まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

第1番「青岸渡寺」~西国三十三所めぐり2巡目・19(本州最南端の鈍行旅)

2018年01月14日 | 西国三十三所
西国三十三所の第1番である青岸渡寺を目指す青春18きっぷでの鈍行旅。紀伊田辺まで来て、次に目指すのは紀伊勝浦である。10時41分の新宮行きで紀伊田辺を出て、目的地の紀伊勝浦に着くのは13時26分、3時間近い道のりとなる。

その区間を走る車両は・・・もうわかっていることだが105系の2両編成、ワンマン運転である。始発駅なので全てのドアが開くのかなと待っていたが、開いたのは運転手横の一番前のドアだけ。車内保温のためということだが、それならそうと案内があってもいいのではないかと思う。乗ったのは20人あまりで、後ろの車両に陣取る。ワンマン運転のため、途中2両のドアを開けるのは駅員がいる白浜、串本、紀伊勝浦だけだという。本州最南端を行く路線はローカル線の旅でもある。

時間となり出発。まずは陸地を走り、白浜に到着。ここで下車する人が結構いる。紀伊勝浦や新宮まで行かなくても、白浜は鈍行での日帰り観光でも十分楽しめるところである。久しく訪ねていないが、温泉や南紀の海の幸をまた楽しんでみたい。ここから車内も空いたところで、ローカル線の鈍行旅らしくなる。ロングシートの車両ではあるが、体を横に向けて窓の外を見ても気兼ねしない。

再び太平洋、黒潮が姿を見せるのは周参見を過ぎてから。朝は天気が一時不安定だったが、ここに来て青空が広がる。窓の外にカメラやスマホを向ける乗客もいる。

見老津で特急との行き違いのために10分ほど停車する。運転手横のドアからホームに降りてみる。ホームから国道を挟んで海を見ることができる。ホームから海が近い駅というのも、あるようでなかなかないところである。

12時16分、串本に到着。言わずと知れた本州最南端の駅である。駅のあちこちにもそれをアピールするものが見られる。ここで27分停車ということで、今度は改札を出る。ちょうど昼時ということで何か仕入れたい。ここから潮岬、大島へは距離があるので行けないし、駅前に海が広がるわけではないが、本州最南端の駅らしくそれなりに開けている。これまで機会はないが、一度こうしたところに泊まってみたいなと思わせる。時間があるので、駅前のコンビニで昼食を仕入れ、さらに駅横の土産物店で早々と自分土産を買い求める。

串本は本州最南端の地ということでテレビの番組でも取り上げられることがあるのだが、この記事を書く前日の13日、テレビ朝日の番組でも紹介されていた。その番組のコンセプトは「日本人はあまり知らないけど、外国の人はよく知っている」というスポットや商品を紹介するもので、その一つとして「クシモト」も、1890年に起こったトルコの軍艦エルトゥールル号の遭難事故、そして地元大島の人たちの献身的な救出劇として取り上げられていた。串本町は今でもトルコとの交流を続けていて、トルコ出身の女性を町職員として採用したり、新たに着任した駐日大使の訪問を受けたりというのも紹介されていた。それは番組としてよかったのだが、「串本」って、日本人にそんなに知られていないところなの??ということに驚いた。まあ、こう書いているのは西日本の人間で、テレビ番組で調査した相手がどうせ東京の人たちばかりなのだろうけど、この件に限らず、最近は学校で日本の地理歴史は教えないんですかねえ・・・と思わせる場面が増えているように感じる。

串本を過ぎて、橋杭岩も車窓ごしにちらりと見える。本州最南端を過ぎ、また時刻も午後になったことで太平洋、黒潮もまた違った姿を見せる。こうした車窓を見るのも面白い。最初に、紀伊田辺から紀伊勝浦まで3時間近い道のりと書いたが、車窓に移り行く海を見ている分には退屈さを感じさせない。

13時26分、紀伊勝浦に到着。天王寺を出たのが6時50分だから、6時間半ほどかかったことになる。そして次に乗る那智山行きのバスは14時10分発で、終点に着くのは14時35分。これで7時間半コースである。やはり紀州の那智の地は同じ関西にありながらこれだけかかるものである(特急なら4時間半~5時間で着くが・・)。

バスまで時間があるので、駅前の商店街を歩いて港まで出る。正月3日はまだまぐろの水揚げはなかったが、飲食店は観光客向けに結構開いていた。もう少し時間があればまぐろをいただいて・・・となるが、それはまたの楽しみとする。しばらく港から海を見ながら入れる足湯に浸かる。鈍行乗り継ぎにあって数少ない温泉との出会いである。

これから目指すのは那智山。ようやく、今回の旅の本当の目的地に向かう・・・・。
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