやっていたことだ。


30年余り前、義父の会社は景気が良く、イケイケ状態だった。

運転手も新人がどんどん入って来て

中にはジャニーズみたいな若くて可愛らしい男の子も何人かいた。

会社って勢いのある時は、若く優秀な人材が集まるものなのだ。


経理をしていたルイーゼは、取引先に何かと用事を作り

ジャニーズのダンプに乗りたがった。

当時はまだグリーンナンバーの規定が緩く

「運転手以外は乗らない方がいい」という程度の認識だったのである。


ただしルイーゼが乗るのはジャニーズのダンプだけで

オジさんやお爺さんのダンプには決して乗らない。

しかし当のジャニーズたちは

ルイーゼを乗せて取引先に行くことを非常に嫌がっていた。

そもそも運転手という生き物は、一人が好き。

一人が好きだから運転手になるのだ。

逃げ場の無い密室で、遠慮な相手から根掘り葉掘り質問されたり

ドライブ気分ではしゃがれるのは、苦痛以外のなにものでもない。


しかも大型ダンプの座席は高い位置にあるため、ただでさえ目立つ。

ルイーゼを乗せていて、妻や彼女と誤解されたら災難だ。

しかし、社長の娘だから乗車拒否はできない。

次は誰が指名されるか…ジャニーズたちは戦々恐々としていた。


やがて会社が斜陽を迎えると、ジャニーズたちは次々に辞めて行き

オジさんやお爺さんばっかりになった途端

ルイーゼは会社にあまり来なくなった。

そのあからさまに、苦笑するしかなかったのはさておき

ノゾミとルイーゼは似ていると思った。

《続く》
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現場はいま…田辺君の転職

2023年02月16日 08時57分06秒 | シリーズ・現場はいま…
ここしばらく、現場は平和だ。

松木氏は相変わらず嘘をつきながら、いかにも自分だけが仕事をしているように装っているが

それが通常モードなのでどうということもない。


元々癖だった独り言は、加齢と共にひどくなったようだ。

12年前に入社した時から、彼は独り言が多かった。

声が普通に大きいので、こっちは話しかけられているのかと思って聞き返すランク。

が、無意識の独り言なので、返事は返ってこない。

彼が事務所にいる時は、一日中この繰り返しだった。

私は独り言の内容から、次は何を企んでいるのかを分析して対処を考えたものである。


そんな彼も、じきに67才。

年齢と共にセーブがきかなくなって、独り言はひどくなる一方らしい。

「うざい!」と腹を立てる夫や息子たちを、私はよくなだめる。

嘘つきという生き物は、独り言が多いものだ…

嘘で飾った虚像の自分と現実の自分との差を、独り言で埋めているのだ…

だんだん虚像と実像の差が大きく開いてきたので、独り言を増量する必要にかられるのだ…

気の毒な病気だと思ってやることだ…。


ともあれ夫より一つ年上の彼は、泣いても笑ってもあと3年の付き合いだ。

70才になれば、自動的におさらば。

その翌年には夫もお払い箱になるだろうが、とりあえず3年後に味わえるであろう

ひとまずの開放感を目指して頑張ろう…と話し合っている。

「その後釜に、本社からまた変なのが回って来たらどうする」

長男は心配するが

「史上最低の社会人、松木氏と藤村の二人を体験しておきながら

みすみす三人目にまで翻弄されるなら、それはあんたらが悪い」

と言っておいた。


さて入社3年目の事務員トトロ、30代女子、推定体重100キロ超は

昨年夏のコロナ感染以降、いちだんと休みがちになった。

元々あんまり仕事が無く、来てもくわえ煙草でスマホのゲームばかりやっているので

出勤しようがしまいが誰も困らない。

私が2日でやっていた事務仕事を1ヶ月かけてやるのだから、休んでも支障は無いのだ。


そもそもこんなのを何で雇うのか、という話になるが

間に断りにくい人が入っていたのと

彼女がもしも可愛い子だったら、藤村やダイちゃんが理由をつけて

何としてでも頻繁に出入りすると踏み、魔除けとして採用。

魔除けはかなりの効果を発揮しているが

入社時に軽い精神疾患があると聞いてビビり、今まではできる限りそっとしていた夫。

一方、彼女の方は、あまりにも何も言われないので増長したのである。


今年に入り、寛大な夫もさすがに頭に来て

「暇なら掃除ぐらいせぇ!

嫌なら他に煙草吸いながらゲームできる会社、探せぇ!」

と言ったら、ちゃんと出勤して掃除もするようになった。

やればできるらしいのはともかく

人を言葉で導くことが苦手な夫は、このような失敗が付いて回る。

しかし普段が口うるさくないからこそ、相手によっては効果的なのも確かで

どっちがいいかというより、それが夫なのだから、それでいいと思っている。

給料をもらっているのに、仕事をナメる方が悪いのだ。


他の社員も今のところ、これといったエピソードは無い。

昨年、75才で引退勧告をされたシュウちゃんの代わりに入社したマルさんも、楽しく働いている。

今まで働いていた所よりも格段に仕事が楽で、収入は倍以上になったと喜んでいるが

明るくてよく働き、あからさまに夫を尊重して見せるので

他の社員が勝手なことをしにくくなっているのも確かだ。

彼は我が社の希望である。


その彼、ヘアスタイルには強いこだわりをお持ち。

昭和に流行った、アイパーというのを施している。

パーマ液をふりかけた短髪をヘアアイロンでまっすぐ伸ばして固め

カチカチのリーゼントに仕上げる手法だ。

夫も若い頃、やっていた。

最低でも週に一度は施術しないと、カチカチのヘアスタイルが保てないので

理容院通いに忙しそうだった。


そして時は流れ、今どきアイパーを施術できる理容院は減った。

マルさんがずっと通ってきた理容院も、店主が高齢のため閉店したので

彼はアイパーができる理容院を探していた。

そこで先日、息子が町内の理容院を紹介。

そこもお年寄りがやっている店で、いつまで続けられるかわからないが

彼はとても喜んで、さっそく行った。


しかし、悲劇が起きる。

何を間違えたのか、マルさんはパンチパーマにされてしまった。

気の毒なことである。


他に目新しい出来事といったら、夫の親友である田辺君が転職したことぐらい。

会社ぐるみで熱を上げている振興宗教に入信しないという理由で

冷や飯を食わされていた彼が、昨年、うちの本社に入ろうとして失敗

本社の筋向いにある土建会社へ入社したことはお話しした。

本社の目と鼻の先で、彼がどんな活躍をするのか楽しみにしていた我々一家だが

何も起きないまま、彼はそれまで勤めていた宗教会社へ戻った。


というのも、彼が去った後の宗教会社は悲惨な目に遭っていた。

彼のいた会社は広い意味で我々と同業ではあるが、規模は段違いに大きい。

建設系、田舎、大きいとなると、出入り業者に反社の流れを汲む人々が多くなるのは

この辺りでは常識。

人数がたくさん必要となると、どうしてもそっち系の業者と関わらなければ

仕事が回らないのである。


田辺君が退職した途端、その系列の人々が好き勝手を始め

仕事の内容に文句をつけたり、気に入らないことがあればねじ込んだり

どっちが使われているのかわからない状況に陥った。

この現象は、彼らをコントロールできる守護神、田辺君がいなくなったことも影響しているが

田辺君を退職に追い込んだ会社に対する、彼らの復讐も含まれていると思われる。


会長と社長はノイローゼ状態となり、すでに新しい会社で働いている田辺君に

何度もカムバックを熱望。

その件で田辺君は一度、夫の所へ相談に来た。

「今の仕事に不満は無いけど、還暦過ぎての転職は

周りがみんな若いから、やっぱり浮くね」

彼が以前、そう言っていたのを思い出した夫は、相談に来るからには心が揺れていると踏み

「条件を出して、向こうが飲んだら戻れよ」

と助言。


そこで彼は、働くのはあと2年限定、宗教の勧誘はしないという二つの条件を会社に提示。

ついでに給料アップも提示するかと思っていたが、それはいらないそうだ。

あと2年で65才、年金を満額もらえるようになるので

欲はかかないというのが彼の意思である。

会社は条件を即座に承諾し、田辺君はこの1月から元の会社に戻った。

まだうちと関わる仕事は無いが、お互いの会社の距離が近くなったので

何となく安心で嬉しい。
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現場はいま…転職騒動記・続報

2022年08月01日 08時35分51秒 | シリーズ・現場はいま…
気がつけば8月。

早いものだ。

年を取ると日が経つのが早い。

早く大人になりたくて、指折り数えていた子供の頃とは

時間の流れるスピードが全然違う。


この現象は、遠足の行きと帰りみたいなものかと思う。

「行き」は、期待と不安で遠く感じた。

バスに酔う子はたいてい、「行き」で吐いていたものだ。


逆に、帰りの早いこと。

行く時に通った道、目にした建物を辿っていたら

あっという間に帰り着いてしまう。

未知のもの…つまり期待と不安が無いからだと思う。

となると私は今、帰りのバスに乗ってんのか。



さて、このところ何かと話題の田辺君。

いや、私が話題にしてるだけなんだけどさ…

早めにお話ししておかないと忘れてしまうので、ついでに続けさせていただく。


そもそも彼がいとも簡単に現在の会社に見切りをつけ

夫の誘いに乗って本社に入ろうとしたのは、友情だけではない。

永井営業部長、藤村、松木氏という営業部所属の腐敗トリオに対する義憤でもない。

彼の働いている会社が面白くないからだ。


田辺君の会社が、どう面白くないか。

我々は何年も前から、彼にその様子を聞いていた。

内容がちょっと変わっているので、先にお話ししよう。


我々だけでなく彼もまた、今の会社で新興宗教の勧誘被害に遭っていた。

彼が今の会社に転職してほどなく、40代の二代目社長が新興宗教にハマったのだ。

神戸に本拠地のある仏教系だそうで、メジャーな部類ではない。

田辺君ごひいきの私としては、カリスマ営業マンの彼が入ったために

会社の売り上げが上がったと思いたいところだが

社長の方は、宗教に入ったら急にうまく行きだしたと捉えたようだ。


顔と名前程度だが、我々夫婦はこの社長の幼児時代を知っていた。

何かの宴会だったか、両親と一緒にうちへ何度か来たことがある。

幼い彼のカジュアルな名前を聞いて、若かった私はなぜか思ったものだ。

一人息子で跡継ぎと決まっているのに、もったいない…

将来、この子の名前を名刺に印刷したら、軽くて貫禄無さそう…

もちろんこの直感に根拠は無く、私の偏見と取られても仕方がない。

成長してからは会ってないが、本人の資質もあったのか

業界で彼の名前は呼び捨てにされ、あまり尊重されている様子ではない。



社長が宗教にハマって以来、会社の社員旅行は行き先が神戸になった。

神戸に泊まり、宗教の会館で教祖の話を聞いたり修行をするのである。

次の年、田辺君が社員旅行を欠席したら、ボーナスが減った。

もちろん旅行を欠席したペナルティーではなく、規定の変更と説明された。

それでも彼は社員旅行に行かなかったので、ボーナスは減り続けた。


やがて二代目社長は信仰の時間が欲しいと言い出し、社長職を退いて会長になった。

代わりに社長に就任したのは、二代目社長に迎合して新興宗教に入信した古参の社員。

田辺君に言わせると、先代から勤めていることだけが自慢の

何もできない田舎のおじさんだそう。


取締役も入信した人々で固められ

宗教に入らない者には何かと厳しい対応が取られるようになった。

そんな逆風が吹き始めたが、S物産の元専務に言われて就職した会社なので

簡単に辞めるわけにはいかない。

彼は5年という年季明けを待った。


その5年が過ぎてしばらくした頃、彼の会社では

営業マンの車にGPSを取り付ける話になった。

今、営業の車がどこに居るのかを、会社の中に居ながら把握できる機械だ。

これは近年、どこの会社もやっていることなので珍しくはない。

取り付けられるほうは、たまったもんじゃなかろうが

営業だと言って会社を出れば、おサボリのし放題という時代は終わったのだ。


ちなみに本社の営業車にも設置してある。

ただし永井営業部長の車には、取締役特権で取り付けてない。

GPSが付いたら競輪、競馬、ボートの場外車券売り場に入り浸っていることが

バレてしまうではないか。


それから松木氏の車にも無い。

62才だかで嘱託パートになった際、彼に与えられていた営業車プリウスは

一旦取り上げられたが、藤村の暴挙が目立ってきたため、再び戻された。

こっちはそのうち辞める人として、営業部の人数に数えられてないので放置されている。


ともあれ田辺君の車にも、GPSが付いた。

しかし付いたのは田辺君の車だけで、もう一人いる営業職の同僚には付かない。

それについては会社の方から、機械がまだ届かないとか

転属予定という言い訳があったが、本当の理由はわかっていた。

その同僚は、新興宗教に入信しているのだった。


以後、田辺君の行動は、暇な社長に監視されるようになり

顧客と喫茶店で会ってもサボったかのように言われるようになった。

入信しない彼への嫌がらせだと受け止めるしか、ないではないか。


しかし、ここが彼らしいところで、仕事に自分の車を使い始めた。

が、それもじきにバカバカしくなる。

入信しない自分に嫌がらせをする会社に

身銭を切ってまで仕事を取ってくる価値があるはずはない。

無敵に見える田辺君だが、彼は彼で、そのような逆境と戦ってきたのだ。

げに宗教とは、迷惑な趣味であることよ。


「仕事は好きだし、続けたい。

だけどバカにちょっかい出されるのが、ほとほと嫌になった」

その気持ちは、夫と完全に一致していた。

だったら、こっちで面白いことしようぜ…

二人の話がそうなるのは時間の問題で、転職騒動はここから始まった。



GPSが原因で、田辺君が本社営業部に転職する気になったのが7月26日。

面接が28日。

社長の反対で失敗したのが29日。

そして翌日の30日には、早くも転職先が決まった。


引く手あまたの会社から、田辺君が選んだのはやはり建設関係。

広島市内では中堅どころの会社だ。

今の所をまだ辞めてないので、転職はもう少し先になるだろう。


それはいいとして、新しい会社の所在地を聞いた私は絶句した。

なぜって、本社の向かい。

厳密に言えば真向かいではないが、大通りを挟んだ反対側にある会社だ。

偶然ではないのが、彼の彼たる所以である。


人里離れた今の会社とは違って、本社とはご町内。

テリトリーが同じなので、永井営業部長や腰巾着の藤村と

入札、あるいは工事で顔を合わせる機会も増えるだろうから

田辺君は楽しみにしているそうだ。
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現場はいま…転職騒動記

2022年07月30日 15時28分58秒 | シリーズ・現場はいま…
夫の親友、田辺君が本社の営業部に転職するかもしれない…

7月26日、この素晴らしいニュースに万人の味方を得た心持ちになり

我々一家は手放しで喜んだ。


手放しで喜んだのは、我々だけではない。

河野常務もだ。

彼が数年前、田辺君をスカウトして断られたのはお話しした。

「この俺が頭を下げたのに、断りやがって…」

常務が当時の感情を持ち越していた場合、握り潰されたら困ると考えた夫は

まず、常務の次に発言権のあるKさんにこの件を伝え

Kさんの口から常務に伝えてもらうという安全策を取った。


そうすると今度は

「何で先に俺じゃなくてKなんだ!」

ということになった場合、常務の機嫌を損ねる可能性が出てくる。

年寄りのハートは繊細なのだ。

順番にこだわって、ヘソを曲げられたら終わりである。

しかしKさんから田辺君のことを聞いた彼は、ものすごく喜んだ。

「そうか!田辺が来てくれるか!」


この業界は任侠系とカタギが混在すると、お話しした。

選別して取引をしようにも、大きな工事になると必ずと言っていいほど

任侠系がどこかで絡んでいる。

常務は、怖がって誰も行かない所や、知らずに誰かが行って失敗した所へ

老体に鞭打って接触しなければならない。

彼が70を超えた今も常務であり続けられるのは

この嫌な役目を引き受けているからだ。


しかし厄介なことになり、後で寝込んだのは一度や二度ではない。

「わしゃ、ビビッた…」

はっきり言うのが常務の面白いところで

我々も彼のそういう面を慕っているのはともかく

その方面が得意分野の田辺君が来てくれたら、常務はスリルから解放されるのだ。

伝える順番なんてどうでもいいのだった。


翌々日の28日、河野常務とKさんによる面接が行なわれることになった。

営業部の面接なので、そのトップである永井営業部長が面接に立ち会うのが当然だが

田辺君の希望によって彼は外され、面接があることすら秘密だった。

田辺君が永井部長を外す理由を述べ、常務とKさんも納得してのことだ。

その理由とは以前、永井部長と田辺君の間で起きた数々のトラブル。

それを聞いた二人は、田辺君の希望に従った。


面接では最初に、彼の担当先が決まる。

我が社だ。

常務の意向である。

今の担当者、松木氏の“ま”の字も出ない。


次に肩書きが決まる。

とりあえず営業所長。

松木氏や藤村と違って、そんなことにのぼせる田辺君ではない。


それから彼が回ることになる取引先について打ち合わせをし、面接は終了。

給与その他の待遇については数日後、また会ってからということになった。

常務は、彼を迎えるために十分な待遇を用意するつもりで

田辺君の方は、「多くは望まないし、金のことを最初から言うのは好かん」

という理由からである。

担当や肩書きが先に決まり、待遇は後回しという

通常とは逆の面接に、田辺君の入社は間違いないと踏んで

我々はまたもや喜ぶのだった。


が、結論から申し上げよう。

田辺君の入社は泡と消えた。

思わぬ人物が反対したのだ。

それは本社の社長。


社長は、田辺君入社の決済に判を押さなかった。

「年配者はもう入れないと決めたでしょう!

今年から若返りを図ると言ったじゃないですか」

常務は社長室に呼ばれ、厳しく言われた。

そう、ネックは田辺君の61才という年令である。


その原因は、藤村のセクハラとパワハラ問題。

藤村が性的な問題で労基に訴えられたこの事件を

一番恥じていたのは社長だったらしい。

育成にかかる経費と手間を省くという理由から

年配者の中途採用に積極的だった本社の方針は間違いだったと

藤村が証明したようなものだ。


常務は田辺君の優秀性を説明したが、社長は聞き入れなかった。

「どんなに優秀でも、あと数年しか働けません。

中高年の新人は、もうこりごりです」

と、けんもほろろ。

それ以上、田辺君を推すわけにはいかなかった。


社長の気持ちはよくわかる。

お兄さんが事故に遭わなければ、彼は今も化学者のはずだった。

急に社長に就任させられても、会社には河野常務を始め

自分よりずっと年上のおじさんばっかり。

この環境、かなりやりにくくてしんどいのは、夫を見て来たので知っている。


よく考えれば、現在50代の半ばとなった社長が、自分より年上を入れるわけがないのだ。

12年前の合併当時は小学生だった社長の息子さんも、そろそろ大学を卒業する年令。

次期社長として本社に入る日も遠くないだろう。

鳴り物入りで入社しても、周りは古狸ばっかりで

いいように丸め込まれたり、ていよく押さえつけられたりのストレスフルな毎日…

自分の味わった苦しみを、我が子に継承したい親はいない。

すっかり浮かれていた我々は、そのことを忘れていた。


田辺君の入社が叶わないと知ったのは昨日、29日の夕方だ。

常務、Kさん、田辺君が、夫にそれぞれ連絡してきた。

常務とKさんは残念そうだったが、田辺君はサバサバしていたそうだ。


我々も、もちろん残念だった。

しかし夢破れた悲しみは、思いのほか軽かった。

26日から4日間、楽しい冒険の夢を見させてもらった…

その爽快感の方がよっぽど大きいと言ったら、人は信じてくれるだろうか。

60を過ぎて、こんなに面白い夢が見られるとは思わなかった。


そして社長の危機管理能力にも改めて感心した。

もしも田辺君の入社を許可したら、本社は危なかったかもしれない。

彼の選択肢の一つに、本社を潰すという路線があったからだ。

変なヤツを入れては周りに迷惑をかける会社なんて

世間に必要ないというのが彼の主張。


本当に潰せるかどうかは未知数だが、まずは仕入れを止め

内部からは人材をジワジワと攻めて排除を繰り返し

やがてすっからからんの空洞にしてしまうのは、田辺君の得意とするところだ。

そのためであれば、我々は自分たちの会社をも消滅させる覚悟でいた。

しかし社長は彼を入社させないことで、結果的に自分の会社を守ったのである。


いずれにしても我々は、田辺君という他人に頼り

何とかしてもらおうと思っていた我が身を反省した。

しかし一方で、ゴールをおびやかした自信みたいなものも残った。

夫が強気に変わったのが、一番の収穫かもしれない。


そんなわけで、田辺君の武勇伝を楽しみにしてくださった皆様

誠に申し訳ありません。

彼は変わらず夫の親友であり続けるので

また面白い話があればお話させていただきます。
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現場はいま…それぞれの想い・11

2022年07月26日 14時41分21秒 | シリーズ・現場はいま…
ダメもとで松木氏に電話をかけた田辺君だが

思いがけず松木氏が電話に出たので、そのまま用件に入った。

「松木さん、ヒロシさんにオイタをしてくれたそうじゃないの」

声は聞こえないが、松木氏はとぼけている様子。


「ヒロシさんに喧嘩売るんは、ワシに喧嘩売るんと同じで?

あんたぁ、S物産にも喧嘩売っとるんで?

それも忘れたわけじゃあるまいの」

何やら言い訳をしている松木氏。


「年寄りで病人は、こないだ聞いた。

それがどした言うんね。

はあ?抗癌剤?

抗癌剤打ちようたら何してもええんか!

いつ決まったんね!言うてみい!」

ここで電話を切ったらどうなるかわからないので

松木氏は田辺君の話を聞き続けるしかない。


「くだらんことばっかりやりやがって、恥ずかしゅうないんか。

それともあんた、そうまでして消えたいんか。

何?違う?

ワシを敵に回すとは、そういうこっちゃないか。

はあ?今さら謝って済むかいや。

ワシはあんたと違うて、やる言うたら必ずやるで!」


これで何日かは持つんじゃない?…

田辺君がそう言って帰った後、夫は松木氏に電話をかけた。

田辺君は田辺君、お中元はお中元だ。

野菜ジュースを買っているのを伝える必要があるではないか。

しかし何度かけても、松木氏は電話に出なかった。

当たり前か。


そして翌日、松木氏は来なかった。

彼の出方によっては殴って辞めるつもりでいた夫だが

会わずに済んでホッとした様子だった。

柔道有段者で、少林寺拳法とボクシング経験者の夫にとって

暴力を振るうことは非常に抵抗のある行為。

冷却期間が得られたと知って、私も松木氏のために安堵した。

田辺君のお灸が効いたと思い、家族で胸をなでおろしたものだ。


が、明けて22日には来た。

いつものように昼近くなって重役出勤した松木氏は

夫の顔を見るなり言った。

「一昨日はゴメン」


ガキか…

夫は一瞬、驚いたが、それがこいつだと思い直し

「次は無いで」

とだけ返した。


あとは野菜ジュースのことを伝え、持って行くように言う。

すると松木氏は

「本社に言って返金してもらうから、領収書を出して」

と言ったが、夫は断った。

「そんな金、いらん。

これで終わりじゃ」

これ以上、野菜ジュースに関わりたくなかったのだ。

この一件で、野菜ジュースがますます嫌いになったのは間違いない。


その後、本社の若者から夫に連絡があった。

「松木のおっさん、昨日、河野常務に怒られてましたよ」

夫がお中元を盗んで冷蔵庫に隠していたのを自分が発見し、未然に防いだ…

松木氏は常務にそう告げ口をしたらしい。

人を悪く言ったついでに自分をアピールするのは、彼の常套手段だ。

田辺君に脅された松木氏は、おとなしくなるどころか

何が何でも夫を葬る方を選択したようだ。


それだけならまだしも、松木氏は欲をかいた。

お中元繋がりで、ダイちゃんのことも常務に告げ口。

先日、ダイちゃんが事務所に来た時

お中元で届いていたビールを無断で持ち帰ったという内容である。


ちなみに本社の元経理部長だったダイちゃんは

社内での宗教勧誘が原因で閑職に追いやられ

今は松木氏と同じ嘱託パートの身の上となって

うちとはあまり接触が無くなっていた。

しかし事務員のトトロが6月以降、体調不良で休むようになり

休んでいるうちにコロナに感染したため、いまだ長期欠勤中。

そこへ名乗りを上げたダイちゃん、時々ではあるが、再びこちらへ来るようになった。

特に今のシーズンは熱心。

大好きなビールが届いている可能性が高いからである。


常務にとってダイちゃんは、弟のように可愛い存在だ。

閑職に追われたとはいえ、ダイちゃんに対する常務の愛情は変わらない。

そのダイちゃんまで泥棒扱いされた常務の怒りは、すさまじいものだったそう。

「たかがそれぐらいのことで、何言いよんじゃ!

お前、そこまでして人を泥棒にしたいんか!

ふうの悪い!」

松木氏は、ずいぶん絞られたという。

それで翌日、はなはだ簡単ながら、松木氏は夫に謝ったと思われる。



そしてさらに翌日の22日。

この日の松木氏には重要任務があるので、何ごともなかったかのように出勤。

その重要任務とは、本社から社員に支給される鰻の蒲焼きを取りに行くのだ…ガクッ。

土用の丑の日は23日だが、その日は土曜日で会社が休みなので

今年は前日に配ることになった。


一昨年は藤村が着服したので鰻のことは知らなかったが

彼がいなくなった去年から、夫や社員にも支給されるようになった。

コロナで新年会ができないため、代わりに鰻だそう。

鰻は本社がスーパーの本店に一括注文し

各支店が最寄りの店に取りに行くシステムだが、松木氏はなぜか張り切っていた。

仕事をしない人って、こういう雑用が好きなものである。


が、鰻を取りに行く段になって、彼は騒ぎ出す。

「引換券が無い!」

そこでまず、夫を疑う。

「ここに置いとったのに、知らないか?」


夫はさすがに声を荒げた。

「またおんなじこと繰り返すつもりか!

知るわけなかろうが!頭がイカれたんじゃないんか!」

すると今度は次男を疑う。

「ヨシキが座った所に置いとったけん、あいつかも…」

田辺君のお灸は、1日しか持たなかったようだ。


ええ加減にせぇ!…夫は怒鳴った。

「鰻ぐらい、盗まんでも買えるわい!おめぇじゃないんど!」

まだ疑うんなら◯す…

夫は本心を言い、松木氏は黙った。


その後、彼は引換券を再発行してもらって鰻を入手。

休んでいるトトロの家に届けると言って、そそくさと帰ったので

夫は仕事が終わった社員に鰻を配布した。

しかし夫のアシスタント、シゲちゃんは「結構です…」と鰻を拒否。

「皆に配るんじゃけん、そう言わんと持って帰れや」

夫が言うと、彼は財布を出して言った。

「あの…おいくらですか…」

一同は爆笑し、無料だと言うとシゲちゃんは喜んだ。


シゲちゃんのお陰で後味の悪さは払拭されたが

ゲンが悪いので、鰻はその日の夕食に出した。

夫は元々嫌いな野菜ジュースだけでなく、鰻も嫌いになったかと思い

別のおかずも用意したが、鰻を美味しそうに食べていた。


ともあれ新人マルさんは順調。

仕事も順調。

日々是好日…

今回は、これで終わるはずだった。


が、今日になって晴天の霹靂が。

田辺君が本社に転職するかもよ。

今朝、田辺君が会社に来た時、夫が彼に持ちかけた。

泥棒騒ぎ以来、本当の復讐とは何かを考えていたという。

それを聞いた田辺君は言った。

「僕もそれ、考えてたんよ」


数年前、S物産の跡目争いに敗れた専務と共に退職した彼は

その専務の推薦で現在の会社に転職した。

そこで活躍していた彼だが

社内には土着の爺さんが多くてあんまり面白くないのだそう。


しかしすでに5年が経過し、一緒に辞めた元専務への義理を通した彼は

「年金もらう年が近づいたけん、最後は面白い仕事がしたい」

と言った。

玉木宏似の田辺君、もっと若いのかと思っていたら

私とあんまり変わらないらしい。


「本社を滅茶苦茶にしてやろう」

二人の意見は一致した。

手始めは松木氏と藤村だそうだ。


夫は本社のNo.2…つまり河野常務の次と言われるKさんに連絡し

面接の約束を取りつけた。

河野常務にあえて言わないのは、以前、彼が田辺君を欲しがり

永井営業部長と一緒に会ったことがあるからだ。

その時の田辺君は転職して年数が経っていなかったため、あっさり断った。


それが今度は自分から就職したいと言ったら、常務はどう出るか。

大喜びするか、断られた苦々しさで却下するかの両極だ。

常務の気持ちが後者だった場合、彼の所で握り潰されたら終わりなので

営業部の人事を取り仕切るKさんに連絡したというわけである。

何しろ今朝のことなので、どうなるのか

まだわからないが、実現したら楽しくなりそうだ。

《完》
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現場はいま…それぞれの想い・10

2022年07月24日 10時44分51秒 | シリーズ・現場はいま…
冷蔵庫に並んだ野菜ジュースの缶を指差し、松木氏はなおも叫ぶ。

「これは、〇〇社のお中元じゃ!

ワシが持って行くつもりで買うとったのに、どうしてくれるんじゃ!」


ここで説明しておこう。

地元の取引先へ中元歳暮を配達するのは、松木氏の仕事。

大手取引先には、本社から多少値の張る進物が直送されるが

本社があまり意識してない小さな取引先には

松木氏が本社からもらった予算で進物を買い、彼が届けることになっている。

普段は寝て暮らしても、夏と冬の一時期は多少なりとも仕事があるわけだ。

彼はこの仕事を気に入っているらしく、この時期はなぜか得意げである。



「ワシの机にあったけん、届いたモンか思うた」

夫が言うと、松木氏は勝ち誇ったような顔になり

声のトーンを落として吐き捨てた。

「あんた、泥棒じゃったんじゃの」


大好きなチョコレートやアイスならまだしも

大嫌いな野菜ジュースで泥棒扱いされたのではたまらない。

夫は逆上した。

「やかましい!買うて戻しゃええんじゃろうが!」


松木氏は取り合わず、軽蔑の笑みすら浮かべて溜息混じりに言う。

「戻して済む問題じゃあなかろう…横領じゃけんのぅ」

「ワレが紛らわしいことしといて、何ぬかしょんね!」

「見逃すわけにはいかんのぅ。

これは本社に報告せんと」

「ナンボでも言ええや!ジュースが何じゃいうんね!この給料泥棒が!」

仕掛けておいて急に逃げるのが、松木氏の常套手段。

例のごとく事務所を出て行ったので、バトルは終わった。


しかし取引先へ行くはずの野菜ジュースは、冷蔵庫でバラバラになっている。

いくら腹が立ったといえ、そのままにしておくわけにはいかない。

夫は本社の進物担当に事情を話し、弁償するから金額を教えて欲しいと頼んだ。

「松木氏さんに渡した予算は3,500円です。

別に野菜ジュースでなくてもいいですから、適当に買っといてください」

担当者がいとも簡単に言ったので、スーパーへ行きがてら家に寄ったというわけ。

私に聞いて欲しかったのだろう。


「あんなヤツと仕事なんかできん!今日で辞める!」

怒りのおさまらない夫。

腹を立てるのも無理はない。

缶入りの野菜ジュースは重たいので、普通は買ったその足で持って行く。

すぐに持って行けないのであれば、車に置いておけばいいものを

わざわざ事務所に戻って車から降ろし

自分の机でなく夫の机を選んで放置するのは不自然きわまりない。

うっかり屋の夫が、間違えて開封するように仕向けたと考えていいだろう。

いかにも松木氏らしさ全開の、みみっちいトラップである。


それにまんまと引っかかり、泥棒扱いされた夫の無念は察するに余りある。

松木氏の手口は、私が子供の頃から体験してきたものだ。

他人と生活するとは、そういう無念が付いて回ることである。

「うちの子に限って」「うちの嫁に限って」という大前提が無いため

ボヤボヤしていたら、たちまち泥棒や犯罪者、性格異常者に仕立てられてしまう。


それを回避するためには、信頼関係を築くのが大切だと世間ではよく言う。

笑わせんな。

世の中には最初から、そういう関係性を結ぶことを徹底拒否する人間の方が多い。

こちらの存在を認めてしまったら、自分の立場が脅かされるとなれば

向こうも必死になるものだ。



そういうわけで話を戻すが、私は松木氏の仕掛けた罠が職場放棄でなく

お中元だったことにいささか安堵していた。

腹立ち紛れに職場を離れたということにされた場合、時間は取り戻せないが

品物が争点なら、買えばいいのでリセットが可能だからである。


「わかった」

私は夫に言った。

「でも、今日は辞めん方がええよ。

今日辞めたら、泥棒が見つかって辞めさせられたことになる。

事実はそうじゃなくても、その方が面白いけん、人はそう言うもんよ。

3,500円で泥棒にされてもねぇ」

「そりゃあそうじゃけど…」

「同じ辞めるんなら明日、あいつを殴って辞め。

泥棒より乱暴の方がマシじゃが」


それで納得したのかどうか知らないが、夫は落ち着きを取り戻し

「とりあえず野菜ジュース買いに行くわ」

と言って出て行った。


この一件は先月、松木氏がS物産に値上げの電話をし

田辺君を怒らせたことが発端になっているのは、最初からわかっている。

松木氏はあれ以来、夫を会社から追い出す決定打を考えていたようだ。


彼は前々から、夫を追い出して自分が成り替わるべく

色々やってくれていたが、やることはせいぜい嘘や告げ口だった。

しかし今回、品物を使って積極的行動に出たのを見ると

早急に夫を葬りたいという強い意思が感じられる。

田辺君がよっぽど恐ろしかったのだと思う。

夫がいなくなれば、田辺君の介入は無くなるので

今後は彼の影に怯えなくて済むからだ。



さてその後、スーパーで野菜ジュースを買った夫が会社に戻ったところへ

ちょうど田辺君がやって来た。

親友の顔を見てホッとした夫は、先ほどのバトルの話をした。

と、田辺君は、その場で松木氏に電話をかけた。


「出ないだろうな」

かけながら、つぶやく田辺君。

S物産の件以降、ダメ押しをしておこうと何度か松木氏にかけたが

一切出ないという。

が、この日の松木氏は電話に出た。

罠が成功したという達成感で、気が緩んでいたのかもしれない。

《続く》
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現場はいま…それぞれの想い・9

2022年07月21日 09時48分44秒 | シリーズ・現場はいま…
女性運転手であることを強調して面接、引いては入社を計画した

ムッちゃんとその一味の作戦は不発に終わった。

6月末というキリのいい時期に、大胆な愚策を繰り出したところを見ると

彼女は6月いっぱいで今の仕事を辞める予定になっていたのだろう。

御愁傷様です、としか言いようがない。



7月に入ると、ヒロミは再びムッちゃん運動に精を出し始めた。

もう次男にねだる手しか残ってない。

根負けした次男が、父親に頼むのを待つしかないのだ。


しかし、その目も無さそう。

次男がヒロミと口をきくのは、仕事だからだ。

彼女は夫と長男を煙たがっているので、話すのはもっぱら次男。

一方で次男の方は、父親と兄が見限ったヒロミを自分までが突き放したら

仕事の連携が取れなくなると考えている。

「辞める日までは一緒に仕事せんといけんけぇ、俺だけでも糸は繋いでおかんと」

だそう。


次男の話によると、ヒロミはムッちゃんから相当責められている様子。

日に日に焦りの色を強め、ストレスでお腹を壊したという。

それでも相変わらずムッちゃん、ムッちゃんとうわごとのように繰り返すが

事態が変わるはずもなく、やがてシュウちゃん退職の日が訪れた。


ヒロミはシュウちゃんと同じ町内の出身ということもあり

入社以来、彼には何かと世話になってきた。

去年、彼女が引越しをした際も、手伝ったのは佐藤君だが

大量に出た引越しゴミを全て処分してやったのはシュウちゃんだ。

それ一つをとっても十分世話になったはずである。

彼の代わりにムッちゃんが入ることになっていたら

満面の笑みで花束でも渡しただろうが

その願いが叶わなかった今、辞めて行く爺さんに用は無いのだった。

終業時は彼と顔を合わせないよう、急いで帰ったという。



翌日からは、マルさんが入社した。

何年も前から居たように、最初からすんなり職場に溶け込んで

すんなりと仕事をしている…

新人について、あんまりあれこれ言わない夫だが、今回は珍しく言う。


このすんなりが、夫には嬉しいのだった。

速度はどうか、積込みや荷下ろしに問題は無いか

取引先への態度は、仲間とのコミュニケーションは…

それらを何ら気にかけなくてもいいということは、そのまま安全に繋がるからだ。


車幅や速度などにまつわる本人の感覚が、一般のそれとズレていたり

いちいち言わなければできなかったり、口数が多すぎて無線に夢中だったり

暗くて何を考えているかわからなかったり…

そのように周りに気を使わせる人を、今どきは個性と呼ぶのかもしれないが

公道では通用しない。

ドライバーが新人だろうと個性的だろうと、道行く人や車には関係ないのだ。


よって個性が強いと、一緒に働く社員が神経を使う。

要所要所で教えたり、注意するのは疲れるものだ。

こういうことを言ってもいいのだろうか…

パワハラにならないか…

そんなことを考えながら運転の仕事をするのは、消耗する。

余計な神経を使うことで疲労が蓄積し

一番大切な安全が脅かされる可能性が出てくるというわけである。

すんなり…それはダンプ乗りにとって、最高の褒め言葉かもしれない。


ともあれマルさんが来始めたことで、ムッちゃんは完全に入社を諦めたらしい。

退職を撤回して、今までの所へ勤めている。

ヒロミとは絶交したようで、彼女の口からはムッちゃんのムの字も出なくなり

ムッちゃん騒動は終了した…

と、今回のシリーズはこれで終わろうと思っていた。


しかし、またまた事件が勃発。

これが話さずにおらりょうか、ということで終われなくなったぞ。

一難去ってまた一難とよく言うけど、会社なんてやってたら

三難去ってまた四難が当たり前だ。

一つや二つで難だの何だのと、言ってはいられない。



「もう辞める!今度は辞める!」

夫は一昨日の午後3時、家に帰って来て私の顔を見るなり言った。

どうせ松木氏のことだと思ったので、私は例のごとく返す。

「今までお疲れ様」

が、この時の夫はいつもと違い、ひどく興奮していた。


夫が仕事中に帰って来るのは珍しくない。

お金、あるいは書類が必要になった時など、用があれば帰って来て

またすぐ仕事に戻るのは日常的な習慣だが、この日は湯気が出るほど怒り狂っている。

私は咄嗟に職場放棄を疑った。

家にはしょっちゅう帰って来るので、職場放棄ならしょっちゅうしているが

松木氏が夫をひどく怒らせ、その場にいられない状況に仕向けておいて

「職場放棄した」と騒いで大きな問題にしようと企んだのではないか…

つまり夫は、松木氏の罠にはまったのではないかと思ったのだ。

卑怯の権化、松木氏にはそれぐらい疑ってかからないと危ない。


「何があったか、落ち着いて話してごらん」

汗まみれの夫にタオルを渡し、椅子に座るよう促して私はたずねた。

夫の話はこうだ。

今朝出勤したら、事務所にある夫の机の上に

お中元らしき包みが置かれていた。

宅配便でなく手渡しの品物で

中身は野菜ジュースと包装紙の上からでもわかった。


会社に届いた贈答品は社内で分けることにしている。

夫の机の上にあるということは、すでに誰かが受け取って礼を言い

分けられる予定の品物という暗黙の了解がある。

夫はその場に居たヒロミに冷蔵庫に入れるよう言い、重機の所へ行った。

ヒロミは野菜ジュースを包みから出して、冷蔵庫に入れた。


数時間後、松木氏が事務所にフラリとやって来た。

あんまり来なくなったとはいえ、たまには来る。

夫もちょうど、事務所に戻って来た。

「ここへ置いといた野菜ジュースは?」

松木氏に聞かれた夫は、黙って冷蔵庫を指差す。

S物産の件以来、夫は松木氏とほとんど口をきかない。


冷蔵庫を開けた松木氏は、叫んだ。

「何てことをしてくれたんだ!」

《続く》
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