まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

第1番「青岸渡寺」(2回目)~西国三十三ヶ所巡り・14(まぐろと温泉と黒潮)

2015年03月07日 | 西国三十三所
青岸渡寺の参詣を終えて紀伊勝浦の駅に戻る。朝4時半に朝食を取ってから13時半まで何も食べていなかったので空腹だ。

駅前にはまぐろの看板や幟が出ており、そのうちの一軒「大和」に入る。

いただいたのはまぐろの定食。刺身、胃袋煮、バター炒めなどが並ぶ。刺身はキハダとビンナガとのことだが、生まぐろの取り扱いが日本一の勝浦とあって、赤身にもトロ的な軟らかさを感じる。

また、勝浦はくじらもいただけるところで、追加でベーコンをいただく。

食後、港まで歩く。別に紀ノ松島巡りやホテル浦島行の遊覧船に乗るわけではないが、ここには足湯がある。雨が吹き込んでいたために座るところも濡れているが、何とかましなところを見つけて腰かける。先ほどの歩きで足元がだいぶ濡れてしまったので、足湯はちょうどよい。

足湯に浸かって外を見ると、港の上屋の上でトンビが何羽も回っている。これは魚がいるのかな。前に勝浦に宿泊した翌朝にまぐろの競りを見たことがあるが、確か日曜の朝は休みだった。この時間はどうなのかなと行ってみる。

するとそこには大量のまぐろが並び、仲買人が行ったり来たりしている。二階のデッキから見学が可能なので上がってみる。日曜は競りがないと思っていたので意外である。

仲買人たちが鎌のようなもので尾の部分をつついたりしてメモを取り、ワゴンに札を持って行く。列ごと、エリアごとで値段を決めるようで、魚の番号と値段と業者名が読み上げられる。

値段のついたまぐろは早くも別動隊が発泡スチロールや氷が運んできて、尾を切られて箱に入れられ、氷をぶっかけられる。こういうのは遠方に運ばれるのだろう。競りが見られるのを知っていれば、先に見学してから食事をしたほうがより味わい深かったことだろう。

この後、雛人形の展示を見たり、実家への土産を買うなどして過ごし、駅に戻る。乗るのは15時44分発の紀伊田辺行き。2時間あまりの乗車で、やって来たのは105系の2両編成。オールロングシートである。まあ、この区間これが走ることは織り込み済みである。幸い空いているので、ドア脇に陣取り、シート横のバーを背もたれ代わりにして、窓が横に来るように横向きに座る。朝に乗った紀勢線と同じく、ワンマン運転の2両目ということでドア扱いする駅がほとんどなく、乗客の出入りも少ないのでまだゆったりできる。

紀勢線での黒潮の眺めということなら、新宮から西のJR西日本区間に軍配が上がる。海岸線が近いし、ところによってはすれすれのところを走る。眺めとしては申し分ないが、もし南海トラフ地震による津波が来れば、ほぼ間違いなく線路が呑み込まれるだろう。

本州最南端の串本に到着。皮肉なものでこの辺りからは雨が上がってきたようだ。ただ風は強そうで、枯木灘海岸もその名前の通りに寒々しい。

白浜あたりで外も暗くなり、紀伊田辺に到着。後の車両はガラガラだったが、出入りのある前の車両はそこそこ乗っていた。3分で接続の御坊行きに乗り継ぐ人も多い。青春18の初日ということで、京阪神から南紀まで日帰りで来た人もいることだろう。

この後、御坊と和歌山で乗り継ぎ、天王寺は阪和線ホームに着いた。時刻は21時を回っていた。やはり紀伊半島は広い、そして長い。

天王寺から近鉄に乗り換える。日曜の夜、あべのハルカスの姿や、ざわざわと行き交う人たち。また時間的に二次会ということでカラオケの呼び込みもいたりして、まだまだ夜はこれからといった感じだ。

一方で思い出すのが、18時すぎに紀伊田辺から乗った御坊行。まだ日が短い時期なので暗くなるのは当然としても、車内の雰囲気は終電か夜行のようなものに感じた。昼間なら黒潮の眺望も楽しめるところだが、日が落ちてしまうと暗がりが広がる。まだ国道沿いならいろんな店が営業していて、クルマで来る家族連れで賑わってるのだろうが、鉄道ではそうは行かない。でもまあ、そんなもんやろうな・・・。
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