吉村青春ブログ『津屋崎センゲン』

“A Quaint Town(古風な趣のある町)・ Tsuyazaki-sengen”の良かとこ情報を発信します。

2013年2月28日/〈福津市津屋崎の野鳥〉148:ツクシガモ

2013-02-28 10:19:56 | 福津市津屋崎の野鳥

写真①:浅瀬で餌を取るツクシガモ

      =福津市渡の「津屋崎干潟」で、2013年2月28日午前7時15分撮影


 福津市渡の「津屋崎干潟」の浅瀬で2月28日朝、冬鳥の珍鳥・ツクシガモ(カモ科)が舞い下りている姿を初めて確認しました=写真①=。九州の有明海沿岸や博多湾以外では渡来がまれです。嘴を水面につけて、甲殻類や海藻類を食べます。

 体長は、約62㌢。雌雄ほぼ同色。頭が黒く、胸に茶色の帯、赤い嘴が特徴の大型のカモです=写真②=。

 

写真②:アオサギ(サギ科)のそばを歩くツクシガモ

     =「津屋崎干潟」で、28日午前7時20分撮影

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〈催事〉0223:お座敷梅林観賞

2013-02-27 21:47:35 | 行楽催事

写真①:盆梅の花の香りと見事な彩りがお座敷で楽しめる「御座敷梅林 青輝園」

     =福岡県みやま市山川町尾野で、2013年2月27日午前11時5分撮影

   

〝お座敷の梅名所〟にぎわう

福岡県みやま市の「青輝園」と「梅花園」

 うららかな春の陽気に恵まれた2月27日、福岡県みやま市山川町尾野にある「御座敷梅林 青輝園(せいきえん)」=写真①=と、「お座敷盆梅 梅花園」=写真②=を初めて訪ね、梅の花の香りと見事な彩りを楽しんできました。両園とも、梅の花の見ごろは3月上旬まで。

  「青輝園」(田中克治園主)では、築80年の古民家のお座敷に2㍍以上の巨木や樹齢数百年の珍しい花梅盆栽が数多く展示さています。田中正一初代園主の盆梅を愛でる心を受け継ぎ、座敷で昭和37年から一般公開されているという。入園料5百円のところ、インターネットで割引整理券を入手し、4百円で入れました。

  

写真②:百畳敷きのお座敷に盆栽の花梅が飾られた「梅花園」

     =みやま市山川町尾野で、27日午前11時35分撮影

  「梅花園」(田中賢司園主)では、盆栽の花梅を百畳敷きのお座敷に飾る「お座敷盆梅」を入園料5百円で観梅。家族客らに八女茶のもてなしもあり、座敷前の庭の腰かけでくつろぐ姿も見られました。

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2013年2月24日/〈津屋崎の四季〉947:「宮地嶽神社」参道の先に沈む夕日

2013-02-24 23:51:19 | 風物

写真①:「宮地嶽神社」参道を照らしながら玄界灘に沈むみゆく夕日

     =福津市宮司元町の「宮地嶽神社」参道石段で、2013年2月24日午後6時3分撮影

 2月24日夕、美しい夕陽が福津市宮司元町の「宮地嶽神社」の宮地浜まで真っすぐ伸びた参道の真っ正面の玄界灘に沈んでいく光景を撮影しました。

 参道の石段を上り詰めた境内で立って待つと、参道の行く手に見える「相島」(福岡県新宮町)の向こうに沈もうとする夕日が石段を照らします=写真①=。

 福岡市の24日の「日の入り時刻」午後6時11分を過ぎると、参道は暗くなり、街灯のライトが点きました=写真②=。

写真②:日の入り時刻を過ぎて点灯した参道の街灯(左)

     =24日午後6時13分

 夕陽が玄界灘に沈んだ後、残照が「相島」上空を茜色に染めます=写真③=。〝ゴールデンアワー (Golden Hour)〟の絶景です。

写真③:玄界灘に沈んだ夕日の残照で茜色に染まった「相島」(向こう)上空

     =24日午後6時14分撮影

 参道の行く手に沈んでいく光景を楽しめるのは、毎年2月と10月の2回だけ。2012年10月25日に「相島」の東の玄界灘に沈む夕日を見送って以来の撮影で、ときおりシャッターを押すのを忘れて見とれました。

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2013年2月23日/〈津屋崎の四季〉946:「寒緋桜」開花

2013-02-23 18:46:23 | 風物

写真①:開花した早咲きの「寒緋桜」
     =「宮地嶽神社」拝殿前の境内で、2013年2月23日午前10時15分撮影

 

 福津市宮司元町の「宮地嶽神社」を23日午前訪れたところ、拝殿前の境内にある早咲きの「寒緋桜」が開花していました=写真①=。まだ数輪です。

 

 同神社本殿横にある境内で1本だけ〝超早咲き〟で知られる「開運桜」は満開です。〈寒緋桜〉の一種ながら、この1本だけが毎年、境内で最も早く咲き、神様のご利益を受けているという意味で〈開運桜〉の名が付けられており、参拝客がカメラに収めていました=写真②=。

 

写真②:満開の「開運桜」に見入る参拝客たち
     =「宮地嶽神社」拝殿前で、23日午前10時15分撮影

 

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2013年2月22日/〈津屋崎の四季〉945:天神町の新川にカワセミ今年も生息

2013-02-22 15:00:37 | 風物

  

写真①:新川の「天神橋」上流右岸にあるコンクリート堰堤にスズメと並んだカワセミ
     =福津市津屋崎3丁目の新川で、2013年2月22日午前11時35分撮影

 2013年2月22日午前、福津市津屋崎3丁目(天神町)の新川の「天神橋」上流右岸にあるコンクリート堰堤に、留鳥のカワセミ(カワセミ科)がスズメと仲良く並んでいました=写真①=。新川の水面に浮かぶ小魚を狙っているようです。赤橙色の腹部が、綺麗です。

 2007年11月15日にも、この堰堤に舞い降りたカワセミを撮影しています。同じ個体ではないでしょうが、環境指標の野鳥とされるカワセミが生息できる自然環境が保たれているのは嬉しいことです。

 

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〈催事〉0222:「津屋崎の空模様」講演会

2013-02-16 16:38:34 | 行楽催事

 

写真①:ユーモアたっぷりに話す吉竹顕彰さん

     =福津市津屋崎4丁目の「津屋崎千軒民俗館『藍の家』」で、2013年2月16日撮影

   

NHK〝気象キャスター〟吉竹顕彰さん

「津屋崎の空模様」を笑顔で講演

  NHK福岡放送局総合テレビの天気予報番組・〝気象キャスター〟でおなじみの気象予報士・吉竹顕彰(あきら)さん(55)の講演会(参加無料)が、2月16日午後1時から、福津市津屋崎4丁目の「津屋崎千軒民俗館『藍の家』」であり、「津屋崎の空模様」と題してユーモアたっぷりに天気予報の裏話を語る吉竹さん=写真①=の講演に、満席の市民らが聴き入っていました。

 吉竹さんは、天気予報が当たる確率は80%-85%といって笑わせたあと、福岡の年平均気温は過去120年で地球温暖化や都市化の影響で2.5度上昇、2100年には現在より1.1~6.4度上昇して種子島と同じになり、ソメイヨシノが開花できなくなる恐れもあると指摘。津屋崎は、「日本海型気候」で風が強く、日中は宗像市よりも気温が上がらない、と「津屋崎の空模様」の予報ポイントにも触れ、受講者らから「これから、天気予報のニュースが分かりやすく聞けそう」と好評でした。

 

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〈催事〉0221:吉竹顕彰さん講演会

2013-02-12 04:38:25 | 行楽催事

写真①:吉竹顕彰さんの講演会を紹介した読売新聞「福岡東かわらばん」記事(2月9日付)

  

NHK〝気象キャスター〟吉竹顕彰さんの講演会「津屋崎の空模様」

2月16日午後1時から、津屋崎千軒民俗館『藍の家』で開催

 2月16日(土)午後1時から、福津市津屋崎4丁目の「津屋崎千軒民俗館『藍の家』」で、NHK福岡放送局総合テレビの天気予報番組・〝気象キャスター〟でおなじみの気象予報士・吉竹顕彰(あきら)さんの講演会「津屋崎の空模様」=写真①=が開催されます。

 講演会は、参加無料です。吉竹さんは、天気予報にかかわる気象の基本的な知識や、気候と四季の移ろい、港町・津屋崎の天気など幅広く講話。問い合わせは、「藍の家保存会」代表の柴田さん(藍の家0940・52・0605=10~16時)へ。

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2013年2月11日/〈大分・町歩き〉008・小鹿田焼の里

2013-02-11 02:48:19 | 〈大分・町歩き〉

写真①:「大久保台梅林公園」で咲き始めた梅の花

     =大分県日田市大山町西大山で、2013年2月8日午前10時10分撮影

 〈大分・町歩きスポット〉 8

 :小鹿田焼の里

 日田市の温泉宿に1泊した翌2月8日朝、同市大山町の「大山ひびきの郷」近くの「大久保台梅林公園」を訪ねました。まだ一部の梅の花が咲いているだけです=写真①=。梅の花を愛でていると、大分合同新聞日田支社の女性記者さんから取材され、梅見客の記事用に写真を撮られました。17日(日)から3月17日(日)まで「日田おおやま梅まつり」が開催されますが、それまでには梅林=写真②=の花もほころびを増していることでしょう。

  

写真②:一斉開花の時季が待たれる「大久保台梅林公園」の梅林

  「大久保台梅林公園」を見物後、路肩に積雪が残る山道をスリップしないようにと、マイカーをのろのろ運転して日田市皿山の小鹿田焼(おんたやき)の里へ着きました。小鹿田焼は、江戸時代中期の宝永2年(1705年)、陶工柳瀬三右衛門により開窯された民陶です。作陶技術では、初期には唐津焼、後には高取焼、小石原焼の影響を受けており、壷や鉢、茶碗などを登窯で焼き上げ、素朴で伝統的な技法が国の無形文化財に指定されています。皿山周辺で取れる陶土は、川の流れを利用した唐臼=写真③=で粉砕して粉状にし、天日で乾燥させてできるという。

 

写真③:川の流れを利用して陶土を粉砕して粉状にする唐臼

  ゴトン、ゴトンと大きな音が響く唐臼のそばに、「山のそば茶屋」=写真④=があるのを見つけ、昼食に地鶏そばを注文。熱々の手打ちそばを食べ、冷え切っていた体が温まったところで、北九州市や筑豊地方は8日朝から積雪のため高速道路が通行禁止になっているとのラジオニュースを聞き、日田観光を終えて九州自動車道経由で福岡へ向かいました。

 

写真④:唐臼の音が響く小鹿田焼の里に建つ「山のそば茶屋」

 江戸幕府の西国筋郡代の役所が置かれ、九州随一といわれるほどの繁栄を極めたという天領日田。豪商たちが活躍し、町人文化が花開いた日田の旧家に残る絢爛豪華なひな人形や、ひな道具が、旧家や資料館で一斉に公開される「天領日田おひなまつり」=写真④=が、15日(金)から3月31日(日)まで開催されます。あなたも、天領日田へお出かけになりませんか。

  

写真④:「天領日田おひなまつり」のポスター

 (今回の〈大分・町歩きスポット〉シリーズの続編「天領・日田観光」連載を終わります)

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2013年2月10日/〈大分・町歩き〉007・廣瀬淡窓

2013-02-10 04:51:39 | 〈大分・町歩き〉

写真①:廣瀬淡窓の旧宅・「北家」にある「廣瀬資料館」

     =大分県日田市豆田町9-7で、2013年2月7日午後3時35分撮影

 〈大分・町歩きスポット〉 7

 :廣瀬淡窓

 江戸時代後期の儒学者で、全国から集まった約5千人の門下生を教育した廣瀬淡窓は天明2年(1782年)、豊後日田の商人・廣瀬宗家第5世三郎右衛門の長男として生まれました。幼時から学問を好み、病身のため、宗家第6世を二男の久兵衛に譲ります。ちなみに、廣瀬勝貞大分県知事は、久兵衛の子孫です。

 淡窓の経歴や関係資料を展示した財団法人「廣瀬資料館」(入館料450円)=写真①=は、日田市豆田町の魚町(うおまち)通りを挟んで南北に分かれている淡窓の旧宅のうち北側の「北家(ほくけ)」(廣瀬家の本宅)にあります。

 「北家」は、敷地1,308平方㍍。主屋や座敷、能楽、三味線披露の場に使われた新座敷と、土蔵3棟があり、廣瀬家当主や家族が住んでいました。

 魚町通りを挟んで南側にある淡窓の旧宅「南家(なんけ)」(廣瀬家の向宅・向屋敷)=写真②=は、敷地859平方㍍。南主屋や庭園を備えた隠宅(いんたく)、土蔵2棟があり、祖父母や父母の隠居家、親族の住居などに使われていたという。

 

写真②:淡窓の旧宅「南家」の土蔵

 淡窓は成人するまでは、主に「北家」に住み、文化14年(1817年)に日田市淡窓2丁目に私塾「咸宜園」=写真③=を開いた後は「南家」に居住し、当初は「南家」土蔵(隠居蔵)で門下生に講義を行っていました。

 

写真③:淡窓の私塾「咸宜園」跡(国指定史跡)にある江戸時代建設の居宅「秋風庵(しゅうふうあん)」

         =日田市淡窓2丁目で撮影

  廣瀬家の先祖は、江戸時代初期の延宝元年(1673年)に博多から日田に移住し、豆田魚町に居を構え、家号を「博多屋」としました。また、淡窓は寛政9年(1797年)、16歳の時に福岡の亀井塾に入門、福岡藩儒学者で志賀島から発掘された有名な「漢委奴國王」と陰刻された金印の鑑定を依頼され、『金印辨』を書いた亀井南冥から教えを受けています。偉大な教育者であり、頼山陽や菅茶山とともに江戸後期の〝三大漢詩人〟の一人に数えられた淡窓。廣瀬家ともども、博多とのかかわりがあることを「廣瀬資料館」の展示で知り、親しみがわきました。同館前の魚町通り=写真④=は石畳が敷かれ、手作りおかきや、そば饅頭を売る店が軒を連ねており、心なごむ雰囲気も良かったです。

 

写真④:心なごむ雰囲気が素敵な石畳の魚町通り

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2013年2月9日/〈大分・町歩き〉006・豆田町

2013-02-09 09:33:09 | 〈大分・町歩き〉

写真①:天領日田を代表するスポット・豆田町の古い町並み

     =大分県日田市の「豆田みゆき通り」で、2013年2月7日午後3時35分撮影

  きょう2月9日から、〈大分・町歩きスポット〉シリーズの続編「天領・日田観光」を掲載します。

 〈大分・町歩きスポット〉 6

 :豆田町

 大分県日田市へ2月7日、家族で1泊旅行しました。日田は、江戸時代から幕府直轄領の天領として栄えた町です。このうち江戸初期の寛永16年(1639年)、日田御役所(日田陣屋)が置かれた豆田(まめだ)町=写真①=は町人の町で、往時の地割りや伝統的な建物が残っており、平成16年に10.7㌶の地域が国の重要伝統的建造物群(重伝建)保存地区に選定されています。

 地元の町並み保存団体・「豆田町伝建保存会」のメンバー16人が平成24年12月1日、福津市津屋崎で開催された「第35回全国町並みゼミ福岡大会」第5分科会に参加。その分科会の運営を私が所属している「津屋崎千軒 海とまちなみの会」が運営し、江戸時代から繁栄して〈津屋崎千軒〉と称された町並みの見学ガイドを担当したことから、以前訪れていた豆田町を再訪したくなり、マイカーで日田へ出かけました。

 豆田町では、江戸中期の明和9年(1772年)や明治13年(1880年)、同20年(1887年)の大火を契機に、茅葺の町家が瓦葺で木部を土で塗り込める「居蔵造り」に改築。重伝建保存地区南部にあり、製蠟業や酒造業などを営んだ大規模商家・「草野家住宅」=写真②=は、明和9年大火後に建てられた漆喰塗大壁で防火性の高い「居蔵造り」町家として国の重要文化財に指定されています。

 

写真②:国指定要文化財の大規模商家・「草野家住宅」

 日田市では、周囲の山々から流れ出る豊富な水が集まって筑後川となることから、〝水郷日田〟としても有名。豆田町の町家の間を流れる水路=写真③=も、清流です。

 

写真③:豆田町の町家の間を流れる水路

 「草野家住宅」の隣にある「天領日田資料館」(入館料310円)=写真④=には、天領で栄えた町人文化を今に伝える文人画や書、屏風などが展示されていました。

 

写真④:文人画や書、屏風などが展示されている「天領日田資料館」

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