写真①:大正時代の面影を今に伝える「吉田醤油屋」のレンガ煙突跡
=福津市津屋崎古小路で、2006年11月29日午前10時53分撮影
廃れる「津屋崎千軒」の町並み浮き彫り
―福津市が〈津屋崎地区の現況マップ〉示す―
隊員らで〝津屋崎千軒 海とまちなみの会〟(仮称)創設申し合わせる
「津屋崎千軒」通りの活性化を図る第6回「津屋崎千軒考え隊」会議(最終回)が、1月31日午後7時から福津市文化会館で開かれました。席上、市企画政策課が「津屋崎千軒」を中心とした〈津屋崎地区の現況マップ〉を初めて公表。町並み保存対策のため、「国登録有形文化財」として文化庁に申請するに足る明治や、大正、昭和の古い町家形式の商家、建物などが数多く残っていることが注目されました。
〈津屋崎地区の現況マップ〉では、空き家や空き地、古い家屋、駐車場、工作物などを地図上に色分け表示してあり、「津屋崎千軒」通りの南側を中心に目立つ空き地や空き家が廃れる町並みの姿を浮き彫りにしています。その中で、力付けられるのは古い家屋が約20軒も残されていることです。大正時代の面影を今に伝える「吉田醤油屋」のレンガ煙突跡=写真①=も、その一つ。福津市津屋崎古小路の「波折神社」前にあり、煙突の上部を倒壊の恐れがあるため撤去し、下部が残されています。
福津市新町の海岸通りにある「割烹旅館玉乃井」の建物は、かつて筑豊の炭鉱主などの企業家が避暑地に利用した時代をしのばせる元老舗旅館=写真②=。二階から眺める津屋崎の海の景色は最高という。
写真②:炭鉱主などの企業家が避暑地に利用した時代をしのばせる「割烹旅館玉乃井」
=福津市新町で、06年11月29日午前10時44分撮影
古民家はほかに、福津市が市内初の「国登録有形文化財」への登録を07年中に申請する方針を、第5回「津屋崎千軒考え隊」臨時会議で明らかにした明治の町家形式の商家・「津屋崎千軒民俗館『藍(あい)の家』」もあります。
「国登録有形文化財」は、1996年の文化財保護法改正で創設された文化財登録制度に基づき、文化財登録原簿に記載された有形文化財。50年前からあり、地域の人に文化財としての価値を認められていれば、申請通り登録され、建物に「登録有形文化財」のプレートが掲げられます。06年12月8日、国の文化審議会から登録文化財に答申された福岡市博多区冷泉町に昭和初期に建てられた旅館「鹿島本館」は、有形文化財としては同市初の登録となり、翌9日の新聞記事にも大きく紹介されました。
この日の会議では、私を含む出席隊員22人が、今後の津屋崎千軒活性化のために重要な取り組みについて投票。その結果、多かった意見は①地元の人たちの意識改革②宮地嶽神社、古墳公園、東郷神社、あんずの里など広域的な回遊性の確保③ボランテイアガイドの育成④歴史に馴染んだ町並み巡りの看板作成⑤ウオーキングマップ、自転車ルートなど回遊マップの作成――などの順でした。
この日で、「津屋崎千軒考え隊」の会議は終了。市は隊員らの意見を参考に、07年度市予算に計上できるよう津屋崎千軒通りの活性化事業計画案を検討するという。
閉会に際し、私が隊員らで〝津屋崎千軒 海とまちなみの会〟(仮称)を創設し、民間の組織でまちづくりの取り組みを継続してはどうでしょうかと提案、満場一致で賛同を得ました。言い出しっぺの私が呼びかけ人となり、2月中にも「津屋崎千軒民俗館『藍の家』」で設立総会を開く事務準備を進めることを仰せつかりました。
西鉄宮地岳線新宮―津屋崎駅間が、3月限りで廃線になることもあり、津屋崎の衰退が心配されますので、「住んで良い町が、訪れても良い町」づくりを目指し、みんなで知恵を出し合えればと思います。
=福津市津屋崎古小路で、2006年11月29日午前10時53分撮影
廃れる「津屋崎千軒」の町並み浮き彫り
―福津市が〈津屋崎地区の現況マップ〉示す―
隊員らで〝津屋崎千軒 海とまちなみの会〟(仮称)創設申し合わせる
「津屋崎千軒」通りの活性化を図る第6回「津屋崎千軒考え隊」会議(最終回)が、1月31日午後7時から福津市文化会館で開かれました。席上、市企画政策課が「津屋崎千軒」を中心とした〈津屋崎地区の現況マップ〉を初めて公表。町並み保存対策のため、「国登録有形文化財」として文化庁に申請するに足る明治や、大正、昭和の古い町家形式の商家、建物などが数多く残っていることが注目されました。
〈津屋崎地区の現況マップ〉では、空き家や空き地、古い家屋、駐車場、工作物などを地図上に色分け表示してあり、「津屋崎千軒」通りの南側を中心に目立つ空き地や空き家が廃れる町並みの姿を浮き彫りにしています。その中で、力付けられるのは古い家屋が約20軒も残されていることです。大正時代の面影を今に伝える「吉田醤油屋」のレンガ煙突跡=写真①=も、その一つ。福津市津屋崎古小路の「波折神社」前にあり、煙突の上部を倒壊の恐れがあるため撤去し、下部が残されています。
福津市新町の海岸通りにある「割烹旅館玉乃井」の建物は、かつて筑豊の炭鉱主などの企業家が避暑地に利用した時代をしのばせる元老舗旅館=写真②=。二階から眺める津屋崎の海の景色は最高という。
写真②:炭鉱主などの企業家が避暑地に利用した時代をしのばせる「割烹旅館玉乃井」
=福津市新町で、06年11月29日午前10時44分撮影
古民家はほかに、福津市が市内初の「国登録有形文化財」への登録を07年中に申請する方針を、第5回「津屋崎千軒考え隊」臨時会議で明らかにした明治の町家形式の商家・「津屋崎千軒民俗館『藍(あい)の家』」もあります。
「国登録有形文化財」は、1996年の文化財保護法改正で創設された文化財登録制度に基づき、文化財登録原簿に記載された有形文化財。50年前からあり、地域の人に文化財としての価値を認められていれば、申請通り登録され、建物に「登録有形文化財」のプレートが掲げられます。06年12月8日、国の文化審議会から登録文化財に答申された福岡市博多区冷泉町に昭和初期に建てられた旅館「鹿島本館」は、有形文化財としては同市初の登録となり、翌9日の新聞記事にも大きく紹介されました。
この日の会議では、私を含む出席隊員22人が、今後の津屋崎千軒活性化のために重要な取り組みについて投票。その結果、多かった意見は①地元の人たちの意識改革②宮地嶽神社、古墳公園、東郷神社、あんずの里など広域的な回遊性の確保③ボランテイアガイドの育成④歴史に馴染んだ町並み巡りの看板作成⑤ウオーキングマップ、自転車ルートなど回遊マップの作成――などの順でした。
この日で、「津屋崎千軒考え隊」の会議は終了。市は隊員らの意見を参考に、07年度市予算に計上できるよう津屋崎千軒通りの活性化事業計画案を検討するという。
閉会に際し、私が隊員らで〝津屋崎千軒 海とまちなみの会〟(仮称)を創設し、民間の組織でまちづくりの取り組みを継続してはどうでしょうかと提案、満場一致で賛同を得ました。言い出しっぺの私が呼びかけ人となり、2月中にも「津屋崎千軒民俗館『藍の家』」で設立総会を開く事務準備を進めることを仰せつかりました。
西鉄宮地岳線新宮―津屋崎駅間が、3月限りで廃線になることもあり、津屋崎の衰退が心配されますので、「住んで良い町が、訪れても良い町」づくりを目指し、みんなで知恵を出し合えればと思います。