まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

第25番「播州清水寺」~西国三十三ヶ所巡り・13(本当はこちらが清水寺の元祖)

2015年02月03日 | 西国三十三所
播州清水寺に到着。バスの出発はおよそ1時間後で、バスは私を降ろすと一旦引き上げる。下の駐車場あたりで待機するのだろう。

朱塗りの仁王門が新しい感じがするが、清水寺自体は今から1800年前に法道上人が創建したとされる古刹である。法道上人は、インドから雲に乗ってやってきたとか、鉄の鉢を飛ばしてお布施を得ていたとかいう伝説の人物。もちろん1800年前には日本に仏教は伝わっておらず、法道上人が創建したというのはあくまで伝説とされているのだが、以前に参詣した、同じく法道上人が創建したとされる一乗寺も含めて、播州地域に有力な仏教者や仏教の支援者がいたということだろう。

清水寺は1913年に境内が全焼し、建物のほぼ全てがそれ以降の再建である。仁王門はその後再建されたものの台風で全壊し、現在の建物は場所を移して1980年にまたまた再建されたものである。入山料を取る参道や広い駐車場もおそらくその時に整備し、クルマの参詣者を迎えるという意味で仁王門も移したのだろう。

雪が薄っすらと積もる境内を歩くとまず出てくるのが1984年再建の薬師堂。こちらはいわゆる「薬師グループ」ということで、薬師如来とそれを囲む十二神将が出迎える。

その十二神将、「これは仏像か?」とうなる造りである。壁にかけられた鏡から飛び出してきたような姿で、十二支を「かたどった」というよりは「キャラクター化した」というほうが当たっているように思う。この十二神将を制作した薮内佐斗司氏。あの平城遷都1300年祭で話題をさらった「せんとくん」の作者である。そう言われれば、これらの十二神将の中に「せんとくん」のようなキャラがいても不思議でないように見える。

続いて大講堂へ。こちらは一番上にある根本中堂とともに1917年の再建。比較的早くに再興したということだろう。そのため建物も古く見える。風が入るためか中には扉を開けて入る。こちらには千手観音の坐像が祀られている。写経は先の花山院の分しか持って来なかったので、ここでは読経だけでの納経とする。また100円で内陣に入ることができ、ご朱印をいただいた後で中を一周する。裏手に宝物や古文書がいろいろと展示されている。赤松氏範の自刃という文書がある。赤松氏といえば南北朝の時代から播磨に勢力を張った一族だが、この氏範という人は将軍義満の頃に、一族内での争いで敗れ、ここ清水寺で自刃したという。その墓とされるところもある。

外に出ると矢印があり、淡路島に明石海峡大橋が見えるとある。写真ではわかりにくいが、ちょうど晴れてきた空、矢印の方向を見ると、確かに橋脚らしきものが見える。とするとその向こうでこんもりした陸地が淡路島である。先の花山院もそうだったが、この日の参詣はいずれも山からの眺望が楽しめる。

さらに石段を上がり、天台宗で本堂を意味する根本中堂へ。こちらの十一面観音が清水寺の本尊だが、朱印やら縁起物の取り扱いなと、係りの人が対応するのは大講堂で、あたかもそちらが本堂のような扱いだ。般若心経は大講堂で唱えたが、やはり本尊がこちらならということでもう一回。根本中堂には人がおらず、戸を閉めて座布団の上で私一人貸し切りである。

この根本中堂に絵馬が奉納されている。奉納者の名前を見ると、何と私と同じ藤井寺市とある。ネット検索で昔のニュース記事の紹介文を見てわかったのが、奉納者の川林さんというのは藤井寺市在住の画家で、ある年台湾の寺院を巡るツアーで清水寺の住職と意気投合し、それ以来絵馬を奉納しているのだとか。これも、西国札所の縁だろう。

さらに進むと、清水寺の名前の由来となった井戸がある。創建したとされる法道上人が山神に祈ったところ涌き出たとか。井戸を覗いて自分の顔が映れば寿命が3年延びるというのでやってみる。どうにか映った。これで多少は平均に近づけるかな・・・?

さて、ここまで来たところでバスの時間も気になることで、次の札所選びの時間である。そんな、くじ引きとサイコロで次の巡礼先を選ぶなんて、花山院が聞いたら怒られることだろうが・・・。

1.東山・・・今熊野観音寺、清水寺、六波羅蜜寺

2.洛中・・・六角堂頂法寺、革堂行願寺

3.和歌山・・・紀三井寺、粉河寺

4.近江・・・長命寺、観音正寺

5.亀岡・・・穴太寺

6.那智勝浦・・・青岸渡寺

・・・これまで一度も出ない京都府内の目も多く、次こそはの期待は大きいが、一方で一度訪れ、「納経軸の仕上げのため」にもう一度行くことになる和歌山グループが2つとも来ている。花山院が聞いたら(以下略)。

そしてサイコロは・・・6。思わず、「ひょえっ!」と心の声が出る。ここで来た那智山。前回は巡礼バスツアーで出かけたが、今度はどうやって行くかがまた考えどころである。

仁王門に戻る。14時50分発の本日最終バスの乗客はやはり私一人である(逆に、ここで他に乗客がいたほうがびっくりするが)。

それでも、途中ウトウトしながら走るうちに、途中のバス停から乗ってくる人もいて、相野駅に着いた時には5人にまで膨れ上がった。駅でJRの西国三十三所巡りキャンペーンのスタンプ台紙に押してもらう。駅のスタンプは11個目。ちょうど、3分の1である。

花山院と播州清水寺、いずれも西国巡りをしなければおそらく生涯訪れることはなかっただろう。ただでさえ、この三田から加東のエリアは、ゴルフ場のイメージしかなかったので・・・(バスに乗っていても、交差点ではゴルフ場への案内看板が多かったし、特に清水寺は、人によっては「○○ゴルフ場から何キロ」と言ったほうが場所がわかりやすい感じ)。

もう一つの、なかなか行けない関西を体感できるのも西国巡りの面白さということで・・・・。
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