羽鳥操の日々あれこれ

「からだはいちばん身近な自然」ほんとうにそうなの?自然さと文化のはざ間で何が起こっているのか、語り合ってみたい。

新しいレッスンの可能性

2011年02月21日 12時24分17秒 | Weblog
 野口三千三先生が亡くなって、3月で満13年を迎える。
 十年一昔とはよくいったものだ。最近では十年どころではなく、半分の五年でも、一昔の感がある。

 さて、2月19日土曜日の朝日カルチャーでは、ひとつの実験を試みた。
 アーカブスと今をsynchronize、つまり同期させる試みだ。
 去る1月26日に「人生読本 私の身体論 野口三千三」1975年NHKラジオ放送の三回分を通しで聞いてもらった。
 そこで今回は、第二回目の「構えのない構え」を再び聞きながら、1978年、放送後およそ三年後に撮影された写真をスライドショーで見ていただいた。時期が近いので、当時の授業風景や教室の雰囲気や先生を含めた皆さんの動き等々が、動画ではなくても伝わるものがあった。

 そして引き続き、「人物映像ドキュメンタリー セゾン3分CM 野口三千三編 お手本は自然界」1986年を見ていただいた。十年後の変化が見られてインパクトがあったようだ。単独でこのCMを見るのとでは、印象が大きく異なる。
 iPadの画面だが、BOSEスピーカーの音に支えられて、何度も見ている方にも満足していただいたようだ。

 そして「人生読本」二回目で話された「立つこと」(骨に重さを任せ、筋肉はできる休ませる)をテーマに取り上げた。「上体のぶらさげ」「バランプレー」の実技に、自炊して同期してあった拙著『マッサージから始める野口体操』から、「図版 霊長類中における人類の形態的特徴」をピックアップし拡大して、初めての方々に示した。アーカブスと没後の収穫を絡めたレッスンを展開することができた。

 なんとiPadとBOSEのコンピューター用携帯可能なスピーカーを持っていくだけで、聴覚と視覚からの情報を得て、すぐさま体操につなげられる新しい可能性を見つけた。
 パワーポイントや大きな画面に映し出す方法もなくはない。しかし、座学とは異なる体操のレッスンでは、むしろこの簡便さが好ましいように私には思える。
 音声情報、文字情報、写真・動画映像情報が、ひとつの端末に同期できる。同期された情報を、同じ場、同じ時を分かち合う人々の身体と身体の動きに落とし込むことができる時代の到来を密かに喜んでいる私だ。

 つまり、両手の中におさまる大きさであることでパーソナルな感覚が芽生えた。しかしその場で共に学び合うことから得られる相乗効果(同期効果)は、なかなか貴重な体験だったといえるかもしれない。
「もの ことば うごき」に、過去と現在を繋ぐ道具(電子端末)が加わった。この感覚は、その場にいた方でないとわかり得ないだろう。言葉では伝えられない、熱気が伝わってきた。はじめての試みだけに、体験の新鮮さは抜群だった。
 アーカイブを生かすには、この方法はかなり優れもののように思う。一言でいえば、人とものを繋ぐ同期の多重構造こそが、学びには必要なのかもしれない。
コメント
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