「透明な個室」・・・なんとピッタリの言葉かと、感心しています。
ノンフィクションライター・野村 進さんが、新聞記事に書かれた言葉です。
(拓殖大学国際学部教授も務める)
************************************************
電車に乗り、対面に座っている乗客が、たとえば10人いると、
そのうちの7人は、ケータイをみつめている。
こんなことは、最近少しも珍しくないのだが、私はそれを見る
たびに、「ファシズムだな」と思う。
大げさと言われようが、そう感じてしまうのだから、仕方がない。
イヤホーンをつけたまま、ケータイをする乗客も増えた。
さぞ心地よかろうとは思う。好きな音楽を流しながら、気の合う
仲間とおしゃべりをしたり、様々な暇つぶしをしたり、つまり以前なら
自分の部屋ぐらいでしかできなかった行為が、電車の中で自由に
可能になったのだから。
彼らは、かつての乗客ではない。
いわば、「透明な個室」に入ったままの、個人なのである。
電車を下りるときですら、ケータイから一刻も目を話さないその姿は、
「透明な個室」と移動する、〝カプセル人間〟のようだ。
個室にいるのだから、誰はばかることなく化粧をする。
大口あけての飲み食いだって、恥ずかしくない。
「無料」で「楽しい」が、その最優先原則である。
本当は通信費などが、かかっているのだが、気分の上ではテレビを
観るのと、同じ無料感覚なのである。
そして、なによりも、楽しいことが強調される。
*** 朝日新聞・休刊時代のメディア考より・抜粋にて ***
フラワーパークにてのバラです