吉村青春ブログ『津屋崎センゲン』

“A Quaint Town(古風な趣のある町)・ Tsuyazaki-sengen”の良かとこ情報を発信します。

〈催事〉0627:「津屋崎祇園山笠」復活50周年

2024-07-19 07:10:11 | 行楽催事

 

写真①:イベント広場に飾られた〈岡流〉の山笠(正面の表題は「土蜘蛛退治」)

    =福津市津屋崎3丁目の市まちおこしセンターで、2024年7月18日撮影

 

福津市・「津屋崎祇園山笠」復活50周年の飾り山を展示中

7月20日(土曜)裸参り、21日(日曜)追い山開催です

 3百年余の伝統を誇る福津市津屋崎の夏祭り・「津屋崎祇園山笠」の飾り山の展示が7月20日(土曜)の裸参り、21日(日曜)の追い山を前に、岡、新町、北の3流(ながれ)ごとにお目見えしました。津屋崎祇園山笠振興会(花田実会長)では、3流の山笠(重さ約1㌧)が男衆らに担がれてお宮入りする同市津屋崎4丁目の波折神社(野上雅貴宮司)で、20日午後6時から山笠復活50周年の記念式典を行う予定です。

  江戸時代に発刊された地誌・『筑前国続風土記附録(ちくぜんのくにぞくふどきふろく)』や、 旧津屋崎町が平成8年に発行した『津屋崎町史 資料編 下巻(一)』によると、津屋崎祇園山笠は江戸時代の正徳4年(1714年)、津屋崎の氏神・波折神社の境内にある祇園社に、博多から祇園神をお迎えし、旧暦の6月19日に高さ10㍍という大きな三基の山笠を作って担ぎ、神様に捧げて祇園神の祭りをしたのが始まりとされています。2024年は正徳4年から起算して山笠発足310周年、昭和38年(1963年)にサラリーマンが増えてかき手不足となって中断、同50年(1975年)に復活してから50周年というわけです。

 岡流の飾り山は、福津市津屋崎3丁目の市まちおこしセンター「津屋崎千軒なごみ」のイベント広場に展示。正面の表題は「土蜘蛛退治」=写真①=。平安時代の武将、源氏の大将源頼光の館に毎夜のように出没する身の丈2メートル程の怪法師が、頼光四天王の坂田金時に襲いかかった際、頼光から愛刀膝丸で斬りつけられると、糸をさっと吐いて恐ろしい土蜘蛛に変身。「おのれ妖怪」と、頼光が刀を横一文字に払うと、土蜘蛛は身を震わして掻き消えます。血の後を追ったところ、北野の大きな塚に長さ1.2㍍の山蜘蛛がいたことから、以後、愛刀を「蜘蛛切りの刀」と呼ぶようになったという。山笠は、この場面を頼光、金時、土蜘蛛の津屋崎人形を飾って描いています。

 山笠の(向正面)の表題は「笹の才蔵」です。戦国時代から江戸時代にかけて活躍した武将の可児(かに)吉長(槍の名手で通称・才蔵)の人形が飾られています=写真②=。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで、福島正則軍の先鋒隊長として討ち取った敵兵17人の首に目印として笹を立て、「笹の才蔵」の異名を取りました。笹を口に含ませるのは、酒(ささ)を討ち取った相手に飲ます最後の手向けの意味合いもあったといわれます。

 人形飾り製作は正面、見送りとも同市津屋崎3丁目の筑前津屋崎人形巧房(原田誠7代目当主)の津屋崎人形師の力作です。

写真②:「笹の才蔵」の津屋崎人形が飾られた岡流の山笠見送り

 祇園山笠行事では、土曜日の夕方に3流の男衆らが、裸に赤い締め込み姿で波折神社を出発、提灯を掲げて約7㌔の夜道を走り、同神社と在自の金刀比羅神社、宮司の宮地嶽神社の旧津屋崎町の3神社に参拝する裸参りが行われます。翌日の日曜日は、午前9時に波折神社から3流の山笠が順番にスタートするハイライト・追い山が繰り広げられ、祭りの幕を閉じます。

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<行楽催事>0625:第10回まちなみフォーラム福岡in津屋崎千軒参加者募集

2024-03-26 17:49:58 | 行楽催事

写真①:「津屋崎千軒町家めぐり&第10回まちなみフォーラム福岡in津屋崎千軒」のチラシ

 

祝豊村酒造創業150周年・国重要文化財指定

津屋崎千軒町家めぐり&第10回まちなみフォーラム福岡in津屋崎千軒

4月20日(土)開催で、参加者募集始まる

 

 福津市津屋崎の豊村酒造の旧醸造場施設が1月19日に国の重要文化財に指定されたのを祝し、私が所属する「津屋崎千軒 海とまちなみの会と藍の家保存会、津屋崎千軒いきいき夢の会が実行委員会を結成、福岡県内各地で地域遺産を活かしたまちづくりに取り組む団体が手弁当で参加、交流を進める「まちなみネットワーク福岡」と4月20日(土)、同酒造をメイン会場に津屋崎千軒町家めぐり&第10回まちなみフォーラム福岡in津屋崎千軒=写真①=を開催します。午前9時30分から豊村酒造で受付、同10時から実行委員会のボランティアガイドが豊村酒造を約30分見学、①町家コース=卯建のある麦屋惣平衛邸(明治40年建築の木造2階土蔵造り。麦野時夫・第12代津屋崎町長宅)や旧糀屋などを巡ります=、②海と歴史コース(波折神社、教安寺などを散策)に分かれて津屋崎千軒の町歩きを楽しみます。

 午後1時からは同酒造店舗土間で開会セレモニーのあと、國學院大學観光まちづくり学部長・教授(東大名誉教授)の西村幸夫氏が「歴史的建造物の国重要文化財指定の意義と保全活用」の演題で基調講演。さらに、西村氏がコーデイネーターとなってパネルディスカッション(テーマ「歴史的町並み景観の保全と町家の再生活用」~豊村酒造建造物の国重要文化財指定を機に津屋崎千軒の活性化目指して~を行い、松本将一郎(福岡県文化財保護課技術主査)、田上浩司(福津市教育委員会文化財課文化財係長)、金氣順也(金氣順也建築工房代表取締役)のパネリスト3人と、北島力アドバイザー(NPO法人全国町並み保存連盟副理事長)が意見を交わし、西村氏に討論をまとめていただきます。

 参加定員百名(事前申し込み先着順。参加料1千円は当日受付で納入をお願いします)で、申込は4月8日(月)までに「津屋崎千軒 海とまちなみの会」事務局へE-mail: yosi3019@sage.ocn.ne.jpで。折り返し、参加申込書をメールでお送りします。希望者は正午から50分間、豊村酒造隣の藍の家で参加者が自己紹介する昼食会に予約弁当(別途料金1千円)を味わいながら参加できるほか、午後6時から津屋崎1丁目の「民宿まさご」で開かれる飲み物付き会席料理を楽しみながら懇談する情報交換交流会(予約申し込みで、参加料5千円)も参加できます。

 

 

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〈行楽催事〉0625:「春の彼岸の津屋崎里歩きを楽しむフットパス」開催します

2024-02-15 20:27:07 | 行楽催事

写真①:格子に張られた「春の彼岸の津屋崎里歩きを楽しむフットパス」のポスター

   =福津市津屋崎3丁目18-16の貝寄せ館で、2024年2月15日撮影

 

福津市・「在自山・田園ビューポイント」から新堤池、金刀比羅神社で里の春探訪

3月17日、春の彼岸の津屋崎里歩きを楽しむフットパスを開催します

 

 福津市・「在自山・田園ビューポイント」から新堤池、金刀比羅神社で里の春を探訪しましょう――。福津市複合文化センター「カメリアステージ」と、私が所属するまちづくりボランティア団体・「津屋崎千軒 海とまちなみの会」は3月17日(日)、春の彼岸の津屋崎里歩きを楽しむフットパス=写真は「貝寄せ館」格子に張られた参加者募集のポスター=を開催(雨天決行)します本会が平成26年(2014年)に市制施行10周年記念事業として市都市計画課と共働で開設した市内初のフットパス・「津屋崎里歩きフットパス」(宮地浜「夕陽風景時計」発着の津屋崎松原や宮地嶽神社参道の“光の道”絶景地を巡る歩程6.8㌔・㍍、所要2時間半)のマップ(A3判)を手に、本会ボランティアガイドの案内で約2時間、野鳥のさえずりや野の花などの自然を五感で楽しみます。

 当日は、午前9時45分から福津市津屋崎1丁目の福津市カメリアホールで受け付け。10時から「海とまちなみの会」ガイドの案内で、「津屋崎里歩きフットパス」コースの同市津屋崎7丁目の「在自山・田園ビューポイント」を経て、農業用ため池「新堤池」の野鳥や野の花などを訪ねます。この後、在自の金刀比羅神社を巡り、同カメリアホール玄関前で12時解散。歩程約3Km(途中でトイレ休憩あり)。募集定員は、申し込み先着順30名。歩きやすい服装・靴で、マスク着用、水筒持参を。参加費は無料。申し込みは、3月10日(日)までに福津市複合文化センター「カメリアホール」(℡0940-52-3321)へ電話でお願いします。

 フットパスとは? イギリスが発祥で、ありのままの風景や自然、古い町並みを楽しみながら歩くこと(Foot・フット)ができる小径(こみち。Path・パス)のことで、この小径を歩くことも言います。

 

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<行楽催事>0624:開運桜

2024-02-12 14:48:29 | 行楽催事

写真①:満開の開運桜

    =福岡県福津市の宮地嶽神社・本殿南側で、2月12日午前9時45分撮影

 

宮地嶽神社で開運桜が満開です

 

 冬日和の2月12日、福岡県福津市の宮地嶽神社では、本殿南側にある超早咲きの「開運桜」が満開=写真=。境内に植栽されている早咲きの〈寒緋桜〉の一種ですが、毎年1月にこの1本だけが最も早く咲き、神様のご利益を受けているという意味で〈開運桜〉と呼ばれています。

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〈行楽催事〉0623:HKT48の津屋崎ロケ動画が12月22日公開されました

2023-12-22 21:47:31 | 行楽催事

写真①:筑前津屋崎人形巧房でモマ笛を吹くHKT48の江口心々華さん(右)を見守る梁瀬鈴雅さん(HKT48の津屋崎ロケ公開動画から)

 

海とまちなみの会がガイドした福津市での「美しい景観」撮影ロケの動画

「HKT48の福岡撮影中。」がyoutubeチャンネルで12月22日公開されました

 私が所属する福津市の「津屋崎千軒 海とまちなみの会」が福岡県の依頼でガイドした福岡市のアイドルグループ・HKT48のメンバー2人の津屋崎景観撮影ロケの動画が、県のふくおかインターネットテレビ「HKT48の福岡撮影中。」(youtubeチャンネル)で「福岡県美しいまちめぐりガイド」を紹介する番組として12月22日16時に公開されました。

 福岡県美しいまちまちづくり協議会(事務局・県都市計画課)から、「海とまちなみの会」へ届いたお知らせによると、この動画は会員の津屋崎千軒 海とまちなみの会さんに取材にご協力をいただき、製作されました。以下のURLで見ることができます。

◎本編

 https://youtu.be/w0Sbg5tcaHc

 ◎ショート編

 https://youtube.com/shorts/kiE0TyptYFc?feature=share

 津屋崎景観撮影ロケは。福津市津屋崎海岸の景色と「海とまちなみの会」の景観維持活動紹介のため、県民情報広報課が担当。11月29日、リポーターとして「美しい景観」撮影にチャレンジするHKT48のメンバー・梁瀬鈴雅(やなせれいあ)さんと江口心々華(えぐちここは)さんを、「海とまちなみの会」のガイドが福津市津屋崎3丁目の本会観光ガイド拠点事務所・「貝寄せ館」に迎え、江戸時代から栄えたA Quaint Town Tsuyazaki-sengen(古風な趣のある町・津屋崎千軒)を案内。11月24日の文化審議会で国重要文化財指定(建造物)の答申が出た明治7年創業の豊村酒造や、同34年建築の旧染物屋「藍の家」(国登録有形文化財)などの町家の建築様式や魅力をガイド、筑前津屋崎人形巧房ではフクロウをかたどった土人形のモマ笛を吹かせてもらい、ホー、ホーと鳴き声そっくりの音が出て大喜び=写真①=。

 最後に、宮地浜で干潮時に濡れた砂浜や潮だまりが鏡のように空を映す神秘的な光景・“かがみの海”の撮影に立ち会いました。

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〈行楽催事〉0622:HKT48の津屋崎ロケ動画を12月22日公開

2023-12-17 07:07:04 | 行楽催事

写真①:福岡県ホームページ。下方の「よくあるワード」に掲載の「HKT48の福岡撮影中。」をクリックすると動画をご覧いただけます

 

海とまちなみの会がガイドした福津市での「美しい景観」撮影ロケの動画

「HKT48の福岡撮影中。」(youtubeチャンネル)公開は12月22日16時から

 私が所属する福津市の「津屋崎千軒 海とまちなみの会」が福岡県の依頼でガイドした福岡市のアイドルグループ・HKT48のメンバー2人の津屋崎景観撮影ロケの動画が、県のふくおかインターネットテレビ「HKT48の福岡撮影中。」(youtubeチャンネル)=写真①=で「福岡県美しいまちめぐりガイド」を紹介する番組として12月22日(金)16時に公開されます。

福岡県美しいまちまちづくり協議会(事務局・県都市計画課)から「海とまちなみの会」へ以下のお知らせメールが届きました。

「HKT48の福岡撮影中。」の動画は、会員の津屋崎千軒 海とまちなみの会さんに取材にご協力をいただき、製作されました。16時以降に以下のURLで見ることができます。

◎本編

 https://youtu.be/w0Sbg5tcaHc

 ◎ショート編

 https://youtube.com/shorts/kiE0TyptYFc?feature=share

 津屋崎景観撮影ロケは。福津市津屋崎海岸の景色と「海とまちなみの会」の景観維持活動紹介のため、県民情報広報課が担当。11月29日、リポーターとして「美しい景観」撮影にチャレンジするHKT48のメンバー・梁瀬鈴雅(やなせれいあ)さんと江口心々華(えぐちここは)さんを、「海とまちなみの会」のガイドが福津市津屋崎3丁目の本会観光ガイド拠点事務所・「貝寄せ館」に迎え、江戸時代から栄えたA Quaint Town Tsuyazaki-sengen(古風な趣のある町・津屋崎千軒)を案内。国重要文化財指定が11月24日の文化審議会で決まった明治7年創業の豊村酒造や、同34年建築の旧染物屋「藍の家」(国登録有形文化財)などの町家の建築様式や魅力をガイド、宮地浜で干潮時に濡れた砂浜や潮だまりが鏡のように空を映す神秘的な光景・“かがみの海”の撮影に立ち会いました。

 梁瀬さんと江口さんは、豊村酒造の主屋では「海とまちなみの会」のボランティアガイドで、塩木の大きな松の梁組みなどを見学、盛んにカメラに収めていました。22日公開のyoutubeチャンネル番組で、貝寄せ館や卯建の町家・麦屋惣平衛邸(千葉県在住の麦野裕・海とまちなみの会会員所有)など海とまちなみの会の活動と津屋崎の見どころ紹介の動画をご覧ください。

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〈行楽催事〉0621:波折神社御遷座八百年奉祝祭

2023-09-24 20:56:56 | 行楽催事

写真①:拝殿で執り行われた「波折神社御遷座八百年奉祝祭」奉祝神事

   =福津市津屋崎4丁目33-1の波折神社で、2023年9月24日撮影

 

福津市津屋崎の氏神・「波折神社」で「御遷座八百年奉祝祭」開催


 福津市津屋崎の氏神・「波折神社」で9月24日、「波折神社御遷座八百年奉祝祭」が開催されました。瀬織津姫大神と住吉大神、志賀大神を主祭神三座とする「波折神社」は、鎌倉時代の承久3年(1221年)、「河原崎の宮之本」(今の福津市津屋崎1丁目の津屋崎郵便局付近)から現在地の東古小路(津屋崎4丁目)に移転。令和3年(2021年)に「御遷座八百年」の節目を迎えました。新型コロナ感染症の拡大で延期されていた奉祝祭の奉祝神事は、この日午前10時から拝殿で厳かに執り行われ=写真①=、詰め掛けた参拝者とともに祝いました。

 波折神社御遷座八百年奉祝祭実行委員会(会長・麻生藤七同神社宮司)では、令和2年1月から奉祝祭の式・祭典、記念事業(事業費2,500万円)開催、社殿・合祀境内社・石垣の改修のため個人1口5千円、法人1口5万円の奉賛金を募集。これまでに奉賛金を寄せた方たちの氏名、金額が、境内の「波折神社御遷座八百年奉祝祭」掲示板の裏側に「八百年祭奉賛者」として掲示されました。私個人と私が所属する津屋崎のまちづくりボランティア団体・「津屋崎千軒 海とまちなみの会」も奉賛金を納め、同委員会からお礼の記念品として瀬織津姫のイラスト入り御遷座八百年奉祝ステッカーなどをいただきました。実行委では、奉賛金で社殿、合祀境内社、石垣を改修、奉祝祭事はコロナ禍終息後に開催を先送りしていました。

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〈行楽催事〉0620:“絶景の道”を巡るフットパス参加者募集

2023-09-08 19:20:25 | 行楽催事

写真①: “絶景の道”と宮地浜「夕陽風景時計」・松原を巡るフットパス2023の参加者募集ポスター  =福津市津屋崎3丁目の「海とまちなみの会」観光ガイド拠点事務所「貝寄せ館」で撮影

~NHK朝ドラ「らんまん」で注目の植物観察も樹木や野草に詳しい女性ガイドと楽しめます~

10月7日、福津市の〝光の道〟夕陽絶景地から海辺の松原を歩き、里の秋を五感で満喫

“絶景の道”と宮地浜「夕陽風景時計」・松原を巡るフットパス2023参加者募集

 私が所属する福津市津屋崎のまちづくりボランティア団体・「津屋崎千軒 海とまちなみの会」は同市複合文化センター「カメリアステージ」と10月7日(土)、“絶景の道”と宮地浜「夕陽風景時計」・松原を巡るフットパス2023=写真①参加者募集ポスター=を開催します。「カメリアステージ」と同市津屋崎3丁目の本会観光ガイド拠点事務所「貝寄せ館」などにポスターを掲示、9月8日から参加者募集を始めました。9日11時から15時まで開館する同館でも、参加申し込みを受け付けます。

 宮地浜「夕陽風景時計」設置9周年&「カメリアステージ」開館6周年記念として、10月7日午前9時~11時(雨天決行)に開催。同8時45分から福津市宮司3丁目の旅館「大阪屋」で受け付け。「海とまちなみの会」が平成26年(2014年)7月開設した「津屋崎里歩きフットパス」(新日本歩く道紀行推進機構から「絶景の道100選」認定)コースの「宮地嶽神社」参道石段の〝光の道〟夕陽絶景地から旧参道の小径に入り、海辺の宮地浜「夕陽風景時計」前、「宮司・浜の松原」の散策路、中川の橋を渡って津屋崎浜を通り、「津屋崎松原」散策路沿いにそびえる「根性松」を経て、福津市津屋崎1の「カメリアステージ」まで約3㌔を海とまちなみの会のガイドで歩きます。

 沿道の美しい景色や潮の香、野鳥の姿や鳴き声を五感で満喫。植物学者・牧野富太郎の人生をモデルにしたNHKの人気朝ドラ「らんまん」で注目の植物観察も、沿道の古木や海浜植物などを樹木や野草に詳しい会員の女性ガイド(「宗像植物友の会」会員)2人の解説付きで楽しめる、秋の津屋崎里歩きです。途中、「宮司コミセン」でトイレ休憩。終点の「カメリアステージ」で11時解散。参加費は5百円(保険・資料・松ケ枝餅代)。募集定員は申込先着順30名様。歩きやすい服装、靴でマスク着用を。申し込みは、「海とまちなみの会」事務局へメールyosi3019@sage.ocn.ne.jpで担当吉村まで。

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〈行楽催事〉0619:ステッカー

2023-09-05 05:30:18 | 行楽催事

写真①:「貝寄せ館」入口に貼り終えた開館日時告知ステッカー
   =福津市津屋崎3丁目18-16、2023年9月4日撮影

「海とまちなみの会」の観光ガイド拠点事務所・「貝寄せ館」

9月から毎月第2土曜日11時~15時開館します

開館日時告知のステッカーを4日貼り替え


 私が所属している福津市津屋崎のまちづくりボランティア団体、「津屋崎千軒 海とまちなみの会」は、同市津屋崎3丁目18-16の津屋崎千軒通りに開設している観光ガイド拠点事務所・「貝寄せ館」(入館無料)を9月から毎月第2土曜日11時から15時まで開館することを決定。4日午前、同館入口のガラス戸に開館日時や本会のホームページとfacebookのQRコードを表示したステッカー=写真①=を貼り替えました。館内の展示資料の配置も模様替えし、すっきりした空間に一新します。9日の開館日に、気軽にお越しください。

 これまで「貝寄せ館」は新型コロナ感染症の感染拡大の影響で、ガイド依頼があった日や団体で入館希望が寄せられた日など毎月1回だけ11時から15時まで開館していました。新型コロナ感染症が2023年5月8日から「5類感染症」になったことや、毎月の開館日時が固定されれば入館して館内見学やガイドを依頼しやすいなどの声が「海とまちなみの会」会員に寄せられたことから、毎月第2土曜日11時から15時まで開館しボランティアガイド当番の会員が対応することにしました。

  「貝寄せ館」は平成24年(2012年)3月25日オープン。旧田畑畳店畳製造作業所を無償でお借りし、会員と支援市民の皆様からの寄付金や祝い金など建物改装資金約60万円で開館致しました。津屋崎の浜が春先に吹く西風で多くの貝が打ち寄せられ、〝貝寄せの浜〟と呼ばれているのに因み、会員や市民、観光町歩きの皆様が、貝のように寄せ集まる所にしたいと「貝寄せ館」と名付けました。館内には、昭和初期の津屋崎千軒町並み復元地図や、古風な町並み紹介のパネル写真、江戸時代から津屋崎千軒の繁栄を支えた福岡藩の塩田地図、津屋崎の町興しに貢献した“筑豊の炭鉱王”・伊藤伝右衛門らが曽根の鼻に開設した活洲場の写真、桜貝、アオイ貝など津屋崎で採取した約80種類の貝殻などを展示しています。

 

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〈行楽催事〉0618:戦時下のくらし展

2023-08-12 09:05:31 | 行楽催事

写真①:津屋崎千軒民俗館「藍の家」入口に立てられた戦時下のくらし展看板

   =福津市津屋崎4-14-20で、2023年8月11日撮影

福津市の「藍の家」で戦時下のくらし展が開催されています

古老8人の聞き書き証言や市内に残る戦時資料を展示

 福津市津屋崎4の津屋崎千軒民俗館「藍の家」(国登録有形文化財)1階座敷で、戦時下のくらし展=写真①=が、8月20日まで開かれています。昭和5年生まれで、太平洋戦争中は宗像郡津屋崎町(現福津市津屋崎)須多田で暮らしていた寺嶋一馬さん(93)ら市内在住の男女8人の聞き書き証言や、戦時中に使われた緑の二重ライン柄入りの「国民食器」、戦争の歴史年表など市内に残る資料を展示=写真②=しており、観覧無料。13日~15日は休館。

写真②:1階座敷に展示された福津市内に残る戦時下のくらし資料や聞き書き証言文の掲示

 証言や展示資料は、福津市が管理している「藍の家」の運営をしているボランティア団体・藍の家保存会の古閑由美代表(72)らが、旧津屋崎町史や津屋崎の古老からの聞き取り調査などでまとめました。

 寺嶋一馬さんの聞き書き証言では、津屋崎の九州国防訓練場の建設について「13歳で宗像中学校に入学、1年の二学期に学校からトラックに乗って津屋崎にきて松林で作業をした。松を切って訓練場を作る作業だった。訓練場になった時は、松が切られて平地になっていた」という。また、昭和15年津屋崎生まれの西地威(たけし)さん(83)の聞き書き証言では「5歳ごろ浜で遊んでいたら、永徳丸が海を流れてきた兵隊(頭がなかった)を引き上げて『漁はなかったけど、仏さんを積んできたから良かった』と言っていた。役場の人が三人来て、リヤカーで連れて行った。とても臭かった」と話されています。

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