2014年10月28日(火)から2015年2月22日(日)まで、東京国立科学博物館で『ヒカリ展』が開催される。朝日カルチャーの日曜クラスに通っているK.さやかさんが、チラシをおくってくれた。
「光の不思議、未知の輝きに迫る!」催しのようだ。
裏をめくると、なんと!糸魚川フォッサマグナミュージアム所蔵の「蛍光鉱物」が展示される、とあった。
私たち野口体操の仲間には、見慣れた蛍光石の写真が載っている。
「リシア輝石」「ルビー」「オパール」「方解石」、もちろん鉱物の蛍光現象発見の元になった「蛍石」等々。
野口三千三先生からこの現象の面白さ、楽しさ、不思議さ、それだけではない「私がこの目で見た!」といいう発言の危うさまでも、これらの石を通じて実感させてもらってから、数十年の年月が経っている。
「野口が、興味をもったもの・ことは、遅れて注目を浴びたり、流行ったりするのよ」
10年程度でそうなるものと、今回のような蛍光石のように、かなりの時間が経っているもの、先生の眼力の先駆性には、あらためて敬意を表したくなる。
「あわたしたち、とっくに知ってるわ!」
なんちゃってね。
我ながら俗物性に苦笑している。
で、1996年ごろに書いた『冷光』の文章を張りつけさせていただく。
*******
「冷光 ― ルミネッセンスの物語」 羽鳥 操
毎年、初夏には野口体操創始者・野口三千三が生前に顧問をしていた「東京国際ミネラルフェア」が開催されている。そうした縁で、私たち野口体操の仲間は、欧米では趣味として市民権を得て長い年月を経ている“自然の石をそのまま愛でる”面白さを知ることになった。しかし、日本では未だにこんな質問をうけることがある。
「ミネラルフェア? それって水のフェアですか」
すでに二十数回も開催されているにも関わらず、馴染みがない証拠である。この展示即売会には、国内はもとより世界中から隕石・鉱物・化石等々を扱う会社が百社以上も集まる。会場は、かつて淀橋浄水場があった西新宿のホテルである。実は、偶然にも私はこの近くで生まれ育った。もの心ついてから、遊び場だった浄水場を囲む土手は、鬱蒼とした樹木や下草に覆われていて、昆虫や蝶、蛇までも出るところだった。真夏の夜、闇に浮遊する青白い光を追って蛍狩りを楽しんだ記憶は鮮明に残っている。このように昭和二十年代後半から高層ビル街に変貌を遂げる昭和五十年代近くまで、そこには自然の暗闇が存在していた。
さて、本題に入ろう。
夏の夜を怪しく彩る蛍の光は生物発光現象であるが、岩石や鉱物にも蛍光現象があることをご存知だろうか。この発光現象は、ルミネッセンスと呼ばれる物理現象の一種である。ルミネッセンスとは、《 物質は物理・化学的刺激を受けるとそのエネルギーを吸収し、その一部を電磁波として放出する 》新版・地学事典(平凡社)現象である。日本では一般に光ルミネッセンスを蛍光と言うことが多い。野口は晩年になって、紫外線を受けて発光する岩石・鉱物の蛍光現象に強い興味をもち、際立って美しい石を多く集めた。
そこでまずは電磁波の分類について簡単におさらいしておきたい。
「電磁波」とは、波長の長い順に、電波・マイクロ波・赤外線・可視光線・紫外線・X線・ガンマ線、その他はるか彼方の宇宙からくる宇宙線等である。その電磁波のなかで紫外線が、『「冷光」ルミネッセンスの物語』に関わってくる。そもそも「蛍光」という命名は、鉱物の蛍石に由来している。古くから美しい蛍石が多く産出する所として、イングランド中部・ダービーシャー州は有名な場所だった。時は十九世紀、イギリス人のサー・ジョージ・ストークスという物理学者が、この地で太陽光線に含まれる紫外線を受けて青紫に輝く蛍石を発見した。彼は蛍石(フルオライト)に因んでこの現象を「蛍光(フルオレッセンス)」と呼んだ。
しかし、蛍光は紫外線だけによって引き起こされるのではなく、X線によっても起こる現象だ。今日、半ば常識となっている《 光も物質のエネルギー形態である 》という考えがある。ルミネッセンスは炎の燃焼のような熱の発生を伴わない冷たい光、つまり“冷光”と呼ばれる現象で、これにはいろいろなタイプが含まれている。
しかし、それらすべては、何らかの形のエネルギーを受けた物質中の原子が刺激されて起こる現象であると言われている。
ところでメキシコとアメリカ南西部をまたがって流れるリオ・グランデ上流に暮らすプエブロ・インディアンは雨乞いの祭の期間、雷をまねて太鼓を打鳴らし、白色石英の切れ端を擦り合わせて電光に似た光を出して祈りを捧げたという。これは鉱物の摩擦ルミネッセンスである。
一方、先ほど来問題にしている紫外線に輝く蛍石に代表されるルミネッセンスは、光ルミネッセンスである。白い方解石が青緑に、透明な岩塩が紅に染まり、ウランを含む鉱石は黄緑に、タングステンの原材料となる灰重石は碧く輝き、アメリカ・フランクリン鉱山だけで産出される鉄にマンガン方解石等の鉱物が混ざったフランクリン鉱は濃緑と血のような赤と暗黒色というように、紫外線が照射された瞬間に石は怪しく発光する。
それらに対して、はじめに書いた昆虫の蛍の発光は生物ルミネッセンスと呼ばれる現象である。
これは生命体の中にある或る種の物質が酵素によって酸化されて起こる化学発光である。他にも二百メーターから四百メーターの深海に生息するホタルイカの発光は一般にもよく知られている。ホタルイカの生息地は、日中でも十分な光が届かない半暗黒の世界だといわれている。近年になって、ホタルイカは漆黒の闇に包まれる夜に発光するのではなく、薄明かりの状態の昼間に、全身に纏っている大小さまざまな粒状の発光器を灯すことが究明された。半暗黒の海中は、もっと深い海から上方を見上げると、遊泳中の魚影がはっきり浮かび上がって、外敵に見つかりやすい状態にある。小さなからだは発光することで周囲の明るさに溶け込み、光に体を同化させることによって影を消す。このように外敵から身を守るホタルイカの発光といい、生殖のシグナルとしての蛍の発光といい、自然から与えられた体の知恵は素晴らしいと言える。
生物の生存は、何百万年、何千万年かけて、突然変異あり、自然淘汰あり、その他、何でもあり、という実に巧妙で多種多様な手だてで確保されてきた。
少なくとも蛍光現象は、光学と化学、そして原子物理学や量子力学にまたがった境界物理現象だが、元々の自然現象は、科学ですべてを完全に解明することは不可能なのである。幾重にも重ねられ、分かれていながら分けられない境界を裡に潜めているのが本来のあり方なのだ。
最後に野口のことばを読んでいただくことで、岩石・鉱物の蛍光現象を楽しむことが、単に野口体操の感覚の世界を切り開く一つの方便でないことをお伝えしたい。
《 私のからだは、地球物質のまとまりかた・つながりかたの一つであり、私の心はその働き方の一つである。地球が宇宙物質から生まれ、今も宇宙からいろいろな物質が注ぎ込まれていることからいえば、私たちは宇宙物質であるといってもよい。
今、地球を構成している物質は、生物・無生物の別なく、すべて私の先祖であり、血縁関係の仲間たちである。したがって私はこの先祖、先輩、仲間たちからいろいろなことについて次から次へと貞きたくなるのである。この貞くという営みが私の生活であり、私の体操である。》
「光の不思議、未知の輝きに迫る!」催しのようだ。
裏をめくると、なんと!糸魚川フォッサマグナミュージアム所蔵の「蛍光鉱物」が展示される、とあった。
私たち野口体操の仲間には、見慣れた蛍光石の写真が載っている。
「リシア輝石」「ルビー」「オパール」「方解石」、もちろん鉱物の蛍光現象発見の元になった「蛍石」等々。
野口三千三先生からこの現象の面白さ、楽しさ、不思議さ、それだけではない「私がこの目で見た!」といいう発言の危うさまでも、これらの石を通じて実感させてもらってから、数十年の年月が経っている。
「野口が、興味をもったもの・ことは、遅れて注目を浴びたり、流行ったりするのよ」
10年程度でそうなるものと、今回のような蛍光石のように、かなりの時間が経っているもの、先生の眼力の先駆性には、あらためて敬意を表したくなる。
「あわたしたち、とっくに知ってるわ!」
なんちゃってね。
我ながら俗物性に苦笑している。
で、1996年ごろに書いた『冷光』の文章を張りつけさせていただく。
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「冷光 ― ルミネッセンスの物語」 羽鳥 操
毎年、初夏には野口体操創始者・野口三千三が生前に顧問をしていた「東京国際ミネラルフェア」が開催されている。そうした縁で、私たち野口体操の仲間は、欧米では趣味として市民権を得て長い年月を経ている“自然の石をそのまま愛でる”面白さを知ることになった。しかし、日本では未だにこんな質問をうけることがある。
「ミネラルフェア? それって水のフェアですか」
すでに二十数回も開催されているにも関わらず、馴染みがない証拠である。この展示即売会には、国内はもとより世界中から隕石・鉱物・化石等々を扱う会社が百社以上も集まる。会場は、かつて淀橋浄水場があった西新宿のホテルである。実は、偶然にも私はこの近くで生まれ育った。もの心ついてから、遊び場だった浄水場を囲む土手は、鬱蒼とした樹木や下草に覆われていて、昆虫や蝶、蛇までも出るところだった。真夏の夜、闇に浮遊する青白い光を追って蛍狩りを楽しんだ記憶は鮮明に残っている。このように昭和二十年代後半から高層ビル街に変貌を遂げる昭和五十年代近くまで、そこには自然の暗闇が存在していた。
さて、本題に入ろう。
夏の夜を怪しく彩る蛍の光は生物発光現象であるが、岩石や鉱物にも蛍光現象があることをご存知だろうか。この発光現象は、ルミネッセンスと呼ばれる物理現象の一種である。ルミネッセンスとは、《 物質は物理・化学的刺激を受けるとそのエネルギーを吸収し、その一部を電磁波として放出する 》新版・地学事典(平凡社)現象である。日本では一般に光ルミネッセンスを蛍光と言うことが多い。野口は晩年になって、紫外線を受けて発光する岩石・鉱物の蛍光現象に強い興味をもち、際立って美しい石を多く集めた。
そこでまずは電磁波の分類について簡単におさらいしておきたい。
「電磁波」とは、波長の長い順に、電波・マイクロ波・赤外線・可視光線・紫外線・X線・ガンマ線、その他はるか彼方の宇宙からくる宇宙線等である。その電磁波のなかで紫外線が、『「冷光」ルミネッセンスの物語』に関わってくる。そもそも「蛍光」という命名は、鉱物の蛍石に由来している。古くから美しい蛍石が多く産出する所として、イングランド中部・ダービーシャー州は有名な場所だった。時は十九世紀、イギリス人のサー・ジョージ・ストークスという物理学者が、この地で太陽光線に含まれる紫外線を受けて青紫に輝く蛍石を発見した。彼は蛍石(フルオライト)に因んでこの現象を「蛍光(フルオレッセンス)」と呼んだ。
しかし、蛍光は紫外線だけによって引き起こされるのではなく、X線によっても起こる現象だ。今日、半ば常識となっている《 光も物質のエネルギー形態である 》という考えがある。ルミネッセンスは炎の燃焼のような熱の発生を伴わない冷たい光、つまり“冷光”と呼ばれる現象で、これにはいろいろなタイプが含まれている。
しかし、それらすべては、何らかの形のエネルギーを受けた物質中の原子が刺激されて起こる現象であると言われている。
ところでメキシコとアメリカ南西部をまたがって流れるリオ・グランデ上流に暮らすプエブロ・インディアンは雨乞いの祭の期間、雷をまねて太鼓を打鳴らし、白色石英の切れ端を擦り合わせて電光に似た光を出して祈りを捧げたという。これは鉱物の摩擦ルミネッセンスである。
一方、先ほど来問題にしている紫外線に輝く蛍石に代表されるルミネッセンスは、光ルミネッセンスである。白い方解石が青緑に、透明な岩塩が紅に染まり、ウランを含む鉱石は黄緑に、タングステンの原材料となる灰重石は碧く輝き、アメリカ・フランクリン鉱山だけで産出される鉄にマンガン方解石等の鉱物が混ざったフランクリン鉱は濃緑と血のような赤と暗黒色というように、紫外線が照射された瞬間に石は怪しく発光する。
それらに対して、はじめに書いた昆虫の蛍の発光は生物ルミネッセンスと呼ばれる現象である。
これは生命体の中にある或る種の物質が酵素によって酸化されて起こる化学発光である。他にも二百メーターから四百メーターの深海に生息するホタルイカの発光は一般にもよく知られている。ホタルイカの生息地は、日中でも十分な光が届かない半暗黒の世界だといわれている。近年になって、ホタルイカは漆黒の闇に包まれる夜に発光するのではなく、薄明かりの状態の昼間に、全身に纏っている大小さまざまな粒状の発光器を灯すことが究明された。半暗黒の海中は、もっと深い海から上方を見上げると、遊泳中の魚影がはっきり浮かび上がって、外敵に見つかりやすい状態にある。小さなからだは発光することで周囲の明るさに溶け込み、光に体を同化させることによって影を消す。このように外敵から身を守るホタルイカの発光といい、生殖のシグナルとしての蛍の発光といい、自然から与えられた体の知恵は素晴らしいと言える。
生物の生存は、何百万年、何千万年かけて、突然変異あり、自然淘汰あり、その他、何でもあり、という実に巧妙で多種多様な手だてで確保されてきた。
少なくとも蛍光現象は、光学と化学、そして原子物理学や量子力学にまたがった境界物理現象だが、元々の自然現象は、科学ですべてを完全に解明することは不可能なのである。幾重にも重ねられ、分かれていながら分けられない境界を裡に潜めているのが本来のあり方なのだ。
最後に野口のことばを読んでいただくことで、岩石・鉱物の蛍光現象を楽しむことが、単に野口体操の感覚の世界を切り開く一つの方便でないことをお伝えしたい。
《 私のからだは、地球物質のまとまりかた・つながりかたの一つであり、私の心はその働き方の一つである。地球が宇宙物質から生まれ、今も宇宙からいろいろな物質が注ぎ込まれていることからいえば、私たちは宇宙物質であるといってもよい。
今、地球を構成している物質は、生物・無生物の別なく、すべて私の先祖であり、血縁関係の仲間たちである。したがって私はこの先祖、先輩、仲間たちからいろいろなことについて次から次へと貞きたくなるのである。この貞くという営みが私の生活であり、私の体操である。》
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