気ままな思いを

何気ない日々のこと 感想 思いなどを
綴る雑日記です 

「悼む人」を読んで

2009-05-28 | 読書


「第140回 直木賞受賞作」、天童 荒太さんが書かれた本です。

事件や事故死の現場を訪れ、死者を悼む旅を続けている「坂築 静人」。
雑誌記者や、夫殺しの過去を持つ女性などが、描かれている。

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* 文中より

人が亡くなった場所を訪ね、個人へ思いをはせる行為を、
静人は、始めて「悼む」と表現した。
冥福を祈るわけではなく、死者のことを覚えておこうとする心の
働きだから、祈るより、「悼む」という言葉が適切だと思って・・・
とぼそぼそと、力のない声で答えた。

では、ここで悼ませていただいて、よろしいでしょうか。

静人は、いきなりその場に左膝をついた。
「右手を頭の上に挙げて、胸の前まで下ろし、次に左手を地面に
近づけてから、胸の前へ上げて、右手の上に重ね、唇を動かす」

「いまのが、きみの言った、その、悼みってやつなのかい」

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「大きな事件の死者は大きく報道され、ありふれた事件や事故の
死者は、軽く扱われることに、どこか矛盾を感じていました。
人の死を公平に扱わない社会は、生きている人も、公平に扱わず、
軽重をつけてしまうはずです」


「人間にとって、一番大切なことは、誰に愛され、誰を愛したのか、
なにをしたのか、それを誰かに覚えていて欲しいと、
いうことではないでしょうか。誰かが覚えていてくれると思えば、
肯定感になる。人の死に、少し思いをはせることで、命の重さの
アンバランスさが、変わるはずです」


    * 朝日新聞・文化より・ 天童 荒太さん談・ 抜粋にて *


命に軽重をつけることを、当たり前のこととする世界のあり方を、
問い直す7年がかりの力作となった。・・・・・小説です。


  

これもバラ? フラワーパークにて

 

 

 


  


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4 コメント

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死は泡のごとく (iina)
2009-05-28 21:17:11
ひとの「死」が、報道等で大きく扱われるか小さく扱われるかは、社会的な
価値観からでしょう。
多くは報道されることがなく埋もれていきます。それが道理というものです。
よく人の命は。地球よりも重いと表現しますが、表向きはその通りですが、
真実は違うでしょう。
同時に死にさらされたら、社会的身分の高い人は、低い者より残って皆のため
に貢献して欲しいと願うはずです。
また、年老いた大統領より、未来の可能性の豊かな若者に「生」を譲る行為
もありそうです。

きょうは冷たい雨でしたが、心地よい泡でした。

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お早うございます (鎌ちゃん)
2009-05-29 09:21:28
「大きな事件の死者は大きく報道され、
ありふれた事件や事故の死者は、
軽く扱われることに、
どこか矛盾を感じていました。
人の死を公平に扱わない社会は、
生きている人も、公平に扱わず、
軽重をつけてしまうはずです」
本当にそうですね。命の重さは皆平等ですものね。
その、当たり前のことに改めて気付かされましたよ。

花は多分オオデマリではないかと思うのですが・・・。
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Re:死は泡のごとく (motoko)
2009-05-29 15:13:52
iinaさん、今日は。
死を迎えて、泡の如く消え去る、
人間の運命なのですね。
小説家の着眼点には、驚きです。
>多くは報道されることがなく埋もれていきます。
確かにそうですね。
著名人の死の報道は、「何かをした人」の
意味合いが多いかもしれません。

死に直面して、「誰かに覚えておいてほしい・・」、は時の流れと共に、忘れられることのほうが、多いかと思います。
世の中には、このような「悼む人」が、存在するかもしれませんね。
たくさんの人に、死に対しての、重い問いかけをしているようです。
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Re:命の重さは皆平等 (motoko)
2009-05-29 15:27:42
鎌ちゃんさん、今日は。
>命の重さは皆平等ですものね。
平等と分かっていても、死に対しての
扱い方には、平等がなくなってしまうことも、ありますね。
小説家が、重い問いかけをしてくれることで、
私たちは、教えられることも、多々ありますね。

オオデマリ、有難うございます。
あとで、検索してみます・・・。
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