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殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

ハルマゲドン・5

2025年07月10日 14時44分01秒 | みりこんぐらし
あれ以来…正確には6日の夕方以来、サチコから連絡は無い。

代わりに電話攻撃が、彼女の実子マーヤに向かうようになった。

やはり書類のことが納得できないと言っているようだ。


山口に住む、一つ下の妹にも着信があったという。

しかし、この話をすでに私から聞いている妹は

怖がって電話をかけ直さなかった。

関わったら警察沙汰になると知れば、当然だろう。


今後のサチコがどんな行動に出るかは、知らん。

おそらくつまらぬ用事にかこつけ

何事も無かったかのように電話をしてきて

私の出方次第では、また書類の件を持ち出すだろう。

しかし私にはどうでもよいことで、ともすれば忘れている。

ここ数日のノーサチコデーは、本当に爽やか。

身の潔白を証明したいとも思わないし

サチコがこの話を誰か他の人に言いふらしても構わない。

詐欺でも泥棒でも上等だ。



それはさておき、彼女がなぜ私を泥棒扱いするようになったのか。

実のところ、理由はわかっている。


サチコの実印を勝手に押して、家の権利を放棄させ

私の物にした書類があった…

そしてその書類には、広島の司法書士の名前があった…

サチコはそう言って私を責め、警察にも訴えたが

“広島の司法書士”というフレーズで思い出した。

そのような書類はあったのだ。


ただし8年近く前のことで、書類の対象は家ではない。

祖父が他界した35年前に父が相続し

父が他界した20年前にサチコが相続した

実家の町外れにある、ごく小さな土地のことだ。


小さ過ぎて売れもせず、何かに使うこともできず

毎年、固定資産税だけ払っているその土地のことを

サチコはいつもブツブツ言っていた。

父の死後、車が無くなったサチコにせがまれて

買い物や観光に連れて行くようになった我々夫婦は

サチコがボヤくそのブツブツを

耳にタコができるほど聞かされ続けていた。


その土地に展開があったのが、前述の8年前。

このことは以前、コメント欄や記事でお話ししたと記憶しているが

ご存知の方は我慢していただきたい。


問題の土地の近くで大きな公共工事が始まり、本社の参入が決まった。

本社はさっそく、現場に近いアパートの一室を借りて

営業部の社員を2人派遣した。

工事が終わる数年後まで、2人をアパートにを住まわせ

現場の管理や御用聞きをさせるためだ。


しかし、そこで問題が起きた。

派遣された2人の車を停める、2台分の駐車場である。

田舎でアパートを借りたら、せめて駐車場の1台分ぐらいは

セットで付いているだろう…

本社はそう踏んでいたが、そのひなびたアパートは

そういうわけにいかなかった。


私が中学生の頃、そのアパートは建てられた。

広い敷地、高い建物、大きな部屋に大きな駐車場…

当時は郊外にできた最新型のマンションとして

評判を呼んだものである。

しかしその後、建物は順調に古び、入居者は減る一方。

相続と売却が繰り返されるうちに、建物と駐車場の持ち主が別々になり

家賃と駐車料金はそれぞれ、別の人が受け取るようになっていた。

そのため当然ながら

「2台停めるのなら、2台分の駐車料金をもらう」

管理会社はそう言って譲らない。


金持ちに限って妙な所でケチなもので、本社はそれが気に入らず

派遣した2人に駐車料金を値切るよう命令した。

ガラガラの古いアパートを数年間、借り上げてやるんだから

駐車料金ぐらいサービスせぇ、というものである。


が、ご存知のように、本社は人材の墓場。

広島市内から、こんな田舎へ飛ばされる人物に

そのような交渉ができるはずもない。

私なら管理会社でなく、本社と交渉して駐車料金を出させるが

彼らの場合、普段が普段だからか

本社に「気持ちよく出すべき物を出せ」とは言えなかったようで

「駐車場が見つかるまでの数日

アパートの駐車場に車を置かせて欲しい」

管理会社にそう頼むのがやっとだった。


本社から「ガキの使い」と叱責され、悩んだ彼らは

着任の挨拶を兼ねて夫の元を訪れた。

地元民の夫であれば、どこか駐車場のツテがあるかもしれない…

そう思ったからだ。


話を聞いた夫は即答した。

「道路を渡った目の前に、女房の実家の土地があるけん

そこへ停めんさい」

私の祖父が遺した負の遺産、問題多き狭小土地は

アパートの真向かいなのだ。


この時、夫には、ある考えがひらめいていた。

本社の営業車を停めさせる既成事実を作り

本社と交渉して、土地を買い取ってもらうという筋書きである。


あの土地の前を通るたび、サチコが口にするボヤきに

私はもちろん、夫もウンザリしていた。

わずかな金額でも、いや、タダであっても買い取ってもらえれば

サチコは固定資産税を払わなくて済むので喜ぶだろうし

我々も、あのせんない愚痴を延々と聞かされなくて済む…

夫はそう思ったのだ。


駐車場の問題が解決し、喜んで帰る2人を見送った直後

夫は土地を買い取ってくれるよう、本社に掛け合った。

これは、まんざら無謀な交渉ではなかった。

本社は消えて無くなる駐車料金はケチるが、土地は大好きだ。

これまでも、仕事で袖すり合った土地をあちこち買い取っている。


狭いけど、国道沿いというメリットを伝えれば

話の持って行き方によっては、なびくかもしれない…

夫はそう踏んだのである。

《続く》
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ハルマゲドン・4

2025年07月08日 10時08分20秒 | みりこんぐらし
これでもう、サチコに関わらなくて済む…

私は有頂天だった。

月曜と水曜の朝はデイサービスに行く前に

起きて支度をしているかを確認するために電話し

金曜は実家へ行ってデイサービスの送り出し。

合間で、サチコからの頻繁な電話に対応。

人が来ると言われれば行き、物が必要と言われれば買って届け

手続きがあれば代行し、時に買い物、時に通院…

見たくもない顔を見、聞きたくもない声を聞きながら

好き放題に使われてきた、あの日々は終わったのだ。

泥棒の汚名ぐらい、何であろう。


警察沙汰の件はサチコの実子マーヤにも連絡し

「もう世話はしない」とメールで伝えた。

が、返事はいつものようにヌルい。

「大変ですね」、「サチコさん、どうするつもりかね」

親の面倒を見たくなかったら、この手がいいぞ。


金曜日、サチコはデイサービスに泊まるので

静かなのはわかっている。

私は清々しい一昼夜を楽しんだ。


しかし土曜日の夕方になって、デイサービスのケアマネからメールが。

「お母様が、“娘と喧嘩をしているの”と言われて

しょんぼりしておられました」

やかましい!何が喧嘩じゃ!

しかし、それがサチコである。


と思ったら、家の電話が鳴った。

デイサービスから帰ったばかりのサチコだ。

ヨシコは呆れ顔で、私に子機を渡しに来る。

「何の用?」

冷たく出ると

「そんな言い方しなさんな」

「二度と電話すな言うたろ」

「ちょっと聞きたいだけよ。

わたしゃもう、あんたの世話にならずに

医者へも一人で行こう思うとるんよ。

28日は内科へ行く日じゃいうて、カレンダーに書いてくれとろう」


先月まで、町内の内科医院と隣市の精神病院へは

毎月、同じ日に行っていた。

しかし精神の調子が良くなったので

次回から精神病院は2ヶ月に一度となり、医者のハシゴは終わった。

血圧と便秘の薬をもらう内科医院は、変わらず月に一度なので

今月28日に受診する予定になっている。


「それが何か」

私は冷淡に言った。

「何を持って行ったらええかわからんけん、聞こう思うて」

「診察券とマイナンバーカードとお薬手帳」

私はさらに冷淡に言い、電話を切ろうとした。

これは、サチコの常套手段の一つだからだ。

思わせぶりに、緊急でない用件を持ち出して

「私が連れて行くよ」

という返事を引き出そうとしている。

今になって無料のタクシーと家政婦を失ったことに気がつき

つまらぬ用件を取っ掛かりに関係修復を試みたのだ。


作戦が不発に終わったサチコ、今度は間髪入れず

いつもの手である“宣言”を繰り出す。

「精神病院の方は、もう行かんけえね。

わたしゃ認知症でも鬱病でもないのに

あんたが病人に仕立てて、無理に連れて行きようたんじゃけん」


これも、色よい返事を引き出す常套手段。

まず言葉の針で相手を刺激して当惑させ

「そんなこと言いなさんなや、私が連れて行くから」

こっちが慌ててそう言うのを期待している。


「じゃあ行きなさんな、もう電話せんといて」

私はそう言って電話を切った。


「ようもまあ、平気で電話してくるねぇ!」

ヨシコが話していると、また電話がかかった。

「電話すな言うたろ」

「いや、用事じゃないんよ。

あんたにひと言、礼を言うとこう思うて…今までありがとね」

今度はしおらしく涙声。

さっきの電話が失敗に終わったため、手を変えてきたのだ。


「はいはい、お元気で」

そう言って電話を切ろうとしたら

「私はね、あんたが盗んだ物や書類さえ返してくれたら

全部水に流すつもりなんよ」

と言う。


「何が水に流すじゃ!えらそうに言うな!」

「へでも、あんたが私の実印を勝手に押して、家の名義を変えたが」

「まだ言うか!」

「私はね、家やお金が惜しいんじゃないんよ。

もうじき死ぬんじゃけん、どうだってええんよ」

「ほ〜ん、じゃあその書類を私が偽造したとして

家も金もいらんあんたに、何の不都合があるんね」

「……」

沈黙したので、電話を切った。


そして翌日の日曜日。

午前中、買い物に出ている間に

またサチコから電話があったと長男から連絡が。

放っておいたら、夕方になって家に電話があった。


「書類を返して!」

電話に出たら、またこれだ。

朝、電話をかけた時には、思いついた別の手口を使うつもりだったが

そのまま放置されたので怒りが爆発し、正攻法で来た模様。


「あれを返してくれんと困るんよ!」

「じゃあ警察行き。

何回でも行ったらええ」

「私だって行きとうて行ったんじゃないんよ。

あんたが返してくれんけん…」

「じゃあマーヤに相談し。

あんたが言う通りの賢い子なら、解決してくれよう」


サチコの泣きどころである実子のマーヤの名前を出したら

途端にテンションが下がる習性は掌握している。

これまで極力出さなかったのは

サチコの狂気がマーヤ一家に向かうのを防ぎたかったからだ。

しかし、もう解禁じゃ。


「あの子は…忙しいけん…迷惑はかけられん」

「そうよの、親を無視するほど忙しいもんのぅ」

「仮にも姉妹なのに、そんなひどいこと言わんでも…」

「その仮にも姉妹を分別して、継子ばっかり使い倒したのは誰ね」

「……」

また行き詰まって沈黙したので、電話を切った。

《続く》
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ハルマゲドン・3

2025年07月07日 15時06分46秒 | みりこんぐらし
「⬜︎⬜︎サチコさんという方をご存知ですか?」

警察からたずねられたので、私は答える。

「知っています」

「みりこんさんとサチコさんは、どういうご関係ですか?」

「私は先妻の子供で、サチコは父の後妻です」

「ああ、それで継子とおっしゃっていたんですね?」

「はい」

「お住まいの近くの交番へ来られたようですが

誰もいなかったので、こちらの署へお電話されたそうです。

継子さんが無断でサチコさんの実印を使って

サチコさんの家の権利を放棄させられたと言っておられますが

そのことについて、みりこんさんに心当たりはありますか?」

「ありません。

急に言い出したので知らないと言ったら、警察に訴えると言ってました」

「なるほど…サチコさんが急に言い出されたんですね…」

フクイ氏は、これらのやり取りをメモしている様子だった。


「サチコさんは90才と言われていましたけど、合ってますか?」

「いえ、満91才です」

「ご高齢ですね。

一人で暮らしておられるというのは、事実ですか?」

「はい」


まどろっこしい一問一答だが、サチコが認知症であることを

私からは先に言わない。

先に言ってしまったら、泥棒が認知症のせいにしているかも…

そう疑われる可能性があるからだ。

潔白を証明する口は持っているが、面倒くさいじゃないか。

戸籍上の関わりの無い義理の仲は疑惑を持たれやすいので

細心の注意が必要。

フクイ氏には丹念な質問の積み重ねによって

真実に辿り着く達成感を味わってもらう所存だ。


「生活の方は、サチコさんお一人でできていますか?」

「できません。

家事や通院は私が、あとは一日おきにデイサービスに通って

食事の方はデイサービスから昼と夜にお弁当を配達してもらってます」

「デイサービスといいますと、要介護か要支援が付いていますか?」

「要介護2です」

そうよ、5月末にあった介護認定は、昨年度と同じく要介護2だった。


「要介護が付いたのは、何かご病気が原因でしょうか?」

「アルツハイマー型認知症と鬱病です」

「あ〜、それで…

言われることが行ったり来たりで、要領を得なかったものですから。

認知症にこういうケースがあることは知っていたんですが

僕自身は初めてだったので、確認のためにお電話させていただきました」

「ご迷惑をかけて申し訳ありません。

ネックレスを盗られたと言っていませんでしたか?」

「書類のことだけで、ネックレスのことは言っておられませんでした」

その後、サチコの生年月日や家族構成、かかっている病院

通っている施設などを伝えて事情聴取は終了した。



警察から電話があったのが昼どきだったため

夫と息子たちも家にいて、やり取りを聞いていた。

「もう関わり合うな!」、「マーヤの所へ送れ!」、「捨ててしまえ!」

それぞれ怒っていたが、周囲があんまり怒ると自分は冷静になるものよ。

サチコから解放される可能性も感じたので

私はフフフと笑うだけにとどまった。


翌朝は金曜日なので、デイサービスの送り出しに行く。

しかし送り出しとは名ばかり。

私はサチコから預かっているマイナンバーカードや介護保険証

病院の診察券、お薬手帳などの通院セットと家の鍵を叩き返しに行ったのだ。


台所に入って「おはよう」と言うと

洗面所から出てきたサチコは「あら、おはよう」と返す。

「牢屋へ入っとる思うたか」と言ったら

「え?」とトボけるが、心当たりがあるのは顔に書いてある。


「警察まで引っ張り出したんじゃけん、もう面倒は見られんよ」

「あら、どうして?物が無くなったら警察に言うのは当たり前じゃが」

「どうしても私が盗ったと言うんじゃね」

「他に誰が盗るんよ、あんたしかおらんが。

確かにあった書類が無くなっとるんじゃけん」

「知らんて、何べんも言うとるが」

「知らんはずはない!

私の実印を無断で押して、あんたのサインと印鑑もあった!

あんたの字じゃったけん、間違いない!」

「じゃけん、それを見せんさいや」

「うちには無いわいね!」

「じゃあ、証拠が無いじゃんか」

「証拠は無いわいね!あんたが私の引き出しを探って盗んだんじゃけん!」

「私はあんたの実子じゃないけん

そんな書類1枚で家の所有権を変えることはできんよ」

「へでも、広島の司法書士の書類が確かにあったんじゃけん!」

「どこの司法書士ね、そこへ聞いてみたらええが」

「忘れたわ!そんなこと!」

「1日に来た国土交通省の人が、今、近所の調査をしよったけん

これから聞いてみるわ」


さっきまで鬼のような顔でわめいていたサチコ

急に薄笑いを浮かべ、目を閉じてうなづきながら静かにのたまう。

「は〜ん、元気な私を病人に仕立て上げて

何もかも奪うつもりなんじゃね…」


主張が怪しくなると、急にしたり顔になって

全てわかっているようなジェスチャーをする…昔からの常套手段だ。

これをやられると、たいていの人は怖くなって戦意喪失し

急いで折れてその場から逃げ出す。


が、そうはさせない。

「は〜ん、どうでもこうでも私を泥棒に仕立て上げたいんじゃね…」

同じ手口で応戦じゃ。

同じことをやられたら、こいつは弱い。


「病人に、ようそんなことが言えるね」

と泣き出すサチコ。

「何が病人じゃ!さっきは元気な言うたじゃないか!

元気なんじゃけん、もう世話はいるまいよ!」

「物を盗られるより、一人で生きた方がよっぽどええわいね!」

「そうしんさい、泥棒が近づいたら怖かろう、さいなら」

私は心の中でガッツポーズをし、デイサービスの迎えを待たずに

通院セットと家の鍵をテーブルに置いて帰った。

車まで、スキップした。

《続く》
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ハルマゲドン・2

2025年07月05日 09時15分08秒 | みりこんぐらし
「私のネックレスが無くなっとる!」

国土交通省の調査があった翌朝

泣きながら電話をかけてきたサチコの第一声は、これ。

いつもの認知症あるある、“物盗られ妄想”じゃな…

私はそう思った。


「昨日、知らん人が3人も来たけん、疲れたんじゃろう。

よう探してみんさい、ちゃんとあるよ」

そう言ったら

「どこを探しても無いんよ!」

といきり立ち

「一人で頑張って暮らす年寄りの物を、何で盗まんといけんの?

私に何の恨みがあるの?」

今度はさめざめと泣く。

ああ、いつものヒロインモードに入っとるな…

私は思った。


「大の男が、しかも国家公務員の高給取りが

ネックレスなんか盗るわけないが」

「あの男らじゃない!犯人は女よ!」

「はあ〜?どこの女ね?」

「とぼけなさんな!あんたじゃが!」

「私かいっ?!」

「他に誰がおるん!引き出しを探って盗ったんじゃ!

あんたは前から、私がデイサービス行っとる隙に

私の物やお金を盗りようるんじゃ!

わたしゃボケとりゃせんよ!全部知っとるんじゃけんね!」


あんたねぇ…私は脱力して言った。

「ナンボ病気でも、言っていいことと悪いことがあるよ。

何年もさんざん世話させて、あげくが泥棒扱いか」

認知症が進むと妄想や作話(さくわ)が増え

それによって生じる被害は、親身に世話をする人間に向かうものだ。


「私は病気じゃないよ!

人を勝手に病人に仕立てなさんな!

家の鍵を持っとるあんたしか、盗る者はおらんが!」

「ええ加減にせえよ!

あんたの土産物に毛が生えたような古いネックレスを

誰が欲しがるんじゃ!いらんわ!」

「嘘をつきなさんな!ネックレスだけじゃないわいね!

私に無断で書類を書いて、家まで盗ったが!」

「はあ〜?何のことね、そりゃあ!」

「家の権利を私が放棄して、あんたの名義に変える書類じゃが!」

「ちょっと待て!何のことかさっぱりわからん!」

「私に無断で書いて、私の判を押して国へ出しとろうよ!」

「知らんわ!そんなもん!」

「わたしゃ、書類をこの目で見たんじゃけん!

間違いなくあんたの字じゃった!」

「そんなもんがあるんなら、見せてみい!」

「あんたが国へ出してしもうたけん、家には無いわいね!」

「何を寝言言うとんじゃ!そげな物は知らんで!」

「またとぼけて!

私を宿無しにして、追い払うつもりじゃろう!」

「アホか!家なんかいらんわ!」

「自供せんのんなら警察行くけんね!」

「おう!行けぇや!受けて立っちゃるわい!」

「私に向かってようそんな口がきけるね!

やっぱりあんたは恐ろしい人間じゃ!」

「その言葉、そっくり返すわ!」


サチコが黙って何も言わなくなったので、私から電話を切った。

この沈黙は、セリフに詰まったのではない。

彼女は昔からそうだが

これはメラメラと燃える怨念のエネルギーを体内に蓄えながら

次の鋭い一手を考えている時間だ。


電話を切った私は、スカッとしていた。

認知症が進むと、妄想がひどくなる。

若い時分から悪意のある妄想癖が強かったサチコなら、なおさらだ。

サチコ劇場の創作ドラマには慣れているので

盗っ人呼ばわりされた怒りよりも

大声で言いたいことを言えた爽快感の方が勝ったらしい。


聞き苦しい応酬に疲れ果てたのは私でなく、義母ヨシコ。

耳は遠くなっているが、私の怒鳴り声はよく聞こえたようだ。

「腹が立つのを通り越して、気分が悪うなったわ。

本当に恐ろしい人なんじゃね。

何年も面倒見させて、よくもまあ勝手なことばっかり…」

お前もな、と言いたいが、言わない。


一夜明けた7月3日、昨日のことなどすっかり忘れ

昼休憩で帰宅する家族の食事を用意していた12時前

家の電話が鳴った。

電話に出たヨシコが緊張した面持ちで台所に来て

私に受話器を差し出す。

「◯◯警察署のフクイさん…から…」

私の住む町の警察署だ。

すぐにピンときた。

サチコのやつ、本当に警察に通報したらしい。

やりやがったな!


昨日はデイサービスがあったので警察へは連絡せず

今日になって実行したのだ。

物忘れはひどいのに、こういう憎しみ関係は

一昼夜経っても記憶が残るらしい。


私はどんな気持ちだったか。

信じていた人に同じことをされたらショックかもしれないが

サチコと私の間に信頼関係は無いので何ともない。

これでこそサチコだ。


折しも昨日、月番の交代で隣へ行った時に奥さんが話してくれた。

「友だちのお母さんなんだけど、娘に自分の財産を盗られると言って

しょっちゅう警察に行くから困ってるんですって」

たまたまそれを聞いていたのも幸いした。


「お電話代わりました、みりこんです」

私は愛想よく電話に出る。

「◯◯署のフクイといいます。

⬜︎⬜︎サチコさんという方をご存知ですか?」

中年らしき男性警察官は、柔らかい口調でたずねた。

《続く》
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ハルマゲドン・1

2025年07月04日 13時04分06秒 | みりこんぐらし
7月5日に、何か起きるという噂。

「1999年7の月、空から恐怖の大王が降ってくる」

だっけ?

大昔、ノストラダムスが予言したその現象がハルマゲドンで

時期の方が実は今年の7月5日のことだったとかなんとか。

今は映画の影響で“アルマゲドン”と呼ばれるようになったが

当時はハルマゲドンと呼んでいたものだ。


7月5日のネタ元は漫画家の見た夢だそうで

地震や津波、戦争、惑星の衝突など

色々と言われて世間はかまびすしい。

「1999年の時と同じで、これといった大ごとは無いさ」

とタカをくくりたいところだけど

トカラ列島で続く地震や他国の戦争などを考えると

そうも言っておられまい。


その7月5日が、いよいよ明日でねえか。

すでに世間では「5日でなく別の日のこと」

「必要以上に心配しなくて大丈夫」などの意見が出ているが

防災意識だけは持って生活したいと思う。



で、とりあえずハルマゲドンは昨日の昼、私の所へピンポイントで落ちた。

だから安心して、とは言わないが

歩くハルマゲドン…実家の母サチコから渾身の爆撃があったので

そのことをお話ししてお茶をにごしたいと思う。


発端は7月1日だった。

以前からお話ししているが、実家前の道路の拡張工事に伴って

家の立ち退きが決まっている。

コロナで中断されていた工事が今年の初めに再開され

いよいよ近くまで迫ってきたので、家の中を調査するそうで

7月1日の午後、国土交通省から調査員が家に来ることになった。


私がサチコからこのことを聞いたのは、当日の午前中。

「頭がボケたけん、忘れとった」

彼女は半ベソをかいて電話をしてきたが、私にはわかっている。

立ち退き…つまりそれによって発生する立ち退き料のことを

私に知られたくない一心で、ギリギリまで黙っていたのだ。


なぜならサチコは国から支払われる立ち退き料を

実子のマーヤにそっくり渡し、立ち退きから外れた家の一部と

まるまる残る裏庭を継子に押しつけたい。

現金は邪魔にならないが

中途半端に残った使い物にならない土地には

未来永劫、固定資産税が発生するため

娘に煩わしい相続をさせたくないのがサチコの本心だ。


無事に立ち退き料が入ったら

「自分の面倒を見てくれたお礼」

ということにして、残った値打ちの無い土地を私に譲渡する気満々。

サチコと私には血縁が無いので、相続は発生しない。

だから贈与でなく譲渡という形になるのである。


父が先に他界し、実家はサチコが相続したので

我々先妻の子供は家と無関係になった。

いずれサチコが亡くなれば、彼女の実子が相続する。

夫婦の死亡時期によって相続権が変わるのが、再婚である。


私と一つ下の妹は、そのことについて全く異論は無い。

サチコが長年住んで好きに使い、彼女の思念が染みついた古くて狭い家…

それは我々にとって、ホラーハウス以外の何ものでもない。


しかしサチコは違った。

伴侶の他界で手にした家を、我々先妻の子供が欲しがっていると思いたい。

彼女の中で我々は、他人の財産を狙う欲張りな継子…

ということになっていて、常に警戒していた。

それが、なさぬ仲というものである。


それはともかく立ち退きに関しては、話が出てから20年

詳しい経過はこれまで一切、私には知らされていなかった。

だから私は触れてはいけない他人事として傍観を決め込み

届く文書も連絡先も知らないままだった。


しかしこの度、工事が近づいてきたので

10年ぶりに国土交通省から人が来るという。

近年、家に人が来ることに

強いストレスを感じるようになったサチコは

直前まで悩んだ末、私を呼ぶことにしたのだった。


急なことではあったが、来てくれと言われたんだから仕方なく行く。

そして3人の調査員が、各部屋のあちこちを細かく計測したり

パシャパシャと写真を撮る作業に2時間ほど立ち会った。


3人の話によると、同じ調査が10年前にも行われたそうで

エアコンや玄関ドアなど、この10年間に新調した物を

入念にチェックしていた。

この調査が終わったら最終的な立ち退き料が決定し

こちらが金額に納得したら契約、それから何度か話を詰めて行って

正式に立ち退きの日程を決めるそうだ。


調査員が滞在していた2時間の間、サチコは全く普通で

台所のテレビを見ながら、うたた寝をしていた。

やがて調査員が帰ったので私も帰ったが、その時も普通だった。


しかし翌朝、異変が。

サチコが泣きながら電話をしてきた。

《続く》
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ボクボク詐欺

2025年07月01日 09時27分13秒 | みりこんぐらし
毎週金曜日は実家の母サチコがデイサービスに泊まるので

私は朝9時半、送り出しに行く。

サチコは日帰りのデイサービスにはすっかり慣れたが

金曜日の泊まりは今だに嫌がるからだ。


夕方が近づくとデイサービスの仲間が次々に帰って行くので

それを見送るのが悲しい…というのが彼女の主張。

が、そうはいくか。

サチコが施設に泊まる金曜日の晩は

急に思い立った用事や、急に訪れた寂しさを訴える電話がかかってこない。

週に一度、私が心からリラックスできる貴重な夜なんだから

宿泊をやめさせるわけにはいかんのじゃ。


しかも1年後か2年後、道路の拡張で家が立ち退きになったら

否が応でもよそへ行かなければならない。

それが老人ホームであっても、実子マーヤの家であっても

自宅以外で寝ることに慣れさせておく必要があるため

叱咤激励して支度をさせている。


施設のほうもちゃんと心得ていて、毎週金曜日には

サチコお気に入りの若いイケメンを差し向けるようになった。

優しい彼がニッコリと微笑み

「じゃあサチコさん、行きましょうか」

と言えば、さっきまでゴネていたサチコは

何かに操られるように付いて行くのだ。

ともあれ実家へ行くのは金曜日だけになったので

私は非常に楽になった。


で、先週も行った。

いつものように「泊まりたくない」とゴネると思いきや

この日は違った。

「さっき、ケンタロウから変な電話があったんよ」

ケンタロウというのは、サチコの娘マーヤの長男…

つまり、サチコが目に入れても痛くない初孫である。


サチコの話はこうだ。

家に電話がかかって

「おばあちゃん?おばあちゃん?」

と若い男の声がした。

「誰?」

「ボクだよ、おばあちゃん」

「…ケンタロウかい?」

「うん、ケンタロウ」

「どしたん?」

「ボク、カバンを盗まれて困ってるんだ。

ちょっと目を離した隙に、誰かに盗られたんだよ」

「ええっ?」

「ねえ、おばあちゃん、家にお金ある?」

「少しなら、あるよ」

「いくらぐらい?」

「5万円ぐらいかのう」

「5万円でいいから、貸してもらえない?」

「いいよ」

「じゃあ、これから行くから待っててね、おばあちゃん」

「うん、うん、待ってるよ」


サチコは盗難に遭ったという孫を心配しながらも

久しぶりに孫に会える喜びもあり

一方で関西にいるはずの孫が、なぜこの近くに?という疑問や

父親似で無口なはずの孫が、明るく饒舌だった不思議も相まって

複雑な気分で待っていた。

しかし、来たのはケンタロウじゃなくて私。

ここでサチコは我に返り、おかしいことに気がついたらしい。


「オレオレ詐欺じゃん」

話を聞いた私は、言った。

「やっぱり?ケンタロウが来るわけないよね」

「今までそこにおるかとも言わんかった孫が

遠くからわざわざ何しに来るんよ」

「そうよねえ」

「関西弁じゃった?」

「いいや、東京弁みたいな感じ」

「ケンタロウじゃないよ。

どんなのが来るか、見てやろう」

私はそう言って待ったが誰も来ず

10時になるとデイサービスから、いつものイケメンが迎えに来た。


「泊まる日で良かったが。

このまま家におったら強盗が来るかもしれんけん

よそへ避難しといた方がええわ」

「ほんまじゃ、家におる日じゃったら怖いわ」

サチコはそう言ってイケメンに手を引かれ

いそいそと施設へ泊まりに行った。


今回かかった電話は、孫を騙ってお金をせしめる手口と

家にあるお金の額を聞き出し、後で押し入るアポイント強盗…

1本の電話でダブルの効果を狙っている。

時代の流れか、オレオレはボクボクと、いささか上品になり

効率も考えて巧妙化している気配。

悪人は、どんどん進化しているようだ。


サチコがデイサービスに行った後も

私はしばらく待ってみたが、やはり誰も来なかったので帰った。

家に来ようとしたら私が来たからか

それとも向かいが交番だと知ったからか

または近くまで進んだ立ち退き工事で業者が大勢いたからか

とにかく詐欺の人は来なかった。


家に帰り、家族にこの出来事を話したら

「警察にひと言、伝えた方がええんじゃないんか?」

いつになく夫が、まともなことを言うではないか。

目の前の交番に行けばいいことなので、私もそれは考えた。

「面倒なけん、行かんかった」

と言ったら呆れられたが

今後、泊まりたくないとゴネたら、この手が使えそうなので

私はほくそ笑んだ。
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実は…

2025年06月27日 09時06分14秒 | みりこんぐらし
『ペットロス』

愛犬パピが虹の橋を渡って、はや9ヶ月…

実は未だにペットロス。

ペットを亡くすとつらいのは聞いていたけど

ここまでとは思わなかった。

もうね、親を亡くした時より悲しい。


特に重症なのが長男と私で

再びパピヨン犬を迎えることも検討したけど

今のところ、パピ以外の子は考えられない。

近所に、ハスキーを亡くして芝犬を2匹迎えたお家があるけど

「数を増やしても、ハスキーの代わりにはならないのよ」

奥さんがそう言ってた。

相性ってあるのよね。

またいつか会えると信じて、生きるしかないわ。



『サチコの病名』

実家の母サチコは認知症、そして老人性の鬱病。

そのことは去年から知っていたけど

実はアルツハイマー型認知症だと知ったのが、この月曜日。


月に一度の受診で薬をもらい

それをデイサービスの施設へ預けに行った時

施設の看護師と話していて、いつになく薬歴表を見た。

薬歴表というのは、もらった薬の効能や成分を書いてある紙。


そこに「アルツハイマー型の認知症状の進行を抑制するお薬です」

と書いてあるじゃないの。

あ〜ら、びっくり。

この人、アルツハイマーだったんだわ。

知らんかったわ〜。


別に何型の認知症だろうと、私が知ったところで

どうにもなりゃしないんだけど

先生も言わないし、私も関心が無いから聞かなかった。

薬歴表をじっくり見ることもなく

そのまま薬と一緒に施設に渡していたから、今まで全くノーマーク。


入れる施設のことは必死で調べて

少しは詳しくなったつもりでいたけど

病名は知らなかった、このていたらくよ。

疎遠だった継母の世話をするのは大変かもしれないけど

疎遠だった継子に世話をされる継母も大変ね〜。



『こども食堂』

賛否はあるだろうけど、実は私、このフレーズが嫌い。

何で、こども食堂なんて物ができちゃうの?

親がちゃんと食べさせていれば、存在しなくていい物じゃないの?

は?親の貧困ですって?

子供に満足に食事を与えてやれないほど貧困と言いながら

スマホ持ってる親も、美容院行ってる親も

タバコ吸ってる親もいるよね。

今じゃ、こども食堂は全国に普及してきて

貧困が目立たないように、そうでない子供も行っていいらしいけど

本来はこども食堂なんて必要無い政策や行政を行うのが大事なんじゃないの?


と言うのも、私の町にもこども食堂があるのよ。

福祉が必要なのはご自身では?と言いたくなるような

外見も中身もあやうい高齢の女性が運営しておられるわ。


その人のことを何で知ったかというと

リュック背負って、うちの前をよく歩いてるから。

知らない人とすれ違ったら

「こんにちは」と言えば、普通はそれで終わりじゃんか。

でも彼女は違う。

つかまったら最後、一方的に話し続けて終わらない。

一人暮らしの高齢者あるあるよ。

その長い話の中で、彼女が月に何回か

こども食堂を運営していると知ったんだけど

「大丈夫か?」という懸念しか浮かばなかった。


ちょっと前に、ある場所でその人とバッタリ会った。

会ったけども、彼女は私のことを知らない。

誰にでも話しかけて、おしゃべりの餌食にしてしまうから

何も覚えてなくて、私とは初対面だと思ってる。


で、彼女は大勢の人がいる所で

いつものようにこども食堂の話を延々として

大声でおっしゃるんだわ。

「今年は国から5百万円の補助が出た」

なんてことをさ。


大金に慣れてないからか

周囲に知らしめることで寄付を集めたいからか

5百万、5百万って、得意げに周りを見回しながら繰り返す。

わたしゃ怖くなったわよ。

このご時世に大金のことをペラペラしゃべっちゃうことも

そういう大人が子供と頻繁に接触していることもよ。


全国のこども食堂のことは知らない。

それぞれ志の高い立派な方々が運営しておられるのだろうし

それで助かっている家庭もあると思う。

だけど、うちらの町のように人口の少ない田舎は

ボランティア精神と暇、両方ある人の絶対数が少なくて

その上に体力があって料理を作ろうかというマメな人物となると

ますます少数になる。


結果、手を上げた者が優先されるという、一種のギャンブルが発生。

つまりお世話を受ける子供は、お世話をしてくれる人を選べない。

その辺に、闇を感じてしまうのよ。

やっぱり好きになれないわ、こども食堂。



みりこん食堂は、冷やし中華始めました。
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残念な話

2025年06月18日 10時42分40秒 | みりこんぐらし
『発熱』

風邪をひいて、久しぶりに熱が出た。

マックスは37度8分。

原因はわかっている。

ちょっと前から夫が風邪を引いていて

お寺料理で疲労した私に感染したのだ。


しかし、姑仕えの身で寝込んではいられない。

義母ヨシコが負けじと病人を装うため、かえって用事が増える。

だからこっちも平静を装い、症状が落ち着くまで耐えるのが常だが

やっぱりトシね、気が弱っちゃって

「こんな無茶な暮らしがいつまで続くやら…

いっそ、あの婆さんより先に逝った方が楽かも…」

なんて思っちゃったわよ。


だけど、昨日は奇跡が起きた。

午後から夕方まで、人が来ず、電話も鳴らず。

これはどうしたことじゃ。


ここ何年も、こんな日は無かった。

老人体操教室のお仲間、そうでなければ夫の姉カンジワ・ルイーゼ

それからヨシコの妹が、入れ替わり立ち替わり遊びに来るわ

通販の電話はかかるわ、怪しげなサプリや無駄な化粧品は届くわ…

これらのどれかが無かった日は、一日たりともありゃしない。


それが昨日は全く無かったので、私は午後のまとまった数時間を

睡眠に費やすことができて、復活した。

神はいると思った。

が、できるならば神には、もっと肝心な所で出現してもらいたい。



『ビワ』

先月、義兄キクオの快気祝いで夫の姉カンジワ・ルイーゼの家に行き

ビワの袋掛けをしたことはお話しした。

2〜3日前、ルイーゼがそのビワを持って来た。

が、まだ青くて硬く、とても食べられるシロモノではない。

収穫してみたものの

食べられないから持って来たのがルイーゼらしいところ。


私が必死で袋を掛けたというのに、フライングしおってからに。

大量のビワは台所に放置されているが、今後どうなるのかは不明。



『服』

先週末、夫の中学時代の同窓会があった。

夫の学年はクラス別の同窓会が主流なので

男女合わせて十数名の小規模な会合だ。

彼はこの日を楽しみにしていて

しばらく前から、幹事の元郵便局長Y君と一緒に準備に勤しんでいた。


「安く上げたい」と主張するY君は、レンタルスペースの利用を提案。

お客の来なくなった駅前の旅館が転業してレンタルスペースを始めていて

一人につき300円を払えば、大広間を貸してくれるそうだ。

そこへオードブルや飲み物を持ち込めば安く上がる…

Y君はそう言うのだった。


「安く上がるわけないけん、店でやった方がいいんじゃない?」

同窓会の会計歴が長かった私は、意地悪く言ったものだ。

安さに惹かれる者は、一方で飲食物が足りなくなるのをひどく恐れる。

足りないことより、不満を口にされるのが怖いのだ。

そこでついあれこれ買い込むから、予算オーバーは必至である。


しかもレンタルスペースとなると、準備や後片付けが付いて回る。

「俺たちがやる」

最初、男は豪語するが、手際が悪いので

結局は女の手を取ることになるのだ。


夫にそれを言ったら、ムッとした様子。

「とにかく一回やってみんことには、わからん」

そう言うけど、普通はやる前にわかると思う。


いよいよ同窓会当日となった朝、夫はいつになく言った。

「服が欲しい」

同窓会への意気込みが感じられた。

しかし、女絡みのお洒落ではない。

彼は同級生とは恋愛しない。

なぜなら子供の頃を知られているため、嘘や夢物語が通用しないからだ。

浮気者は、ホラを吹けない相手が苦手である。


ともあれ、二人で市外のスポーツショップへ行った。

彼の服はたいてい、そこのゴルフコーナーで買う。

サイズはXO、選ぶ権利はほとんど無いので

シャツとズボンはすぐに決まった。


「もう一揃い、買っておこうよ。

サイズがある時に買っておいた方がいいよ」

私は言ったが、夫は首を振る。

「汚れたら、どうするん?」

「汚れるわけないが」


夕方になり、夫は買った上下を着て、嬉しそうに出かけて行った。

しかし10分後に帰宅。

「オードブルを運んでいたら、汁がこぼれた」

見たら、お腹もズボンもグチャだ。


が、それが夫なので、今さら驚きはしない。

注文した店からオードブルを運ぶ…これはまあ、できるよね。

だけどそれを車から降ろす時、斜めにしない知恵は…無いよね。


私は即座に問うた。

「車はっ?!」

服は洗えば済む…しかし車のシートはそうはいかんじゃないか。

「車は大丈夫」

夫は得意げに答えながら、風呂場へ。

風呂へ入り直す必要が生じるほどの汚れっぷりだったわけよ。 


古い服に着替え、再び会場へ取って返す夫。

朝から服を買いに行ったのは、何だったんだ。


レンタルスペースでの同窓会は楽しかったようだが

やはり準備と片付けが大変だったそう。

「レンタルスペースでは二度とやらん」

夫は忌々しげに言った。

会費は一人7千円だったという。

ちっとも安く上がってないと思う。
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設定詐欺

2025年06月04日 08時56分12秒 | みりこんぐらし
長男の知り合いに、私より二つ三つ年下のYさんという男性がいる。

彼の仕事は、技術系の自営業。

長らく認知症の母親の介護を続けていたが

最近、近くの施設に入れることができた。

そこで彼は、店で寝起きしながら面会に通っている。


彼の奥さんは、その母親と折り合いが悪い。

姑の世話はしないと宣言し、店とは別に構えた家で

未婚の娘と生活している。

だから夫婦は、何年も前から別居状態だ。

私が奥さんの強気を少々うらやましく思っているのはともかく

Yさんは厳しい経営の中から奥さんに生活費を渡し

母親を引き受けて一人暮らしを続けていた。


彼には深刻な持病があり、入退院と通院を続けている。

食事療法が必要な病気だが、男の一人住まいは

コンビニ弁当やラーメンばかりなので、持病は悪化の一途。

病気や薬のせいなのか、母親の血を引いたのか

物忘れがひどくなる一方なので、うちの長男を何かと頼りにし

長男も可能な限り、彼の要請に応えていた。



その日も長男は仕事帰りに、Yさんの店に寄った。

すると店にはコピー機なんかのOA機器の会社から

若い営業マンが来ていて、何やら熱心に作業をしていたという。


あんまり長いこと居るので、長男はかすかな違和感を持った。

うちの会社にもOA機器の業者は来るが

定期的な点検だったりトナーの交換だったりで、さほど長居はしない。

そして修理が必要な時は、先に代替え機を届けて壊れたのを持ち帰るか

いっそ新品を勧める。

昔と違って現代は、その場で長いことかけて修理するような機械は無く

また、修理の技術まで持っている営業マンもいないのが一般的だからだ。


「あの人、ずっと何してんの?」

長男がYさんに小声でたずねた。

彼が言うには、Yさんのスマホと店のコピー機を連動させ

届いたFAXを外出先からスマホで見られるように

設定してくれているのだそう。

しかし機械が古いので設定がうまくいかず、時間がかかっているという話。


Yさんとその人物は初対面だったが

OA機器の担当が変わるのはよくあることだし

店のコピー機と同じメーカーの身分証を首にぶら下げていたので

すっかり信用しているのだった。

長男もまた、通院が頻繁なYさんが

出先でFAXを見ることができれば便利なんだろうと思い

余計なことは言わなかった。

やがて男はYさんを呼んで何やら話し、帰って行った。



異変が起きたのは、一週間後のこと。

Yさんの元へ、一通の封書が届いた。

大手サラ金から届いた、50万円の賃借契約書だ。

Yさんは知らないうちに

サラ金から50万円を借りたことになっていたのだった。

♩初めての〜ア◯ム♩


Yさんは驚いて、長男に連絡してきた。

「警察に付いて来てくれ」

Yさんに請われるまま、長男も同行。

忘れっぽいYさんに、サポートの必要を感じたからである。


警察署で事情を話し、判明したのは“設定詐欺”という手口。

店に来ていた、OA機器の人が犯人だった。


その手口はまず、OA機器とスマホを連動させると言って

被害者のスマホを借りる。

それから設定のために暗証番号やキーワードが必要だと言って

生年月日などの個人情報を聞き出しながら

そのスマホでサラ金のネット申し込みをする。

サラ金が審査をしている間、設定に手間取っているフリをして時間を稼ぐ。

審査が済んで借金の申し込みが承諾されたら

現金の受け取り方法は、口座振り込み以外の方法を選択する。

今どきは、色々あるらしい。


そして被害者にスマホを返し

「会社に帰って、やり方を調べてからもう一回、来ます」

などと言って帰り、二度と現れない。

長男がYさんの店に行ったのは、承認待ちの時間だったと思われる。


警察の話では、こういったスマホの設定に関する詐欺が増えているという。

身分証を持っていたのは、以前その会社に勤めていたか

複数社の身分証を所持して犯行に及ぶプロ…ということだった。


この手口はOA機器だけでなく

防犯カメラやインターホンなど、一般家庭にある機器にも使えそう。

機械とスマホを連動させて便利にすると言われ

スマホを渡したら最後、詐欺られる可能性を疑うべきだ。


それでも万が一、被害に遭ってしまった場合

サラ金の借金は、びっくりしてわずかでも払ってしまうと

債権が被害者に移るので、絶対に1円も払わず

急いで警察に行くことをお勧めする。

被害届を出すに値する事件であれば

何らかの救済措置を提示してくれるはずだ。

Yさんの場合、弁護士がサラ金と交渉してくれることになったらしいが

何しろ忘れっぽい彼のことだから、その話がどこまで本当なのか

今のところわからない。


それからさらに数日が経ち、犯人は別の土地であっさりお縄となった。

とある店舗で同じ手口を使っていて怪しまれ

こっそり通報されたそうだ。

その被害者、Yさんよりしっかりしていたらしい。


犯人は単独犯で、以前、OA機器のメーカーに勤めていたそう。

その時の身分証を持っており、在職中に入手した顧客データによって

同じメーカーの機器を置いている個人事業主を把握していたという。

個人を狙うのは、周りに人がいないので怪しまれる可能性が低く

騙しやすいからであろう。


スマホを持ってはいるが、年齢的に詳しくなく

ちょっとボンヤリしていてお人好しのYさんは

犯人にとって格好のカモだった。

ガードが甘かったと言えばそれまでだが

知らない間に借金ができていた衝撃や恐怖は大変なものだ。

高齢者は特に、気をつけていただきたい。
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お客様

2025年05月31日 10時09分05秒 | みりこんぐらし
このところ、義母ヨシコの来客が増加傾向。

来客は主に、近所の老婦人たちだ。

ヨシコが通う老人体操教室で親しくなった方々である。


お婆ちゃんたちが入れ替わり立ち替わりうちへ来て

午後のひと時を過ごす習慣は、今年の春から始まった。

それは夫の姉カンジワ・ルイーゼが

パーキンソン病の亭主キクオの介護に追われるようになり

あんまりうちへ来なくなった時期と被る。

その理由は、結婚以来45年に渡って毎日来ていた娘が来なくなり

寂しいヨシコが気軽に声をかけるようになったのもあるが

娘がいないのを知ったお婆ちゃんたちが

気軽に訪れるようになったのもある。


お客が来ると、寂しがり屋のヨシコが私につきまとわず

数時間は部屋にこもってくれるのでありがたい。

しかし、この新しい習慣には少々弊害もある。

コーヒー、お茶、お菓子…接待は私の役目だ。

年寄りの長居は決定事項なので、私は午後いっぱい

接待に追われる身となる。


そして茶菓を出す私に、ヨシコは毎回もれなく

大袈裟に驚いて見せる。

「あらあら!どうしましょう!すいませんねえ!」

これは、彼女が昔からやるお決まりの演技だ。

きつい嫁に遠慮していると、お客にさりげなく印象付けたい。


「ごめんねえ、昼寝ができんねえ!」

続いて言う、これも演技。

怠け者の嫁は昼寝が日課と、お客にさりげなく印象付けたい。

この苦々しさを気づかぬフリで耐え忍ぶ…それが姑と暮らすということだ。


が、お客が来ると、たまにはいいこともある。

先日は、えんどう豆をもらった。

中には手ぶらで来ない人もいるのだ。


その夜は、さっそく豆ご飯を作った。

以前にもお話ししたように思うが、うちの豆ご飯はひと手間かかっている。

豆は出汁と塩少々で別に茹でたら、しぼまないように氷水で冷やすのが

美しい球形と緑色を保つコツ。

最初から米と豆を一緒に炊くと、豆はシボシボに変形し

色も悪くなるだけでなく、豆の匂いがきつくなる。

その臭みが好きな人ならいいけど、嫌う人もいるものだ。


豆を茹でたら、この茹で汁に薄口醤油と酒で味付けして

米だけを炊く。

ご飯が白いのが好きな人は、塩だけでもいい。

そして米が炊き上がったら間髪入れず

冷やして水を切った豆を炊飯器に投入、5分ほど待って出来上がり。

豆の鮮やかな緑と、優しくも楽しい食感は

もらい物の豆のやっつけ料理ではなく、れっきとしたご馳走の一つになる。

洋風にしたい時は、米を炊く時にバターをほんの少し入れると

風味が変わって美味しい。






お客様といえば先日、ムク鳥のヒナが庭を歩いていた。

裏山から飛んで来て、落ちたらしい。

こんなに可愛いお客様なら、大歓迎よ。

親鳥が探していたので、山へお帰りいただきました。

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私設案内人

2025年05月27日 09時48分45秒 | みりこんぐらし
昔の選挙で顔見知りになった、Cさんという80才近い男性がいる。

物腰が柔らかくて素朴な、いわば毒にも薬にもならない人だ。

独身を通してきたからか、外見は若く見える。

独身だったのは、婚期を逃しているうちに母親の介護が始まったから。

一人っ子の彼は、大好きな母親の世話を喜んでやっていた。


そんな彼と十数年ぶりに再会したのは、去年だか一昨年だか。

場所は、町内にある公共施設。

駐車場が豊富なため、私は月に一度、その建物で友人たちと合流し

おしゃべりに興じたり、どこかへ出かけて遊んでいる。

そこへ彼が通りかかったのだ。

彼の家はその施設の近所なので、見かけたことに不思議は無かった。


お母さんは数年前に102才だかで亡くなり

今は寂しく一人暮らし…

挨拶が済むと彼は言い

その寂しさを紛らわすために始めた趣味について雄弁に語り始めた。


その趣味というのが、観光客の案内。

彼と再会した施設の周辺には

チラホラと観光客が訪れる、ちょっとした観光スポットがある。

彼はその圏内で生まれ育ち、今も生活しているため、色々と詳しい。

だから、観光に訪れた人を無料で案内しているのだそう。

観光客には喜ばれ、自身も暇な一日を有意義に過ごせるので

今はそれが生き甲斐になっているという。


良い趣味だ…私も最初は思った。

しかし疑問が浮かぶ。

通常、この町の案内人は市の観光協会に所属し

歴史や見どころの他に、救命やトラブル対応の講習を受けた人が

予約制で案内をすることになっている。

しかし彼の口ぶりでは、協会に属さず個人的にやっている様子。

それをたずねてみたら、無邪気にうなづく。

モグリじゃん…。


疑問はもう一つ。

「観光客を、どうやってつかまえるんじゃ?」

朴訥なCさんが私設案内人として

活躍できる取っ掛かりがわからないではないか。


この疑問をぶつけると、Cさんはことも無げに言う。

「そこら辺を流して歩いて、優しそうな観光客に

“写真撮らせてください”言うて近づくんよ。

“どうぞ”と言うたら、たいていは優しい人。

それで仲良うなって、“よかったら案内しましょうか?”と聞いて

向こうがウンと言えば成立よ」

ナンパじゃん…。


そして彼はポケットからガラケーを取り出し、得意そうに言った。

「この携帯に、写した写真がいっぱい入っとる」

写真を撮らせてくれと言われてその気になったら

出てきたのはカメラでもスマホでもなく、ガラケー。

Cさんは気づいてないが、向こうは軽い衝撃かも。

その彼にいざなわれるまま、付いて行く人といったら

この脱力感をものともしないツワモノか

あるいは微笑ましく思う慈悲深い善人なのであろう。

Cさんは気づいてないけど

ガラケーだとSNSなんかに載せられない安心感も無きにしもあらず。


「気の利いた観光客に当たったら

お礼にコーヒーや昼ご飯をご馳走してもらえるんよ」

結局、そこかい…。


大丈夫かな?

その思いは残ったが、私がとやかく言うことでもないので

そのまま別れた。


そして先日、やはり同じ施設でCさんを見かけた。

トイレ休憩や飲食のために施設を訪れる観光客を

鋭い目つきで物色している様子だ。


しかし驚くべきは、そのファッション。

それらしき帽子を被り、それらしきベストをお召しなのだ。

それらしきというのは、文字こそ書かれてないものの

いかにも町公認の案内人であるかのような

黄色と緑色の目立つキャップに、揃いの黄色と緑色のチョッキ。

どこで手に入れたのか、制服めいた上下は

お爺さんの普段着とは明らかに違う。

その姿はパッと見、地域の公的な役割に従事する人物に見えた。


つまり彼は、より案内人らしくバージョンアップしていたのだ。

Cさんの趣味を知らなかったら、私でもだまされるだろう。

観光客をゲットするために仮装までする…

これはもはや詐欺ではないのか。

詐欺とは言えないまでも、グレーゾーンは確定だ。


私は軽い恐怖を感じて、彼に発見されないよう身を縮めた。

その恐怖は、詐欺だからではない。

老化に対するものだ。


暇で、寂しくて、誰かと触れ合いたいのはわかるが

そのために仮装までして他者をだますのはいけない。

本人はおそらく、それを名案だと思っている。

名案だと思っているから、そんな格好をして出歩けるのだ。

その思考こそが、老化。

年寄りの本当の恐ろしさは、これなんじゃよ。


ええ、もう、周りに同じようなのが複数人いる私には

ピンときてしまうのよ。

その人たちは、まさか仮装まではしないけど

アレらが大真面目でやる取り繕いや装いが同じテンション。

わかりやすいところで言えば

実家の母サチコが、顔を隠して精神病院から脱走するために

大きいマスクを持って来いと私に指示した、あれと同じ脳内ランク。


そんなCさんが行う観光案内は、観光客が本当に楽しめる水準なのか。

彼は私にも案内してあげると言っていたので

一度案内してもらって、そのレベルを確認してみたい気もするけど

話しても面白くない人の観光案内は期待薄だ。

しかも仮装までするような人だから、その後の粘着性が心配。

その上、お礼代わりに昼ご飯を奢らされたんじゃあ割に合わない。

そのうちCさんの観光案内は

老化によるトラブルが起きるんじゃないかと思っている。
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野暮用・2

2025年05月15日 14時52分58秒 | みりこんぐらし
実家の母サチコを連れて、病院へ行く月曜日がやってきた。

寝不足でフラフラしたが、精神病院の方は予約制なので行くしかない。


それでなくても、月に一度のこの日はハードなのだ。

昼に家を空けるので、家族の昼食を作ったら

まず実家へサチコを迎えに行き、予約した11時までに隣市の精神病院へ。

診察が終わって薬をもらい、お昼前に地元の内科医院へ滑り込む。

それから私の住む町まで一旦戻り

サチコが楽しみにしている外食と買い物に連れて行く。

月曜日は、地元周辺の数少ない飲食店が休み。

たとえ開いていても、こだわりの強いサチコが許す店しか入れない。

だから多少は賑やかな私の町にある

お気に入りのレストランへ行くしかないのだ。


それからまた地元へ戻って、施設に薬を預ける。

認知症のサチコは薬の管理ができないので

施設が弁当を配達してくれる時に

薬も一緒に持って行って飲ませてもらっているのだ。

その際、間違いがあると施設に迷惑がかかるので

薬は同じ日に同じ日数分をもらい

まとめて預けるという安全策を取っている。

それが終わったらサチコを家に連れて帰り、私は解放されるプログラム。


鬱病と認知症のサチコを連れ歩くのは、神経を使う。

介助はいらないが、歩く時は手を引いて段差や傾斜に注意したり

トイレを促したりを始め、おかしなことをしないよう

常に気を張っている。

スーパーの支払いが機械だと無理だし

目を離すとカートを人にぶつけたり

手の届かない所にある品物を取ろうとして

商品棚に雪崩が起きるからだ。

駐車場では他の車に片手を置きながら歩くのが癖で

中に人がいてトラブルになりかけたり

ある時は、よその車のガソリンを入れる所を押してしまい

なぜかフタがパカッと開いたこともあった。

何をやらかすかわからないので、一瞬たりとも気が抜けない。


しかし、最も厄介なのは食事。

「わたしゃ公務員一筋で働いてきた」

「年金が多いから、お金で人に迷惑をかけることは無い」

何の脈絡も無く、唐突に大きな声で必ず言う。

老人によく見られる症状だ。

唯一の自慢や過去の栄光を周囲に聞こえるように語るのは

同居する義母ヨシコも時々やるが、実態を知っているだけに

かなり恥ずかしい。


が、お金のことは危ない。

もしも心がけの良くない人が周りにいて、帰りに尾行されたらどうする。

私は構わないが、痛い目に遭ってお金と命を取られるご時世だ。

注意したらムキになってますます言うので

赤面しつつ、身の細る思いで聞き流すしかない。


そんなわけで毎月のこの日、私はヘトヘトになる。

そのため数日前からコンディションを整えるのが常だが

今回は寝不足というミスをやらかしてしもうた。

が、行くしかないだろ。


すんなり終わって、早く帰れますように…

そう祈りつつ、まず精神病院に行ったが

この日は患者が多く、終わったら昼を過ぎてしまった。

地元の内科医院は午後へ回すしかなくなり、軽く絶望。

だってその医院、午後の診察は3時から。

それまで、何とか時間を潰さなければ。


寝不足でしんどいので、長い運転は避けたかったが

3時までの時間を稼ぐため

ちょっと離れた町にあるショッピングモールへ連れて行った。

そこで外食、買い物をして地元へ帰り

内科医院と施設を経て、ようやく家に帰ったら夕方になった。


遅くなったのは、施設でケアマネとしゃべりまくっていたのもある。

この日は同級生テルちゃんのお母さんが

初めてデイサービスに行く日だったので

余計なことを聞いてはいけないと思ったが、つい聞いてみたのだ。


送り出しには兄嫁のサエちゃんが来たそうだけど

お母さんは「行きたくない」の一点張りなので

娘のテルちゃんが呼ばれた。

しかしテルちゃんが来ても、お母さんの気持ちは変わらず

迎えに行った職員は一人で戻って来たそうだ。

サチコも慣れるまでは行くのを嫌がったり

施設に嘘をついて欠席の連絡をしたり、大変だったけど

テルちゃんの所も大変みたい。


この日をフィナーレに、私の野暮用はひとまず終了したが

翌日から背中が痛くなった。

このところ、サチコと長時間を過ごすことが無くなっていたので

心身が鈍っていて緊張感が背中に出たみたい。

ルイーゼの家でタケノコにクワを振るったのも、良くなかったようだ。

年を取ると、ちょっとした無理が身体に祟る。

整体に行って、ずいぶん楽になった。



あ、これ?

サチコと行ったショッピングモールの中にあるデパートの出張所で

一目惚れして買ったサンダルだか、スリッパだか。

2,400円也。

投げ売り状態で、けっこうお安く買えたんじゃないかしら。

自分へのご褒美って言葉、あんまり好きじゃないけど

今回はご褒美に値すると思う。

《完》
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野暮用

2025年05月14日 09時23分19秒 | みりこんぐらし
先週からずっと外へ出っぱなしだったので、さすがにくたびれた。

どれも野暮用なのが、私らしいところよ。

中でも最大のイベントは、日曜日。

夫の姉カンジワ・ルイーゼのお宅訪問だ。


その目的は、ルイーゼの亭主キクオの快気祝い。

「気の合う者だけで、お祝いしましょ」

前の週、そう言って誘われた。

宴の参加者は、キクオの80代後半の叔父夫婦と

70代半ばの従兄弟夫婦、そして義母ヨシコと我々夫婦だ。

叔父夫婦と従兄弟夫婦は

キクオの両親の葬式と法事以外に会ったことが無いので

気が合っているのかどうかは不明。


とはいえ、私と彼らの“刺身外交”の歴史は10年以上と長い。

叔父夫婦と従兄弟夫婦は

パーキンソン病のキクオと実家依存のルイーゼに代わり

キクオの両親が亡くなるまで、よく面倒を見てくれていた。

だからヨシコは、うちの息子たちが魚を釣って帰るたび

私に刺身のパックを作ることを強要し

その刺身はルイーゼが日頃のお礼として、彼らにプレゼントする。

それが刺身外交である。


この習慣はかなり頻繁で

特に叔父夫婦には毎日、うちの晩ごはんのおかずも届けていた。

しかし彼らから、礼を言われたことは一度も無い。

おそらく、全てがルイーゼ作だと思っているのだろう。

どうでもいい。



それはともかく、今回の会食のメニューは焼肉だそう。 

仕出しを取ったら高くつくもんね。

ルイーゼらしい選択よ。


当日の朝、我々3人は手土産代わりのケーキを買い

車で15分ほどのルイーゼ宅へ向かう。

手伝いを頼まれていたので、早めに行ったのだ。


が、準備はほぼできており、私には別の手伝いが待っていた。

ビワの袋掛け。

庭に1本、大きなビワの木があって、毎年実が成るとくれるので

嫌とは言えない。


ビワの袋掛けは、初めてだ。

今どきは紙の袋に針金の付いた、便利な物があるのね。

最初はルイーゼの指導でおっかなびっくり袋を掛けていたが

そのうちコツをつかみ、早くできるようになった。


「来年から、毎年やってよ」

外から帰った私を待っていたように、キクオが言う。

例年は彼と叔父がやっていたが、二人共、病気療養中の身となり

ビワの袋掛けが困難になったのだ。

こないだはキーキー怒鳴ったくせに

こういう時だけ普通なのがしゃくに触る。

生返事でやり過ごした。


そろそろお客が到着する頃合いとなり

ルイーゼから野菜や肉を焼くよう指示が。

人使い、荒いわ〜。

まるでユリ寺よ。


が、ルイーゼが用意する宴なので、肉の量は少ない。

総勢9人でギリギリか、足りないくらいだ。

せっせと焼いていたら、叔父夫婦と従兄弟夫婦がやって来た。

会食は、酔った従兄弟の独壇場…彼が喋り続けて終わった。

やっぱりキクオの血筋、自分しか無い人たちである。


その後、私はタケノコ狩りを命じられた。

伸びたタケノコをそのままにしていると竹になり

すぐに竹やぶになってしまうので、子供のうちに息の根を止めるのだ。

私とルイーゼは長靴を履いてクワを担ぎ、裏山でタケノコの暗サツに勤しむ。


ルイーゼは山仕事に慣れていて、すっかり山女の風情。

山奥の兼業農家に嫁いで46年、ちゃんと山に馴染んでいるのが感慨深い。

その頃になって、鈍い私はようやく理解した。

手伝いって、ビワとタケノコのためだったのね〜ん。


作業を頑張ったからか、会食の後片付けは免除され

夫も退屈していたので、早めに帰った。

しかし困ったのは、その夜。

食後に皆で、持って行ったケーキを食べたが

その時、うっかりコーヒーを飲んだのがいけなかった。

全然、眠れないのだ。

そうよ、私は午後にコーヒーを飲むと眠れなくなるタイプ。


ルイーゼの淹れるコーヒーは、いつもかなり濃い。

料理の味付けは薄味過ぎるのに、コーヒーだけはやたら濃い。

だから飲むまいと思っていたけど、ケーキが甘くて

ついコーヒーと一緒に流し込むという痛恨のミスをやらかしてしまった。


これは困った…のん気な私でも、さすがに焦る。

だって翌日は、月に一度のサチコ・デー。

実家の母サチコを連れて病院のハシゴをし

外食に買い物、それから病院でもらった薬をデイサービスに届けるという

私にとってはかなりのハードスケジュールが待っているのだ。


ビワやタケノコと格闘して、身体は疲れていた。

しかし寝よう、寝ようと思っても、目はランランと冴え渡り

結局、ほとんど眠れないまま朝が来た。

《続く》
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G・W後記

2025年05月07日 10時02分37秒 | みりこんぐらし
終わってみるとあっけなかった、今年のゴールデン・ウィーク。

暑くも寒くもなく、毎日が行楽日和の日々を

我々夫婦はほとんど家で過ごした。

これも一種の贅沢かもしれない。


「来年は泊まりがけで、旅行に行きたいね」

夫とは、何度もそう言い合った。

しかし二人とも、それが不可能だと知っている。

ただ、夢を語っているだけだ。

同居する義母ヨシコは来年もバリバリに生存しているだろうから

旅行なんて行けるわけがない。

年寄りを抱える子世代の宿命である。


もっとも夫と二人で旅に出るのは、私がノーサンキュー。

世慣れず、何もしない男にこき使われるなら、家に居るのと同じである。

去年の秋、長男は夫と共に沖縄の社員旅行に参加したが

大変だったとこぼしていた。

膝の故障で観光に付いて来れないのは、まだいい…

しかしその不自由な足で、すぐどこかへいなくなるのが困った…

その度に集合に遅れるので、暑い中、探し回るのに疲れた…

まるで徘徊老人だったそうな。

「あれは旅行じゃなくて介護!もうコリゴリ!」

長男は今でも言う。


長男には気の毒だったが、私は徘徊の原因を知っている。

皆に見つからないよう、物陰で女と電話やメールをしているうちに

自分がどこに居るのかわからなくなり、当てずっぽうに歩き回るからだ。

あれが続くうちは、徘徊老人の称号に甘んじるがいい。


さて盆、正月、ゴールデン・ウィークといえば血が騒ぎ

いつもにも増しておかしくなるお方が一人いる。

実家の母サチコだ。

今年も例年通り、怪しさが漂った。


まず先月末、ゴールデン・ウィークに突入する少し前に電話がかかる。

「台所のテーブルの上に、札束が置いてある!

私が2階に上がっとる間に、誰かが来て置いて行ったんじゃ!」

札束は郵便局の封筒に入れてあり、自分には全く心当たりが無いと言う。


自分で下ろしたのを忘れているのだ…私はすぐに理解した。

実子のマーヤ一家の帰省を期待して、まとまったお金を準備したと思われる。

他人にはタダで世話をさせ、我が子には豪勢に振る舞いたい…

それが母親というものだ。

それが高じると、鬼子母という名の妖怪になる。


が、しばらくはこの茶番に付き合わなければ

サチコの納得は遠ざかるばかりなので、うん、うんと話を聞くに留める。

札束と聞いて、大きく反応してはいけない。

「お金?ナンボ?通帳を確認した?」

なんて聞いたら、思うツボ。

常に私が金目当てだと思いたいサチコに、お金や通帳のワードは禁句だ。

それがなさぬ仲というものよ。


興奮させたら、目の前の交番に駆け込む可能性も十分考えられる。

それが発展して接見禁止にでもなれば、かえって有難いが

こういうことはたいてい中途半端な結果に終わるものだ。

恥をかくだけで、マーヤがタッチ交代してくれるまでには至るまい。

そしてこっちは相変わらず世話をする作業に

抑えていた積年の怒りと憎しみが加算される。

損だ。


「ネズミ小僧じゃろ」

「ハハ、あんた、そんなモンが今どきおるわけ無いが」

「じゃあ、逆ルフィかの」

「アハハ!」

「無くなるのはよう聞く話じゃが、増えとるんじゃけん、ええが」

「そりゃそうじゃけど」

「明日、考えたら?何か思い出すかもしれんし」

「そうしようか…」


その明日が来ても、私からは連絡しない。

「昨日の話、どうだった?」

なんて聞いたら、興味を持っていると思われて厄介だ。


それっきり、サチコがこの件について何か言ってくることは無く

私も触れなかった。

このところ、デイサービスの送り出しで

生のサチコに会うのは金曜日だけだが、顔を合わせても例の話は出ない。

やはりマーヤの帰省の準備だったらしい。

連絡すら無い我が子の帰省を待ち焦がれていたのだ。


そのまま何事もなく数日が過ぎ

ゴールデン・ウィークが終盤に近づくと、頻繁に電話がかかるようになった。

マーヤが帰らないので、私にどこかへ連れて行って欲しくなったのだ。


最初の第一声は、物干しの洗濯バサミの行方をたずねたり

ホワイトボードのマーカーが無いといった別件。

私が家に居るか、自分を放って遊びに行ってないかを確認するため

携帯でなく、必ず家の電話にかけてくる姑息はともかく

“物が無い”と言えば「じゃあ買い物に行こうか」

という展開になるのを期待しているのだ。


が、絶対に言わず、多忙を装う。

せっかく接触を減らしたのに、ひとたび解禁したら

歯止めが効かなくなるのは目に見えている。

以前はまんまとこの手に引っかかっていたが、私も少しは経験を積んだ。

セーブ、セーブ。


「あんたとお出かけしとうて、お金を多目に下ろしておいたのに」

最初の頃の意味不明のお金は、恨み言のネタに変化しとるじゃないか。

そのお金で、いったい私に何を買ってくれるというのだ。

あり得ない嘘で釣ろうとするのも、彼女の手口である。


そして昨日の夕方。

「連休の前に下ろしたお金が消えとる!」

と電話が。

それごらん、やっぱり自分で下ろしてるんじゃないの。


「どっかにしまい込んで、忘れとるだけよ」

「わたしゃ、そこまでボケてないよっ!」

「ボケとるとは言うとりゃせん、忘れとる言うたんじゃ」

「…あんた、知らん?」

家の鍵を持っている私を疑っているのだ。

慣れているので腹も立たない。

「明日、出てくるよ」

「わかった…」


サチコからの電話に最初に出る、ヨシコも呆れ顔だ。

「自分の子がダメなら継子なんて、バカにしとるわ!

しかも世話になっとるのに疑うとは、最低じゃ!」

しきりにそう言うけど、娘と嫁を使い分け

物が見つからないと私を疑うあんたも同じだよ。


こうして私のゴールデン・ウィークは終わった。

今日から男どもは仕事、また慌ただしい日々が始まると思う一方

ちょっとホッとしている。
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デンジャラ・ストリート 老女の会・2

2025年05月06日 13時31分38秒 | みりこんぐらし
皆と一緒にデイサービスセンターへ行くと言い張る

Tさんの対処に困ったYさんは次の教室の時、皆の前で言った。

「この年になると人を乗せるのが怖いから

私はKさんと二人で歩いて行きます。

他の人はそれぞれ、自分で移動手段を考えてください」


目的地のデイサービスセンターまで、約2キロの距離。

こう言えば、Tさんが諦めると思ったのだ。

運転するYさんとKさんは、Tさんだけでなく

他のメンバーの移動手段にもタッチしないと申し合わせたらしい。


が、Tさんの反応は違った。

「じゃあ、私もYさんたちと歩いて行く!」

「え…」

「歩けるよ!」

ムキになるTさん。


Yさんにしてみれば、歩かれるのも怖い。

Tさんが手押し車につかまって

2キロの距離を往復できるとは思えないからだ。

途中で転んだり、具合が悪くなったらアウトじゃないか。


昨今はもしものことがあれば、連れ出した者が責められる世の中だ。

Tさんにも、遠くへ嫁いでたまに来る娘さんがいる。

離れて暮らして親の実態を知らない子供に限って

何かあったらあれこれ言うものだ。

Yさんは、それを心配していた。


教室の後で来る移動スーパーで買い物をするため

集会所に行った私もその場に居たが、Yさんの絶望した表情を見て

気の毒だった。

しかし「できる」と言い張る要介護者と

「できない」とは言えない周囲の他人…この問題は難しい。

若い自分の出る幕ではないと思い、静観を決め込んだ。


「行くったら行く!」

Tさんは駄々をこね始め、周囲は黙ってそれを見つめる。

気まずい雰囲気の中、私の同級生、原君のお母さん…

義母ヨシコと同い年の89才が名乗りを上げた。

「うちの息子に送り迎えしてもらいます!」

皆の安堵が大きな溜め息となって広がり

彼女は一挙にヒーロー、いやヒロインだ。


原君は大手通信会社を定年退職後、移動販売のパートを始め

体操教室が終わる時間に合わせて集会所に来るが

持ち前の気働きを発揮して楽しそうに働いている。

移動スーパーを利用するのは老人ばかりなので

その扱いに慣れている彼は適任者だ。

Tさんのことも、うまく介助してくれるだろう。


が、これはフライングじゃ。

原君は、超の付く恐妻家なのじゃ。

一人っ子の彼は

都会から帰って母親と同居してくれた奥さんに頭が上がらない。


原君のお母さんは、三度の食事を自室で摂ることになっている。

朝と昼はパンなどを自力で用意し、夜だけ奥さんの作った物を

原君がお盆に乗せて運ぶのだ。

トイレと風呂と食器洗い以外は自室を出てはいけない…

どうしても必要な時以外は話しかけない…

それらの厳しい規則を決めたのも奥さん。

そんな生活を送る原さんが、独断で息子を使えるわけが無かろう。

しかし、そこは老婆。

彼女の中で原君は、いつまでも従順な一人息子なのである。



それから数日が経ち、デイサービス行きが翌日に迫った。

もう一人と一緒に徒歩で行くというYさんの方針は、変わらない。

そして原さんからは、音沙汰無しのままだ。


膝が人工関節の木村さん85才は、焦ってヨシコに電話をかけてきた。

「原さんは何も言ってこないし、私は歩けないから欠席しようと思う」

倹約家の彼女は、タクシー反対派。

そして同居する息子一家からは、食事を別々に作って食べる他に

通院以外の私的な外出で家族を使わないよう言い渡されている。

よその家の老人対策は、徹底しているようだ。


「じゃあ、私もやめようか…」

ヨシコもそう答えている。

楽しみにしていたので、とても残念そうだ。


私は原君が対応してくれるのなら、口出しはすまいと思っていた。

しかしこのままだと、原さんは信用を失ってしまう。

たかだか2キロの足ぐらいで、おかしな雰囲気になるなんて

バカバカしいじゃないか。

そこで、つい口を出した。

「私が行くよ」

そう言い出すのを待たれていたような気もするが、二人は喜んだ。


この時の私の気持ちは、優しさではない。

厳しい規則で同居生活をコントロールする他家の子世代を見るにつけ

規則なんて思いつきもせず

ワガママなヨシコをのさばらせた自分の無能を思い知って

もうヤケじゃ!という気分が半分。

そしてまた、そんな細かい規則を考える狭量な子世代を

せせら笑う気分が半分。

が、どっちにしても同居の苦しみは同じ…彼らは同志である。

ここは、できる者が手を、いや足を差し伸べるしかないのだ。


ともあれ足が確保できた旨は原さんにも伝えられ、彼女も喜んだ。 

息子に送迎させると断言した過去は、すっかり忘れている模様。

原さんからYさんにも連絡が行き

「だったら私もKさんと車で行くわ」

Yさんは徒歩の決心を瞬時に撤回した。


「でもTさんは…」

私の荒っぽい性格を熟知するヨシコは、Tさんの身を案じる。

「黙っときゃええんよ」

幸いなことに、Tさんは認知症だ。

体操教室も手芸教室も日程をすぐに忘れるので

向かいに住む原さんが誘いに行かなければ出て来ない。

今度のデイサービス行きも、きっと忘れているはずだ。

「原さんとこへ迎えに行ったらバレるかもしれんけん

朝はこっそり、うちまで来てもらって」


こうして迎えた、当日の朝10時半。

原さん、木村さん、ヨシコの3人をデイサービスセンターに送って

帰りの連絡を待つ。

やがて12時半に迎えに行くと、アレらは現地で合流したYさんたちも一緒に

近くのレストランでランチをすると決めておった。

歩けず、足も無く、しかし一旦出たらあちこち行きたがり

さりとてタクシー代は惜しい老婆たちである。


私もそのまま一緒にレストランへ行き

ヨシコに奢らせて豪勢な昼ご飯をせしめた。

皆、耳が遠くなっているので

婆5人との会食はものすごく騒がしかったが、そこそこ楽しかった。

後日の確認によると、今回のデイサービス行き…

Tさんはやはり忘却の彼方であった。

《完》
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