羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

年賀状

2009年12月26日 11時35分55秒 | Weblog
《年賀状が元旦に届くようにするためには12月25日までに投函せよ》
 仰せの通り、昨日、間に合わせた。
 締め切りのない原稿は、いつまでたっても書きあがらない。
 年賀状も日にちを切られる方が、私にはよいようだ。

 新しき歳は野口先生の‘寅’だ。今年は、丑で年女だった。その年が、家族や知人や、とりわけ先生の干支だと深い意味はなくとも心もちが違う。日本人は干支によって生きる時間に‘折り目・節目’をつけてきた。‘還暦’がどうした、と言ってしまうとそれまでだが、実際に還暦を過ぎただけで、何か違う空気が自分の身の内に流れるような気がする。

 話がずれてしまった。
 年賀状に戻そう。ちょっと不愉快になるのは、わかっていながら何十年も毎年のこと‘早々に賀状をいただき’と書いて、松がそろそろ取れる頃になって着く年賀状。だったらいっそ‘寒中見舞い’でもくだされば気分もいい。自分から出して相手からもらえないと、プライドが傷つくのか。穿った見方をしてしまう私が捻くれているのだろうか。
 クリスチャンの方からクリスマスカードや寒中お伺いが届く。それはそれでよい。
 亦、主張があって旧暦でくれる人も、それもいい。しかし、その方、こだわるのはそれだけではないから、生きるのがシンドイだろうなぁ~、と心のトゲを抜いてあげたい気分にもなる。
 年賀状も千差万別。私はできるだけ普通でいく。
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