羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

悪党芭蕉……不易流行

2007年01月05日 15時00分47秒 | Weblog
 正月に入ってから、改めて『悪党芭蕉』嵐山光三郎著 新潮社を読みなおしている。
 いや、面白い。
 なんとなく抱いていた芭蕉像が、180度ひっくり返って、読むほどに深みにはめられていく。実は、ある種の快感を得ている。
 
 帯には次のような言葉が並ぶ。
――芭蕉は「三百年前の大山師」だった! 
  by 芥川龍之介 弟子は犯罪者、熾烈な派閥闘争、
  句作にこめられた危険な秘密……。
  <俳聖>松尾芭蕉のベールを剥ぐ力作。――

 で、不易流行のこと。
 不易は善、流行は悪という捉え方がある。江戸期でなくても、流行に乗るものは、軽佻浮薄なうかれものとして、現代にあっても否定的な見方をする御仁もおられる。最近では、「軽佻浮薄」という言葉があらわす価値観は、姿を消しつつあるかもしれないが。それはそれとして、当時、芭蕉の生きた時代、世間一般の生活理念としては、流行を追うものは馬鹿にされた。
 
 ところがである。
 俳諧の味わいとしては流行こそが命なのだ。流行をとらえる技が俳諧師の「腕」となると著者は言う。
 つまり、芭蕉の本意は、流行(悪)の方にあるという視点から書かれているのがこの本の妙味である。

 もうひとつ、毎年のことだが、日経新聞の元日には、「年頭に今年の景気」を、晴れマーク・曇りマーク・雨マークをつけて、各業界を比較して予測する記事が載っている。この「景気」という言葉は、俳諧の世界では「時代の気分」であるそうだ。いわれてみれば、より「景気」の意味が明確になる。
 当然、流行とは時代の気分そのもの。その景気を読む力を持っていることが、俳諧師としてはなくてはならない才能だ。だから山師なのだと合点がいく。

 ここで筆者は、凡兆(芭蕉の弟子で、とりわけ景気を得意とする)の句を引き合いに出してくる。
 
  かさなるや雪のある山只の山   元禄二年(一六八九)『阿羅野』

「只の山」とは目の前にある普通の山のこと。その奥に雪山が見える。情景句。
 多くの俳人は、奥に見える雪山だけを吟じたくなるものらしい。凡兆はその前に「只の山」があることをしっかり見ている、そこを新風の景気が入ったと芭蕉は見るのだという。
 ワイドレンズを持つことで、約束事が多すぎて閉塞感漂う俳諧を、「軽み」の境地に飛躍させるためのエネルギーを得たというわけだ。

 伸びたり縮んだり、狭まったり拡がったり、伸縮自在・緩急自在。
「崩れこそ動きの原点である」といった野口三千三先生の言葉が、鮮やかに重なる。動きが成り立つためには静的な意味でバランスが取れていること。そのことによってバランスを崩すことが可能になる。バランスが崩れなければ、動きは生まれない。「不易流行」を動きの視点からぴたっと言い当てたことだと腑に落ちた。

 気分一新、明日から2007年のレッスンがはじまる。
「不易でいこか、それとも流行か」などと二元論はいけませんわね。
コメント
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