あれ以来…正確には6日の夕方以来、サチコから連絡は無い。
代わりに電話攻撃が、彼女の実子マーヤに向かうようになった。
やはり書類のことが納得できないと言っているようだ。
山口に住む、一つ下の妹にも着信があったという。
しかし、この話をすでに私から聞いている妹は
怖がって電話をかけ直さなかった。
関わったら警察沙汰になると知れば、当然だろう。
今後のサチコがどんな行動に出るかは、知らん。
おそらくつまらぬ用事にかこつけ
何事も無かったかのように電話をしてきて
私の出方次第では、また書類の件を持ち出すだろう。
しかし私にはどうでもよいことで、ともすれば忘れている。
ここ数日のノーサチコデーは、本当に爽やか。
身の潔白を証明したいとも思わないし
サチコがこの話を誰か他の人に言いふらしても構わない。
詐欺でも泥棒でも上等だ。
それはさておき、彼女がなぜ私を泥棒扱いするようになったのか。
実のところ、理由はわかっている。
サチコの実印を勝手に押して、家の権利を放棄させ
私の物にした書類があった…
そしてその書類には、広島の司法書士の名前があった…
サチコはそう言って私を責め、警察にも訴えたが
“広島の司法書士”というフレーズで思い出した。
そのような書類はあったのだ。
ただし8年近く前のことで、書類の対象は家ではない。
祖父が他界した35年前に父が相続し
父が他界した20年前にサチコが相続した
実家の町外れにある、ごく小さな土地のことだ。
小さ過ぎて売れもせず、何かに使うこともできず
毎年、固定資産税だけ払っているその土地のことを
サチコはいつもブツブツ言っていた。
父の死後、車が無くなったサチコにせがまれて
買い物や観光に連れて行くようになった我々夫婦は
サチコがボヤくそのブツブツを
耳にタコができるほど聞かされ続けていた。
その土地に展開があったのが、前述の8年前。
このことは以前、コメント欄や記事でお話ししたと記憶しているが
ご存知の方は我慢していただきたい。
問題の土地の近くで大きな公共工事が始まり、本社の参入が決まった。
本社はさっそく、現場に近いアパートの一室を借りて
営業部の社員を2人派遣した。
工事が終わる数年後まで、2人をアパートにを住まわせ
現場の管理や御用聞きをさせるためだ。
しかし、そこで問題が起きた。
派遣された2人の車を停める、2台分の駐車場である。
田舎でアパートを借りたら、せめて駐車場の1台分ぐらいは
セットで付いているだろう…
本社はそう踏んでいたが、そのひなびたアパートは
そういうわけにいかなかった。
私が中学生の頃、そのアパートは建てられた。
広い敷地、高い建物、大きな部屋に大きな駐車場…
当時は郊外にできた最新型のマンションとして
評判を呼んだものである。
しかしその後、建物は順調に古び、入居者は減る一方。
相続と売却が繰り返されるうちに、建物と駐車場の持ち主が別々になり
家賃と駐車料金はそれぞれ、別の人が受け取るようになっていた。
そのため当然ながら
「2台停めるのなら、2台分の駐車料金をもらう」
管理会社はそう言って譲らない。
金持ちに限って妙な所でケチなもので、本社はそれが気に入らず
派遣した2人に駐車料金を値切るよう命令した。
ガラガラの古いアパートを数年間、借り上げてやるんだから
駐車料金ぐらいサービスせぇ、というものである。
が、ご存知のように、本社は人材の墓場。
広島市内から、こんな田舎へ飛ばされる人物に
そのような交渉ができるはずもない。
私なら管理会社でなく、本社と交渉して駐車料金を出させるが
彼らの場合、普段が普段だからか
本社に「気持ちよく出すべき物を出せ」とは言えなかったようで
「駐車場が見つかるまでの数日
アパートの駐車場に車を置かせて欲しい」
管理会社にそう頼むのがやっとだった。
本社から「ガキの使い」と叱責され、悩んだ彼らは
着任の挨拶を兼ねて夫の元を訪れた。
地元民の夫であれば、どこか駐車場のツテがあるかもしれない…
そう思ったからだ。
話を聞いた夫は即答した。
「道路を渡った目の前に、女房の実家の土地があるけん
そこへ停めんさい」
私の祖父が遺した負の遺産、問題多き狭小土地は
アパートの真向かいなのだ。
この時、夫には、ある考えがひらめいていた。
本社の営業車を停めさせる既成事実を作り
本社と交渉して、土地を買い取ってもらうという筋書きである。
あの土地の前を通るたび、サチコが口にするボヤきに
私はもちろん、夫もウンザリしていた。
わずかな金額でも、いや、タダであっても買い取ってもらえれば
サチコは固定資産税を払わなくて済むので喜ぶだろうし
我々も、あのせんない愚痴を延々と聞かされなくて済む…
夫はそう思ったのだ。
駐車場の問題が解決し、喜んで帰る2人を見送った直後
夫は土地を買い取ってくれるよう、本社に掛け合った。
これは、まんざら無謀な交渉ではなかった。
本社は消えて無くなる駐車料金はケチるが、土地は大好きだ。
これまでも、仕事で袖すり合った土地をあちこち買い取っている。
狭いけど、国道沿いというメリットを伝えれば
話の持って行き方によっては、なびくかもしれない…
夫はそう踏んだのである。
《続く》